43 鳳凰暦2020年4月18日 土曜日お昼頃 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所3階第6ミーティングルーム
約束の時間に、指定されたミーティングルームへ行くと、入口で設楽が待っていた。
「あ、浦上さん、こっちこっちー」
手招きされて、私――浦上姫乃は中へと入る。そこにはクラスメイトだとはわかるが、そこまで交流がないメンバーも多くいた。特に男子は交流がゼロだ。
「今日のお昼はねー、平坂さんちのお重なんだよ、ほら、お正月みたいですごいよねー」
そこには、3つの正方形の漆塗りの器に、多種多様なおにぎり、からあげ、たこさんウィンナー、だし巻きたまご、コロッケ、エビフライ、ミニハンバーグ、そしてお寿司まで入っていた。
「じゃあ、浦上さんも来たし、まずは食べよっか」
平坂がそう言って、食事が始まった。私はこの中に加わっていいのか、少し戸惑っていたが、設楽がすごく世話を焼いてくるので、とにかくいろいろと食べさせられた。
「この明太子おにぎりサイコー」
食べている時も設楽は幸せそうな顔をしていた。設楽の顔が、私みたいに歪むこともあるのだろうか。何も考えず、美味しく頂けばいいところをそんな風に考える自分が、私は少し嫌だと思った。
わいわいと騒がしい食事を終えて片付けて、机と椅子を並べると、今日の本題である情報交換の場が整った。
「さて、と……」
ふぅ、と平坂が息を吐く。
「それじゃ、ミーティングを始めるね。今日のミーティングのメインは、パーティーメンバーのシャッフルなんだけど、その前に、浦上さんもここに呼んでるのは、トムが情報交換って、言ってた、でいいかな?」
「そう聞いてきたわ。確かに、情報はほしかったし」
「そ、ありがと。私たちは、私、トム、飯干くん、宍道くんの附中出身の4人をリーダーとする4つのパーティーの協力関係、まあ、言ってみれば、クランを組んでる」
ざわっとなったのは、少し不思議だったが、すぐに平坂が説明した。
「あ、みんなはただ、パーティー同士で協力してる、くらいの感覚だったと思うけど、私たち4人はこの機会をクラン運営の練習だって考えて動いてたんだよねー」
どこまで先を見てるんだ、というつぶやきが聞こえた。あれは確か、田丸だったか?
「ヨモ大附属高のダン科で入学したばかりの4月は、附中ダン科の出身者が初心者をサポートするのが伝統になってて……ま、非協力的な人もいるはいるけど……サポートするって、それだけだと、私たちにとっては学びと成長が少なくなるよね? だから、いっそ、クランってものを模擬的にやってみることで、いつかトップランカーになった時にも役立てようって考えだね。いちいち説明してなかったのは、ごめんね」
メンバーたちが気にしないという風に首を横に振った。
「それで、浦上さんには、実は、ソロはやめて私たちのクランに加わってほしくて、今日は呼んだけど、トムはあくまでも情報交換って言ったんだよね?」
「私を、このクランに? いや、それは……」
「浦上さんがソロにこだわりがあるのは知ってる。だから説得するための情報交換」
平坂が私の目をじっと見つめてくる。
「ね、浦上さん。ソロでこの一週間、やってきて、魔石、いくつになった?」
見つめられて少し気圧された。しかし、それを悟られないように見つめ返し、堂々と答える。ソロという厳しい環境でも、最高の成果を目指してきたという自負はある。
「今日の朝で61個になったわ。来週にはスキル講習の資格も得られると思うし、スキルを身に付けたら2層にも挑むつもりよ」
「あっそ。ちなみに、私の班の、設楽さん、田丸さん、雪村さんはこの前の木曜日にもうスキル講習の申し込みは完了してて、昨日の放課後の講習の予定だったけど、それが中止になったから、今日、この後、スキル講習を受けるし、それとトムの班の光島くん、前田さん、坂本さんも昨日の昼に申し込んで同じく今日、この後のスキル講習を受けるよ」
「な……」
「飯干くんと宍道くんの班はどういう状況?」
「今日、みんなゴブ魔石100個に届いたから、明日の朝、申し込んで、月曜日には」
「おれの班も同じ状況だな」
「私の班は木曜から、トムの班は今日から、もう2層に入ったし。これが私たちの現状だけど? 浦上さんが完全に出遅れてるのは理解できた?」
「……それは、附中出身の経験者が手取り足取りやれば、それくらいは……」
「それって、みんなに失礼だと思うな。ねぇ、雪村さん? 先週、ダンジョンに入って、私が一度も倒さなかったのに、私も含めて魔石を均等に分配した日もあったよね?」
「あったよ。でも、もう納得してるから、それ、言わないで……」
「え?」
雪村は附中の普通科からの転科の生徒だった。それに、平坂が倒してないのに平坂にまで分配したとか、そんなことして、魔石の数が私より多く集められる訳が……。
「たぶん、そんなことして、魔石が100個も集められるはずがないとか、そんなこと、考えてるんだろーね。こんな簡単なことに気づけない人じゃないのに、まだ気づかないのかな? 浦上さん、次席でしょ? よーく考えてみて」
よく考えて……? そんなの……スキル講習の申し込み済み? ダンジョンカードで完全に管理されている魔石の個数のごまかしは、ない。平坂や外村がたくさん倒して分けた、ということではない。でも、魔石は集まった……?
「……まさか……戦闘回数の制限の5回というのが、嘘、なの……?」
「惜しいけど、ほぼ正解、かな?」
「そんな、だって、死ぬかもしれないからって……」
「そうだね。高校生が死ぬかも、しれないんだよ? そういう重大な課題を常にヨモ大附属高ダンジョン科は抱えてるよね。実際にこれまでも亡くなった先輩はいるし。だから、絶対に高校生が死なないレベルの、安全マージンを設定してる。1日5体のゴブリンで五百円。10日で寮費五千円、2日で生徒会費千円は支払えるし、学食は低価格だから、贅沢しないなら、贅沢といってもとんかつ定食五百円くらいだけど、それも問題ない。卒業までゴブリン5体だけを続けていけば、そのうち魔石は百個を超えてスキルを身に付け、2層へも進めるよ。2層に行けるならもう1日五百円なんてこともなくなってる。夏休みになるくらいには3層でボスとだって戦えるようになる。小鬼ダンのボスは4層クラスだから、ここを卒業したら、その時点で4層以上が攻略可能なダンジョンアタッカーにはなってる。18歳からスタートして1層に挑む人と比べたら、スタートの差はそれで十分に大きいよね。だからあの5回ってのは、別にこの学校としては全然問題がない、それどころか、在校生の安全面から必要な制限でしょ? ただ、そうやって卒業した人はトップランカーにはなれないってだけ」
「……」
私は自分が大きく勘違いをしていたことに気づいた。この学校は、トップランカーを目指す生徒が集まる場ではあっても、トップランカーを育てる学校ではないのだ。育てるのはあくまでもダンジョンアタッカーでしかない。平坂の言う通り、1層スタートと18歳で比較すれば4層攻略ならスタートダッシュとしては十分だろう。
「でも、スタミナ切れが、本当に命の危険だというのは、絶対に嘘じゃないからね?」
平坂の言葉に、ここのメンバーのうち、何人かが力強くうなずいた。設楽も、だ。まさか、スタミナ切れを実際に経験した?
「だから、ソロだと、無理な挑戦は絶対にできない。ね、浦上さん。もうわかったと思うけど、ソロなんて時間の無駄なんだよね。その証拠に、次席入学で代表まで務めた浦上さんを、ここの初心者のみんなはとっくに置き去りにしてるでしょ?」
「でも、附中出身の月城がソロで自分を追い込みたいって……」
「あれについては、私の口から説明するのは、ちょっと……」
はぁ、とため息を吐いた平坂が私から目をそらして、外村たち附中メンバーの方を見た。外村はくすくすと笑い、他の男子二人も苦笑いだ。私に向かって口を開いたのは笑っていた外村だった。
「浦上さん、あのねー、月城のあれはさ、モモっちへのアピールなんだよ、アピール」
「え?」
「好きな女の子にかっこつけたいバカってこと」
「は?」
「0.1ミリもモモっちからは相手にされてないけど。言ってみればこうかな? 『おれ、ソロでもやってみせるぜ? どうだカッコイイだろ? 平坂、おれに惚れろよ?』って感じかなー? ほんっと、ただのバカだよねー。学級代表のモモっちに迷惑かけてるだけっしょ」
あはは、と外村が笑うと、附中の男子二人や、他にも何人かがぷっと吹き出した。
……そんな、あれは、ソロで自分を追い込みたいって、あの言葉は、月城の、恋心の、ただの暴走だということ? そして、ソロは時間の無駄?
「……それとね、浦上さんにこのクランに入ってほしいっていうのは、私の、償いとか、謝罪とかって、意味もあるんだよね。それは、浦上さんだけじゃなくて、設楽さんにも、なんだけど……」
「えっ⁉ あたし⁉ なんで⁉」
突然名前が出てきた設楽が驚いて叫んだ。




