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決戦前夜

今頃、立川と島津は、A2社の工場で最後の証拠を集めているだろう。

「無事だと良いけどな……」

 俺の呟きを聞いた小越は、真剣な表情で頷く。

「きっと無事ですよ。あの二人が揃って誰かに敗ける姿、想像つきます?」

「いや、つかないな。……しかし小越。お前、よく俺達に協力してくれる気になったな」

 車を運転しながら、助手席に座っている小越に冗談交じりに言と、彼はため息を吐いた。

「わ、分かるでしょう? 一緒になりたい人が居るんですよ」

「悪い悪い。そうだな。……一緒に生きたいよな」

「そういう事です」

 車はA3の基地に到着する。直後、前が見えない程の光量で、ライトが俺達を照らす。

「さて……交渉開始だな」

 俺は久し振りに着た制服の首元を締め、両手を上に挙げる。


「失礼いたします。局長どの」

「入れ」

 随分懐かしい気分になりながら、俺は局長室に入る。連行した隊員は敬礼をすると部屋から出て行き、室内には俺と小越、そして局長の三人のみになる。

「久しいな、笹山弌生。よもや、明本に身を寄せていたとは思わなんだぞ」

 局長は煙草を吹かしながら俺を睨み、続けて隣で車椅子に座っている小越を見る。いつかとは違い、部屋の中に煙が留まり続ける事は無く、部屋の空気は綺麗なままだ。

「申し訳ありません。異能力者として覚醒した以上、身を守るのには、明本が最も適していると思えましたので」

「ふん。理由などどうでも良いわ。……何をしに来た?」

「は。何としても、局長殿にお聞きして頂きたい事がございまして」

「ほう。……話してみろ」

「こちらです」

局長の言葉に従い、俺は持参した資料のコピーを見せる。

「資料をご覧いただければご理解頂けるかと存じますが、我々A3と、彼ら異能力者の明本は『A2社』という会社を通じて繋がっております」

 数秒、数十秒と、局長が資料に目を通す間、気まずい沈黙が流れる。小越はゴクリと喉を鳴らして汗をかいている。

 そして。

「——ふむ。貴様の言う通り、この資料さえあれば、我々A3と明本、そしてA2社の繋がりは証明可能だろう」

 場の空気が、一気に柔らかくなるのを感じる。良かった。これで、A3の隊員と連携を取って——。

 次の瞬間、『バサバサ』と音を立てて資料が宙を舞った。局長が資料を投げ捨てたのだ。

「それで……これを私に話して、どうするつもりだった?」

 場の空気が再び変わった。……重苦しい上に、寒気がするほど冷たい空気に。

「そ、それは……この基地の隊員で、一丸となって、不正を——」

「面白い冗談だ。だいたい、異能力者としてこの基地を抜け出した貴様の言い分を、誰が信じると言うんだ?」

「それは……っ」

「交渉決裂みたいですね。……ッ‼」

 小越が能力を発動し、右腕の棘で一気に局長の喉元を貫こうとする。しかし局長はデスクを思い切り蹴り上げて自身の姿を隠す。

 次の瞬間、小越の死角から現れた局長は、小越の腹にアッパーを当て、くの字に折れ曲がった彼の身体に跳び後ろ回し蹴りを叩き込む。

「ぐッ……うあぁ⁉」

 小越は物凄い速度で壁まで吹っ飛んだ。その際、小越の右腕の棘は『ボグッ』と鈍い音をたててへし折れた。デスクを貫いた小越の棘は壁まで貫通して突き刺さっていた為、彼は咄嗟の回避が出来なかったのだろう。

 局長は小さく跳躍して身体をほぐしながら、腰に巻いていたベルトから、金属光沢を持った何かを引き抜く。

「まだ若いな。……『私が、明本と通じている』とは考えなかったのだろう?」

「そんな……!」

『フォンッ』という、空気を裂く音がする。直後、俺の右肩に大きな裂傷が走る。

「ぐぁ……あぁ⁉」

 局長は、手にした鞭の様な剣を俺に見せて語る。

「『ウルミー』という剣のAAHWだ。初めて見るか? 私用に特注で作ってもらった」

「くっそ……ぉ‼」

 傷口が塞がって行くのを感じながら、俺は左手でAAHWを引き抜き銃口を向ける。

 しかし、狭い室内では剣の方が速い。

「遅いな!」

 銃口を局長へ向けた瞬間、俺の左手に持っていたAAHWは弾き落とされる。

「『撃ち……抜け』ッ‼」

 そのまま左手を局長に向けた俺は、狙いを定めて叫ぶ。局長はウルミーで銃撃をガードしようとするが、俺の銃撃が電気を纏っていると気付くや否や姿勢を低くして回避し、斬撃を飛ばして来る。

「させない……!」

回避の間に合わない俺をカバーする様に、小越は棘を伸ばしてウルミーを自身の棘に巻き付け、局長を引っ張る。

よく見ると、彼は自身の足元に棘を突き刺して引っ張り負けないようにしている。

「邪魔を! するな‼」

 局長が、空いている左手で拳銃を抜き、小越に向ける。

「『撃ち抜け』‼」

 回復してきた右腕でAAHWを抜き、俺は局長の拳銃を持っている手目掛けて銃撃を放つ。本来のAAHWの威力に加え、異能力でブーストした弾丸は、狙い違わず局長の左手首を破砕する。

「ぐッ……」

 衝撃でよろめき、局長は体勢を崩した。

「とどめ任せますッ‼」

 小越が叫び、局長の両膝を棘で貫き、全力で引っ張る。

「くっ……‼」

 局長はその場に倒れる。もはや彼女には、ウルミー以外の武器は無い。そのウルミーも、小越が封じている。

 俺はナイフを取り出し、局長の喉元に突き立てた。

「がふッ……ぁ……」

 激しく血を吐き、身体を痙攣させる局長の喉に、より深くナイフを突き刺す。彼女は最期の最期に、何故か笑って、声を出さずに何かを呟き、絶命した。

「……手筈、通り」

 俺はナイフを引き抜き、項垂れて、局長の目を閉じさせる。

 局長が……辻華樹が明本と通じている事は、頼人さんが既に調べていた。その理由まで。

 彼女は若い頃、異能力者である事を隠した相手と愛を育み、子を授かった。しかしその子はこの世に生を受ける事が出来ず、局長自身も、二度と子を授かれない身体になってしまった。……そして、異能力者の男は蒸発している。

 彼女を責める事が、誰に出来るだろうか。

「最善を尽くしたと、思いますよ」

 しかし、最良では無かった。


 局長室には、真白さん、犯愚、冴の三人に頼んで細工を施した。

 俺達との会話内容は筒抜けだった。そしてそこに、三人の後押しが入る。A3の中でも存在感の強い三人だ。効果は絶大だろう。

 俺は局長に手を合わせて立ち上がる。まだだ。最後の一押しを、しなければ。

 無線で、島津と連絡を取ろうとする。暫く応答が無かったが、無事、島津は応答した。

「よう。そっちはどうなった?」

 至って平静な声がする。この様子だと、二人とも無事そうだ。

「こっちは手筈通り行ったぞ。お前達は今どこだ?」

「……俺は今、基地に着く所だ」

 『俺』? 『俺達』じゃないのか。……まあいいか。

「そうか。じゃあ局長室まで来てくれ。場所は分かるか?」

「ああ。分かる」

「そうか。なら待ってるぞ」

 通信を切った。よし。何とかA3の隊員を説得できそうだ。


 島津と合流した。……合流できたのは、島津だけだった。今、基地内に島津と小太刀が集めてくれた証拠を映している。これで、A3隊員も、俺達の味方になってくれるだろう。

「島津。……これからが大詰めだ」

 俺は、壁にもたれて座り込み、涙を流している島津に話しかけた。

「なぁ笹山。お前……どんだけ失った、ここまで」

 平静を保った声……違う。生気の無い声だ。島津は今、失い過ぎて、手元に何も残っていないんだ。

 四年前の、あの日の俺と同じだ。

「……全部だ」

「——そうか。お前も、か」

 力なく笑う島津の手を取り、力強く握る。

「だけど、今はゼロでも、マイナスでもない」

「強ェな……俺はもう、駄目だ」

「ああ。今立ち止まったら、お前に託した人の想いも、お前が足搔いて来た足跡も、全部無くなる。そうなれば、本当にお終いだ」

「……まだ、歩けって? 無茶言うなよ。これ以上、足が、前に進まねェって」

「お前を想ってくれた彼女の想いも、足跡も、全部無駄にするつもりか?」

「ッ……⁉」

 島津は顔を上げる。その目の中には、『哀しみ』、『怒り』、『苦しみ』、『諦め』等の感情が入り混じり、渦を巻いていた。

「今お前が歩みを止めたら、小太刀は無駄死にになる。それでも良いのか?」

 島津の目に、弱々しく光が灯った。

「……嫌だ」

「なら立て。立って、成すべき事を成すんだ。島津久留井。嘆くのは、その後だ」

 島津の目の中の光が、徐々に強くなっていく。やがてその火は彼の身体を動かす原動力になって、立ち上がる力を与えた。

「畜生。……ゴール目前で立ち止まる馬鹿は、居ねェよな」

「ああ、そうだ。倒れたって良いから、ゴールテープを切るんだ」

 そこから、俺と島津は情報や状況を伝え合い、これからの動きを話し合った。


「皆、装備の点検と休息を忘れないように。……解散」

 明本の基地へ侵攻するのを翌日にし、今日のこれ以降は休みとし、話し合いは終わった。

「弌生君……ちょっと、二人で話したい」

 自室に行こうとした俺に、真白さんが話しかけて来た。俺も彼女には謝りたかったので、基地の屋上で、二人で話す事にした。

 

「まずは、無事でよかった」

 ベンチに腰かけた俺達は、すっかり日の暮れた那御耶を見ていた。

「ええ。冴ちゃんに背中を押されて、『死ねない』って思ったら、いつの間にか。自分でも驚いてます」

 自販機で買った缶コーヒーを飲みながら、久し振りの穏やかな空気を味わって話す。隣から真白さんが笑顔で覗き込んで来る。

「それに、頼人がやりかけだった事もやり遂げた」

「買い被りです。偶然が重なっただけですよ。……それに、まだ終わってません」

「……だね」

「……真白さんって、頼人さんの事、好きだったんですか?」

 ふと、気になった事を質問してみた。すると、真白さんははぐらかす様に笑い、話しを逸らした。

「んー? 弌生君も好きだよ」

「そうですか。ありがとうございます。……俺も、頼人さんと真白さんが好きです」

「うん……そうだね」

 答えたくないなら、無理に問い詰める事は無いだろう。俺は残っていたコーヒーを飲み干し、ごみ箱に投げ入れて立ち上がる。

「明日で、全部終わりです。……生き残りましょう」

真白さんはコーヒーではなく缶ジュースを飲み干し、小さく『ふぅ』と息を吐き、頷いた。


 自室に戻ると、俺の部屋は物置きになっていた。

「そりゃあそうか。……普通に見てたら裏切り者だしな」

 しかし、今日どこで寝ようか。

そう考えて踵を返すと、そこには冴が居た。

 彼女とも真白さんとも、直接は会わずに犯愚を通じて手紙でやり取りをしていたので、会うのはしばらくぶりになる。

「あ……ぁ」

 冴は、その大きな目にジワジワと涙を浮かべ、泣きそうになりながらも何とか堪える。そして涙が一旦収まると、俺に向かっていつもの弾ける笑顔を向けた。

「おかえり! 兄ちゃん‼」

「ただいま。冴ちゃん」

 そして冴は俺に向かって駆け出し、抱き着こうとして、気付く。

「兄ちゃんの部屋……物置きになっちまったな」

 気まずそうに苦笑いした冴は、目を泳がせつつ、身体を左右に揺らし、心なしか赤い顔で訊いて来る。

「あ……アタシの部屋来るか?」

 それは本当に助かる申し出だった。流石に廊下で寝たくはないし、先程の先頭で傷付いてしまったAAHWの整備も頼めるし、一石二鳥だ。

「本当⁉ 助かるよ‼」

 時間にして、提案から〇・三秒以内の即答である。

「ううえぇ⁉ 即答かよ!」

「え、うん……。何か変だった?」

 何で驚いてるんだろう。……本当は嫌だった? いや、それならそもそも誘わないハズだしな。顔が赤かった事から推測すると、もしかして部屋が汚い、とか? ……よし。

「冴ちゃん、大丈夫。俺も掃除、手伝うから!」

 冴の肩に手を置き、もう片方の手で親指を立てる。

「……そういう事じゃねー‼」


「ったく……AAHWを整備して欲しかったから申し出を受けたってのかよ」

「う、うん……。というか、何で怒られたのかあんまり分からないんだけど」

 冴と吉郎の部屋で、俺は冴の肩を揉んでいた。

 冴の話しだと、ここ最近、吉郎は基地内のどこにも居ない状況が続いているのだと言う。一四歳の子供を放って、一体何をしているんだ。吉郎は。

 暫く冴の肩を揉んでいると、冴は大きくため息を吐いた。

「……もう良いよ」

「そう? 分かった」

「兄ちゃん、ここ来て正座」

「あ、はい」

 肩揉みをやめた俺に追加で指示が飛び、俺はその通りに冴の正面に正座する。

「……」

「あの、冴ちゃん。これって一体——」

「目、瞑って」

「? 何で?」

「良いから。早く」

「は、はい」

 俺は戸惑いながら目を閉じ……唇に、柔らかい感触を感じた。ああ。そういう事か。

 冴の態度が変だった理由に合点が行き、途端に申し訳無さがこみ上げて来た。

「目、開けて良いよ」

「冴ちゃん。ごめん。……俺、君を恋愛対象としては見れない」

「……そうかよ」

「ごめん。……出てくね」

 俺は立ち上がり、部屋を後にしようとして、呼び止められる。

「待てよ。……コレ持ってけ」

 振り返った俺に、AAHWとその弾薬が押し付けられてドアが閉まる。整備は完璧だった。

「ありがとう」

 閉まったドアに頭を下げて礼を言うと、向こうから、涙声の返事が返って来る。

「うるせえ。早くどっか行け……‼」

 俺は、その場を後にした。


 結局、局長室に戻って来た俺は、局長席に座っている犯愚と遭遇する。

「やァ」

「……」

 俺はドアを閉じた。

「酷くなイ? 一応恩人だぜ、私」

 直後にドアが開き、いつものニヤニヤ嗤いを浮かべて犯愚は言ってくる。

「アンタには恩と恨みがあるけど、プラスかマイナスかで言ったら確実にマイナスだからな」

「だろうネ。というか、そうでないとつまらなイ。まあ入りなヨ」

 行く当ても無いのでそれに従って局長室に入る事にした。

 局長室の中にあった大きめのソファに座り、犯愚を見ながら俺は尋ねる。

「アンタは結局何がしたかったんだよ。頼人さんを手伝ったと思ったら殺して、俺の様子を見に来たと思えばアドバイスをして……やってる事が支離滅裂だぞ」

 犯愚は俺の話しを聞き、椅子に腰かけたまま俺を見た。

「だからさ、私は面白いものが見たいだけなんだヨ。きみ達の戦い、葛藤、苦しみ……それらを見て、楽しみたいだケ。漫画を読んだりアニメを見るのと、理由は変わらないヨ」

「ふざけた意見だ。この世界はフィクションじゃないんだぞ」

 俺の怒りの言葉に、犯愚はまた嗤う。心底可笑しいものを見ている様に。

「フィクションだとモ。少なくとも、私にとってはネ。きみ達は『括木犯愚』という作品に登場するキャラクターで、特に笹山弌生と島津久留井の二人は、今回の章の主人公だった。面白いものを見せてもらったヨ」

 まるで、『今回の私の出番はここまでダ』と言わんばかりの物言いに、俺は立ち上がる。

「逃げる気か?」

 椅子から立ち上がって局長室から出ようとしている犯愚は、俺を振り返って鼻で笑う。

「いいヤ。この章のラストを、特等席で観に行くだけサ」

 そう言い残して、括木犯愚は局長室から立ち去った。アイツとは、絶対に話しが合わないな。

 俺はその後シャワーを浴び、軍服を用意して眠りについた。

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