小太刀
二〇二五年、夏。
俺と小太刀は今、AAHWの製造・A3への提供を行っている会社、『A2社』の工場に潜入している。
以前に頼人という人物が遺した、A3と明本の関係性を表す証拠を見た俺達は、駁撃に隠れて明本の連中に声をかけ、一部だが味方に引き込む事に成功していた。
笹山は今、A3に残った味方とコンタクトを取っている。
「……やけにすんなり侵入できたな」
「警備の人間も見えない……どうする?」
「行くぞ」
手薄過ぎる警備に、理性は警鐘を鳴らす。しかし俺と小太刀は、何故か冷静な判断ができず、工場の奥へ、更に奥へと進んで行った。
「ここ、は——」
「人間の脳を、培養している……?」
工場の最奥。奥へ奥へと進んでいた俺達は、いつの間にか、SFでしか見た事の無いような場所に辿り着いていた。
その場所には、翠色の液体で満たされたカプセルが無数にあった。
そのカプセルの中には、人間の脳に見える物が一つずつ入っており、その脳から、チューブで何かを採取しているようだった。
その数目算で一〇〇以上。俺は咄嗟に、笹山の金で買ったカメラに、その状況を収める。
あまりの光景で呆気に取られていた俺達だったが、やがて理解が追い付き、猛烈な不快感がこみ上げて来た。
「……ぅ、ぷ」
「小太刀、しっかりしろ。……何なんだ、この景色は」
小太刀は口を押さえ、吐き気を堪えている。そこへ、とある男の声がした。
「何だ、君達か。……何でここに?」
聞いた事のある声がした。俺達明本の、リーダーの声。
「そうか。……やっぱり、あの証拠は本物だったんだな」
頼人という人物が命を賭して調べ、突き止めた事実。それは——。
『A3の背後に居る「A2社」という組織は、異能力者を人為的に生み出して、A3と争わせている』というものだった。
「『あの証拠』……。何の事か分からないや」
明本のリーダー、『下永駁撃』は、困ったように笑う。
「一つだけ確認させてくれ。……アンタは、いや明本は、A3と繋がってンのか⁉」
「それ、君が知る必要……あるの?」
駁撃は俺の質問を肯定する様に嗤い、右手の中指と親指の先を合わせ、グッと力を込める。
「ッ……小太刀‼」
不味い、攻撃が来る——‼
俺は小太刀を蹴り、波動を放って可能な限り彼女を遠くへ吹っ飛ばす。
「ぁぐッ……‼」
その反動で、俺自身もその場から弾き飛ばす。
直後、『パチン』という軽い破裂音。続けて耳を劈く轟音。下永駁撃の能力、爆撃だ。
「ぐ——ああぁあ‼」
小太刀は何とか爆風の範囲から外せた様だが、コンマ数秒だけ遅れた俺は、熱で身体の前面をジリジリと焼かれ、床を転がる。
俺は歯を食いしばり、即座に姿勢を立て直すと、左手で駁撃に照準を合わせ、右手で鋭い槍の様な衝撃波を放ち駁撃を狙う。
「そこからじゃ、ちょっと遠いんじゃない?」
再び指を弾く音。駁撃の目の前が連鎖的に爆発し、俺の衝撃波を相殺する。そしてもう片方の手の指を弾く。
「ッ……‼」
俺は床目掛けて腕を振り下ろし、衝撃波を放って宙を舞う。俺の立っていた地点が爆発するが、今度は回避できた。
そのまま、俺は両腕で、連続してパンチを放つ。無数の衝撃波が駁撃に迫るが、脚を少し浮かせて指を弾き、かかと部分を爆発させる。駁撃は、反動で身体を宙に浮かせた。
「なッ……⁉」
そのまま連続して脚を爆発させた駁撃は、何度も空中で撃ち落とそうとする俺の衝撃波を回避しつつ俺に迫った。
「こういう使い方も、あるのさッ‼」
駁撃が右腕を引いて構えをとり、左腕の指を弾く。
「く……うおぉぉッ‼」
駁撃の拳が俺の腹に迫り、俺は駁撃の腕と俺の腹の間に、全力で衝撃波を放つ。『パチン』という音が鳴った直後、俺の意識はブツリと途切れた。
「はっ……はっ……ぁ」
柔らかな感触。優しい温かさ。俺はどことなくデジャヴを感じて目を覚ます。
俺は、小太刀に背負われて、暗い街中を移動していた。数の少ない街灯が俺と小太刀を照らし、また暗闇……。明るさと暗闇を繰り返す内、俺は小太刀の息が激しく乱れている事に気が付いた。
「小太刀……?」
「久留井、起きた……? 良かった」
「何が——。さっき、俺は……」
駁撃に攻撃されて……。
「そうだ、駁撃! アイツどうなった⁉」
俺の問いに返って来たのは、沈黙だった。何の事は無い。小太刀が俺を地面に降ろして、息を整えていて、答えを口にできていないのだ。
俺は、普段とあまりにも違う小太刀を心配し、しゃがんで彼女の肩を揺する。
「小太刀、大丈——」
小太刀は顔を上げ、青ざめた顔で俺を見て、力なく微笑む。対照的に真っ赤に染まった腹を腕で隠しているが、その腕から血が滴り落ち、地面に血溜まりを作っている。
「ッ……⁉」
今まで小太刀が歩いてきた道を見る。血痕が街灯に照らされていて、小太刀の傷の深さを物語っている。これは、確実に、致命傷だ。
傷は塞がるだろうが、流れた血が多すぎる。
「小太刀、お前……この怪我は⁉」
フラフラと揺れる小太刀を両腕で支えて俺が叫ぶと、小太刀はまた、力なく笑う。
「うるさい……。叫ばなくても聞こえるよ。分かってる、でしょ?」
「ッ——‼」
俺だって、そこまで察しの悪い馬鹿じゃない。俺が気絶してから、小太刀が怪我を負った理由なんて、一瞬で察しが付いている。
でも。
「何でだよ……俺に唯一残った大切まで、何で失わせるんだよ」
小太刀の目からは、徐々に光が失われつつある。体温も少しずつ低くなってきた。
「ごめん、小太刀。……さっき俺が、戻る判断をしときゃあ……」
そこまで言った時、小太刀の身体から力が抜け、俺に向かって倒れる。
俺は彼女の身体を、膝枕をするような形で抱き止めた。
俺の目から零れた涙が小太刀の頬に落ちると、小太刀は目を閉じて、満面の笑みを見せる。
「良い、よ。……私も、反対しなかったんだし、お互い様」
「ッ……」
小太刀を抱きしめる。冷たくなっていく彼女の身体を、少しでも温めようと。死の間際まで、彼女から離れまいと。小太刀も俺の身体を抱きしめる。
「ね……久留井」
俺の耳元で、小太刀が囁く。耳を澄ませなければ聞き逃してしまう程にか細い声で、絞り出すような必死な声で。
「私の事、好き……?」
「あぁ。好きだ。大好きだ! 愛してる‼」
即答する。一言たりとも聞き逃す事の無い様に、小太刀が最期に聞く声が、彼女にとって幸せな物であるように願いながら。
小太刀は短く息を吐く。もしかしたら、笑ったのかもしれない。
「私も。私もあなたが……好き。愛してる、久留井」
そこまで言って、小太刀の腕から力が抜ける。小太刀が、死んだ。
「愛してる……。 これからも、ずっと、お前だけを」
俺は小太刀の身体を横抱きで持ち上げると、人の居ない道を歩いてA3の基地へと向かった。
手筈通りなら、既にA3の基地には味方が集結しているハズだ。
小太刀の身体の傷は塞がっていたが、彼女が目を覚ます事は、もう無い。




