日が暮れて
「兄、ちゃん……‼」
吉郎に連れられた先には、確かに冴が居た。冴は椅子に座らされていた。怪我も無さそうだし、拘束されている訳でも無かった。
吉郎は冴の頭を撫でると椅子に座り、俺に手で椅子を指し、無言で『座れ』と促した。促された通りに座ると、何か、グラつくような錯覚に襲われた。
「……まずは、何故俺がここに居たのかを話そう」
吉郎はつらつらと話し始めた。
自分には一人、実の息子が居た事。その息子が、先程の『下永駁撃』だという事。
駁撃は生まれつき、重い病を患っていた事。その病を治す為に、ありとあらゆる手を尽くした事。
そして——。
「そして、駁撃の病は治った。しかしどういう訳なのか、俺の息子には、異能力者が宿っていたんだ」
完全な副産物だったらしい。それまでは偶然でしか覚醒しなかった異能力に、人為的に覚醒したのだ。しかし結果として駁撃は元気になった。吉郎は、それだけで嬉しかった。
「しかし、どこから駁撃の話しを聞きつけたのか、とある企業が俺達親子を訪ねてきた。俺は人質となり、駁撃は『人為的な異能力者第一号』として、身体を弄くり回された。……やがてその情報は、裏社会では常識レベルの話しとなり……、当時の明本は、駁撃が捕らわれていた街を、丸ごと破壊した。これが、『一一・一三』だ」
「……そこからは、お前達が知っている通りだ。俺がこの話しをお前たち二人にしたのは、息子と共に死ぬ前に、託す相手が欲しかったからだ。身勝手なジジイのわがままだが、どうか、この話しを世間に広め、A2社を潰してほしい。証拠は、このメモリに入っている」
吉郎は、机の上にメモリを置き、冴の方を見た。
「冴、俺がお前を拾ったのは、最初は単に、何も出来なかった自分に、言い訳を付けたかったからだ。……しかし共に過ごす内、俺は、お前を本当に大切に想う様になった。幸せになってくれ」
今度は、俺の方を見た。
「弌生。冴を頼みたい。身勝手で迷惑なジジイの頼みなんぞ請け負いたくないかもしれんが、どうか……どうか頼む。本当に、今まで済まなかった」
そう言うと、吉郎は立ち上がって冴の後ろのカーテンを開く。
「……弌生、冴。お前達二人には、俺の能力で一時的に『動き』を制限させてもらった。感情と身体、両方の、な。……じゃあな」
吉郎は最期、冴の頭をもう一度だけ撫でて、窓から飛び降りた。この部屋は一五階だ。助からないだろう。そして、水風船が弾ける様な音。
——突然、俺と冴は動ける様になった。それはつまり、吉郎が……。
「ぅ……うう、訳、分かんねえよ。クソジジイ‼」
俺は虚脱感でその場に項垂れ、冴は感情が入り混じって叫び声を上げている。
俺達の戦いは、後味の悪すぎる形で、終わった。
その後、俺達は頼人さんの集めた証拠と、吉郎の遺した証拠を世間に公開した。世間は大いに荒れたが、結局、差別する側もされる側も、争いに疲れ果てていた様で、半年もする頃には世の中も落ち着いた。
今は国会で、『異能力者と共存する為の法整備』が進められている。
A2社は世間からの大バッシングや司法の介入であっと言う間に倒産し、今その設備は『A3と明本の負の歴史』を遺すため、博物館として転用されている。
俺達A3は非難を浴びる事もあったが、味方として戦った異能力者の皆の尽力で、社会貢献をするという条件付きで許された。
二〇三年、大晦日。
「初詣かぁ……。俺別に神様とか信じてないんだけど……」
「良いから来る! あの神社、縁結びの効果があるって話題なんだから!」
「縁結びねぇ……」
あれから五年。俺は冴と交際していた。何年も継続的にアタックされて、こっちが折れる形になった。一九歳になった彼女は何というか、物凄い美人に成長していた。
「でもやっぱりさ……俺と一緒に居ると、思い出しちゃうんじゃない?」
五年前の彼女を知っている身としての最後の抵抗でもあり本心でもある疑問を投げると、冴は呆れた様にため息を吐いた。
「あんなジジイの事思い出したからって、アタシがしょげる訳無いじゃん!」
そう言って笑う彼女は、やっぱり俺には眩しい存在だった。まるで太陽の様な。




