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対 -TSUI-  作者: あさとゆう
第七章 御影編
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第105話 兄弟

「正気かね?」


 ヤトパパの声が低く響いた。当然だ。人狼族の村が襲撃された映像を見せてくれなんて。だけど……。


「私、執務室に入って、焔さんの覚悟を知ったんです」


「君の中から見ていたよ。あの封筒のことだね」


 私は頷いた。


 そう、あの時、執務室で見た封筒に記されていたのは──。


 『遺書』


 そして、封筒の裏面には、彼の本名「御影(みかげ)稜馬(りょうま)」の名が記されていた。


 彼は以前こう言っていた。


 ──私が、負の歴史を終わらせなければならない。


 焔は、ミレニアに捕われている御影(みかげ)安吾(あんご)を葬り去り、その後自らの命を絶ち、人狼族の歴史を終わらせるつもりなのだ。


「特殊な力を持つ人狼族は、昔から権力者たちに利用されてきた。稜馬も最初は(さら)われた安吾を助けたいと思っただろう。だが、それは再び負の歴史を繰り返すことを意味する。人狼族がいる限り、利用される歴史は続く。彼はSPTに入って、それを痛いほど思い知ったのだろうね」


 私はぎゅっと拳を握り締め、言葉に力を込める。


「実は、ずっと気になっていることがあるんです」


「気になっていること?」


「焔さん、ずっと『焔』って名乗ってるんです。本名の御影稜馬じゃなくて」


「御影の名を捨てただけでは?彼は人狼族の歴史を終わらせようとしている。その意思表示として名を変えても不思議ではない」


「でも!それなら苗字もあるはずです。高橋とか山本とか!それなのに『焔』なんてあだ名みたいな目立つ名前、おかしいと思いませんか?」


 ヤトパパが、ふっと黙る。


 私は畳みかけるように続けた。


「名前は毎日呼ばれるもの、自分の一番身近にあるものでしょ?それなのに、頑なに『焔』にこだわるのには、特別な意味があると思うんです!」


「十年前を知れば、それがわかると?」


「はい!きっと」


 場に緊張が走る中、ヤトパパの声が重々しく響く。


「覚悟はできているのかね?君が知りたい過去は、君のおばあさんが自らの命を絶とうとしたきっかけにもなった出来事なんだよ」


 私は力強く頷く。しばしの間の後、ヤトパパが小さく息を吐くような音が聞こえた。


「そこまで言うのなら。見せよう。ただし、これ以上は難しいと判断したら、映像を消すよ」


「はい!」


 迷いなく答えたその瞬間、左手首のブレスレットが眩い光を放った。反射的に目を閉じると、まぶたの裏で閃光が弾ける。


 そして──。


 チチチ、チチチ……。


 柔らかな、小鳥のさえずりが聞こえ、私はゆっくりと目を開けた。


 ここは、山奥だろうか。簡素な作りの家々が立ち並び、現代ものとは思えない佇まいを見せている。周囲を歩く人は皆、銀髪。和服を(まと)い、穏やかに談笑していた。まるで一般社会とは切り離されたかのような世界が、そこに広がっていた。


「ここが、人狼族の村?」


「そう。百人くらいの小さな村でね。社会と断絶しながら、ひっそりと暮らしていたんだ」


 すると、映像が切り替わり、今後はひと際大きな屋敷の縁側が映し出される。立派な庭には桜の木が立ち、その花弁が美しく風に舞い、室内へと運ばれる。そこには座椅子に腰かけ、本を熱心に読む男性の姿があった。年齢は二十代前半くらいだろうか。彼の前には、積み上げられた数冊の本。その横顔はどこか知的で、落ち着いた雰囲気を漂わせている。


 すると突然……。


 パコーンッ!


 野球ボールが男性の頭にクリーンヒット。男性はそのまま座卓にガクッと突っ伏した。だが、次の瞬間、男性は頭を抑えながら、庭に向かって怒鳴った。


「こら!出て来い!」


 すると、草木の間からぴょこっと別の青年が顔を覗かせる。


 十代後半くらいの、あどけなさが残る表情。焦ったのか、和服は乱れ、唇を噛みながら苦笑いを浮かべている。青年の顔を見て、私は小さく声を漏らした。


 この人は──。


「稜馬!またお前か」


「ご、ごめん。勉強してた?」


「まったく。見ろ!たんこぶだ」


「あ、ああ。本当にごめん」


「遊んでないで晩飯でも作ってろ!あとでじっくりお説教だ」


 稜馬……焔さんをお説教とは……!?


 もしかして、この人が……!


「御影一族の本家。跡取りの御影安吾だね」


「今、ミレニアに捕われて、血を利用され続けている人、ですね」


「そうだね。すまない。十年前の襲撃の映像がうまく見つけられない。この後かな」


 すると、テレビ画面のように映像がパッと切り替わった。


 薄暗い部屋。そこには、ひとりの男性の老人が横たわっていた。その隣には焔。彼は老人の肩を支え、コップの水を飲ませている。


「大丈夫?ゆっくり」


「ああ」


 この老人は、御影(みかげ)関水(かんすい)だろう。襲撃時、焔と共に本家の屋敷に住んでいた人だ。


 そして、磁場エネルギーの場所を知り、血判状を書いた人物。


 私が静かに二人を見つめていると、再び映像が切り替わる。


 今度は、森。


 夕陽が木々を照らす中、二つの影が木刀を交えている。動きが速すぎて誰なのかわからない。私は目を細め、影を見極めようとする。すると、ひとつの影がピタリと動きを止めた。再び構え直すその姿――焔だ。


 風が銀髪を揺らしたのと同時に、焔の体から禍々しい気が(ほとばし)る。


 何度も見た、あの陰の気だ。焔の気に呼応するかのように、木々が不自然にざわめき、激しく揺れる。すると、もうひとつの影も動きを止める。そこにいたのは、安吾だった。


「ほう。なかなか成長したな。陰の気をここまで出すとは」


 焔は安吾に向かって駆け出し、陰の気を(まと)った木刀を思いきり振りかぶる。


「遅い」


 安吾は静かに笑いながら、木刀をゆっくりと掲げた。そして、安吾の目の前で舞っていた葉が、見えない刃で裂かれたように弾け飛ぶ。安吾の陰の気だ。


 安吾に圧倒されたのか、焔は動きを止めて後ずさりをする。すると、安吾はクスッと笑い、木刀を軽く掲げた。


「やあやあ、我こそは~人狼族、御影の末裔なり~」


 おちゃらけた口調で、空へ向かって木刀を振る安吾。ふざけた態度に、焔の表情が一気に鋭くなる。


「馬鹿にするな!」


 再び安吾に駆け寄って木刀を振り上げる焔。だが、安吾は片手で焔の木刀を軽く受けると、瞬時に突きを繰り出す。凄まじい速さだ。


 ──バンッ!


 鋭い衝撃音と共に、地面に倒れ込んだのは焔だった。気付くと、焔の陰の気は消え、苦しそうに咳込んでいる。どうやら、まだ陰の気を十分にコントロールできていない様子だ。まるで今の自分を見ているよう。彼にもこんな時代があったのか。


「まだまだだな、稜馬」


 焔は悔しげに安吾を睨みつけ、倒れ込んだまま息を整える。


「……っぷ」


 焔は突然仰向けになり、吹き出した。唐突な反応に、安吾が首を傾げる。


「ところで、さっきの言い回しは何?」


「ああ。ちょっと時代劇っぽい感じでやってみた」


「それ、違うよ」


「え?」


「ちゃんと名乗らないと」


「言われれば確かにな。じゃあ、御影安吾なり、か」


 すると、安吾は顎に手を当て、小さく笑った。


「次は稜馬も言えよ」


「嫌だよ、恥ずかしい。それに俺たちは同じ『御影』だ。気分が乗らない」


 すると、安吾は少し考え込み、ぽつりと呟いた。


「じゃあ、あだ名はどうだ?」


「あだ名?」


「互いを呼ぶ、あだ名だよ」


「子どもみたいだな」


 焔が呆れたように言うと、安吾はゆっくりと空を見上げ、寂しげな表情を浮かべた。


「正直、安吾という名は好きじゃない。母を捨てた男がつけた名だと思うと余計にな。それに、あだ名にちょっと憧れる。本家の跡取りというだけで、皆が『安吾様』なんて呼ぶ」


 すると、安吾は焔に向き直り、ゆっくりと微笑んだ。


「稜馬。お前のあだ名、『焔』というのはどうだ?」


「焔?」


「不愛想なくせに、内に闘志を秘めてる。お前にピッタリのあだ名だ。弱っちいけど、強そうに聞こえるし」


 言いながら、安吾が肩を揺らして笑う。どうやら彼は日常的に焔をからかっているらしい。すると、焔はため息をつき、手を顎に当てる。


「じゃあ兄さんは……」


「格好いいあだ名にしてくれよ」


(ひょう)は?」


「雹?」


「俺が焔……火、みたいな感じだから逆の雹。いつもおちゃらけているのに、勝負中は冷静沈着で容赦がない。薄情な兄さんにピッタリだ」


 今度は焔が楽しげに笑った。内心ふざけ半分なのだろう。だが、安吾は嬉しそうに目を輝かせ、懐かしむように言った。


「いいな。雹か。冬は好きなんだ。母を思い出す」


 私は小さく息を呑んだ。


 「焔」の名をつけたのは、安吾だったのか。


 大きな謎がひとつ解けたのと同時に、私の鼓動は少しずつ速まる。


 この先に待つのは、残酷な運命。覚悟を決めたはずなのに、笑い合う二人の背中を見つめながら、私の体は小さく震えていた。

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