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8. 杜撰な人達

 


 久しぶりの学園はドロシーにとってとてもつまらない時間となった。

 みんなは復学したチェルシーを喜ぶだけで敬ってくれないし、地味の中に隠れた拭えきれない高貴さと美しさが滲み出ているはずなのに誰もドロシーだと気づいてくれなかった。


 それだけドロシーのせいでチェルシーは授業に出れていなかったのだが、ドロシーがそのことに気づくことはなく『高位貴族の令息もいるのに話しかけてくれなくてつまらない』と思っていた。


 授業も相変わらず何を言っているのかわからなくてすぐに飽きた。あの先生教え方が下手なんじゃない?とぼやきながらひとつだけ受けてそれ以外はすべてサボった。義母から許可も出てるので罪悪感はひとつもなかった。


 学園内に隠れられる場所はいくつかあり、ボイルとの逢瀬の時に更に増やした。帰るまでそこで時間を潰そう、そうやって授業の時間を消費していった。


 しかしそんなサボり生活でドロシーが満足するわけがなかった。

 暇なのとボイルや他の男達と遊べない鬱憤を学園の生徒で晴らそうとしたのだ。


 最初は爵位を聞かれたり見た目の悪さに距離を取られたが、眼鏡を外しボタンを外して胸元を見せ、とどめに上目使いで見てやれば相手はすぐに落ちた。

 学園に来てわざわざサボるような令息だ。火遊びにも興味があるのは見え見えだった。


 ドロシー的には子供で少し物足りないけどカツラを取るよりはマシね、と思っていた。

 先日遊びに熱中していたらずるりとカツラが取れてしまい令息が悲鳴を上げて逃げて行ったのだ。

 失礼しちゃうわ!とドロシーは興醒めして怒ったが本当なら焦るところだ。


 この時は相手もことを荒立てたくなくて見逃されたが徐々に『チェルシー・ポッドホットは娼婦になって帰って来た』という噂が令息の間で広まっていった。



 ◇◇◇



「お義母様ばっかりズルいわ!!アタシもパーティーやお茶会に行きたい!!」


 社交シーズンなのはわかっていたし去年まではドロシーも頻繁に行っていた。

 結婚してからは伯爵夫人として参加していたのに今年はまだ一度もパーティーに行けていない。なんだったらお茶会にも行っていないし開いてもいない。


 社交界の女王と言われているトゥルーメル公爵夫人はたくさんのパーティーやお茶会に呼ばれていて引っ張りだこだと聞いている。


 自分がそうなるにはたくさんのパーティーに出て目立って目立って誘ってくれる友達を作らなくちゃならない。

 女性は嫉妬してくるから面倒だけどボイルの妻ってことを出せば大抵は黙り込む。そこを突いて次の招待状を寄越すよう約束させればいいわと考えていた。


 しかし前伯爵夫人に出鼻を挫かれる。


「高位貴族がいるところはパズラヴィア侯爵令嬢がいるから難しいのよ。あの方に目をつけられたら嫌でしょう?ドロシーが楽しめる安全なパーティーがわかれば連れて行くからもう少し待って」


 確かにデイリーンと会いたくないし、義父にも逆らうなと怖い顔で言われているから避けたい。

 でもあの女が出るパーティーには高位貴族もいるはずだ。そんな出逢いの場をみすみす逃すなんて嫌だと思った。


「お義母様。王宮のパーティーならいいでしょう?あのパーティーなら人も多いしアタシが行ってもデイリーンに会わないはず」


「何を言ってるの?」


 ひやりとする冷たい目と低い声にビクッと体が硬直した。


「そんなところに行ってあなたがドロシーだとバレたらどうするの?王宮のパーティーは陛下や王妃様に挨拶するのよ?そんな子供騙しな変装で出て行けば間違いなく偽者(ドロシー)だとバレるわ!

 そんなことになってみなさい。あなたもわたくしも、家族全員が処刑されるかもしれないんですよ?!」


 そんな危険なことをしているならなぜ変装なんかさせて学園に行かせたの?とドロシーは思ったが怒る前伯爵夫人の前では呟くことすらできなかった。



 前伯爵夫人も王妃様達の前では通じないことくらいは認識していた。

 これはチェルシーが見つかるまでの暫定処置でしかない。

 本当は大人しくチェルシーが帰ってくるまで様子を見るつもりだったのだが、夫がチェルシー捜索を公にしてしまったことで多方面から『母親失格』というレッテルを貼られてしまったのだ。

 折角王家に連なりポッドホット家(わたくし)が評価されたというのに、今そんな醜聞を撒かれるのはたまったものではない。


 チェルシーだって絶対生きているし家出なんてしていない。旅行気分で出掛けただけでちょっとうっかり親に連絡し忘れただけだ。決してわたくしの育て方が悪いわけではない。

 だから母親失格などという嘘で社交界で笑い者にされるのは我慢ならなかった。


 普段の夫ならもう少し寄り添ってくれるのに今はそれも難しい。だから対外的にはチェルシーが見つかったことにしてこれ以上ポッドホット家(わたくし)の名誉に傷がつかないようにした。


 本当にチェルシーが見つかったわけではないからもちろん王家には報告しない。ドロシーをチェルシーだと偽り報告すれば罰せられるのはわかっていた。だからチェルシー捜索も続けつつ名誉の回復を専念することにしたのだ。


 チェルシーが帰って来た時に母が笑い者になっていたら心を痛めるだろうから。あの子は本当は優しい子なのだ。

 同じ母親である王妃様ならきっとわかってくださるはずだ。


 ポッドホット家の名誉が回復した暁にはチェルシーの身代わりとして尽力したとドロシーの待遇も良くなるだろう。もしかしたら爵位を与えられるかもしれない。

 なにせチェルシーの代わりにずっとポッドホット家を支えてくれていたのだから。


 わたくしを本当の母親のように慕ってくれ、ボイル王子を射止め、ポッドホット家の血を引き、実の娘以上に可愛がってきたドロシーが家を継げないなんて未だに理解できないが、チェルシーが戻ってくれば没落の話もなくなりすべてが元通りになる。

 元の幸せな家族に戻れるのだと信じて疑わなかった。



 そんな妄想など知らないドロシーは処刑というワードに青ざめたがそれよりも自分だけがパーティーを楽しめないことにイライラした。


 このままでは社交シーズンが終わってしまうわ!!

 ドレスだってこっそりツケで買ったのに!あれを着れば野暮ったいチェルシーの格好でも目立てるのに!

 早く行ってもいいパーティーを決めてくれないかしら?!そんなことを考えていた。



 ドロシーがチェルシーとして行ってもいいと許可が降りたパーティーは下位貴族が集まるものだった。


 それだけで気分が駄々下がりだったのにこっそり買った派手めなドレスを着たらその場で前伯爵夫人に脱がされ、地味で野暮ったい時代遅れのチェルシーのドレスを着させられた。


「あーもう、胸がきつい。なんで胸も腰も詰めてあるわけ?チェルシーのために詰めたの?あの子本当寸胴ね。無駄作業だわ。古着の古着なんて最悪」


 そのドレスは昔ドロシーが着ていたお古とは本人も気づかなかった。



 会場はどこかの子爵家だった。しかも茶会。

 呑んで踊って男性達と仲良くなりたかったドロシーの機嫌は急降下する。


 しかもボイルがいないからエスコートは前伯爵夫人にしてもらい監視されてる未成年のような気分になった。

 聞けば前伯爵夫人の親戚の家らしく益々惨めな気持ちになり、声をかけられても全部上の空で答えた。


「ちょっとあなた、」


 庭の薔薇が丁度見頃なんですよ、という主催の一言でみんなが立ち上がり薔薇を見に行ったがドロシーは興味なかったので一人お菓子やお茶を楽しんだ。

 これを食べ終わったらさっさと帰ってしまおうと思ってたところで話しかけられ見上げると、庭園に行ったはずの一人が戻ってドロシーを見下ろしていた。


「上位に話しかけるならまずは自己紹介をするんじゃなくって?」


 ドロシーも散々パズラヴィア侯爵令嬢達にやられたことを嫌味ったらしく言ってやれば「レイリア・トトスよ」と答えた。そんなのどうでもいいのよ。


「爵位は?爵位も答えられないくらいショボい家なの?」

「最初に自己紹介したのにもう忘れたの?チェルシー・ポッドホット様。このお茶会は男爵家、子爵家を対象にした催しなのであなたが好みそうな高位貴族なんていませんわよ」


 図星を突かれギクリとすると更にトトスは言葉を重ねた。


「というか、あなたチェルシー様じゃないでしょ」


 疑問ではなく確証している言葉に目を見開いた。


「な、何を言っているのかアタクシにはわかりませんわ。ホホホ」

「チェルシー様はそんな癇に障る声じゃないし、そんな言葉遣いもしないわ。それに何よその醜いお腹は。

 成長したからですませられるようなものじゃないわよ。チェルシー様は自己コントロールができる方だったわ」


 顔じゃなくてまさかのお腹を指摘され思わず自分の腹を見た。

 胸に隠れてあまりわからないがそれでもぽっこり程度だ。コルセットを巻いているからデブには見えない。

 チェルシーがガリガリだからそんなことが言えるのだろう。もしくはこの豊満な胸や安産体型のお尻に嫉妬して出てもいないお腹を責めたいだけとか?


 男性達はこういう体が大好きなのに、無知って可哀想ね。と嗤ってやればチェルシーはそんな愚かなことも言わなければ歯を見せて嗤ったりもしないと突っ込んできた。


 いちいち煩い女に苛立ったドロシーは思わず、

「あんたこそ何様よ。伯爵夫人のアタクシに失礼だわ!アタクシは第四王子殿下ボイル様の妻なのよ?!あんたの家なんかすぐに潰してやるんだから!!」

 と叫んでしまった。


「ああ、あなたやっぱりドロシー・ゴゴホットなのね」

「え、なんで、知って」

「知ってるわよ。あなた有名だもの。悪い意味でだけど」


 驚くドロシーにトトスは悪びれもせず「悪評は全部あなたのことだったのにチェルシー様のせいにするなんて酷い人達ね」と見下した。


「なんでわたしがチェルシー様を知ってるのか不思議そうな顔ね。普通なら学園の友達ですか?って聞くところなのにそんなことも考えつかないの?」

「だ、だってチェルシーは暗いし、授業もほとんど受けてないし、友達なんかできるわけ」


 あんな地味で愛想もない目立たないチェルシーに友達なんているわけないと言おうとしたらバン!とトトスがテーブルを叩いた。


「サボって男と逢い引きしてるあなたには普通のお友達なんて想像もつかないでしょうね。そんな頭の悪いあなたに忠告してさしあげるわ。

 これ以上チェルシー様の名前を使って男とふしだらな行為をしないで。あなたのせいでチェルシー様の名誉が著しく汚されてるの。

 少しでもチェルシー様を想う心があるならもう彼女にならないで」


 彼女が帰ってきた時のことを考えてあげて。と訴えるトトスの目には涙が滲んでいた。彼女は本当にチェルシーの友達なのだろう。


 そう理解できたが折角外に出て遊べるようになれたドロシーは答えを躊躇した。黙り込むドロシーにトトスは唇を噛むとそのまま背を向けた。


「ポッドホット前伯爵夫人が連れてこなければ、あなたを憲兵に突き出してやったのに」


 まるで親の仇を相手にしてるような声色で脅され、ドロシーは固まるしかなかった。









読んでいただきありがとうございます。


蛇足(

レイリア・トトス

チェルシーの乳母の親戚

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