23. 最後の審判 (後)
本日2話更新です。
「あと、チェルシーさんとドロシーさんは姉妹のように仲がいい、だったかしら?
ドロシーさんがいればチェルシーさんも喜んで姿を現すようなことを言っていたけど、結果はこの通りよ?
一年あなた達が探して、ドロシーさんを返してあげてから半年くらいかしら?十分な時間を与えたと思うけど……まだ必要?」
王家を謀ったのにまだ欲しいだなんてそんな厚顔無恥なことを言わないわよね?とにこやかな笑みに気圧され前伯爵夫人は震えながら「ありません…」と平伏した。
「あなた達にチェルシーさんの親を名乗る資格はないわ。親になるための学舎があるとしたらあなた達は新入生からやり直し、または退学を勧められるレベルよ。恥を知りなさい」
これでは卒業が取り消しになった義娘のことをとやかく言えないわね。と皮肉られ夫妻は震えが止まらなかった。
王妃様は従者に目をやると一歩前へと進み出た。
その顔は緊張しているのか無表情ながらも強張っている。少し震える手で広げた羊皮紙の文面を読み上げる。見た目の割に声色は少し高く上擦ってるように聞こえたが言葉ははっきりしていた。
王家を謀り、温情を無下にしたとしてポッドホット夫妻は夫婦のまま貴族籍の抹消、元伯爵は二ヶ月間現職の引き継ぎ及び、チェルシー・ポッドホットの名誉回復を行うこと。
その後辺境にある職業訓練所に入所し、資格を取り次第鉱山へ移動をするものとした。またそこで得た給料は現在まで訴えられている慰謝料、罰金にすべてあてられる。
元伯爵夫人も身辺整理をしながら二ヶ月間チェルシー・ポッドホットの名誉回復と奉仕活動を行うこと。
その後は製糸工場で女工見習いとして働き、元伯爵が鉱山に移動になり次第夫人も鉱山へ移動し下働きとして励むこと。
その際の給料は元伯爵と同じく慰謝料、罰金にあてるものとした。
もし逃走や支払いの滞りが起きた場合、元ゴゴホット男爵家や元伯爵夫人の実家から徴収することになること。王家が悪質だと判断した場合は死ぬまで鉱山での労働を課し、二親等まで罰金請求を行うとした。
二人は声にならない悲鳴をあげた。
とくに己の姉と兄の恐ろしさを知っている元伯爵夫人は狼狽して泣き叫んだ。
そんな夫人を見ていたら元伯爵も心が追い詰められ、血迷ってチェルシーの名誉を回復させるなら貴族のままの方が動きやすいのでは?と訴えた。
「……はっきり伝えたと思うのだけど、理解力がないのかしら?」
どう思う?と王妃様がトゥルーメル公爵を見ると「では私から申し上げましょう」と一歩前へと進み元伯爵夫妻に向き直った。
「貴族籍の抹消はポッドホット家が没落することを意味します。ポッドホット家には伯爵位以外の爵位はありません。よって『貴族のまま』というのは不可能なんですよ」
「ですが、チェルシー・ポッドホットと……」
「チェルシー嬢はもう自分で汚名を晴らすことができない。ならば最後の餞として親であるあなた方が娘の名誉を回復させるのは当然の義務だと思うがね」
「最後の、餞……?」
「チェ、チェルシーは死んでいません!死んでなどいないわ!!勝手に殺さないで!」
言葉が頭に入ってこないのか元伯爵は首を傾げたが夫人は悲鳴のように叫んだ。行方不明のチェルシーがもし死んでいたら?と以前想像したからすぐに理解したのだろう。
「……今更いい親のフリをされてもあなたが娘の顔もわからないことは周知の事実となった。
自分もわからないのだから他人もわかるまいというあなたの驕りが、似ていない他人を娘の代わりにするという致命的な罪を犯したのではないですか?」
「でも、あの子は死ぬようなか弱い娘じゃ……」
「それから騒げば騒ぐほど今後の人生に響くから注意した方がいい」
犯罪者として収監されたいなら別ですが、と言われ夫人は慌てて口をつぐんだ。
「この二年、我々も捜索したがチェルシー嬢は見つからなかった。しかし人員も費用も無限ではない。
よってあなた方が貴族籍を失うことでひとつの区切りとし、チェルシー嬢を死亡扱いにすることが決まったのです」
「そんな……」
「現状生死不明でもチェルシー・ポッドホットは貴族として鬼籍に入るのでポッドホットの名が残されるが、家は当主不在のため王家に返上すること決まっている。これで理解してくれたかな?」
「では、なら、チェルシーの功績は?それがあれば我々は貴族でいられるのでは…」
「死亡扱いになったからと娘の功績に手を出すとは手癖が悪いな。娘のものは親のものとでも言うつもりかな?
チェルシー嬢の功績はチェルシー嬢のものだ。あなたのものではない」
「温情を賜りたいと言うのならこの結果がそうだ。夫婦揃って公開処刑にならず生きて国のために尽くせることを有り難く思うことだ」
「騎士だと聞いていたが私にはあなたが墓荒らしか何かにしか見えない。他にも家族を蔑ろにする者がいないか騎士団を徹底的に調査した方がいいようだ」
騎士団に自分がいなければ仕事が回らない、上司から信用を得ている。失望されたくないと言い繕う元伯爵にトゥルーメル公爵がぐうの音も出ないほど叩きのめした。
終いには元伯爵のせいで騎士団に不審を感じると言い出し、とどめに上司の騎士団長がやって来て『お前は騎士団にいらん、クビ』と簡潔に切られ元伯爵は思わず涙を零した。
絶望した元伯爵夫妻を見てにんまりしたドロシーは呼ばれるまま前へ躍り出ると、王妃様ににっこり微笑み可愛いアピールをした。
「あの!アタシ、これからは心を入れ換えて頑張ります!」
「ええ、頑張ってね。期待しているわ」
にっこり微笑む王妃様にドロシーはパァッと顔を輝かせた。
チェルシーと対峙してプライドがズタズタになり打ちのめされていたが、敵認定した義父母がぼこぼこにされた姿を見て、すっかり上機嫌になっていた。
それから持ち前の『都合の悪いことを忘れる』スキルを発動し自分がなぜ王宮に連れてこられたのかを失念した。
今のドロシーはすべてが自分の思いどおりになる女王のような態度で自信満々にふんぞり返っている。
なにせ自分を虐げてきた義父母が王妃様にけちょんけちょんにされたのだ。こんな気分がいいことはない。
小さな声で「ざまぁ♪」とニヤつき、呼ばれてもいないのに躍り出て最敬礼もせず、勝手に喋りだすくらいには調子に乗っていた。
王妃様を信用しての甘えた行動だが、家族でもないのに馴れ馴れしい態度は見下しているようにしか見えなかった。
ああ、元の生活に戻れる。今度こそ自由に生きて、ボイルとの結婚生活を満喫し、パーティーやお茶会にたくさん出て、社交界の女王になった後は満を持して王妃様になるんだわ。
王妃様はアタシを気に入ってくれているみたいだし、アタシのためなら招待状をたくさんくれるはず。
期待してくれてる王妃様のためにもたくさんパーティーに出て目一杯おしゃれして踊らなきゃ。
あ、王妃様が使ってる仕立て屋も教えてもらわなきゃだわ。それに王妃様がつけてるネックレスやティアラも綺麗ね。宝石も大きいし。
後でくださいっておねだりしたらくれないかしら?未来の王妃様のためだもの、嫌だなんて言わないわよね?あ、あの指輪もいいなあ。あれも貰っちゃお!
すっかり遠退いたと思ってた王妃様の道もそんなに遠くないんだわ、と思い上がっていた。
「ボイル殿から贈られたドレスの代金と王女が贈ったルビールの加工とアクセサリーの代金、それからわたくしの娘を傷つけた慰謝料も支払ってもらうわ。心を入れ換えるのだからちゃんと奉仕できるわね?」
「へ?!」
目の前に掲げられた金額は見たこともない桁になっていて開いた口が閉じられなくなった。
「あなた、ボイル殿からドレスを贈られたでしょう?卒業パーティーで着たドレスよ。
あれはボイル殿の失態でもあるのだけど、パズラヴィア侯爵令嬢に使うはずだった交遊費を横領してしまったの。
そのお金は国庫から出ている上に婚約者以外の者に使うことは犯罪になるのよ?
当時はボイル殿が自らの意思であなたに贈ったのだと思っていたのだけど、あなたからおねだりして贈ってもらったんですってね?
だったらあなたにも責任があるとわたくしは思うの。だってあなたはボイル殿とパズラヴィア侯爵令嬢が婚約していると知っていたのだもの。
その上でドレスをねだるのは侮辱罪にあたるわ。その後に自分がボイル殿と婚約するから、結婚するから、は理由にならないの。
あなたは侯爵家と王家に泥を塗ったの。その罰を受けなくてはならないわ」
だからよろしくね、と微笑む王妃様にドロシーは目を見開いたまま固まった。
「でしたらチェルシー嬢の名誉毀損の支払いも追加していただけませんか?
実は復学当初からチェルシー嬢に対して複数の苦情が届いておりまして。学園長もまさかチェルシー嬢が偽者だとは知らず、ここまでことが大きくなるとも思っていなかったそうです。
そのため私にまで報告が届かず最近まで把握できていなかったのですが、寄せられた苦情内容は貴族令嬢の将来を潰すようなありえないものばかりでした。
これではチェルシー・ポッドホット嬢が戻ってきたとしても外に出ることすらできないでしょう」
「あら、そんなにひどいの?なら教育不十分で元ポッドホット夫妻に鞭打ちを追加しなくてはならないかしら?」
「ヒィィ!」
その場で処遇が決まった。夏期休暇に入るまでの間、チェルシーに扮装して生徒達に迷惑をかけたのは偽者のドロシーであると各教室や廊下を練り歩き周知させることとなった。
また授業時間は学園の清掃活動をさせられる手筈になっている。
ドロシーの家が没落していることや複数の令息らを誑かし迷惑をかけたことも書面で各家に通達し、反面教師とこれ以上被害に遭いたくなければドロシーに生徒達を近づけないよう注意喚起されることとなった。
「なん、なん……で?なんでよ!アタシは未来の王妃様よ?!そんなこと高貴な存在にさせていいことじゃないわ!そうでなくてもアタシはボイル様の妻で、王子の妻が辱められたら王家だって大変でしょう?!」
「ああ、逆恨みされて刺されてしまうのが怖いようでしたら護衛をつけますので安心してください。
あなたは年上過ぎる相手は興味ないようだから熟練でとても真面目な者をつけよう」
「ちがっそういうことじゃ」
「学生時代は未成年ですからどんなに罪を犯してもご両親が肩代わりしてくれましたが今のあなたは成人した大人だ。
血が繋がっていないご両親があなたを守ったように、ずっとあなたに尽くしてくれたチェルシー嬢に恩を返し彼女の名誉を回復させるのは当然ではないかね?
あなたはもう何をしても許される子供ではない。夫人と名乗っているのだから親に庇護される立場でもない。
義妹と言いながらチェルシー嬢を騙り、彼女の名誉や周りを傷つけていたのだ。
それすらしないで言い逃れしようなど虫がよすぎると思わないか?」
嫌悪を露にするトゥルーメル公爵に三人は真っ青な顔で俯いた。
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