17. 部屋
学年末テストが終われば長期休暇が待っている。
チェルシーは今年で卒業だから卒業パーティーも残っていた。
それなら堂々とパーティーに出れると踏んだドロシーはとびっきり可愛くて華やかなドレスが着たいと前伯爵夫人におねだりした。
そうしたら義母はそんなの知らないどうでもいい、なんでわたくしを心配しないの?!娘なら母親を心配して当然でしょう?どうしてそんな当たり前なこともできないの?!とヒステリーを起こし、それどころではなくなってしまった。
元々渋られていたがお茶会に行ってからは仕立て屋など絶対に呼べなかったし小物を売ってる行商とも連絡が取れなかった。
抜け出せれば贔屓にしていた仕立て屋に行けたが学園の外にはポッドホット家の使用人が待ち構えていて寄り道をすることは不可能だった。
仕方なく、邸に置いてある昔のドレスを手直しすることになったが選ぼうとしたら衣装部屋になくて使用人を義母のように叱りつけた。
だがよくよく思い出せばドロシーの隣の部屋は衣装部屋で、そこを改築してボイルの部屋にしたのだった。
会えなくなってから一年近く経つがまだ帰ってきた気配もなく連絡も寄越さないためすっかり忘れていた。
思い出せばやはり寂しくて恋しい気持ちになるが、妻のドロシーがこんな辛い目に遭っているのに助けにも来なければ援助もしてくれない冷たい夫に強い怒りを抱いた。
このままなら離婚よ離婚!と憤慨しながらドレスが仕舞ってある部屋に行くとおかしなことに衣装と一緒にベッドや勉強机があった。
まるで誰かの部屋を衣装部屋にしたような違和感に首を傾げながらも卒業パーティーに着るドレスを探した。
三着まで絞り込みベッドに置いて吟味していると小さなクローゼットを見つけそれを開いた。
そこには地味でダサい流行遅れのドレス一着と昔自分が着ていたような華やかなデザインのドレスが二着あった。そして制服が一着。
どれも細身でドロシーは着れなかったがそれ以上に服が小さく感じた。
「もしかしてこの部屋、チェルシーの部屋なの?」
控えていた使用人に聞くとその通りだと返ってきてもう一度見回した。自分の部屋の半分しかない。今では衣装部屋だ。
義父の前伯爵が一生懸命チェルシーを探しているのにこんな部屋でどうするのよ。
帰ってきたらどうするの?と手抜き仕事をする使用人を叱ればこの部屋にドレスを仕舞うよう指示したのは義母の前伯爵夫人だと返された。
「この部屋は元々奥様の衣装部屋でした。チェルシーお嬢様と違いドロシー様は着る着ないに関わらずたくさんのドレスをお持ちでしたのでここが丁度良いと思ったのでしょう。
指示された時もチェルシーお嬢様の部屋ではなく奥様の衣装部屋だと仰っておりましたから」
ご自分が指定したこともお忘れになったのでしょうね。
淡々と話す使用人や前伯爵夫人に冷たい人達ね、と思った。
衣装部屋に住まわせる親も、知りつつも従う使用人も氷のように冷たい人達だわ、と蔑んだ。
自分だったら絶対に許さないしそんな扱いなんてされないだろう。
前伯爵夫人に嫌われるほど不細工に生まれてしまったチェルシーの運命だから仕方ない。可哀想だが自分には関係ない。
美人に生まれて良かったわ、と安堵した。
「そもそもドロシー様のお部屋は元々チェルシー様のお部屋でした。それを奥様が『ドロシー様が住むのなら相応しい部屋でなくてはダメだ』とチェルシー様を追い出したのです。
そのクローゼットのドレスも奥様に押し付けられたものでチェルシーお嬢様を想って仕立てたものはございません。唯一トゥルーメル公爵様から贈られたドレスもあなたに奪われ切り刻まれてしまいました」
「え、何?何を言っているの?」
睨みつける使用人にぎょっとして距離を取ったが近づいてもいないのに使用人の気迫に体が強張った。
いや知らないし。ドレスはあのおじ様じゃなくてボイルが贈ってくれたものだし、部屋もドレスの仕舞い場所も前伯爵夫人が決めたことで自分には関係ない。嫌なら嫌だとチェルシーが言えばすむことだ。
それを文句も言わず受け入れたのだからチェルシーだってその地味でダサい流行遅れのドレスを気に入っているんじゃないの?と苛立たしげに言い返せば「だまらっしゃい!!」と一喝された。
「これだけ見てもまだわからないと言うのですか?どれだけチェルシーお嬢様が我慢し続けたと思っているの?どれだけお嬢様から奪えば気が済むの?!お前などボイル殿下に捨てられた平民のくせに!」
「はあ?す、捨てられてなんかいないわ!ボイル様は……そう!外国に旅行中なの!側妃がボイル様を独占してるから愛しいアタシに会えないのよ!!」
痛いところを突かれて思わず怒鳴ってしまった。頭の中ではボイルは王宮にいるが側妃が邪魔をしていてドロシーに会いたくても会いに来れないだけだと信じている。
でも王妃になる自分が側妃なんかに負けたと認められなくて旅行に出たなどと嘘をついた。
アタシは捨てられてなんかない。捨てられるはずがない。捨てられたのはチェルシーの方だ。
「あなたこそ何一人で怒ってるわけ?意味わかんないんだけど!
部屋もドレスもお義母様が決めたことじゃない!見当違いなことでアタシを責めるのやめてくれる?チェルシーが出て行ったのだってアタシには関係ないことよ!」
衣装部屋をボイルの部屋にしたいと言ったことはあるけどチェルシーの部屋を衣装部屋にしてとは言っていない。
確かに昔『いらない子なんだから出て行って』って言ったことはがあるけどそれだってお義母様が言っていた言葉をそのまま言っただけでアタシは悪くない。
実際チェルシーはアタシに言われてもずっとポッドホット家にいたもの。アタシが言ったからいなくなったわけじゃない。
出て行ったのだって広い部屋を探しに出掛けただけかもしれないじゃない。
家に帰ってこないのだって本当はチェルシーの自作自演かもしれないでしょう?なんでもかんでもアタシのせいにしないでほしいわ!
アタシのように無償の愛を与えてもらえないから捻くれて家出をしただけなのよ。どうせすぐに帰ってくるわ!帰ってこないのはお義父様か誰かがチェルシーに家を用意してそこに住まわせてるのよ!
きっとこの邸の近くに住んでいて困ってるアタシを見て嗤っているんだわ。
それなのにみんなチェルシーチェルシーチェルシーってバカみたいに騒いでる。
あんな性格悪い構ってちゃんのチェルシーなんてどうでもいいでしょう?!アタシの方が美人で成績優秀でこの家の女主人なんだから!アタシを優先して敬いなさいよ!!!
「アタシはね、チェルシーと違ってお義母様やお義父様に愛されてるし望まれてここにいるの。大きな部屋も綺麗なドレスも宝飾品もぜーんぶアタシのためにあるの!
奪ってなんかないわ!!アタシの方が似合うからみんながアタシのくれたのよ!
それにアタシは伯爵夫人で、いずれは王妃様になるの!!そんなアタシに逆らっていいわけ?」
そうよ。自分は王妃様になる高貴な存在だ。狭くて暗い部屋に監禁されてから使用人達の目が厳しいけど立場は自分の方が上だ。
わかりやすく脅してやれば使用人に鼻で笑われカチンと来た。
「いいの?アタシはあなたを簡単に辞めさせることができるのよ?路頭に迷いたくなければ膝をついて謝りなさい!」
「辞めさせたいのでしたらご自由にどうぞ。奥様や旦那様に告げ口してくださっても構いませんよ」
今までもそうやって簡単に使用人を辞めさせていましたものね?
嘲るような言い回しに顔が赤くなり「クビよ!!」と叫んだ。
「喜んで辞めさせていただきます。せめてチェルシーお嬢様が戻るまでと我慢してきましたが、旦那様も奥様もあなたも本気でお嬢様を見つけようとしていないご様子にほとほと愛想が尽きておりました。
いい機会ですので私共はお暇をさせていただきます」
にっこり微笑み礼を取った使用人はその日のうちに邸から去って行った。
その使用人が侍女長だと知ったのは使用人達が半分も辞めてしまった後になる。
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