4. 舞台裏(1) ※親お仕置き
「考えたものねぇ。怪しまれないように互いのパートナーとして入場するなんて」
ゴゴホット男爵家はもうないのに。
呆れた顔の王妃が扇子を広げ呟いた。
ドロシーが大騒ぎし国王が玉座から立ち上がりそちらに向かった頃、同じく駆けつけようとしたポッドホット前伯爵夫妻、元ゴゴホット男爵夫妻が静かに捕らえられ別室に閉じ込められていた。
しばらくして入ってきたのは王妃と従者、そして二人の公爵で、それぞれソファに座ったが二組の夫婦は最敬礼をしたまま王妃が話し出した。
それだけで王妃の機嫌がすこぶる悪いことがわかってしまった。
何か粗相をしてしまっただろうか?と思ったが『誰』が察せても『どう』までは考えが及ばなかった。
「ここに呼び立てられた理由は理解できてるかしら?」
「…それは、ドロシーのことでしょうか?」
「ひとつはそうよ。ドロシー・ゴゴホットは先程捕らえられ貴族牢に入りました。
王家が主催するパーティーで、ポッドホット伯爵夫人を騙り臣下達を混乱させ招待した貴賓を不快にさせたのです。国王陛下も大変遺憾に思っています」
王妃の言葉に顔を伏していた四人の肩がビクッと跳ねた。王家の不興を買うことがどれだけ恐ろしいことかわかっているのだろう。
わかっていながらどうしてこんな馬鹿げたことをと王妃は溜め息を吐いた。
「前回もこうやってあなた達は仲良く四人で頭を下げていたけれど陛下との約束を忘れてしまったのね。
それともあなた達が考える『社交界に出しても恥ずかしくない淑女になる教育』とは貴賓の前を遮り、辺境伯に無実の罪を着せ、言葉が喋れない赤子のように喚き散らすことなのかしら?
ポッドホット前伯爵夫人に関してはモノマネをされるほど家で金切り声をあげているとか。貴族として恥ずかしくないの?」
親もどんな教育を受けてきたのやら、と溜め息を吐かれた前伯爵夫人は羞恥で顔を真っ赤にした。
実は彼らに前や元がつく前、ドロシー達がまだ在学中に王宮に呼び出され国王達にこってりしぼられたのだ。卒業パーティーよりも前に。
貴族として相応しい淑女になるまで外に出すな、という話だったのに、勝手に復学させ勝手に婚約を取りつけ勝手に目の前の親達が喜んだ。
王家が整えた婚約を反古にされて遺憾に思わないわけないのに。
「お、恐れながら。ドロシーは嫁いだのでポッドホット伯爵夫人でございます。それがなぜ騙ったなどと……」
「あら。あなたは文字も読めないの?それでよく貴族をしていられたわね」
わたくしが知る男爵家はもっと堅実で博識な者が多かったけれど、と言われ元男爵は唇を噛みしめ拳を震わせた。
現状をまったく理解していない四人に王妃が指示を出し従者が前に出た。
そして国王がボイル達に告げたことを話すと三人は驚愕し前伯爵を見遣った。
養女申請は通らず、ドロシーではなくチェルシーと結婚したことになっていたなど思っていなかったのだ。
「なぜ言わなかったの?!」
「煩い!お前達が早く結婚式を挙げたいと言ったからだ!私はもう少し待てと言ったはずだぞ!!」
「だって、ドロシーが子供ができる前に式を挙げたいって……」
「な、なら、婚姻届は?確かドロシーでサインしたはず」
「勿論無効となります。偽証罪で罰金は取られると思いますが本人が意図的に騙したわけではないようなのでそれ以上の罪には問われないでしょう」
ホッとしていいのか、怒っていいのかわからない顔で四人は呆然とした。では、じゃあ、ドロシーはどんな立場なのだろう?元男爵夫人が呟けば「平民の愛人ですね」と従者に返され愕然とした。
伯爵夫人でもなく貴族でもなく、平民の愛人が我が物顔でお茶会を開きパーティーに参加していたのだとわかり前伯爵夫人は悲鳴を上げた。
道理でチェルシーの名前で招待状が届くと思った。
道理で夜会に出るからとドロシーを美しく着飾らせてもめぼしい高位貴族から声をかけられないと思った。
道理でたくさんの招待状を送り華々しい結婚式を挙げたのにも関わらず、ほとんどが欠席で返ってきたのだと思った。
あれは狩猟シーズンだったから、忙しかったから、たまたま病や事故に遭っただけで、もう少し余裕を持って式を挙げればもっと祝福されただろうに、そう思っていたけれど相手が平民なら納得だ。
愛人が貴族の正妻として闊歩すれば嘲笑の的になるのは必定。
ドロシーがそんな目で辱められていたなんて!!夫のくせに、王子のくせに、ボイルなどなんの役にも立たない!と見当違いな怒りを抱いた。
「で、では、今ならドロシーを養女として引き取ってもよいのではありませんか?平民の子を貴族に召し上げるのはよくあることですし」
「そうねぇ、」
前伯爵は前伯爵で、男爵令嬢を伯爵夫人にするにはボイルと結婚するだけでは理由づけが弱かったのだろうと考える。
王子と結婚するのだからドロシーを家格が見合う伯爵家の養女にするのは当然の処置だと思うが、王妃は平民が王子と結婚する方が話題性があって見映えすると考えているのでは?と勘違いしていた。
「不愉快だな」
王妃の視線が四人から逸れたと思ったら隣に座っている銀髪の男性が褐色の整った顔を不快に歪ませた。
「これではチェルシー・ポッドホット嬢はいないも同然の扱いではないか」
「え!そ、そんなことは……」
そこへ口髭を生やした紳士が口を挟む。
「子供への対応は親に一任されていますからね。当主である父親が決めたことは絶対であり他人がとやかく言う権利はありませんよ」
「ですが、チェルシー嬢はポッドホット家の血を受け継いだ正統な後継者です。
たとえ病弱で後継者が望めないとしても陛下が彼女を後継者から外すと仰らない限り、周りがどうこう騒ごうと血を重んじるべきだ」
ジロリと前伯爵を睨みつけた。
「そうは言いますが前伯爵が言うにはご息女は成績不良で出席率も悪いとか。卒業できなければ後継者としての資格も疑問視されるというもの。それを危惧してスペアを用意されたのでは?」
「そうです!その通りです!」
「…ですが病弱ならば無理をさせずに休学なり家で家庭教師を雇ってやるのがご息女のためであり親心だと思いますがね。
教育とはいえ体が弱いご息女を無理矢理学園に送りつけるのは本人の体にも心にも負担がかかりますし、学園側にも迷惑になると思いませんか?
チェルシー嬢の病状について誰も事前に相談も連絡もしていないようですし。それでは何かあった時に学園も対応できず手遅れになるところでした。
もしや、学園に責任を問うためにわざと伏せていたのかな?」
不満を露にする銀髪の若い男性に対し口髭を携えた男性が前伯爵を庇うように発言した。しかしそれは形だけでチェルシーの扱いの酷さを指摘していた。
前伯爵はごくりと喉を鳴らす。そんなはずはない。自分は平等に娘達を扱っていた。
幼い頃から妖精のように可愛らしいドロシーは昔とても病弱で何日もベッドで寝ていることが多かった。
だから健康が取り柄のチェルシーにドロシーを守るよう言い聞かせてきた。
おかしな話ではない。家を存続させるためには優秀な者に継いでもらうことが必要だからだ。
ドロシーは妹の娘だ。そしてチェルシーよりも年上で聡明で美しい。彼女の子供に伯爵家を継いでほしいと思うのは当然の心理だ。
この美貌が受け継がれればどんな職にでも就くことができるし、上位貴族との結婚だって容易いだろう。安定した将来が築けるはずだ。なんなら王族として優遇されるかもしれない。
傷物に成り下がり、親に逆らうことで自尊心を埋めるひねくれた性格や愛嬌がないチェルシーでは王子を射止めるなど絶対にできなかった。
チェルシーよりもドロシーを選んだ自分の先見の明に震えたほどだ。
国王だって家を傾かせるとわかっている傷物よりも真面目に働き王に尽くしている自分や、俺が導いたドロシーの方が絶対にいいと言うはずだ。
そのうち陛下もわかってくださる、そう思っていたのに王妃や公爵達の口から予想外の言葉が出てきて混乱する。
チェルシーをドロシーのスペアとして使うだけではダメなのだろうか?結婚など一生できない役立たずに対して家に置いてやっていただけでも厚遇だと思うのだが。
私は十分家族を守っているのに、王妃はこれ以上何をしろと言うのだ?
自分のどこに間違いがあるのだ?と言わんばかりの顔で眉をひそめた。
「引き取ってもいいけど先に言った通り、チェルシーさんがポッドホット家を継ぐのは覆らないわ。
ボイル殿の結婚も側妃様がお許しにならないでしょう。あの方は相手がチェルシーさんだから認めたようなものですし」
「そんな!ありえません!!可愛いドロシーよりもチェルシーがいいなんて!」
立ち上がろうとする前伯爵夫人に騎士が動いたが王妃が留めた。
「まだそんな戯言が言える元気があるのね。そんなことよりも危惧することがあるのではなくて?」
顔を見合せる三人に王妃は嘆息を吐いた。ちなみに元男爵夫人は口髭を生やした紳士が話し出してから石のように固まり平伏している。
「チェルシーさんが一年も帰宅していないのになぜ平然としていられるのかしら」
理解できないわ、と扇子で口を隠した王妃が軽蔑した目で前伯爵夫人を見つめた。夫人を含めた三人が今思い出したような顔をするので両側の二人も眉を寄せた。
「え?!あ!も、勿論、知っておりましたわ!!ただ、ここで話すことではありませんし、」
「母親なら不敬だとわかっていてもここで娘の捜索や安否を申し出ると思うけど?
一年も帰ってきていないのにあなたは憔悴もしてなければよく眠れているのか肌も綺麗ね?華美なドレスは最新のものかしら。娘を退学させたお金で買うなんて随分と非道なことができるのね」
「退学…?」
驚く前伯爵は慌てて前伯爵夫人の肩を掴んだ。
「どういうことだ?!」
「だって、ドロシーに子供ができたら何かと入り用じゃない!」
「それで退学させたのか?!醜聞になったらどうするつもりだ!!」
「あ、あなただってチェルシーに無駄な金をかけるなって言ったじゃない!成績だって酷いし授業だってほとんどが無断欠席なのよ?!親の有り難みもわからない子に授業料なんて払う必要ないわ!!」
「なっ……」
強く肩を掴まれ痛そうに顔を歪めた前伯爵夫人は夫の手を振り払い叫んだ。そこへ口髭を生やした紳士が口を挟み彼女はここがどこかを思い出しバツが悪い顔をした。
「彼女は編入してまだ半年とちょっとではなかったかな?勤勉とは言えない部類だが彼女は体が弱いのだろう?なら二年は猶予を与え大目に見てやるのも親の役目だと思うがね?
また出ていくにしても貴族令嬢が雲隠れしたのだから痕跡は残っていたはずだ。それもすでに、くまなく探したんだろう?
前日に話した会話の中にも何か引っ掛かりがあったか考えたはずだ。娘との会話におかしなところはなかったか、体調はどうだったか、かかりつけの医者にも勿論行方を聞いたんだろう?
これだけやることがあったんだから何かしらの情報を持っているはずだ。根拠があるからチェルシー嬢を退学させたのだろう?」
まるで死んだから退学させたような言い方に前伯爵夫人は真っ青な顔で否定した。
「根拠なんてありませんわ!た、ただ、あの子には学園は荷が重いと思っただけです!
あ、あの子は身勝手で、わたくしに相談もなく出て行ったのですよ?!そんな我が儘で親不孝な者はもうわたくし達の娘ではありませんわ」
「娘ではないから帰らないことに問題はなく、捜索願いも出さなかったと」
「だ、出しました!捜索願いは出しています!親として当然のことはしておりますわ!」
「ボイル殿の結婚式から数ヶ月経った、狩猟シーズンも終わった後では?私の耳にはチェルシー嬢は夏季休暇前の補習にも出ずにいなくなったと届いてますが」
「遅過ぎだ!何を考えている!!今年は大雪がいたるところで降ったのだぞ!!」
「そんなことわかってますわ!だからあなたに手紙を送ったのです!なのに返してくれず、帰ってきてからも忙しい、忙しいと言って取り合わない!
……チェルシーが死んだらあなたのせいですからね!」
物凄い剣幕で叫ばれた前伯爵は気圧されたが、内容が内容だけに王妃達は不快そうに顔を歪めた。
「責任問題と言うなら前伯爵夫人、あなたにも非があるだろう?実の娘を探すのになぜ誰かの許可が必要なんだ?母親のあなたは探したのか?
捜索が遅れたことで未だにチェルシー嬢が見つかっていないのなら、それこそ女主人としてあるまじき失態だと思うがね。
醜聞だというならチェルシー嬢ではなく、娘を宥め引き留めることもできず、娘に使われるはずだった金で贅沢をし、許可を待つことでろくに探さなかったことを隠そうとした前伯爵夫人、あなただと思いますよ」
本当に心配していたなら吹雪だろうが嵐だろうが自分の足で必死に探し回るでしょうね、と呆れられ前伯爵夫人は唇を噛みブルブルと震えた。
読んでいただきありがとうございます。
誤字報告ありがとうございました。