療養
二〇二五年、早春。
最近、頼人さんが括木 犯愚という人物と共に、A3の内部を嗅ぎ回っている。以前AAHWの性能に疑問を感じていたが、小越のアジトを襲撃した時にその疑念がより強まったらしい。
まぁ、『嗅ぎ回っている』と言っても、一緒に動いている括木という人物の隠蔽工作と頼人さんの慎重さが相まって、俺以外に知っている人は居ないが。
かくいう俺も、頼人さんから直接『A3を調べる』って聞いた以外には一切知らない。
真白さんは自室にこもっている事が多くなった。任務の際の様子もどこか、少しだけよそよそしい。やつれていたりする訳ではないから、今の所は大丈夫そうだが。
新型AAHWを任された俺達三人の小隊は『特殊部隊』という仮称から、『技術試験特殊小隊(Technical,Exam, Special,Platoona)』……略して『TESP』と呼ばれる事になった。
うーん。謎に長い肩書きだ。しかし正直ロマンを感じずにはいられない。
小越と二偽はあの後尋問の為に引き離され、人権を無視した『聴取』が行われている。
数日おきに様子を見に行っているが、日に日に、二人の怪我は増えていくばかりで、見るのが辛い。
「……俺は何をしてるんだ」
「どうしたんだ、兄ちゃん?」
「……。いや。何でもないよ」
冴が作ってくれたボルシチを掬ったスプーンを見つめたまま、ボーッとしてしまった。そのままスプーンの中身を口に入れて呑み込んだ。
最近はあまり気分が良くない。見たくない風景ばかり見ているからかもしれない。そのせいもあって、正直味はあまり分からなかった。
「もしかして……不味かったか?」
冴の心配そうな瞳が俺に向く。吉郎曰く冴は俺にかなり懐いているらしい。俺もそれは感じている。だが、いくら何でも俺の部屋に料理を運ばせるのはどうかと思う。
俺は冴の視線に耐えられず、目を逸らした。
「ううん。美味しいよ」
「ホントか⁉ 良かった……」
冴は嬉しそうに笑い、自分の皿によそった分をあっという間に平らげ、持参したカセットコンロで鍋の中身を加熱し始める。
「そういえば、吉郎さんは?」
「ん~、何か色々忙しくしてる。ここ最近は晩飯も一緒に食えてないなぁ」
「そうなんだ。……それで俺の所に?」
俺の問いかけに、冴は頷く。
「おう。まあジジイにそうしろって言われた訳じゃねえけど。ほら、兄ちゃんってズボラそうだし、アタシの手料理でも振る舞ってやろうかってな!」
失礼だなこの子。……しかし吉郎が冴に指示した訳じゃないのだとすると、下手すれば俺は吉郎に怒られるんじゃないか?
……あまり、考えない様にしよう。
俺は、冷えてきてしまったボルシチを食べる。冴との会話をしていくに連れ、心なしか味を感じる様になって行く気がしたし、気分も幾らかマシになってきた。
何気ない言葉を交わせる相手は、俺にはあまり居ない。頼人さんと雪さんくらいだった。それも最近、頼人さんは忙しそうにしているし、雪さんとはアジト襲撃以降あまり話していない。
救われている。そう言える。
「……ごちそうさま。美味しかった」
「お粗末さん。兄ちゃん、ちょっと顔色良くなったな」
いつの間にかお代わりも平らげていた冴は、俺の顔を見て微笑む。そんなに顔に出ていたか? という疑問もあるが何より……。
「冴ちゃん、よく食べるね」
「悪いかよ」
「いや? 食欲があるのは良い事だよ」
「若ぇからな。兄ちゃんとかジジイとは違ぇんだよ」
冴はまた笑った。今日は特によく笑う。守りたいこの笑顔。
その後、俺と冴は片づけを済ませてから冴を部屋に送り、その日は別れた。