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対 -TSUI-  作者: あさとゆう
第九章 最終決戦編
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第138話 決断

 財前の逆鱗(げきりん)に触れた万丈は、先ほどよりも体を震わせ、瞳は完全に焦点を失っていた。


「指を斬り落とせば銃は握れねえ。そこまでやるなら“攻撃しない”ことだけは信じてやる」


 万丈は目を見開いた。「攻撃しないことは信じる」——つまり、命までは保証しない。助けるとは一言も言っていないのだ。


 万丈は地べたを()いながら、涙を流す。


「頼む……すまなかった。どうか、許して……許してください」


 この命乞いを財前は鼻で笑った。


「てめえのお気持ちなんて、どうでもいいんだよ。これは家族を殺された俺のけじめだ」


 財前はカプセルの組員たちに目を向ける。彼らの視線はどこか財前に向けられているようだった。財前は顔を伏せ、息を長く吐く。再び万丈を射抜いた時、彼の目には涙が浮かんでいた。


「きっちり落とし前はつけさせてもらうぜ。俺たちらしく、極道らしくなァ!!」


 財前の怒りの声が、心を貫くように強く響いた。


 彼はとことん万丈をいたぶって殺すつもりだ。組員たちが万丈にそうされたように。


 だが、桂木芙蓉の居場所を知る者は、この場では万丈しかいない。彼を殺せば全てが途絶える。私は震える足をなんとか動かし、そっと彼の袖を掴んだ。


「財前さん、これ以上は……」


「善人ぶるんじゃねえ」


 財前は私を見もせず、吐き捨てた。


「あいつに殺されたのが焔やお前の家族だったら?今の言葉、俺に言えんのかよ」


 財前は私の手を乱暴に振りほどき、再び万丈へ向かう。その背に呼びかける言葉は、ひとつも見つからなかった。


 ——あいつに殺されたのが焔やお前の家族だったら?


 反芻(はんすう)する言葉。


 そんなこと、想像するだけで耐えられない。


 でも——。


 目に涙を浮かべながら前を見ると、財前の背中が霞んでいた。一筋の涙がそっと頬を伝った時、耳元にヤトの声が届いた。


「凪、焔を思い出して」


 ヤトの声は風のように静かで、けれど不思議なほど力強かった。


「焔なら、こんな時どうすると思う?」


 ヤトを見ると、彼はにっこりと微笑み、翼を大きく広げた。


「“戦場に赴く者は不動の気持ちで構えるべし。穏やかに、そして強くあれ!”」


 高らかに言い放つヤト。これは確かヤトの父——ヤトパパの言葉だ。


「感情に呑まれず、自分がするべきことをする!焔ならきっと、そうするはずさ!」


 数秒間、ヤトを見つめたまま動けなかった。


 そうだ、彼ならきっと——。


 私は拳をぎゅっと握り、前を見据える。


 私も自分がするべきことをする。財前を止めて、芙蓉の居場所を突き止める。


 そう覚悟を決めた時、財前の冷たい声が響いた。


「十、九、八、七、六……」


 万丈は地面に転がった小刀に左手を伸ばす。その手は小刻みに震え、刃先が右手をじりじりと狙う。


「五、四、三……」


 ダメだ。今から走っても間に合わない。


 私は急いで靴を脱ぎ、勢いよく振りかぶる。


「二、一……!」


 次の瞬間、私は叫びながら、財前目がけて靴をぶん投げた。


「財前さん!ストップ!!」


 ——スコォーーン。


 靴が見事に財前の頭にクリーンヒット。そして「ボテ」っと間抜けな音を立てて地面に落ちた。財前はゆっくり頭を撫でると、靴を見下ろす。しばしの沈黙の後、彼は静かに振り返った。


「……凪……てめぇ!」


 財前のギラリと光る眼光に思わず体が震えた。


 当たり前だが、ブチ切れている。今この瞬間、彼の怒りの矛先が完全に私に向けられた。


 反射的に雷閃刀を構える私。その時、ヤトがすかさず私と財前の間に割って入った。そして目を閉じ、赤い光を(まと)う。


 私も歯を食いしばり、腹を括った。


 財前の目は血走り、獰猛(どうもう)な虎のような目つきで私を睨む。そして、銃を懐へ仕舞うと、彼は雷閃刀の柄を握った。


 この人と、こんな形で向き合うのは初めてだ。


 でも、こうなったら絶対に、財前を止める!


 財前は怒りに任せて、私たちめがけて一直線に突進してくる。財前が雷閃刀を勢いよく抜刀しようとした、次の瞬間——。


 ——バン!!


 唐突に財前の背後から影が飛びかかる。


 華麗かつ俊敏に振るわれた手刀が、財前の手元を正確に捉えた。彼が握っていた雷閃刀は「カラン」と音を立てて地面に転がる。あれは……。


「上木さん!」


 上木はすかさず財前の腕を掴み、関節を()める。容赦のない動きに、流石の財前も声を上げた。


「ちくちょう!離しやがれ!この……い、いってええ!」


 上木の鮮やかな関節技に呆然としていると、後方から声が聞こえてきた。


「凪さんナイス!よく止めたね」


「天宮さん!」


 天宮の後ろからぴょこっと花丸が顔を覗かせた。三人の顔を見るなり、全身の力がふにゃりと抜ける。


「あ、天宮だと!?」


 その名を聞いた瞬間、万丈がみるみる青ざめる。


 天宮は周囲を一瞥した後、万丈に向かって静かに微笑んだ。底が見えない天宮の笑みが恐ろしかったのか、万丈は地を()いながら逃れようとする。だが、瞬時に上木が万丈の両腕を掴み、押さえ込んだ。


「ありがとう、上木。そのままで」


 財前は上半身を軽く屈め、肘あたりを押さえながら顔をしかめた。


「邪魔しやがって……SPTが!」


 悪態をつく財前に、天宮は風をあしらうように静かに告げる。


「紅牙組の財前ともあろう者が、激情に駆られて我を失うとはね」


「あぁ!?」


「君は結構、僕と似ていると思ってたんだけど」


 天宮は懐から薄い布を取り出し、躊躇なく万丈の口に押し込む。その唐突さに、万丈は目を見開いた。


「失礼。万が一舌を噛み切られたら困るので」


 舌打ちをひとつした後、財前が吐き捨てる。


「馬鹿が。口もきけねえ奴をどう尋問するんだよ」


「僕は『言葉』を信用しないことにしてるんだ」


「あ?」


「こういう時、人は簡単に嘘をつくからね」


 天宮はすっと万丈の頬に両手を添え、自分の方へ引き寄せた。万丈は抵抗もできず、天宮の鋭い視線を真正面から浴びる。


「さあ……よーく顔を見せてください。これからいくつか質問をします。あなたはただ、それをしっかり聞いてくれればいい。体の『反応』が、答えを教えてくれますから」


 財前が眉をひそめ、横目で天宮を一瞥する。


 私は知っている。天宮の尋問は言葉に頼らない。相手の脈拍や瞳孔、筋肉の微細な動きから真実を読み取るのだ。


 彼は微笑んではいるものの、その瞳は鋭く光っていた。


 私たちの葛藤や怒り、そして哀しみ。すべてを背負い、彼は今、ひとりで心の真剣勝負に臨むのだ。天宮は周囲のカプセルに視線を巡らせた後、万丈を真っ直ぐ見据えた。


「……ミレニアを終わらせる。そのために僕は、必ずあなたから真実を引きずり出す」

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