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異能力者と非異能力者+

二〇二四年、秋。

「はぁ、はぁ……。殺す、絶対に殺してやるッ‼」

 酷い臭いがする。

埃、血、汗、硝煙……それらが混ざり合った、『死』の臭いが。

「どこ行きやがったクソA3が‼ 償いはまだ終わっちゃいねえぞ!」

 泣き腫らした赤い目で廃校の校舎内を歩き、異能力者の男が俺を追って来る。

「こっちも、お前に償わせるまで逃げる気は無ぇよ……‼」

 俺の居る方向に男が足を踏み出した瞬間、反対の廊下に置いた仲間の通信機に連絡をかけた。ラウドモードにしておいたレシーバーからは着信があった事を示す音が鳴り響いた。

当然男もその音を聞いたらしく、レシーバーのある方へ駆け出す。

 よし、かかった‼ 俺は隠れていた物陰から銃口を出し、男の背中目掛けてリボルバー型のAAHW二丁を連射する。合計十二発の銃撃だ。

「っ⁉ 罠か!」

 俺が引き金を引く直前になって男は俺の存在に気付き、遅れながらも回避しようと両腕を前に構える。すると、男と俺の間には透明な揺らぎが発生し、銃弾は殆どが弾かれるか受け止められてしまう。

「逃がすかよ!」

 しかし全てが回避できた訳では無いらしく、男は左肩や右わき腹、右太股に弾を受けて出血。両腕で空中を殴ると背後に吹っ飛んで遮蔽物に隠れ、そのまま逃走を図る。

 俺は逃がさないと叫び男を追跡しようとしたが、角を曲がろうとした時、俺の目の前に全身が『白』という印象の女性が現れた。

「お前も異能力者か?」

「そう。私も異能力者。……どうする? 」

 一発も弾が残っていないリボルバーの銃口をハッタリで女性に向けて尋ねると、その女性は尋ね返しつつ何も持っていない筈の状態で居合の構えをとる。

「拘束、または処理するのみ……!」

「弾の入っていない銃で?」

「っ、くそ!」

 女性から間合いを取る為に数歩後ろに下がりつつシリンダーを振り出して銃を上に向け排莢。そのまま下に腕を振り下ろしその勢いで手首の内側に付けておいた銃弾をシリンダー内に入れてリロード。

AAHWの銃口を女に向ける。早くこの女を倒し、あの男を追わなければ。

「この距離なら……こっちの方が速い‼」

 トリガーに指をかける俺だったがしかし、女は数歩分の距離を一足で詰めつつ抜刀する様な動作を見せる。

「抜刀……『白鞘』ッ‼」

「くッ……うおぉぉあ‼」

 女が何かを言って水平に刀を振るう様な動きを見せた瞬間。俺は雄叫びを上げながら無理やり後方に跳び、AAHWの銃身で剣戟を受ける。女が振るった斬撃がAAHWに叩き込まれ、俺の身体は数メートル背後に吹っ飛び廃校舎の壁に叩きつけられる。

 壁はピシッという音と共に亀裂が入る。俺は咳と共に血痰を吐き出しAAHWを見る。艶消し黒で金に縁どられた銃身には刀の傷がクッキリと残っており、シリンダーもそれは同様だった。頑丈さが取り柄なリボルバーとはいえ、これでは使い物にならないだろう。

「がふッ。ああ……クソったれ」

「……諦めた?」

 亀裂の入った壁にもたれかかる俺に向かって歩きつつ尋ねる女は、油断無く俺を見下ろし構えをとっている。

だが、俺はつい先ほど死んだ仲間のレシーバーに通信を入れた。しかしそれは、そのレシーバーに直接通信をかけた訳ではなく、近場の仲間全体に通信が入る様にしていた。

そして今吹っ飛ばされた時、窓の外からこちらへ向かって来ているA3隊員の姿を見た。

 ここから壁を破って飛び降りれば、丁度仲間達の近くに降りられるだろう。俺は女を睨み付け、AAHWのグリップ底面で背後の亀裂が入った壁を思い切り叩き、両脚で床を後ろに向かって蹴る。

「?」

 女は首を傾げ、俺を不思議そうな顔で見る。だがその一瞬の間が出来た事で、俺の生存はほぼ確定した。俺の背後の壁が、ボコボコと音を立てて崩れ始めたのだ。

「なッ⁉」

「諦める訳が無いだろう。俺は『一一・一三』の真相を知るまでは死ねねえんだ‼」

 女が慌てて俺を追い刀を振るおうとするが、もう遅い。俺は落下していく壁と同時に一〇数メートル下の地面へ向けて落ちて行く。女が遠ざかって、校舎内へ走って行った。ああそうだろう。お前もあの異能力者の男を助けないといけないのだろうし、互いに相手を追える余力は無い。俺はAAHWが破損しているし、奴らは手負いが一人居るのだから。

 そして俺は背中側に大きな衝撃を感じ気絶した。


「……?」

 ふと、俺は眩しさを感じて目を開ける。俺は黒の学ランを着ており、周囲には仲の良かった友達数人が居て、弁当を食べつつ談笑していた。俺はどうやら四限の途中で眠っていたらしく、眠い目を擦りながら体を起こし、母の作ってくれた弁当を鞄から取り出して机の上に置いた。

『あ、起きた。おはよう弌生』

『おはよう。弌生君』

『もうとっくに四限は終わってんぞ』

 俺が起きた姿を見て、友達は口々に言う。その声は穏やかで、俺は何だかとても安心すると同時にとても悲しい気持ちになった。

『お、おいおいどうしたんだよ。酷い夢でも見たか?』

『いや、これは失恋ね。私には分かるわ』

『いーやこれはアレだね。友達との別れを思い出したって面だね。中学とかのさ』

「ご、ごめん……。何か、皆とまた会えたのが、嬉しくて」

 涙ぐみ始めた俺に、また優しく話しかけてくる友人達。その暖かい空気に俺の頬はほころび、思わず笑みを浮かべる。そして涙を拭い何気なく黒板を見た。

 チョークではないベッタリとした紅い液体で『【日付】一一・一三』と書かれていた。俺の心は一瞬にして凍り付く。歯がガチガチと鳴りだし、呼吸が乱れ、黒い靄がかかったように視界が狭くなる。

『『『弌生』』』

「ッ⁉」

 黒板に釘付けになった視界の外から、くぐもった上にしゃがれた友達の声が、完全に重なって聞こえた。止めろ。そちらを向くな。目を向けるな。

『『『弌生』』』

  再び声。また、一瞬のズレも無く重なって聞こえる。その声を追うように、肉が焼けて発生した黒煙と、火が弾けるパチパチという音がやって来る。俺の視線の先にある黒板からも火が上がり、俺の周囲は一面が煌々と輝く火に囲まれる。

 友達は、どうなっただろう? という疑問が俺の脳裏を過る。それと同時に、成人男性たしき声がやめろ、見るな。と叫ぶ。その声の主は泣いている様にも感じる。

 だが、俺にとっては友達の方が大切だ。……俺はゆっくりと首を回転させ、狭い視界の中で友達を見た。見てしまった。

『『『どうして、お前だけが生きている?』』』

 俺の友達だったソレらの肌は完全に炭化しており、髪は一切生えていない。そして眼孔には本来あるはずの眼球が無く、ただ底の見えない六つの黒が俺の視界全てを埋め尽くす程近くにあった。


「うわああぁぁぁッ⁉」

俺はその黒い眼孔を遠ざけようと両腕を滅茶苦茶に振り回し、気付く。

「夢……夢か」

 視界に映ったのは、病室の天井。そして俺の腕から生えている幾本のチューブ。どうやら俺はあの後、無事に味方に回収してもらえたようだ。

「また、『あの日』の夢か……」

 誰にでもなく呟きながら身体を軽く動かしてみると案外痛みは少なかったので、ベッドの柵に掴まりつつ身体を起こす。

 しかし、酷い夢だ。……俺の初恋の相手と親友二人、そして家族を失うあの日の夢。

「——畜生。もう泣かないって、誓っただろ」

 俺の目からは、無意識に涙が零れ落ちていた。病室のベッドの上で膝を抱え、成人した大人が情けなく、嗚咽を堪えて噎び泣いていた。

「咲、棚橋、比呂、父さん、母さん、美桜。皆に会いたいよ……‼」

 その時、病室のスライド式扉が開けられる音がした。俺は慌てて涙を拭い、近くにあったティッシュで顔を拭く。扉を開けたのは俺の命の恩人だった。

「弌生君、泣きたい時は泣いて良いんだよ。むしろ、溜め込むと身体に良くないらしいし」

「真白さん。……いえ、俺は明本と決着が付くまでは泣かないって決めましたから。……無理でしたけど、せめてなるべくは」

 俺の命の恩人であるその女性は、『そっか』とだけ言って、俺のベッドの近くにあるソファに腰掛ける。

「あ、それから私の事は『雪さん』で良いって、いつも言ってるでしょ?」

「そんな、上官に対してそんな言い方するのは恐れ多いですよ」

「もう……」

 軽く雑談を交えて互いが生きている事を再確認すると、真白さんは急に深刻な表情を浮かべた。その雰囲気の変化に、俺も軽く居住まいを正す。

「今回の哨戒任務で突き止めた異能力者のアジトだけど……ごめんなさい。あの後明本の援軍が加わって来て、逃げられてしまったわ。被害も多く出した」

「……そう、ですか」

 あの後というのは恐らく、俺が真白さん率いる第二小隊の前に落ちてから、だろう。

「被害は、どのくらい出たんですか?」

「私以外の第二小隊の隊員は全滅よ」

「なッ⁉ いッつ……」

 思わず声を荒げて身を乗り出す。しかしまだ身体も治りきっていない為、内臓に刃物が刺さったような痛みを感じて苦悶する。

「……弌生君が所属していた第三小隊も、弌生君を除いたら全滅よね」

「え、ええ。……情け無い」

「そうね。私も君も、情け無いわ」

 俺と真白さんはしばし沈黙していたが、真白さんはやがて顔を上げた。

「それじゃ、私はAAHWの点検待ちだから。またね」

「ええ。また」

 明るい表情になった真白さんは立ち上がって扉まで行き、俺に手を振ると退室した。

 恐らく無理に明るく振る舞っていたのだろう。真白さんの手は微かに震えていた。自分の部下を一気に五名も亡くしたんだ。当たり前だ。

 俺は心底、相対した異能力者の事を言わなくて良かったと、そう思った。四年前のあの日、真白さんが必死になって追っていた男だったからだ。

 燃え盛る家に居る家族を助けようと……恐らく実際は、家族と一緒に死のうとした俺を救った真白さんは、あの異能力者を見た瞬間、人が変わった様に怒り狂っていた。

 言ってしまえば、彼女は男を追って基地を飛び出しかねないと、本気でそう思った。

「弌生、体調はもう大丈夫なのかい? 結構酷い怪我だったって聞いたけど」

 真白さんと入れ替わりで、とある男性がにこやかに入室して来る。

「頼人さん! ええ。もうほとんど治ったみたいなものですよ」

「それは何より。……すまない。発見されたアジトに潜んでいた奴等には逃げられた」

 頼人さんは、先程まで真白さんが座っていた椅子に腰かけて真面目な様子で話す。何でも、恐ろしく強い女性に撃退され、態勢を整えてから再度突入しようとした時、目の前で廃ビルが崩れ去ってしまった……。らしい。その話を語る頼人さんの表情には、何か深く悩んでいる感じがあったが、俺には何も言ってくれなかった。

「……それだけ。幸い俺の隊に犠牲者は出なかったし、明日からもまた任務三昧だよ。君と真白さんのこれからは、辻さんの決定があるはずだからそれを待つ事。それじゃ、また」

「わかりました」

 頼人さんは簡潔に伝達内容だけを俺に伝え、椅子から立ち上がると退室した。俺は身体が治りきっていないのもあり、かなり強い眠気に襲われて眠りについた。

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