表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/24

2. 一年後

 


 卒業パーティーで真実の愛で結ばれたドロシーとボイル王子は婚約を正式に解消後、国王の許可を得て婚約。そして結婚式を挙げた。

 あれだけ大々的に公言したのだからさぞや幸せになっているだろう。周りからはそう思われていた。


 その一年後の王宮夜会にて二人は再び舞台へと返り咲いた。



 社交シーズン中、国内でもっとも大きな夜会は王宮で行われる。とくに今年は他国からの貴賓も来日しているため夜会は盛大なパーティーになるはずだった。


 それは歓談が一段落し、ダンスに移った直後だった。


 王族の子供達が婚約者または伴侶とファーストダンスを踊り、次のダンスを踊ろうとカップル達が足を踏み入れたところで悲鳴が上がった。


 何事だと見遣ればピンクの髪をした女性が炎のように赤い髪の長身の男性を見て悲鳴をあげたのだ。彼が何かしたのか?と窺ったが男性は無表情のままピンクの髪の女性を無言で見ている。


 その顔には火傷の痕があり、厳つく、こめかみから顎に至るまで長い刀傷もあった。

 戦いも傷も嫌いな女性には刺激が強い見た目だが、纏う空気は凪いでいた。


「そんなひどいわ!ア、アタクシはただ踊ろうとしただけなのになんでこんなことをなさるの……っ?」


 わざとらしく声を張り上げる女性に周りの貴族達が顔をしかめ女性を睨みつける。

 それに気づいた女性のパートナーが慌てて止めたが前しか見えていない女性は被害者のようにハラハラと涙を零した。


「アタクシ、今日を楽しみにしておりましたのよ?それなのにアタクシの前を遮るなんて!アタクシの夫をご存じないの?

 ボイル王子殿下よ?それなのに我先に前に出ていいポジションを先取りしようだなんて、不敬だわ!」


 女性が言うには自分が狙っていたダンスポジションを爵位の順番を無視して奪い取ろうとしたのだと言っているらしい。

 しかしダンスは動くためずっと同じ場所にいるわけではないし、場所の良し悪しで褒められたり目立てるわけでもない。

 ならば爵位かと言いたいところだがボイル王子はもう臣籍降下していてポッドホット伯爵家に婿入りしている。


 かたや相手は…と皆が赤髪の男性に視線を動かし察した誰かが吹き出すと他の人達もつられて笑った。男性ではなく女性に対してだ。

 相手の男性が誰かわかったため女性の虚言だと理解したからだ。



「あらあなた。そんなに踊りたかったの?」


 よく見れば男性の隣には女性が立っていた。対比になるような雪のように白い肌に黒く艶やかな髪の毛、瞳の色はよくある榛色だがアイラインと口紅の赤さがとても華やかに見えた。

 衣装は赤と黒の対になっていて、互いの色のアクセサリーもつけている。独占欲丸出しの色だがくどくなく、むしろしっくりと思えるほど二人はよく似合っていた。


「だ、誰よ。あなた……」

「私の妻だ。そしてダンディブル帝国の貴賓代理でもある」

「チェシー・トゥルネゾルでごさいます」


「トゥルネゾル?!」

「?どうかしました?ボイル様。え?」


 ボイルに向かってチェシーが礼を取ると、ボイルも焦った顔で深く礼を取った。それは上位に向けてのもので隣の女性は驚き己の伴侶を見ていた。


「久しいですね。ボイル殿」

「お、お久しぶりでございます…。あの、申し訳、ございません。その、」

「構いませんよ。あなた様とお会いしたのは幼少の頃でしたし、厄災に見舞われる前ですから。

 多少見た目も変わりましたし気づかないのも道理でしょう。貴殿も息災のようでなによりです」

「は、はい。恐縮です……」


 そんなわけはない。単にボイルが忘れていただけだ。赤髪とこの威圧感はまったく変わっていない。


 王子の頃は気をつけていたが、婿入りしたことでもう会うことはないだろうと切り捨てた情報に彼がいた。彼は中央が嫌いだから滅多に来ないし夜会も大嫌いだと聞いていたからだ。


 まさか再会するとは思わず内心舌打ちをした。彼に嫌みを言われたのがわかったからだ。


「ああ!思い出したわ!あなた!アタクシと無理やり婚約していた悪い貴族ね!」

「は?ま、待て。それはどういう」


「聞いてボイル様!この人!……前はこんな顔じゃなかったけどアタクシが可愛いからって一回りも年上なのに無理やり婚約を迫ってきましたのよ?!

 しかもプレゼントは血生臭い毛皮や気色悪い干し肉ばっかり!分厚くてゴワゴワした紙とか気色悪くて触りたくもなかったわ!

 婚約者ならドレスや宝石を贈るのは当然のことなのに!せめて花くらい贈ってくれてもいいと思いません?」


「いや、それは…」


 辺境から王都では長期保存がきくものでないと傷んでしまうから花なども贈れない、というのは知る人は知っている事実だ。たとえ知らなくてもここで言うのは相手への侮辱。


 夜会嫌い社交界嫌いの彼が婚約者にパーティー用のドレスを贈ったら浮気をしてもいいと勘違いするかもしれないという牽制で贈らなかったとか、ボイルと出逢って恋に落ちたのはデビュタントの時だからドレスや宝石はまだ早すぎると思われたとか、そんなことを思ったが自分の妻があまりにも短慮で口を挟めなかった。


「熱く語っているところ申し訳ないが、私の名誉のためにも貴女の言葉を訂正しなくてはならない。

 貴女は私と婚約していたようなことを言っているがそんな事実はないぞ」


「へ?!…うっ嘘よ!婚約者同士の顔合わせの時にアタシと会ってるじゃない!!」


「それは貴女の親達が不当な理由で本来の婚約者と貴女とすり替えたことで起こった悲劇だ。こちらに相談もなく、悪びれもせず私の前で自分がポッドホット伯爵令嬢だと名乗ったのだから白紙にされて当然だと思うが?」


 ボイルがハッとして伴侶を見た。脳裏では元婚約者だったパズラヴィア侯爵令嬢が言っていた、ポッドホット伯爵令嬢の唯一の婚約が破談になったという話を思い出した。


「だってそれは!アタシが、アタクシがポッドホット伯爵令嬢だから」

「今は伯爵家の人間らしいが、その頃はまだ男爵家の令嬢だったはずだ。伯爵令嬢と婚約したのに男爵令嬢を寄越されてこちらが怒らないとでも思ったか?」


 トゥルネゾル辺境伯の台詞に会場がざわついた。去年の卒業パーティーに出席していた者はボイルが思い出したことが過り、知らない者は辺境伯相手に嘘をついたことを驚愕した。


 トゥルネゾル辺境伯と言えば内乱が続く隣国との国境を守っている英雄で、ある意味公爵よりも敬うべき存在だった。異名は『閃光の赤い槍』、畏怖も込めて『血塗れ騎士』と言われているが国へ貢献した数は多い。


 また戦慣れしている者は揃って気性が荒い。

 機嫌を損ねれば直ぐ様首をはねられる可能性もある相手から婚約白紙という寛大な処置をしてもらったにも関わらず、勘違いして騒ぎ立てるピンク頭に貴族達は恐怖を感じて距離を取った。


「ご無事ですか?!」

「お義父様!!」


 ダンスが中断されたのと騒ぐ声に国王が飛んで来てトゥルネゾル達に声をかけた。が、反応するよりも早くドロシーが両手を胸にあて目を潤ませて助けてくれと訴えかけた。


「聞いてくださいお義父様!アタクシこの方達にひどいことをされたのです!二度と近づかないでほしいと言ったのに、アタクシを拐って手篭めにしようと…ううっ」


「……ボイル、」


 ハラハラと涙を零しか弱い被害者だとアピールするドロシーに国王は一瞥して息子のボイルに顔を向けた。

 その目は侮蔑を含んでいて今までそんな目で見られたことがなかったボイルは硬直した。


「貴様には心底ガッカリした。妻となった者(この無能)をしっかりコントロールせよ、と結婚する際に申したはずだぞ」

「っもっ申し訳ございません!!」


「それになぜ貴様はポッドホット家を名乗っている?」

「え?!だ、だってドロシーとの結婚を許してくれたではありませんか」

「結婚は許したがこの者と添い遂げるならゴゴホット男爵を名乗るべきだ。ポッドホット伯爵ではない」


「え?そんな…っ」


 思ってもみない言葉に動揺すると、空気を読んでいないドロシーが割って入った。


「ですがお義父様!デイリーンは、いえ、デイリーン様はアタクシにポッドホット伯爵家を継げと言いました!ボイル様と結婚するには家格が合わないからって!」

「そうです!デイリーンはあの時伯爵家の養女にすれば家格が釣り合い僕と結婚できると、そう言ってくれたんです!」


「パズラヴィア侯爵令嬢だ。馬鹿者。彼女はもうお前の婚約者ではないのだぞ」

「あ、はい。すみません…」


 なんとかわかってもらおうと叫んだが国王も含めて周りがボイルに厳しい目を向けてきておののく。

 何か間違ってるというのだろうか?と戸惑っていると国王が従者にパズラヴィア侯爵令嬢を呼ぶよう命令した。


 やって来たパズラヴィア侯爵令嬢は相も変わらず美しく着飾り眩しかった。


 その彼女はまず国王に挨拶し、それから辺境伯と妻にも挨拶した。それが決まりなのだがドロシーは小声で「そんなのいいから早くアタシ達のフォローしなさいよ」と舌打ちをした。


「恐れながら国王陛下に申し上げます。わたくしが発した言葉など陛下の御前では戯れ言と同じでございましょう。

 むしろなぜ信じてしまったのかわたくしも戸惑っております」

「嘘言わないで!あなた言ったじゃない!!結婚したければアタシが伯爵夫人になればいいって!!

 そうしたら社交界の女王にもなれるって!あの時祝福してくれたのは嘘だったの?!」


「真実の愛で結ばれたお二人を祝福したのは本当ですが、結婚の手立てはあくまでこういう方法があるという話を出したまで。

 それを実行するにしても両家と相談し国王陛下に許可をいただかなければ晴れて結婚はできませんわ」


 むしろそれが肝心要なのにどうして忘れることができましたの?

 扇子を開き顔半分を隠すとパズラヴィア侯爵令嬢は可哀想なものを見るような目でドロシーらを見遣った。









読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ