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対 -TSUI-  作者: あさとゆう
第九章 最終決戦編
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第149話 帰還

 それから、安吾はぽつりと語り出した。


 SPTで共有された「安吾が目覚めたことが敵に知られ、咲良が捕らえられた」という報告。あれはなんと、安吾たちが練った作戦だったという。


 ──私は、母を止めるために行くの。


 咲良はそう言って、自ら敵に捕まったのだと。


 ここまで話し終えたところで、安吾は静かに目を伏せた。


「今思えば、止めるべきだった。戦闘が激化しているところをみると、恐らく咲良は母を止められなかった。もしくは会えなかったのだろう」


 安吾の言葉に、沈黙が落ちる。


 するとその時、不意に背後に人の気配を感じた。


 私とヤトは反射的に身構える。だが、僅かに差した光が人影を照らした瞬間、安吾が声を張り上げた。


「待て!あれは味方だ!」


 一拍置いて、人影が身を乗り出す。だが、警戒しているのか距離を保っていた。


「大丈夫だ。こちらへ来い」


 安吾の声に応じるように、影がゆっくりと姿を現した。


 四十代ほどの細身の男は、場違いのスーツに身を包んでいた。走り回っていたのか、息を切らし、髪も乱れている。男は安吾を見るなり、安堵の表情を浮かべる。


「ご無事でしたか!探しておりました」


「ああ。SPTとも合流できた。この娘が例の幸村凪だ」


 すると、安吾が軽く顎で男を示した。


「この者は遊佐(ゆさ)。ミレニアに属してはいるが、私の協力者だ。芙蓉に指紋がない情報をSPTに流したのも彼だよ」


 ──この人が……!


 私は遊佐にぺこりと頭を下げた。遊佐も、若干ぎこちなく頭を下げ、口元に笑みを浮かべる。だがその瞬間、安吾の表情が一変した。


「それで、状況は?」


 熱を帯びた安吾の問いに、遊佐は即座に応じる。


「桂木芙蓉は全勢力を広場に集結させております。この刑務所内、思い当たる場所を探しましたが、咲良様の姿はどこにもありませんでした。残るは戦闘が激化している広場のみ。恐らく、咲良様はそこに」


「急ごう」


 安吾の顔色が強張り、足取りが早くなる。


 それから、私たちは五分ほど瓦礫の中を歩き続けた。そうして暗闇を抜けた先に、ようやく広場へとたどり着く。私たちは崩れかけている外壁の影に身を潜め、広場の様子を(うかが)った。


 夜明け前の空が広場を淡く照らす中、雷閃刀の稲妻が飛び交っている。


SPTや紅牙組は皆、すでに傷だらけ。負傷して動けない者も数人いるようだ。そんな彼らを、花丸をはじめとした救護班が危険を顧みず戦場をくぐり抜け、手当てを施している。


 私は広場全体を見渡す。だが、そこに焔の姿はなかった。


 焔はSPT最強の戦士。彼がいれば、戦況は一変するはずなのに。


 その時、安吾が険しい眼差しを戦場に注ぐ。


「まずいな。SPTは」


「え?」


「SPTの刀と銃、人狼の力を感じる。だが、所詮は生身の人間。体力も再生能力も圧倒的に向こうが上だ。数でも劣っているし、長期戦は分が悪い」


 確かに、皆息が荒く、疲労の色が滲んでいる。


「私が行きます」


「俺も、俺も!!」


「待て」


 安吾はそう言うと、ふと視線を落として自らに着けられた枷を見た。


 そして、ヤトを見据え、静かに言葉を続ける。


「八咫烏の“口寄せの術”──他人の魂を憑依させる術だったな。その術で、私の魂をお前に憑依できないか?」


「え?」


 思わぬひと言に、ヤトは身をすくめる。


「見たところ、皆限界に近い。だが、私ならこの混乱に終止符を打てる。問題はこの枷だ。これさえなければ、SPTの援護に行ける」


 ヤトは無言で、広場に目をやる。


 ちょうどその時、丹後が敵の攻撃を受け、頬を裂かれていた。体勢を崩しながらも怒号をあげて反撃に出るが、背後はがら空き。その隙を突いて、別の使徒が彼に迫る。


 すると、財前が威勢よく横から敵に斬りかかり、辛うじて丹後を庇った。汗まみれで息を荒げながら、彼もまた必死に刃を振るう。


 踏ん張り続ける仲間を、ヤトは暫く見つめていた。そして、羽を震わせながら安吾に向き直る。


「……ごめん、できないよ。人狼族の魂は力が強すぎる。俺の体じゃ受け止められない。小さすぎるんだ。本当に、ごめん」


 申し訳なさそうに頭を深く垂れるヤト。「本当は、役に立ちたい」、そんな思いが痛いほど伝わってくる。


 そんな中、私はある思いに駆られていた。


 ──ヤトの体では“小さすぎる”?それなら……!


 私はヤトに向かって、思いのままに言葉を放つ。


「ねえ、ヤト。私の体に安吾さんの魂は入れられない?」


 突拍子もない提案に、ヤトと安吾が同時に目を見開いた。


「私はソルブラッドの宿主。人狼族の力も、その……少しあるわけだし、安吾さんの陰の気も、私の体ならきっと受け止められると思うんだ」


「そんな……!」


 ヤトがかぶりを振る。


「人間の体に魂を入れるなんて、やったことないよ!それに俺、口寄せの術もまともに成功したことないんだ。そんな応用みたいなこと、きっとできない。凪にもしものことがあったら俺……」


 私はハッとした。ヤトは知らないのだ。自分がこれまで何度も口寄せの術を成功させてきたことを。誰よりも、口寄せの術の才能を持った八咫烏であることを。


 ヤトは頭を垂らし、申し訳なさそうに震えていた。私は堪らず、そんなヤトをひょいっと抱き上げ、そのままぎゅっと抱きしめる。


「な、凪?」


「ヤト、ありがとう。いつも私のこと守ってくれて」


 私はヤトを抱きしめたまま、言葉を続けた。


「ヤトがいたから、私たち過去に行けたんだよ。磁場エネルギーも壊せたんだよ。ヤトがいたから、私も、みんなもここまで来れた。だから、あと少し……あと少しだけ、一緒に頑張らせて。お願い」


 ヤトは戸惑いながらも目元を潤ませ、私を見つめ返した。


「口寄せの術で、安吾さんの魂を私に入れて。ヤトならできる。私を信じて」


 ヤトは暫く驚いたように目を見開いていた。


 すると、次の瞬間、ボンッという小さな音と共に白煙が広がる。


「わっ……」


 驚く間もなく、腕の中にいた小さな体は、少年の姿へと変わっていた。


 ヤトは頬を赤らめ、照れくさそうに笑うと、そっと私の頬に唇を寄せた。


「ヤ、ヤト……!?」


 不意打ちのキスに、思わず声が裏返る。ヤトはまるでいたずらを仕掛けた子どものように、にっこりと笑った。


「大好きな凪にそこまで言われたら、頑張らないわけにいかないよ」


 ヤトは真剣な面持ちで、安吾に向き直った。


「安吾。ひとつだけ、約束して」


「約束?」


「俺、焔をずっと見てきたから知ってるんだ。陰の気を出し続けると、自分の体を傷つけること。凪の体を傷つけないで欲しい。長い時間、陰の気を放つことは……しないで欲しいんだ」


 想いのこもったヤトの言葉に、安吾は静かに、力強く頷いた。


「約束する」


 ヤトはほっとしたように微笑むと、彼に向かって手を伸ばした。安吾はゆっくりと歩み寄り、その手に触れる。


 次の瞬間、ヤトは目を閉じ、空に向かって口笛を吹いた。


 剣が交わる音。


 誰かの怒号。


 瓦礫が崩れ落ちる音──。


 すべての音をかき消すように、その口笛は美しく、力強く響いた。


 そして意識が、ゆっくりと遠のいていく。


 どのくらい経っただろう。


 ぼんやりとした意識の中、ゆっくりと視界が開けていく。


 見えたのは、“安吾の魂が宿った私の両手”。


 両手は、カラスの姿に戻ったヤトを抱き上げ、遊佐にそっと預けた。


『感謝する、真の八咫烏よ』


 耳の奥に届く声。それは安吾の声であり、私の声でもあった。


 私たちの魂──精神は今、完全にひとつに重なったのだ。


 “私たち”は雷閃刀を手に、ゆっくりと立ち上がる。すると、気配に気付いたのか、ある人物がこちらを向く。


 それは、雷閃刀を構えた上木だった。彼女は私たちを見つめ、叫ぶ。なんとなく「凪」と呼ばれた気がした。


 次いで、天宮や財前、花丸をはじめとした皆がこちらを見る。そして、ミレニアの使徒に守られる形で、ひとりの女──芙蓉が顔を歪ませた。


 彼女を見るなり、安吾はふと目を閉じて、静かに呟いた。


『幸村凪、聞こえるか。すまないが、今は別の名を名乗らせてくれ』


 ゆっくりと、安吾は雷閃刀を抜く。


 そして、そのまま空に向かって、高く掲げた。


「安吾様?一体何を?」


 遊佐の声に、安吾は楽しげに言葉を続けた。


『昔、よく焔とチャンバラをしていてな。いつも欠かさず、こうしていた。戦いの時の名乗り方を、あいつが教えてくれたのだ』


 安吾は懐かしむように目を細めた。


 そして、雷閃刀の切っ先を迷いなく芙蓉へと向ける。


 次の瞬間、安吾の全身に陰の気が満ちた。戦場の空気がぴたりと止まったその時、安吾は芙蓉を真っ直ぐに見据え、こう言い放った。


『我が名は人狼族“最凶”──御影安吾なり』

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