9. うまくいかない
トトスの捨て台詞が現実になることはなかったが、後日前伯爵にお茶会に行ったことがバレて叩かれるほど怒られた。
トトス男爵令嬢はパズラヴィア侯爵家と繋がりがあったらしい。そこから漏れて前伯爵が叱責を受けドロシーは今までにないほどの恐怖を感じた。
ろくに反省もできず、ボイルを繋ぎ止めることもできず、大人しく家にいることもできないならこの家から追い出すぞ!と脅された。
もしポッドホット家を出たらドロシーは行くあてがなかった。ゴゴホット家はもうないから帰る家もない。(平民の家は家ではない)。
ボイルのところに行きたいが側妃が邪魔でそれも難しい。(ボイルの母という認識はあるが王妃ではないので見下しているし、結婚式をドタキャンしたのを根に持っている)。
だから嫌でも不満でも義父に謝り我慢するしかなかった。
邸から絶対に出るなと厳命されたドロシーは数日は我慢したが、令息達とのお喋りを思い出したら会いたくなってしまいたまらず邸を飛び出した。
引き留め役の前伯爵夫人はお茶会の件で前伯爵から罵声と平手打ちで心が折れてしまい、ベッドで寝込んでいた。『今はお前がドロシーの唯一の母親なのだからしっかり面倒を見ろ』と命令されたが聞く気になれずドロシーは放置された。
使用人も連携を組んで監視していたが蓄積した疲労と苛立ちでミスを連発し、結果ドロシーを取り逃がす失態を犯した。
さすがのドロシーも『卒業生』が学園に無断で遊びに行くのは危険だと考え、トトスや前伯爵から言われた後もチェルシー(っぽい)格好で学園に来ていた。
目的は主に仲良くなった令息との逢瀬だがそこで学年末のテストが近々あることを知った。
そのため放課後も生徒が残り至るところで勉強をしていると聞き興味本位で覗いてみようと考えた。もしかしたら新しい出逢いがあるかもしれないし、とドロシーは楽観視していた。
放課後、ウロウロしながら物色しているとテラスになっている場所で目的の人物を見つけ駆け寄った。しかし話しかける前に護衛達が壁を作り彼を見えなくした。
「こんにちわ!」
何度潜り抜けようとしても押し退けようとしてもうまくいかなかったので仕方なく挨拶したが、目的の彼は反応してくれず目の前の護衛に挨拶したみたいになってしまった。
もしかして彼にもそう思われたのかと考え更に話しかける。
「ここで勉強していたの?試験勉強よね?アタシが教えてあげようか?」
なんてゴマをすってみたが反応がない。護衛の隙間から見たが彼はまだそこにいる。ちょっと無視しないでよ!と叫べば後ろからやって来た騎士に拘束され、即行で連れて行かれた。
「……誰だったのかしら?」
ギャンギャン騒ぐドロシーの声が聞こえなくなったところで目を丸くしていた少女がポツリと呟いた。
テーブルには令息の他に令嬢が二人同席していた。三人共教科書を開き勉強していたのだがドロシーには令息しか見えていなかった。
侵入者を視界に入れてしまったことを護衛達が詫びてきたので、学園の生徒でも怪しい者には警戒して行動するようにと指示を出してから配置に戻らせた。
貴族しか通わぬ学園で護衛や従者を連れて歩く者は限られる。王族か高位貴族だ。数が多ければ多いほど尊い存在ということになる。
また彼女達がいるエリアは高位貴族しか入れない場所でもあった。ボイルが在籍していた頃、ドロシーも入れてもらったことがある場所だったが本来ならドロシー(チェルシー)は入ることができない場所だと理解していなかった。
「さあ?誰かと勘違いしたんじゃないか?」
教科書を見ながらどうでもよさそうに答える彼はドロシーを知っていた。前回も高位貴族しか入れない場所に侵入し、しかも突撃されうんざりしていた。
後でもう一度学園に苦情を申し立てておこうと考え、ついでに父にも報告しておこうと決めてから前に座る黒髪の女性に質問した。
少し難しい問題だったはずだがあっさり解いてしまう彼女を彼は称賛した。
「テイラード先生は試験範囲を満遍なく出題する方なのでこういった問題はあまり好みません。そちらよりもこういった文章を覚えておく方がいいでしょう。
覚えるのが苦手な生徒のために虫食い問題を多用することがあるので、要点さえ押さえればかなり点数が稼げると思いますよ」
「すごいですわ!難問だけじゃなく先生の出題の好みまで把握してるなんて!」
「………こちらに留学する時に色々調べましたので」
目を輝かせる令嬢に彼女は苦笑したが、令息はニヤついた顔で見ていた。
教師の出題の好みなんて何年も授業やテストを受けなければわかるはずがないものだ。
そして黒髪の彼女は今年学園に編入してきたばかり。難問を解くのは自国やトゥルネゾル家で学んだと答えられても他人の趣味嗜好まで把握するのは無理があるだろう。
その顔に気づくと彼女はムッと目を細めたが令嬢に話しかけられ、笑顔で了承した。藤色の髪の令嬢と黒髪の彼女では似ても似つかないが肩を並べて勉強を教える姿は姉妹のように見えた。
「ロウビュスト様もそう思いませんか?」
「そうだね。夫人が教卓に立ったら勉強が捗りそうだ」
「……トゥルーメル様。そういう紛らわしい言葉はお控えください」
誰かに聞かれたら大問題ですよ。と眉尻を下げられ肩を竦めて笑った。
人払いしたしあの部外者が去ってから目眩ましの魔法を彼女がこっそりかけたのを知っているからついうっかり漏れることはないと思うけど。
まあ絶対と言えないので気を付けます、と答えたらクスクスと藤色の髪の令嬢に笑われた。
「ロウビュスト様はチェシー様の前ですと本当に素直ですね」
「え、」
「シャラルーラ様。素直というより私の後ろにいる方を恐れているのですよ」
「あら。トゥルネゾル卿がそんなに怖いのですか?あんなにいい先生はおりませんのに」
「いやまあ、シャラルーラは才能があったからね…僕はしごかれた記憶しかないよ」
ハハッと乾いた笑いをすれば黒髪の彼女が微笑んだ。
「どちらも将来有望だと仰っていましたよ」
「シャラルーラと僕の間に越えられない差を感じずにはいられないけど素直に受け取っておくよ」
「お時間があればまたトゥルネゾル卿にご教示いただきたいですわ」
「はい。ではそのように伝えておきますね」
「あ、あー。できればそれ以上強くならないでほしいのだけど」
追い付く身にもなってほしい。情けない話だがこれ以上差が開いたら僕の立場が…とぼやいたら二人は顔を見合わせニッコリ微笑んだ。
「では、個人授業をする際は『お二人で』ということで」
「頑張りましょうね!ロウビュスト様!」
「あー、あーうん。はい、頑張ります…」
実は文系で体力がシャラルーラよりなく魔法の方が得意なロウビュストだったが、一緒に強くなろうと誓い合ったため申し出を受けるしかなかった。
トゥルネゾル卿が見込みがあると言ってくれてるし、大丈夫だろう。多分。
今はまだシャラルーラの願いをすべて叶えられないけど、ずっと会いたいと乞い願っていた恩人との再会を叶えることができたロウビュストは微笑ましそうに婚約者と黒髪の人妻を眺めた。
読んでいただきありがとうございます。
蛇足(
ロウビュスト・トゥルーメル
公爵令息。シャラルーラの婚約者
シャラルーラ・オルキデ・エンパディール
王妃の娘。第5王女。ロウビュストの婚約者
ドロシーは逃げきり成功しました。