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6. 手遅れの捜索

 


 王妃との約束でチェルシー捜索に本腰を入れた前ポッドホット家夫妻だったが、王都中を探しても一向に見つからなかった。

 そんな場所は一番最初に捜索隊がくまなく探している。そんなところにいるなら家に帰っているだろう。


 帰りたくないほど家が嫌いなのか?家も継げないあんな場所に帰りたい者はいるのか?と周りに揶揄されたが、前伯爵は周りや王家にアピールするためにわざと王都で探した。


 チェルシーがいればそれに越したことはないし、一生懸命探している姿は近ければ近いほど目に入りやすい。

 それにこれからは狩猟シーズンに入る。捜索申請も取りやすくなるから地方を探すにはうってつけの時期だろう。


 その地域にチェルシーがいるかは不明だが親がこれだけ一生懸命探してやっているんだから自分から会いにやってくるだろう。

 もしくは気を利かせた誰かが懸命に探す自分の姿を見て情報を集めてくれるかもしれない。

 騎士団の仲間もそう言ってくれたし妻は友人が多い。きっとすぐにチェルシーは見つかるはずだと思った。


 捜索隊が探したと言っても所詮は他人ごと。

 本気で探す親の力には敵うまい、そう信じていた。


 そして無事に帰ってきたらチェルシーを二度と親に逆らえないように躾けてから辺境にあるという職業訓練所という場所に送る予定だ。

 そこは騎士や兵士で怪我や病などで引退した者が集まり一般的な職業を学ぶところだ。


 自分は死ぬ気で頑張り剣の才能もあったからそんな惨めな場所に行く必要はなかったが、反抗的で親の言うことが聞けないチェルシーには序列を学ぶのに丁度いい場所だろう。


 騎士や兵士を目指していた者達が集う場所なら規律はしっかりしているだろうし、チェルシーも矯正されまともな人間になれるだろう。


 ひとつ懸念があるとすればチェルシーの妊娠だ。妻がドロシーの名を騙って陰でふしだらなことをしていると嘆いていた。もしかしたらそこでもやらかすかもしれない。

 もしそうなったら心を鬼にして娘を除籍しよう。チェルシーももう十八歳だ。大人なのだから自身で責任を負えばいい。

 いや、ドロシーの二歳下だから十七歳だったか?まあ些末なことだな。


 勝手に家を出るようなバカな娘だ。これだけ迷惑をかけていて名乗りでないのだから親の庇護もいらないのだろう。



 職業訓練所はたしかに一般職資格を得られるが、辺境にあるため比率は男性がほぼ十割の場所で、そのほとんどが荒くれ者の集団である。

 その資格も鉱山や農業、漁業などの肉体労働が多い。事務などの机仕事の資格も昔はあったが脳筋ばかりで消滅している。教官も気が短い元荒くれ者だ。


 そんなところに若い女性が放り込まれたらどうなるか。

 いくら生意気で反抗的でも子供は子供。しかも女性だ。親の制裁で文句を言いながらも従っているレベルの令嬢では大型肉食動物の前に放り込まれた子猫程度でしかない。


 しかし前伯爵は騎士を神聖視しており暴れ者がいても剣を持つものなら自分を律することができると信じ込んでいた。


 もしくは女にはできない騎士職の厳しさを騎士(崩れ)がいる職業訓練所なら自分はどれだけ崇高で素晴らしい父親か娘に知らしめられるだろうと考えているだけで、娘にトラウマどころか最悪望まぬ妊娠をしたりするかもしれないという想像も配慮も二の次になっていた。



 そんなつまらないことを考えながら前伯爵は娘のために奮闘する父親を演じたが、チェルシーの姿はおろか、噂や情報すらまったく入らないまま狩猟シーズンを終えた。



 ◇◇◇



 狩猟についていかなかった前伯爵夫人はお茶会で情報収集に精を出した。

 とはいえ、社交シーズン以外の王都に残っている者で王都の外を知る者は少ない。ほとんどが領地に戻っているからだ。


 しかもドロシーがやらかしたことで寄ってくるのはお喋りで噂好きの下世話な者ばかり。

 新規開拓も有力な情報も得られないまま前伯爵夫人は今までどおりお喋りを楽しみ、夫には悲劇のヒロインよろしくとばかりに泣いて『必死な姿のわたくし達を見て皆嘲笑うの』と誤魔化した。


 肝心のドロシーはというと前伯爵夫人の願い通り手元に戻ってきたが、捕まってから百四十日後だった。

 しかも煩すぎるから戻されただけで許されたわけではない。冬が明けたら牢屋に戻ることになっている。


 中途半端に放置されているのは王妃の寛大な処置とチェルシーの存在が大きかった。


 基本上位の前で嘘をついてはならないという暗黙のルールがあり、王妃も公爵二人も国王すらもチェルシーとドロシーが姉妹のように仲がいいなんて信用しなかったが、チェルシーの意見を聞くまでは禁固刑以上の刑罰は保留とされている。



 ◇◇◇



 冬の王都は雪は滅多に降らないもののとにかく寒い。外でお茶会なんてしようものなら間違いなく風邪をひくし、地面が凍っていることがあるから転んで怪我をする可能性もある。


 だけど折角家に帰ってこられたのだしお茶会がしたい買い物に行きたいパーティーに行きたいとドロシーはごねた。


 しかし誰も相手にしてくれず不満だけが溜まった。

 それも仕方がないことだろう。ドロシーの母は心労が祟って入院、父は母の入院費を稼ぐために平民として就職、義父母はチェルシーを捜索しているのだ。


 親達の中で義母が長く邸にいるので多少話せるがその程度でドロシーの願いを叶えてはくれなかった。


 ゴゴホット男爵家の邸宅は慰謝料代わりとして売り払われているが、ドロシーは結婚前からポッドホット家に住んでいたので父親達がどれだけ大変な思いをしてるかまでは理解していない。

 自分の兄弟達がどうなったかも知らないし、会えば自分だけ可愛がられていることで文句を言われたり嫉妬されるから鬱陶しくてドロシー自身が距離を置いていた。


 母親の入院先も聞かされたが必要な外出以外は邸を出ないようにと厳命されているので見舞いに行っていない。

 ドロシーにとって実母を見舞うことは必要な外出ではなかった。


 また都合の悪いことはすっかり忘れるタイプのドロシーなので使用人達が抜け出さないようしっかり見張っている。そういう意味では家も牢屋も同じようなものだった。


 愛し合って結婚したはずのボイルだが、ドロシーが王宮で捕まったと同時に側妃が動きそれからずっと会えていない。


 今も側妃の庇護下にいるはずだがまったく連絡がつかない状態で、気づけば別居生活になっていた。

 そのこともドロシーのストレスになっていて使用人達は疲弊していった。



 春に入り、ドロシーから解放される!と内心喜んでいた使用人達に不幸が訪れる。

 王宮(牢屋)から移動命令が来ないのだ。代わりに届いたのはドロシーの卒業取り消し通知だった。


 提出物やテストでの筆跡が本人ではないと確証がとれたことでドロシーに確認することなく剥奪された。

 それを見た前伯爵は大激怒しドロシーを叱責、号泣するドロシーを庇う前伯爵夫人はチェルシーが告発したのだと訴えた。

 しかしチェルシーが見つかったという報告はなく王家からも連絡はない。


 怒りに任せて前伯爵は抗議したが、学園で保存されているドロシーが書いたというものと結婚式でサインした書類を並べられあまりにも違う筆跡にドン引きした。

 ドロシーはこんなにも子供のような汚い文字を書く娘だっただろうか?と。

 チェルシーはお手本のように綺麗な文字が書けているのになぜドロシーはこっちの文字を書けなかったんだ??

 学園入学前の家庭教師との勉強(文字の書き方含む)すらドロシーはボイコットしていたことを前伯爵は知らなかった。



 当時、学園で授業を受けるドロシー(ピンク頭)の姿は多数目撃されているし、だからこそ今まで誰もあやしまなかった。

 提出物も最初からチェルシーが提出していたので別人だと疑われる理由もない。見た目も文字も完璧に似せていたはずだがどこでこんなにズレたのだろう?


 もしあるとすれば気紛れに学園に行っては授業にも参加せず、かといって絶対に見つからないよう隠れていたわけでもないドロシーだけだ。


 チェルシーを身代わりにして勉強させておきながら、わざわざ危険を冒してまで学園に行っていたドロシーが悪いのだと責めた。

 将来有望なドロシーが具合が悪いと言うのだから代わりに行けと命令し、欠席が増えてきたからテストも提出物もお前がやれとチェルシーに命令したことなど覚えていない。


 前伯爵の中ではドロシーが度々学園に行っていたのはチェルシーがしっかり授業を受けているかチェックするために行っていただけで、テストや提出物はほとんどがドロシーがやっていたし汚いチェルシーの文字に合わせて見分けがつかないように考慮しているのだと勝手に信じていた。


 だからチェルシーにはドロシーのように美しい文字を真似るようきつく言いつけていたしドロシーのイメージを損なわないように成績をあげるよう常に叱咤激励(叱責)していた。

 成績優秀で卒業できた時はチェルシーの微力な手伝いが功を奏しドロシーの実力が認められたのだと驕った。

 羨望され称賛されるドロシーを見て俺の見立ては間違っていなかったと胸を張っていた。


 それが言い逃れできないほどドロシーの文字がバカみたいに汚くて、提出物もテストも丸々全部チェルシーがやっていたなんて思いもしなかった。


 総代になれなかったのはボイル王子がいたからではなく、例の件から疑問視していたトゥルーメル公爵がドロシーを監視し、候補から外されたからだと知って愕然とした。

 誘導したのはお前か?と問われ笑って誤魔化したが程なくして降格の辞令が下った。


 折角部隊長になれたのに!何年もかけて努力して積み上げてきたのに!!副隊長、隊長も夢じゃなかったのに!!


 お前さえ大人しく真面目に出ていればわからなかったものを!!と計画も面目も潰されたと思った前伯爵は初めてドロシーに憤慨した。



「あれは仕方なかったの!ボイル様にどうしても会いたくて!恋する乙女心は止められなかったんです!!」


「そうです!だからドロシーはボイル殿下の心を射止められたのですわ!それにチェルシーの変装はカツラを被っただけの拙いもの!あれではすぐにバレてしまいます!

 ドロシーはこんなに美しいのに!チェルシーとは似ても似つきませんわ!!」


「バカを言うな!あいつは会ったことがない王女様を助けられたほどの変装ができるんだぞ!」


 ハラハラと泣くドロシーの肩を支えながら涙ながらに前伯爵夫人が訴えたが、前伯爵は信じなかった。


 認めたくはないがチェルシーには他人に化ける能力がある。

 前聞いた時は暗闇だったのだろうとか、相手も王女をろくに知らなかったから無事に身代わりになれたんだろうと思い込んでいたがやはりチェルシーには化ける才能があるのだ。


 現にドロシーはチェルシーの成績で卒業することができ、ドロシーがチェルシーなのでは?と指摘されることもなかった。

 今も筆跡だけで偽者(チェルシー)が授業を受けていたなど言われていない。


 もしかしたらドロシーも努力した部分があるかもしれないがドロシーの本分はその顔と愛嬌で高貴な貴族を落とすことだ。

 見た目と愛らしさがあれば頭の中身などどうでもいい。

 むしろ足りない方が可愛げがあるだろうと考えていた。


 まさかそのせいで足がつくことになるなんてと前伯爵は後悔した。

 ドロシーの失態の大きさに比べたら、前伯爵夫人の怒りなんてどうでもいい。結果を見ればチェルシーの似てなさなんて微々たるものだ。


 だというのにドロシーは、

「きっとデイリーン様のせいですわ!あの人アタシの成績かどうのって言ってましたし!!嫉妬に駆られてアタシの卒業を取り消したのよ!!」

 と喚き散らすので前伯爵は本気で怒った。


 本来ならドロシーはボイルと結婚どころか近づくことすらできなかったこと。

 結婚できたのはすべてパズラヴィア侯爵家のお陰なのだと説いた。


 寄親でもある侯爵家にこれ以上迷惑をかけるようなら容赦しないぞ!と叱りつけると前伯爵はドアを壊す勢いで閉めて行った。



 伯爵家の中は以前と比べて置いてあるものが大分減っていた。


 トゥルネゾル辺境伯夫妻への慰謝料、貴賓も参加した王家のパーティーに水を差し泥を塗った慰謝料、チェルシーの捜索費用。

 トゥルーメル公爵への慰謝料もまだ払い終わっていない。

 このままではチェルシーが見つかる前に没落してしまう。


 前伯爵は途方に暮れながら働き続けた。








読んでいただきありがとうございます。

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