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対 -TSUI-  作者: あさとゆう
第九章 最終決戦編
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第144話 姉妹

 目が覚めて、飛び起きた。目の前に広がるのは、虹色の空間。あらゆる色が淡く揺らぎながら景色を染めていく。まるでシャボン玉の中にいるような……。


 ──パン…ッ!


 どこからともなく、いくつも重なり合うように小さな金属音が響いた。音の方に視線を向けると、少し先に膝をついて俯く瓜生の姿があった。両手で顔を覆い、動かない。


 ──瓜生さん……。


 歩みより、声をかけようとした刹那、静寂を割くように、三本足のカラスがすっと彼女の前に舞い降りた。その姿はヤトよりひと回り大きい。


 三本足。


 本物の、真の八咫烏だ。


 カラスはふわりと金色の光を帯びると、人の姿へと変わる。現れたのは、白銀の髪を胸元まで流した美しい女性だった。その姿は天女を思わせるほど幻想的だ。彼女は静かに息を吸うと、口笛をひとつ吹いた。これは……。


 ──魂を憑依させる“口寄せの術”。


 すると、彼女の体が神々しい光に包まれていく。光が解けた時、そこに立っていたのは先ほどの白銀の天女ではなく、肩まで伸びたブラウンの髪を揺らした、柔らかな雰囲気の女性だった。どこか瓜生に似ている。そんな気がした。


「お姉ちゃん」


 瓜生はハッと顔を上げた。そして、すぐに瞳から涙が溢れて止まらなくなった。私は察した。この女性は瓜生の妹──瓜生椿。いや、きっと彼女の“魂”なのだろう。


「ごめんね。せっかく助けに来てくれたのに」


 瓜生は泣きながら首を振る。そして、両手で顔を覆い、嗚咽を堪えるように肩を震わせた。椿は膝をつき、瓜生の背中にそっと腕を回して、優しく抱きしめた。


「椿。私も連れてって、お願い」


 瓜生が絞り出したその言葉に、椿は寂しそうに首を振った。


「何言ってるの。お姉ちゃんは生きなきゃ」


「もう無理。無理よ、生きていくなんて」


「無理じゃないよ」


 椿はゆっくり体を離し、瓜生の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「お姉ちゃんは強い人だもん。ミレニアなんかに、桂木芙蓉なんかに絶対負けない。私はもうそばにいられないけど、お姉ちゃんの右手は私。これからも力になるよ」


「やめて……言わないで、そんなこと」


 瓜生は椿にすがるように涙をこぼし、肩を震わせ続けた。椿はそんな瓜生の頬に触れると、再び優しく、そして力強く抱きしめる。


「弱音なんて、お姉ちゃんらしくないよ。お姉ちゃんはいつだって私のヒーローなんだから。小さい頃、私が泣いていた時、いつも手を引いて立たせてくれたの、覚えてる?」


 その言葉に瓜生は顔を上げた。涙に濡れたその瞳に、ほんの僅か光が戻っていた。


「お姉ちゃん、死なないで。私の分まで生きて。幸せになって」


 椿はそう言って立ち上がる。そして、震える瓜生の手をぎゅっと強く握りしめて、にっこりと微笑んだ。


「さあ……立って!」


 次の瞬間、眩い閃光が走った。突然の出来事に私は思わず目を閉じる。すると、静かに、けれど確かな声が響いた。


 ──凪。


 女性の声だ。私は戸惑いながらも目を見開き、周囲を見渡す。けれど、視界に映るのは光の奔流(ほんりゅう)だけ。誰の姿もない。ただ静かな声だけが、頭の中でこだまする。


 ──よく聞いて。これからヤトが覚醒する。息子が、過去への扉を拓くわ。


「息子?あの、あなたは……」


 唐突な言葉に思わず問いかける。すると、声の主は微笑んでいるかのように、穏やかに言葉を返した。


 ──私は弥子。真の八咫烏でヤトの母。私にできる“導き”はここまで。凪、これから話すことをよく聞いて。


「ヤト……ママさん!?」


 ──覚醒したヤトは本能で動く。でも、長くは持たない。過去へ行くには、今しかない。桂木芙蓉がヤトの力に気付く前に、あなたは稜馬と過去へ行くのよ。


「あの、ヤトママさんはどうしてヤトに?」


 ──藍子さんから頼まれてね。こっそり、ヤトの心に宿っていたの。


 すると、耳元で轟音が響き、意識が引き戻されるような感覚が走る。最後に届いたのは、厳かで力強い言葉だった。


 ──八咫烏は進むべき者を必ず導く。だからあなたも、ヤトを信じて──


 ──バンッ!


「うわっ!」


 衝撃音とともに、私は黒い靄の中から勢いよく放り出された。


 背中を強く打った衝撃が、一気に体中を駆け抜ける。


「凪ちゃん!大丈夫!?」


 目を開けた私は、すぐに息を呑む。花丸は傷だらけだった。全身に裂傷が走り、服は血で染まっている。傷の深さは私以上だ。どうやら、彼が私を風の衝撃から守ってくれていたらしい。


「大丈夫……それより花丸さんが」


 花丸は「大丈夫」と小さく微笑むと、真剣な面持ちで前方に目を向ける。三歩ほど先に、瓜生が地面に倒れていた。右手はすでに人狼の気を(まと)ってはいないが、ところどころ痛々しく裂け、痙攣している。花丸はふらつきながら瓜生に歩み寄り、そっと体を支える。


「……誰?やめて。私から離れて」


 瓜生は涙をこぼしながら、かすれた声を絞り出した。花丸は彼女の背中に手を添えたまま、右手に触れる。そして、落ち着いた声でこう語りかけた。


「僕は医者です。あなたを助けに来ました。ゆっくり、息を吸って。落ち着いて」


 その声が空気を静めていく。荒れていた陰の気はすっかり消え、暴走も鎮まったようだ。


 ──瓜生さん……助かった。


 そうホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、ふと空気が変わったことに気付いた。


 焔も、天宮も、あの芙蓉ですら声を発していない。ただ、皆が固唾(かたず)を飲んである一点を見つめている。私はゆっくり、皆の視線を追った。


 そこにいたのは、金色を(まと)い、宙を舞う少年──ヤトだった。人間に変化した彼の周囲には、金の粒子がふわりと舞い、時折そっと弾ける。まるで無数のシャボン玉が、彼を讃えるように柔らかな光で包み込んでいた。


 ヤトは目を開けると、大きく両翼を広げ、さらに舞い上がった。


 神々しい姿を見ながら、私は弥子の言葉を思い出していた。


 ──これから、ヤトが覚醒する。


 これは、ただの変化じゃない。


 ヤトの力を……真の八咫烏の覚醒を、私たちは目の当たりにしているのだ。


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