表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
対 -TSUI-  作者: あさとゆう
第九章 最終決戦編
143/156

第143話 決死

 一秒、二秒。


 時間が経つにつれ、瓜生を(まと)う黒き人狼の気は、荒れ狂う暴風と化していた。風は彼女の全身を包み、渦を巻きながら唸りを上げる。


 ふと彼女の右手が血に染まっているのが見えた。力の暴走だろうか。しかし、それもほんの一瞬。その姿もすぐに渦に呑まれて見えなくなった。


「瓜生隊長!」


 上木は立ち上がり、瓜生に向かって走ろうとするが、またもや強風に弾き飛ばされた。


 上木が壁に叩きつけられる寸前、天宮が飛び込んで彼女の体を抱きとめる。誰ひとり、瓜生に近づくことができない。


「おいおい、やべえぞ!あの姉ちゃん!」


 財前の焦りが声となって響く。このままでは瓜生の命が尽きる。だが、恐怖で足が前に出ない。それにこの暴風。どう彼女を救えばいいのか。


「──さん!」


 微かな声が聞こえて、横を向いた。花丸だ。彼は腰を落とし、両腕で顔を庇いながら、必死に瓜生へと歩を進めていた。


「瓜生さん!聞こえますか!?今、行きます……だから、気をしっかり!」


 だが、その直後。飛来した瓦礫の破片が花丸の右足をかすめた。バランスを崩した花丸は、風に(あお)られて後方へ吹き飛ばされる。


「花丸さ……」


 叫んだ瞬間、丹後が飛び出し、ギリギリのところで花丸を抱きとめた。彼は花丸を見るなり、怒号を叩きつける。


「じっとしてろ!死にたいのか!」


 だが、花丸は怯まない。丹後を見据え、すかさず言葉を返した。


「僕は医者です!あの人を助ける!」


 花丸の声は震えていた。それは恐怖ではなく、目の前の命を諦めないという彼の強さだった。花丸は丹後の腕を振りほどこうともがくが、丹後も離さない。


「手遅れだ、諦めろ!もう近づくことは……」


「違う!」 


 花丸の声が嵐の中に響いた。


「手遅れなんかじゃない!瓜生さんは生きてる!あの人を助けなきゃ……助けなきゃ、いけないんだ!」


 その言葉が響いた時、ある出来事が脳裏(のうり)をよぎった。


 以前、上木が瀕死の重傷を負った時。


 皆が彼女の救命を諦めかけた時も、花丸だけは諦めなかった。その必死さに背中を押されたから、私も命を懸ける覚悟ができたのだ。


 今もあの時と同じ。この人はいつも、覚悟を決める勇気をくれる。


 私は大きく息を吸い、風に抗うように丹後と花丸の元へ歩み寄った。私と目が合うなり、丹後があからさまに顔をしかめる。


「丹後さん!私をあの竜巻の中、瓜生さんのところに全力で投げ飛ばしてください!丹後さん、怪力だからできますよね!?」


 唐突な言葉に丹後は一瞬目を丸くするが、すぐに私を鋭く睨む。その視線は「できるわけねえだろ、この阿呆」と言っているようだった。でも、言わせない。


 彼の口が開くより先に、私は早口で言葉を続ける。


「丹後さん、控えめに言って……私のことそこそこ恨んでますよね!?違うとは言わせませんよ!私、ずっと感じてきましたから!」


 丹後の眉がピクリと動いた。図星だ。


 正直すぎる反応に私はふっと笑うと、叫ぶように言った。


「その恨み、今ここで晴らしてください!思いっきり、全力で!あそこに私をぶん投げて!お願い、丹後さん!」


 一瞬の沈黙。丹後は呆れたように私を見つめていたが、ふと瓜生がいる竜巻の影へ目を向け、息を吐いた。


「本気か!?無事では済まんぞ!」


 私は力強く頷いた。


「私は陽の気、ソルブラッドの宿主です!瓜生さんの陰の気とは対なる存在!陽の気を全力で放出すれば、きっと暴走を押さえながら近づけるはずです!そして……どうにかして瓜生さんを助けます!絶対!」


 丹後の目が揺れる。迷っているのだろう。だが、そこへ花丸が一歩前へ出る。


「凪ちゃん、僕も!丹後さん、お願いします!」


 花丸の声は決意に満ちていた。


 この人は、止めても絶対についてくる。だったらもう、一緒に覚悟を決めるしかない。


「花丸さん、私の腰に両手を回して。絶対に離さないでください!」


「うん!」


 花丸はしっかりと頷き、震える手で私の腰に腕を回した。


 丹後は黙って私たちを見つめていたが、数秒後ふっとため息をつき、観念したように頷いた。


「……死ぬなよ、二人とも」


「もちろん!」


 丹後は私と花丸をがっしりと抱き上げた。足を踏み締め、体全体に力を込めて構える。その時、後ろで焔の声が響いた。


「凪!行くな!!」


 私は振り返らず、雷閃刀を構えて陽の気を解き放つ。金色の光が私たちの体を包み、風に煌めいた。


「ごめんなさい!……焔さん!」


 言い終えた瞬間──。


「うおらあああ!!」


 丹後が全身の筋力を爆発させ、私と花丸を竜巻の中心目がけて思いっきり投げ飛ばした。私は空中で風を斬り裂きながら、焔に向かって叫ぶ。


「後でピクルスでも何でも食べますからあああああ!」


 耳元で唸る、風の咆哮(ほうこう)


 竜巻に手を入れた途端、鋭い痛みが走った。無数の小さな刃が皮膚を断続的に切り裂いているのだ。


 けど、止まらない。


 私は腰を低く構え、歯を食いしばる。雷閃刀を両手で握り、目の前の竜巻を斬りつけた。激しくうねる陰の気に、陽の気をぶつけて道を切り拓いていく。


 拮抗する二つの力が空間を軋ませる中、一歩、また一歩と前進する。


「凪ちゃん!前……瓜生さんだ!」


 花丸の叫びに、私はハッと目を凝らす。ようやく見えた。荒れ狂う闇の中で、うずくまる瓜生を。


「……瓜生さん!瓜生さんっ!!」


 彼女の名を呼んだ次の瞬間、突風が吹き荒れ、雷閃刀が手から弾き飛ばされた。


「わっ……!」


「凪ちゃん、しっかり!!」


 手が痺れる。頬が裂ける。足がもつれる。


 それでも、花丸が背中を支えてくれている。私が、前へ進めるように。


 私は渾身の力を込めて、彼女に向かって足を踏み出し、手を伸ばす。


「瓜生……さん!!」


 その時、右手が彼女の肩に触れた。


 だが、それと同時に風が渦を巻いて私の体を飲み込んでいく。


 視界が、音が、感覚が、すべて闇に染まる。


 最後に聞こえたのは、自分の心臓の鼓動。私の意識はそのまま、闇に包まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ