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対 -TSUI-  作者: あさとゆう
第七章 御影編
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第109話 想唱

 私は呆然と立ち尽くし、涙を流していた。袖で拭っても、溢れて止まらない。彼の苦悩を思うたび、胸が締めつけられる。今すぐ駆け寄って、その背中に触れたい。でも、できない。ただここで涙を流すことしかできない自分がもどかしかった。


「大丈夫かい?」


 優しく響く、ヤトパパの声。私はゆっくりと頷いて、涙をしっかりと袖で拭った。


「焔さんが名前を変えたのは、安吾さんに『助けに行く』と伝えるためだったんですね」


「この時は、そうだったのだろう。だが今は、人狼族の負の歴史を知り、彼自身もまた歴史の渦に飲み込まれた。安吾はかつて人狼族の歴史を終わらせようとした。今後を見据えて、世間に溶け込んで生きて欲しいと願っていたのだろう。だが、人狼族の血はこれほど悪用されてしまっては。稜馬が遺書を書いたのは、ミレニア、そして安吾を葬り、自らをも──」


「ヤトパパさん」


 私はそっと、ヤトパパの言葉を遮る。


「焔さんは、今もその名前を頑なに守ってる。きっとそれが、あの人の本心です。今も、安吾さんを助けるか、安吾さんと一緒に覚悟を決めるか、二つの感情で揺れ動いているんだと思います」


「そう、かもしれないね」


「明日は勝たないと。絶対に」


 私は決意を新たにして、拳を強く握り締める。すると、ヤトパパがこう言葉を続けた。


「じゃあ、私の力をほんの少し、プレゼントしようかな」


「え?」


「そのブレスレットを介すれば、少しだけ、私の力を与えられる」


「力?」


「八咫烏の詠唱だよ。それを唱えれば、君も息子のような力が使える」


「ヤトのようなって……あの魔法みたいな力!?」


 思わず声がうわずる。あの力が使えるなんて、そんな夢みたいな話があるとは……!


「ヤトの詠唱で覚えている言葉はあるかな?力を連動させるために、息子の詠唱も少し取り入れたい」


「そういえばひとつ、焔さんの名前が入った詠唱が……」


「ほう」


「確か、ヤトが人間に変化した時。全部は覚えてないけど、確か最後に……」


 ── 焔の如き 黒き影 天命を超え 姿を現せ ──


「……って言ってたような!」


「なるほど」


 ヤトパパは、心なしか少し声が弾んでいた。


「どうしました?」


「いや、息子は本当に稜馬が好きなんだと思ってね。じゃあ、詠唱はこうしようか」


 ヤトパパは厳かな声で詠唱を口にした。


──


夜斗の力よ 暁に染まれ


凪の調べよ 闇を導け


焔の如き 強き影


天命を超え 姿を現せ


──


 この詠唱は……!


「私の名前が入ってる!ヤトと焔さんの名前も!」


「そうだよ。息子と稜馬を大切に思う、君ぴったりの詠唱だ」


「あの、これを唱えたら何が?変身するんでしょうか!?」


「さあ、そこまでは」


「え?」


「はははっ。こればかりは唱えてみなければわからない」


「そうなんですか」


「でも、ひとつ注意が必要だ。君は八咫烏じゃない。詠唱を使えば体力が一気に消耗するし、得られる力の時間も僅か。ほんの数秒だろう」


 数秒──。


 私は顔を強張らせながら息を呑んだ。


「もちろん、多用は厳禁。これを使う時は一発勝負。ある意味奥の手だ。いいね?」


「はい!」


 すると、数秒の静寂の後、ヤトパパが穏やかに告げる。


「そろそろ、起きる時間だ」


 いよいよだ。


 私は拳を握りしめ、息を整えた。


 怖がるな。自分を信じて、ありったけの想いをぶつけるんだ。


 そう決意を新たにする私に、ヤトパパが穏やかに、そして力強く告げた。


「君の想いは、きっと伝わる。全身全霊、稜馬にぶつかっておいで」

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