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異能力者

 目を覚ますと、少し前に見た覚えのある風景だった。病室の天井だ。

「……」

 首を傾けて右側を見ると、そこには真白さんが居た。目の下に隈を作っており、目を下に向けている。俺が起きた事にも気付いていない様子だ。

 見た所、怪我は無さそうだ。顔色は……良くはないが、死んでしまいそうな程悪くはない。

 右脇腹に痛みが走るが、それに構わず身体を起こす。新型のAAHWのお陰で、傷は一晩でほぼ治っていた。

「真白さん……無事でよかったです」

 俺の声を聞いた真白さんは顔を上げて俺を見る。

目からは涙がジワリと滲み、溢れ出している。

「弌生君……良かった、起きてくれて」

「真白さんこそ、怪我が無さそうでよかったです」

 泣いてしまっている真白さんに若干の戸惑いを感じつつも俺が言った直後、真白さんは俺の右手を握った。

「ま、真白……さん?」

 どうしたんだろう、いつもの様子ではないし、右手から伝わって来る真白さんの体温はかなり高い。彼女は今かなり無理をしているのだ。

「真白さん、体調大丈夫ですか? 体温高いし、熱でもあるんじゃ……」

「頼人が死んだの」

 ……は?

「嘘だ。嘘に決まってる。嘘でしょう?」

「……」

 真白さんは、黙って俯くと、首を横に振った。

 俺も頼人さんも、勿論真白さんも、今までたくさん異能力者と戦って、殺してきた。今更自分が殺される事に文句は無い。……でも、大切な人が死ぬのは、辛い。

「俺の大切な人は皆……畜生ッ‼」

 そもそも怒りを覚える事すらお門違いで間違いかもしれないが、俺は怒りや悲しみ、悔しさがごちゃ混ぜになった感情を声に出し、病室の壁を思い切り殴った。

「私、やっぱり異能力者が憎いよ……。」

 俺と真白さんの不満が爆発する。そして、不満を上手く和らげてくれた頼人さんは、もう居ない。それから体感で数十分、真白さんと俺は声を殺して泣いた。

 『もう泣かない』なんて、四年前に俺が立てた誓いには、既に何の力も無くなっていた。


「失礼するヨ。笹山くんの病室であってるかナ?」

 ひとしきり泣いて気分が少し落ち着いた時、病室の扉が開けられて誰かが入って来た。

 切れ長の瞳に、ストレートの長髪。長くしなやかな四肢。色白の肌。

 控えめに言って美女だ。そんな美女が俺の所を訪ねてきた。普段なら喜べたかもしれないが、今は流石に無理だ。

「ええ。……あなたは?」

「初めまして、笹山弌生くん。真白雪さん。私は括木犯愚。頼人くんとは旧知の仲でネ。残念だヨ」

 この人が犯愚さんか。頼人さんと一緒にA3の背後を探っていた——待てよ。

「……ええ。本当に」

 真白さんが犯愚に向かって頷く。俺は犯愚さんから目が離せない。

 何で、頼人さん『だけ』が死んで、この人は生きている?最新のAAHWを持っていた頼人さんが死んだ? 単に頼人さんだけが異能力者に殺されたのか? それだけなのか? この人が……犯愚が頼人さんを裏切った可能性は無いのか?

「——」

 表情に出ていたのかもしれない。俺の顔を見て俺に近付いて来た犯愚さんは、何かに躓くフリをして俺に倒れ込む演技をすると、俺の両肩に掴まり、耳打ちする。

「どうしたのかナ? まだ体調が優れないのに訪れるのは良くなかったかナ。おおっト⁉……顔に出すぎだヨ」

 何かに気付かれた! 俺は咄嗟に両肩を押し返して犯愚を跳ね退ける。

「ッ……」

「……いヤ、すまないネ。私もやや参っていル。今日は休みをもらったし、気晴らしに出掛けてくるとしよウ」

 目が、笑っていない。……いや、嗤(、)っ(、)て(、)い(、)る(、)。このままでは何か……取り返しのつかない何かをされる。そう確信した。

「俺もご一緒させて下さい。頼人さんの話しとかも聞きたいですし」

 俺が言うと、犯愚の口角が僅かに、しかし確実に、ピクリと動いた。

 そして、犯愚が口を開きかけた瞬間、真白さんが口を開いた。

「あ……私も聞きたいかも。私と弌生君の知らない頼人ってどんな人だったのか、興味ある」

「真白さん……」

  真白さんの手は、強く俺の手を握っている。彼女は頼人さんから話しを聞いていないはずだし、俺も喋っていないハズなのに。

  俺と真白さんからの申し出に、あくまでも『旧友を亡くした気晴らし』という体をとった犯愚は、少し考えた上で了承し、その後は妙な動きを見せず、ただ散歩をしつつ世間話しで盛り上がって部屋に戻った。

 俺の身体はもう前線復帰ができる状態だったらしく、簡単な手続きだけを済ませて真白さんと一緒に自室へ戻った。


 自室に着いた俺は、ドアにロックをかけてから窓のシャッターを閉め、電気をつける。

その上で部屋の隅々までチェックをし、何かが仕掛けられている訳でもない事を確認した。

「どうやら、大丈夫みたいだな……」

 真白さんは俺の椅子に腰かけて膝を抱え、躊躇っている様子を見せながら呟く。

「……ねえ、弌生君。頼人は何で死んだの?」

「それは、異能力者が——」

 真白さんは首を左右に振ると、悲しそうな瞳を俺に向けた。

「そうじゃなくて、弌生君の考えが聞きたい。……頼人が裏で何かをしていて、私にそれを話すつもりが無いのには気付いてた。さっきの反応を見るに、犯愚さんが絡んでて、弌生君はその事を知ってる。……違う?」

「気付いて、たんですか」

 そこまで言って、気付く。真白さんは、気付いていたから、気付いていないフリをしていたのだ。と。部屋からあまり出なくなったり、よそよそしい態度だったのがソレなのだろう。

「私、あんまり隠し事とか嘘とか上手じゃないからさ、頼人が私に話さないって選択をしたなら、それに従おうって思ってた」

「……」

 真白さんは、軍服の膝辺りの布を強く握った。力を込めた手に、何滴かの雫が落ちる。

「でも……頼人が命を賭けてまでしていた『何か』がどういうものなのかは分からないけど、揉み消されそうになっているのなら……私も戦いたい‼」

 真白さんの心からの叫びを聞いて尚、俺は言葉を紡げずに居た。

 俺の考えが当たっているのなら、頼人さんは相当真相に近付いていたハズだ。何なら辿り着いていたのかも。でなければ、暫く放っていた状態から、一気に殺害まで行く事は不自然だ。

 勿論、単に頼人さんの探りの入れ方が巧みで、A3側が気付くのが遅れたという可能性もあるが……。

 とにかく、頼人さんがA3の黒い部分を探り当てて、犯愚が頼人さんを裏切った事で殺された。そして今日、俺と真白さんの所に犯愚が訪れたのは、頼人さんから誰かに情報が漏れていた事を危惧しての事だろう。

 俺は、まんまと反応が顔に出ていた訳だが。

「……?」

 いや、それなら、何故すぐに襲って来ない? 今この瞬間にも部屋に突入して来れば、ほぼ黒な俺と、気付きかねない真白さんの口封じができるというのに。

「弌生君」

 と、そこまで疑問が回った所で、真白さんが顔を上げ、俺を真っ直ぐ見る。

「教えて。頼人が何をしていたのか」

 正直、言いたくはない。俺はもう手遅れかもしれないが、真白さんは本当に、『何かをしていた』という程度にしか、分かっていない。まだ見逃されるかもしれない。

 ……だが、逆の立場になって考えたらどうだ。自分の親しい相手が二人とも、『何かに命を賭けている』と知ってから、その応援を諦めるなんて事ができるか?

 俺には無理だ。……俺は、自分の大切な人と戦うのに、命が惜しいとは思わない。

 真白さんに、今の状況を話す事にした。

「真白さん。……頼人さんは、新型AAHWの再生力を向上させる機能に違和感を感じて、A3と明本が繋がっている可能性を調べていたんです。そして、理由はまだ分かりませんが、頼人さんの協力者である括木犯愚は生き残った。その犯愚は今日、俺の病室を訪ねてきた」

 至って真面目に話しを聞いていた真白さんだが、表情が暗く、怒りを孕んだものになって行くのは簡単に見て取れた。

「なら……頼人は、犯愚に裏切られて殺された可能性が高いのね」

「ええ。あくまでも、可能性ですけど」

 俺が話しを終えると、真白さんは顔を上げて強い意志の灯った目で俺を見た。その瞳に宿した意思や怒りは強いが、彼女は至って冷静だった。

「分かった。話してくれてありがとう、弌生君。……私、今日はもう休むね。また、明日」

 真白さんは立ち上がり、俺に礼を言った。そしてそのまま部屋から立ち去る寸前、振り返って笑い、自室へと戻って行った。

 ……今の今まで襲撃が無かったという事は、俺が頼人さんから話を聞いているという情報は、犯愚から伝わっていないのだろう。理由は分からないが、状況的にはそう考えるしか無い。

 俺はと真白さんは頼人さんを失った。しかし、異能力者も同じように、家族や仲間を失っているんだ。

 頭に疲れを感じて、俺はベッドに寝転がって目を閉じる。

「……頼人さんが調べた情報は今、どこにあるんだろう」

 ——ピンポーン

 誰にでもなく呟いた時、部屋のドアがノックされた。

まだそこまで遅い時間ではないけど、疲れているんだ。……居留守を使わせてもらおう。

 ——ピンポーン、ピンポン、ピンポーン

 来訪者は、居留守を許しはしなかった。

イラッと来たが、無視し続けても帰ってくれると思えなかったので、俺は応対しようと身体を起こしてドアを少しだけ開ける。

「はい……。すみません、今日は疲れてて——」

「んだよ。なら丁度良いな!」

「あのですね……。冴ちゃん?」

 来訪者は冴だった。彼女は大きめの鍋を手に、俺の部屋に来たのだ。

「おう! 飯作って来たぜ、兄ちゃん!」

「ありがとう……? でも確か今日って」

 今日は、料理を作ってもらう話しにはなっていなかったハズだ。

「んな事気にすんなよ! 退院祝いみてぇなもんだ!」

「……ありがとう。頂くね」

 屈託の無い笑みを俺に向ける冴。気遣いを無下にする事もできず、俺は結局、冴を部屋に招き入れた。


「いっただきまーす」

「頂きます」

 ちゃぶ台を出してきて冴の向かいに腰かけ、俺と彼女は手を合わせる。

 今日冴が作って来てくれたのは、シチューだった。何とパンまで持って来てくれたらしい。

「ホラ、前のボルシチん時、兄ちゃん、あんまり食が進んでなかったろ?」

 俺が黙々と食べていると、冴は寂しそうに笑って言った。

「ああ、そうだね。あの時は確かに……あんまり入らなかった、かな」

「色が悪かったのかなって思ってさ。……兄ちゃんは戦場に出てた訳だろ? なら、あんまり赤は、さ」

「ッ……‼」

 そんな所まで、この子は気にしていてくれたのか。……いや、心配をかけてしまっていたのか。情けない奴だ。俺は。

「冴ちゃん」

「んー?」

 俺はスプーンを置き、意識して肩の力を抜いて深呼吸する。ここ最近、こうして落ち着いて息をする事を、忘れていた気がする。

 新鮮な空気で肺を満たし、力を抜いた、自然な笑顔を冴に向ける。

「ありがとう」

 いつの間にか一杯目を平らげたらしい冴は、俺の勘者の言葉に動揺して目を逸らした。

「……兄ちゃんさ、ここしばらくずっと、怖ぇ顔してたからさ。……そういう顔見れて嬉しいよ。何かあったら、アタシかジジイにでも話してみろよな。少しは楽になるかもしれねえぜ」

 先ほどとは違い、照れくさそうに笑いながら冴は言う。彼女の優しさには、本当に救われる。

「なら、どうしても辛くなった時、頼らせてもらうね」

「おうよ」

 そこから俺と冴は、雑談交じりの食事を楽しんだ。俺は二回程お代わりをし、冴は俺に張り合って三回お代わりをしていた。


 鍋の中が空になった後、食器を片付けた俺は、満腹で動けずにいる冴に水を渡した。

「た、食べ過ぎた……」

 そう言って苦しそうにしている冴の向かい側に腰を下ろした俺は、湯気立っているコーヒーを啜る。

「大丈夫? いつもより多めに食べてたね」

「大丈夫……。兄ちゃんこそ。前はお代わりしなかったのに、今日は合計三杯も食べてたじゃん。そんなに美味かったか?」

 ニヤリと笑う冴。その笑みからは喜びが伝わって来る。そりゃあ、自分の作った料理が美味しそうに食べられたら嬉しいよな。

「美味しかったよ。今日までに作ってもらった料理も、今日のシチューも」

「——」

 俺の返事を聞き、冴はなぜか呆気にとられた顔をした。俺はコーヒーの入ったカップをちゃぶ台に置いて首を傾げる。

「冴ちゃん? どうかした?」

「あ……いや、そんな素直に褒められると思ってなかったっつーか……」

「そう? これまでも言ってた気がするけど」

 冴は首を左右に振る。

「たしかに、今までにも言ってもらっちゃいたけどさ、これまでの言葉はなんつーか……『心ここにあらず』? みたいな感じだったからさ」

……そうか。今まで言っていた言葉も本心ではあったが一方、頭では別な事を考えていた。冴には、それも伝わっていたのか。

「だから、初めてちゃんと『美味しかった』って言われた気がしたんだ。……お粗末さん!」

 冴は笑う。いつもより嬉しそうな……太陽の様な笑みで。俺はその笑顔に、心の底から救われていた。本当に、この子には頭が上がらないな。

「……な、兄ちゃん」

 冴は、俺に何かを言おうとする。

 やや唐突だが、何気ないその態度に、俺もあまり考えずに返事をする。

「うん? どうかした?」

「頼人さんの事、残念だったな」

「……うん」

『何気ない』なんて事は全く無かった。

そうか。彼女は俺達三人の……『TESP』の整備班だった。頼人さんの訃報を知らない訳も無いよな。

「今日は……。実は、その、兄ちゃんが落ち込んでんじゃないかと思ってさ」

 そうだったのか。……やっぱり、彼女は優しい。少し優し過ぎるくらいかもしれない。

「なぁ、兄ちゃん! 新型のAAHWを持ってた頼人さんだって亡くなっちまうんだ。真白さんも……兄ちゃんだって、どうなるか」

「そうだね。俺達は命を使っている。いずれ死ぬかもしれない。明日かもしれないし、下手したら、今日かも」

 俺の視界の一番端……向かい側のちゃぶ台に、ポタリと雫が落ちる。慌てて顔を上げると、冴は肩を震わせていた。

「アタシ……嫌だ。最近、あんまり『あの日』の夢も見なくなってきてたんだ。でも、今回頼人さんが死んじゃってさ……。兄ちゃんもいつか、居なくなっちゃいそうで……それは、嫌だ。嫌だよ。……もう、戦いなんてやめてくれよ……」

 彼女はここ数ヶ月の間を俺達と過ごし、トラウマが癒えてきていたのだ。しかし頼人さんの死で、再び不安定になってしまっている。

 胸が痛む。彼女の涙を拭って、『もうやめる』と言えたらどれだけ良いだろう。……だが、それはできない。家族も、戦友も、頼人さんも失った。

 もう、止まれない。真相を突き止めるまでは。

 俺が共に生きる事が出来なくとも、せめて安心して生きられる世の中には、しないとな。

 俺は冴の隣に行き、彼女の頭を撫でる。命の奪い合いを、この子にはさせない。

「……ありがとう、冴ちゃん。ごめんね」

 冴は、無言で俺に抱き着くと、小声で呟いた。

「ないで……。死なないで」

 俺は冴の頭を右手で撫で、決意を決めて答える。

「うん。……たとえ、『相手を撃ち抜いてでも』生き残るよ」

 ——ビリッとした感覚の直後、『ズガン』と、一発の銃声が鳴った。続いて、冴が倒れる。

 俺は呆然としながら、左手を見た。

「何だこれ……? 何だこれ、何だコレ!」

 左手には、返り血がベッタリと着いていた。

 俺はその場にしゃがんで、倒れてしまった冴を見る。冴は腹部を押さえて苦痛に顔を歪めており、腹部からは血がドクドクと流れている。

「出血が酷い……。冴、今、助けを——」

 俺は、冴の様子から、かなり傷が深いのだと感じて、すぐに内線で助けを求めようとする。だが、その行動は、冴によって止められた。彼女は俺の服を掴み、俺の行動を制止したのだ。

「だ、め……」

「何言ってるんだ、冴⁉ 今すぐ助けを呼ばないと君は!」

「私が助かっても……弌生は殺されちゃう!」

「ッ! そりゃあそうだけど……でも!」

 俺の反論を封じるかの様に、冴は服を引っ張り、俺の姿勢を崩す。そして俺の服の胸倉を掴むと、唇が触れかねない距離にまで顔を近付ける。

「アンタが死んだら……ついさっきした約束が、守られないじゃない。今すぐ、どっかに逃げて。アタシだって死にたくないし、助けは呼ぶから」

 そう言いながら、冴は俺の肩越しに内線の受話器を手に取る。

 そんな事を言われたって、どこへ、どう逃げろと言うんだ……。

「っ……。行って!」

 俺の身体を掴んで体重を支えていた冴は、片手が受話器を持っているせいで重みを支えきれなくなり、床に落ちそうになりながらも叫ぶ。その言葉は、俺の背中を乱暴に、しかし優しく押した。

 俺は冴の身体を腕で受け止め、床に下ろす。

「ごめん。……また、会おう」

「あたりまえ、じゃない……。またね」

 倒れた冴の頭をもう一度撫でて立ち上がる。行かなきゃ。

 確か襲撃の時、異能力者を一人、捕らえていたはずだ。脱出する為にも、俺以外の戦力が要る。

 部屋を出る直前に振り返ると、冴は俺を見て、口パクで何かを言っていた。何と言っていたかは、読み取れなかったが。


 AAHWを使う為に格納庫へ向かって走っていると、ブザーが鳴った。基地に備えられている警報装置だ。続けて放送が流れる。

「基地内にて、異能力者が発見されました。異能力者の名は『笹山弌生』。繰り返します……」

 このアナウンスが流れたという事は、冴は保護されたのだろう。良かった……。勿論現状は、良い事よりも悪い事の方が圧倒的に多い。

 俺に異能力が覚醒した事、それがA3にバレてしまった事、冴を傷付けてしまった事。……雪さんに何も言えなかった事。

 しかし、それらを考えるのは今じゃない。今はとにかく、脱出しなくては。

「……!」

 格納庫に続く通路に、数人のA3隊員が立っていた。AAHWを装備していない。アナウンスの直後なんだから、当然か。

「居たぞ、弌生だ!」

「お前、俺らに嘘吐いてやがったのか⁉ 異能力者の畜生が!」

 当然、俺は彼らに嘘を吐いていた訳じゃない。訓練の時は互いに助け合った事も、喧嘩した事も……。一緒に飯を食ってバカみたいに笑い合った事もあった。

 だが結果として、俺は彼らにとっての敵になってしまった。

「ごめん……。『撃ち抜け』‼」

 俺は本能的に使い方が分かる異能力を発動。両手の人さし指を、相手に向ける。

 ビリッとした感覚。『ズガン』という音。直後、二人はそれぞれ、右太腿と左肩に銃創を作って血を流し、吹っ飛ぶ。床に倒れた彼らは気絶したようだ。

 ごめん。本当に……ごめん。

 格納庫に入った俺は、自身の拳銃型AAHWと、その弾薬だけを手に取って再び廊下を走る。格納庫から異能力者の収容室まではそこそこの距離があり、何度も隊員は俺の前に立ちはだかった。収容室に着くまでに俺は、何人もの知り合いや同僚を負傷させた。

 もう、A3に戻る事は出来ないかな。


「……着いた」

 収容室に着いた俺は、AAHWでドアに穴を空けて侵入する。

「おや……? 久留井さんじゃない。……というか明本じゃないですね。A3の方が、何故ロックを解除せずに破壊を?」

 収容室の中に居たのは、身体中が傷だらけで、正に満身創痍といった様子の男だった。やけによく喋るその男は、俺の姿を見て下卑た笑みを浮かべる。四肢が拘束されている状態で、よくこんな元気があるものだ。

 俺はその男の拘束を外す前に、AAHWの銃口を男の眉間に当てる。

「俺を、明本の基地……いや、あの目つきの悪い男と、白い女の所に案内しろ」

「……僕を逃がしてくれるのなら応じますよ。ですが、人を脅して言う事を聞かせようとするのは関心しませんね。人にものを頼む時というのは頭を下げて——」

「どっちにしても、俺は既にA3から追われる身だ。お前を逃がしてやっても良い」

 癪だが、脱出するのと基地内を走り回るのとでは、かかる労力と必要になる力が全然違う。ここは、信頼できない相手でも信用するしか無い。

「交渉成立ですね」

「あぁ」

 男のニヤケ面が気に入らない俺は、なるべく言葉を交わさず目も合わさずに手錠を外す。鍵なんて持っていないので、AAHWで撃ち壊した。

 身体が自由になった異能力者は床で何度か跳躍して身体の調子を確かめると、俺の方をジト目で見る。

「助けて頂いたのは感謝しますが、僕個人としては、『もう少し良いやり方があったんじゃないか』と抗議したい気分です。一歩間違えば腕か脚が使い物にならなくなる所でしたよ?」

「いいから、さっさとここから脱出するぞ」

「無視ですか……まぁ良いですが。基地から出るまでは先導をお願いしますね? 僕はここに詳しくないので」

 男は、自身の身体中の傷から血が滴るのを全く気にせずに言った。俺はその言葉に頷き、男より数歩先を走る。

「……その傷は、大丈夫なのか」

 あまりの痛々しさに、俺は思わず、質問してしまった。男は俺からの質問を鼻で笑うと、ニヤニヤと嗤った。

「ええ、大丈夫ですよ。あなた方A3に『こういう扱い』をされるのは、初めてではないですしね。慣れたものです」

 嫌味な奴だが、俺達A3が異能力者に対して拷問紛いの聴取を行っているのは以前から知っている以上、俺からは反論など出来なかった。


 しばらく基地内を走っていると俺はある疑問を感じた。

「向かって来る隊員が……少ない」

A3の基地はかなりデカい。当然それに見合っただけの隊員が居るのだが、俺達二人に向かって来る隊員の数が、異様に少ないのだ。

「そうですか? 結構多いと思いますけど」

 隣で異能力者の男が言う。コイツにとってはそうかもしれないが、A3の隊員……元隊員である身としては、やはり少ないと言わざるを得ない。

「まるで、『別の何か』が起っているような……」

 俺が呟いた瞬間、基地の壁に穴が空いた。明らかな攻撃だ。それも、異能力による。

「ッ……異能力⁉」

 即座に飛び退いた俺は、背後の男を睨む。

 男は首を左右に振るが、心なしか嬉しそうに笑う。

「僕じゃないです。……しかし心当たりは居ますよ。あなたが言っていた、『目つきの悪い男』の能力です。今のは」

 俺は壁を見る。壁には、ひと一人が余裕で通れそうな程に大きな穴が空いていた。

 そして、その向こう側から、目つきの悪い異能力者の男が現れた。

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