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往復

 二〇二五年、春。

「駄目だ。明本じゃ手掛かりが一切無い。……せめて頼人さんの調査内容でも見られれば……」

 調査は難航していた。A3ならともかく、明本の事を全く知らない俺は、アジトのどこに何があるのか、どういう人物がどのくらい居るのか……そういう情報も無い。調査を始める段階にすら無いんだ。

 一方、島津と立川の方も、中々上手く行っていないらしい。

 俺は気分転換に外の空気を吸う事にした。上りゆく朝陽を見ながら支給された食料を口に入れ、コーヒーで流し込む。

「どうすれば良いんだ。頼人さん、父さん、母さん、咲……皆」

 誰にでもなく呟き、俺は項垂れる。もはや、何が何だか分からない。

 俺が地面を見つめていると、隣に誰かが立って話しかけてくる。

「やァ。良い朝だネ。隣、良いかナ?」

「はぁ。……どうぞ」

 目線だけを動かして声の主を見て、俺は答える。スラリとした脚の女性は『どうモ』と礼を言って、何故か俺に密着して座る。

 何だこの人……。初対面の距離感じゃないだろ。

「……? あの、何のつもりで——ッ⁉」

 俺がその女性の方を向くと、唐突に俺の胸ぐらが強く引っ張られた。そして恐らくその女性は反対の手で俺の視界を塞いだ。

「んぐっ⁉ んん……‼」

 咄嗟に避けようとする事すらできない程に唐突だった為、認識するのが数秒遅れた。

 それはキスだった。それも舌を絡ませる、深いもの。

 数秒経ってソレがキスだと分かった俺は、その女性を跳ね除けようとする。しかしその女性は俺に脚を絡ませて俺を押し倒す。

「っ……何なんだ⁉」

 未だ視界が自由になっていない俺は、力ずくで女性を退けようとする。だが、その女性は力が異様に強い。力で劣っている俺は押し倒された姿勢のまま、服をまさぐられる。

「ふざけるな……ッ‼」

 俺は抵抗を一旦やめ、自由になった手を女性のこめかみらしき場所に当てる。その瞬間、女性は俺をまさぐるのを止め、視界を塞ぐのもやめた。

 これまた唐突に視界が開け、俺の目はボヤケた状態で目の前の女性を見た。

 どこか見覚えのあるその女性は、ニヤニヤと嗤って俺を見下ろしていた。

「どうかナ? 私のキスは気持ち良かっタ?」

 女性の言葉に、俺は思わず口を手で拭う。

「うるさい。……何のつもりだ」

女性は『はッ』と嗤う。

「『何のつもりか』だっテ? 私はただ、面白い物が見たいだけサ」

「訳の分からない事を……」

 と、そこまで話した段階で、女性は『それじゃ、またネ』と言って、ワイヤーアクションの様に宙を舞い、俺の視界から姿を消す。

「待て! お前は……。逃げられたか」

 何だったんだ、今の……。

 まさぐられて乱れた服を元に戻し、俺は後ろを振り向く。朝陽が完全に上り切っていた。


 その後、自室に戻り、身体に異常が無いか調べると、服の内側から封筒が出て来た。

「これ、は……」

 間違いなく、さっきの変態の仕業だろう。

 罠か? かもしれない。しかし、あの女に見覚えがあった俺は、半ば確信を持ちながら封筒を開く。

「……『括木犯愚・穂乃果頼人から、笹山弌生へ』」

 封筒の中身には、そう書かれた紙と、黒地に赤で、二頭の蛇が輪を描き、互いを食い合っている絵がプリントされた、悪趣味なUSBメモリが一つ入っていた。

「コレって、まさか……‼」

 今、手元にパソコンが無いのがもどかしいが、『そう』だろう。このメモリには、頼人さんの調査の結果が入っている!

 俺はそのメモリを無くさない様に懐へ入れると部屋を後にする。


「不気味な絵だな……。そんで、コイツがA3と明本が繋がってる証拠だって?」

「その可能性は、高いと思う」

俺は島津と立川を呼び、メモリを見せた。島津はメモリを見て顔をしかめている。立川は、俺がメモリを見せた瞬間にどこかへ行ってしまった。

「つってもなァ。パソコンなんてここには無ェし……。街に出るしか無いか?」

「そうなのか。……しかし街に出るには、A3が管理してる門を通らないと——」

 俺が苦い顔をすると、島津は首を左右に振った。

「いや、他にも出入りする手はあるンだ。……まァでも、しゃあ無いか。小太刀も準備してくれてるみたいだしな」

「……どういう事だ?」


「あぁ‼ 良い! 良いですよ小太刀さん! カワイイ、美しい、カッコいい!」

「……」

 俺は何故か、ゴスロリ服を着た小太刀が、和服の女性にありとあらゆる角度から観察されている様子を眺めていた。

「これ、どういう……何?」

「アイツは(またたき)(まい)(みち)つってな。テンション上がって舞を舞うと、自分以外の人間を瞬間移動させられるんだ」

「ええ……?」

 訳の分からない人物に、訳の分からない異能力。俺の頭はすっかり混乱していた。そして立川の表情は死んでいた。

「ああぁ……高まって来たぁ‼ 踊ります、踊りますよお‼」

 とっとと踊ってくれ。

 その女性は一度雄叫びを上げると、突然真顔になり、優雅に踊り始めた。日本風の舞を、俺は初めて見るが、その繊細且つ力強い、流麗且つメリハリのある舞いに、あっという間に目を奪われた。

「……すごい」

「アイツの家は元々、代々続く伝統的な舞踊の名門だったんだと」

 俺の隣から、島津の声がする。声の方を向く余裕すら無く、俺は見事な舞いに見惚れている。こんな見事な舞いの技術を持っているのに、その習得にかけた時間も、努力も、涙も、全て、『異能力者』というだけで、切り捨てられてしまうのか。

「島津」

「あァ。言いたい事ァ分かるぜ」

「絶対、やり遂げるぞ」

「当然」

 俺の大切な人だけじゃない。人の数だけ夢や人生があって、それらを踏みにじる今の世界を、正すんだ。

 俺は改めて、胸にその決意を固めた。

 瞬が、踊りながらカッと目を見開き、大声を上げる。

「……送ります!」

「ここに頼む!」

 その声に合わせ、島津は街の地図の一部を指さした。

直後、俺の視界は、金、銀、赤の三色の渦で埋め尽くされる。渦の中心へ落ちていく感覚があり、ホワイトアウト。

「——はッ⁉」

 目を開けると、廃墟だった。辺りには爆発でもあったかの様な破壊の跡がある。

「おし。じゃあ行くか」

「なるべく、急いで」

 俺は少し遅れて『これが瞬間移動か……』と納得し、走り出した二人に続いて走る。

 しかし、何でこの二人は急いでいるんだ?

「何で急ぐ必要があるんだ? 目立つのは避けた方が」

「私達がこっちで活動できるのは、『舞道が踊り続けている間だけ』だから。……合図をしたらその瞬間、彼女は踊りを止めて、私達を元居た場所に戻すの」

 なるほど。時間制限があるのか。

 しかし疑問は一つではなく、あと二つほどあった。

「急ぐ理由は分かった。でもそれなら何で、目的地から遠い場所を選んだんだ?」

「あァ……お前もさっき見たろ。ぶっ壊された廃墟を」

 今度は島津が答える。走りながら地図を見つつ俺の質問に答えるとは、器用な奴だ。

「瞬間移動ン時、送られた座標から全方位に、強ェ衝撃波が出ンだ。だから、目的地から多少遠くても、人の居ない場所に送られる必要がある」

 なるほど……。万が一にも、あれだけの威力がある衝撃波が人に当たったなら、確実に死人が出るな。

「だいたい分かった。最後に、何で救出の時、彼女の能力を使わなかったんだ?」

「舞道の能力は、『人を往復させる』事しかできねェんだ。まァ、持ち物とかなら追加できるが、命のあるもンは追加できねェ」

「そうなのか……。案外、便利って訳でも無いんだな」

 そこから少し走っていると、目的の家電量販店が見えた。

 店内に入って、それなりに良いパソコンを見繕ってもらった俺達は、俺のクレジットカードで料金を支払って店を後した。

「それじゃあ合図、送るね」

「おう」

「頼む」

 立川が俺と島津に確認してから無線機らしき端末のスイッチを押すと、先程の景色が逆再生で流れ、ブラックアウト。


「……戻って来た、か」

 俺が目を開けると、目の前で舞道が舞いを終えて『お返し』と呼ばれる動作を行っていた。

「——ぶはァ! つっかれた!」

 つい先程までの大和撫子然とした振る舞いは一瞬で消え失せ、その場に仰向けで倒れて大きく呼吸をして、さっきまでは一滴もかいていなかった汗を、滝のようにかいていた。

「お疲れ様。ありがとう」

 立川は舞道の近くに行き、彼女の頭を撫でて微笑みかけていた。

「小太刀さぁぁん‼ 私頑張りました! 今夜は一緒に寝ませんか⁉」

「それは無理」

「ですよねぇ!」

 何と言うか、物凄く軽快なやり取りだった。立川も本心から嫌がっている訳ではなさそうだ。

「お疲れさん。助かった」

 今度は、島津が舞道に労いの言葉をかけていた。しかし舞道は立川を後ろに隠し、威嚇の声を上げている。

「何でだよ」

 島津も苦笑いはしつつ、いつの間にか買っていた缶ジュースを渡していた。

「……舞道さん、ありがとう。お陰で助かりました」

「——そう、ですか」

 俺が礼を言うと、彼女は島津の後ろに隠れてしまった。

「気にすんな。コイツ人見知りしてンだよ」

 島津が苦笑いしながら言った。


「さて。本題はこっからだな」

「ふぅ。……よし、開くぞ」

 俺の部屋に三人で集まり、出入り口を立川が見張っている状態で、俺はメモリを挿し、中のデータを開く。

「これは——」

「……マジ、なんだな」

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