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対 -TSUI-  作者: あさとゆう
第九章 最終決戦編
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第147話 想伝

 私は全速力で駆け出した。おばあちゃんが亡くなったのは私が七歳の時。でも、十七歳になった今の私を知っているはず。おばあちゃんは一度、時紡石で未来に来た。その時に私たちを見て、磁場エネルギーを託したのだから。 


 走る勢いそのまま、おばあちゃんの胸に飛び込み、懐に顔を埋めた。


 懐かしくて、あたたかな匂い。会いたかった。ずっと、ずっと。


「凪」


 名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が弾けた。両目から大粒の涙がぽろぽろと溢れ出す。


「おばあ、ちゃん」


 私はか細い声を絞り出した。おばあちゃんは何も言わず、私をぎゅっと抱きしめてくれた。大きな手が、そっと頭を撫でる。あの頃と同じように。


 どのくらいそうしていただろう。息を整えて見上げると、おばあちゃんの目も涙で潤んでいた。


「よく、見つけてくれたね。本当に、頑張ったね。ごめんね。わかりにくいことして。どうしても凪以外の人に知られるわけにはいかなかったの」


 私は首を振る。おばあちゃんはそんな私を見て、涙を堪えながら小さく笑った。そして、不意に真剣な表情を浮かべ、焔に視線を向ける。


「御影稜馬さんですね。関水さんのお孫さんの」


 稜馬──焔は静かに頷いた。おばあちゃんは小さく息を呑み、顔を伏せる。


 そして、声を震わせながらこう言葉を続けた。


「私の研究がなければ、あなたの故郷が襲われることはありませんでした。関水さんも、ご家族も、失うことはなかったでしょう。私の罪は、決して償えるものではございません。どのような裁きも、受ける覚悟でおります」


 そう言うと、おばあちゃんはゆっくりと砂浜へ膝をついた。風が吹き、砂が舞い上がって喪服の着物を薄く覆っていく。けれど、彼女はそれを気にも留めず、両手をついて深く頭を下げた。


 その姿に、焔は言葉を失った。目を見開いたまま、しばし動けずにいたが、すぐに駆け寄り膝をつく。


「頭を、上げてください。あなたに恨みなど……」


「おばあちゃん……」


 私も堪らず声をかけた。だが、おばあちゃんは肩を震わせたまま、頑なに頭を上げなかった。私はそっとしゃがみ込み、その肩に腕を回す。焔も少し躊躇いながら、おばあちゃんの肩に手を置き、静かに語り掛けた。


「……白状すると、今まで辛いことや苦しいこと、たくさんありました。でも今、私は幸せです。あなたは知らないでしょうが、あなたの研究のおかげで私は命を救われました。あなたのお孫さんも、暗闇に沈んだ私の心をすくい上げてくれました。他にもたくさんの仲間が、私のそばにいてくれています」


 その言葉に、おばあちゃんはゆっくりと顔を上げた。焔は穏やかな笑みを浮かべて、続ける。


「どうか過去に縛られず、この世界で幸せになってください。私の祖父……関水も、それを望んでいるはずです」


 おばあちゃんの目から、とめどなく涙が溢れる。私は黙って、その体を抱き寄せた。その時、ふと彼女の首元に目が留まり、ハッとした。


 私の記憶にあるおばあちゃんの首元には、この一年後、一本の傷が刻まれる。


 私が六歳の時、おばあちゃんは自らの命を絶とうと、包丁をその首に向けたのだ。私は泣き叫びながら、必死でその手を止めた。


 一年後、おばあちゃんは、また同じ絶望の淵に立つかもしれない。


 すると、おばあちゃんは私を見て、後ろめたそうに視線を落とした。


「ごめんね。凪も……私はあなたまで巻き込んでしまった」


 その言葉が、胸に刺さる。


 聞き覚えがある。この一年後、おばあちゃんを引き留めた時も、同じことを言われた。彼女は私を巻き込んだことも、悔いているのだ。


 私は再び、おばあちゃんの胸に飛び込んだ。そして、溢れ出す感情の赴くままに言葉を紡いだ。


「謝らないで。私ね、SPTに入って大切な人たちと出会えたの。頑張ろうって思えたのは、おばあちゃんのことをちゃんと知りたかったから。おばあちゃんがどんな想いで生きてきたのか、自分の目で確かめたくて……」


 私は顔を上げ、おばあちゃんを真っ直ぐに見つめる。


「今ならわかる。おばあちゃんはやっぱり、私が大好きなおばあちゃんだった。今までも、これからもずっとだよ」


 おばあちゃんの瞳に、また涙がじわりと滲む。でも今度は、どこかあたたかな光が宿っていた。彼女はそっと涙を拭うと、小さく、でもはっきりと頷いた。


「凪、桂木芙蓉さんと会ったのね」


 「芙蓉」の名に、私の顔が一気に強張る。


 あの残忍な笑み、そして瓜生を絶望に突き落とした非道な言葉。記憶が蘇り、胸の奥に黒い感情が広がる。


 そんな私の心情を悟ったのか、おばあちゃんがそっと私の手に触れた。


「凪。桂木芙蓉さんはね、私だったかもしれないのよ」


 突如告げられたその言葉に、思わず目を見開く。


「ほんの少し歯車が狂っていたら、私も彼女と同じ道を辿っていたかもしれない。桂木さんも私も、本当は弱い人間なの。だから私はあの世界から逃げた。すべてを捨てなければ、とても生きて来られなかった」


 ぽつりぽつりと静かに降る雨のように、その言葉が私の心に沁み込んでいく。きっとずっと、おばあちゃんは桂木芙蓉と自分を重ねてきたのだろう。


「あの人を許せとはいわない。そんな資格、私にはないわ。でもね、憎しみ合う負の連鎖をどこかで誰かが止めなければ、あの人がいなくなっても、また同じことが起きる。それが怖いの。憎しみは選択の延長。凪にはその道を……選択して欲しくないの」


 おばあちゃんの瞳は揺れていた。今放たれた言葉や想いは、きっと芙蓉にはもう届かない。だけど今、私と焔は確かに聞いた。


 私たち──対なる者の使命はまだ終わっていない。


「大丈夫だよ、おばあちゃん」


 私は微笑み、力強くそう答えた。


 絶望も憎しみも、哀しみも、苦しみも。


 過去の因縁を断ち切るのは、未来を生きる私たちの役目。


 私はおばあちゃんを見据えて、心の底からの想いを伝えた。


「ちゃんと終わらせるよ。みんなと一緒に」


 その時、空の色が変わった。影が空気を覆い。突如として雷雲が生まれる。晴れていた空は、不穏なうねりと共に陰り、今にも大雨が降り出しそうな気配が立ち込める。


「……時空の継ぎ目がほどけ始めてる」


「え?」


「時紡石が発動可能時間は、一時間足らずなの。早く戻りなさい、凪。あなたの時代へ」


 そう言って私の背をそっと押すおばあちゃん。私と焔は戸惑いながら、小走りで駆け出した。けれど、数歩進んだところで、堪らず立ち止まり、振り返る。


 潮風の中に佇むおばあちゃん姿が、あまりにも遠く、優しく見えた。気付くと、私はもう一度駆け寄り、その胸に飛び込んでいた。


 もっと話したい。もっと伝えたい。


 それなのに、もう戻らなければならないなんて。


「凪……幸せにね」


 顔を上げると、おばあちゃんは涙を堪えながら、柔らかく微笑んでいた。


 私は震える手でおばあちゃんの頬に触れ、笑みを返した。


「おばあちゃんもね。約束だよ」


 おばあちゃんは小さく頷くと、私の背中をトンっと押した。


 その瞬間、涙が溢れそうになったけれど、私は顔を上げ、砂浜を駆け出した。


 焔の手をぎゅっと握り、走りながら振り返ると、おばあちゃんが小さく手を振っていた。私は全身でそれに応えるように、大きく手を振り返す。焔は無言で、静かに一礼した。


 その時、ふわりと黒い羽が目の前に落ちてきた。ヤトの羽だ。空を見上げると、雲の奥に小さな裂け目が浮かんでいる。この奥にきっと、ヤトがいる。すると、私たちが持っていた飛石と境界石が再び金色の光を纏い始めた。柔らかな光が、私たちの体をゆっくりと空へ引き上げていく。


 裂け目に近づいたその時、不意に視界の端に映る気配があった。


 砂浜に残されたおばあちゃん。その隣に、小さな女の子が駆け寄り、抱きついていたのだ。


 ──あれは、幼い頃の私だ。


「ありがとう、おばあちゃん」


 私はそう小さく呟き、最後に思いきり手を振った。


 そしてそのまま光の裂け目へ飛び込む。 


 その直後、耳をつんざくような音が耳元で響いた。


 視界が歪むほどの圧と衝撃の中で、私の意識はゆっくりと時空の中へ溶けていった。

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