8 鳳凰暦2020年4月11日 土曜日 小鬼ダンジョン 3層 隠し部屋
今日はヨモ大附属入学後、初の休日。でも、結局ダンジョンのために登校している。それが僕の望みでもあるので、問題ないけど。
開門は7時だから、開門と同時に僕は校地内へ突入して、7時1分には小鬼ダンへと入場した。今日からじっくりダンジョンに入れるというのに、誰も小鬼ダン前の広場にいなかった。みんな、やる気がないんだろうか? 昨日のダンジョン実習の感じだと、やる気はあるように思えたけど。
中でアクセルを発動させて、昨日と同じように、ゴブリンをたくさん挑発してトレインしつつ、予定通りの落とし穴へ誘導して、落として、落ちなかったゴブリンを処理し……って、またしても、2匹、逃がしてしまった。うーん。うまくいかないもんだ。
落とし穴の底へ降りて、生き残りにトドメを刺して、ドロップを回収する。魔石14個とナイフ2本に棍棒1本。よしよし。ファンブルによるドロップ率の上昇に感謝します。まあ、まだ大赤字のままなんだけど。
でも、今日はここからが本番です。さあ、行こうか。ゲーム知識チートの沼へ。
まずは、スタポ――スタミナポーションを1本、飲む。じっくり味わって飲むとしましょう。ちなみに味は、栄養ドリンク系の味です。炭酸はない。なぜポーションを味わって飲むのか? それは、これが1本1万円だから。もったいなくて、味わうしかないだろう。
落とし穴落としとはいえ、トドメを刺すのにSPは消費しているから、まずは回復から。
この先、この落とし穴の底は、実は3層だったりする。そして、この穴の隠し扉は回転扉で、こっち側からしか開くことができない。隠し扉の向こうは、隠し部屋になっている。他にもこの小鬼ダンには、1層から2層へと行ける浅めの落とし穴もあるけど、そっちは隠し部屋ではなく、通路につながっている。
今から行く3層の隠し部屋はここからしか入れない。隠し部屋から出る隠し扉も回転扉で、それを出れば3層の通路になっている。まあ、3層への近道、と言えなくもないけど、まずは何よりも、この隠し部屋は宝箱の部屋で、宝箱を守るモンスターがポップするということの方が重要だ。そして、そのモンスターは実は、小鬼ダンのボス部屋のボスモンスターと同じヤツだったりするのだ。
つまり、この小鬼ダンで、経験値的には一番美味しいモンスター。しかもリポップが5分。このリポップの短さが、小鬼ダンの良さだ。別のダンジョンのボス部屋なら、1時間とか、6時間とか、そういう長い時間のところだってある。
この中にいるのはゴブリンソードウォリアー。ダンジョンボスと全く同じヤツで劣化版とかではない。バスタードソードとスモールバックラーシールドを装備していて1層のゴブリンよりも体が大きい。それでもほとんどの高校生よりは小さいけど。もちろんダンジョンボスなんだから、この小鬼ダンで一番強い。でも小鬼ダン自体がここのダンジョン群だと最弱ダンジョンだからな。強いといっても、全体から考えれば弱いボスだ。
弱いボスとはいえ、現状、まだレベル1状態の僕がまともに戦ったら、即死だろう。だから、必勝アイテムを用意した。
僕はウエストポーチから、赤と黒のマーブル模様の、ソフトボール大の玉を取り出す。これは爆裂玉。1個5万円。そう、5万円。いやー、いくらこのためにお金を貯めてきたとはいえ、入学式の日にこういうアイテムを買う時には心で泣いた。泣きました。
残念ながら、ゴブリンソードウォリアーを倒して手に入る魔石は買取価格が二千円。リポップが早いのが救いだけど、魔石の価値が低いのは辛い。
ボスとはいえ、爆裂玉なら1発で倒せるけど、ドロップが魔石だけなら四万八千円の大赤字ですから。ちょっと泣きそう。
魔石と同時にバスタードソードがドロップすれば、買取価格3万円プラス。スモールバックラーシールドがドロップすれば買取価格は1万5千円プラス。幸運にも三つそろってドロップしたら4万7千円なので、三千円の赤字で済むんだけど、そんな幸運はゲームでもまず起きない。無理。
だから、爆裂玉4つで二十万円分使ってコイツを倒す目的は、ドロップアイテムではなく、経験値なのだ。ゴブリンソードウォリアーを4匹倒せば、そのあとは、レベルアップした力で倒せる……と言いたいところだけど、実は、さらに秘密がある。
ここの隠し部屋は、宝箱を開けない限り、倒したボスのリポップが5分後に起きる。そして、完全にリポップして目が一度光ってから5秒間だけ、動かない、動けない時間があるのだ。これをプレイヤーたちは『無敵時間』と呼んでいた。無敵なのはゴブリンソードウォリアーではなく、プレイヤーの方なのだ。5秒間、試合開始前にタコ殴りにしてから戦えるんだから、余裕です。
という訳で、万全の態勢で、ゲーム知識チート、スタート。
隠し扉に背中を合わせて、左手側を押し込んでいくと、壁の一部がくるりと回転しながら、隠し部屋の中へ。
真正面にゴブリンソードウォリアー、その後ろには宝箱。
この瞬間、僕はこの世界での勝利を確信した。
「ほいっと」
爆裂玉のぽっちを押し込み、ゴブリンソードウォリアーに向けて、下手投げで投げつける。ソフトボールっぽい。
ソフトボールサイズの赤と黒のマーブル模様の球が、ゴブリンソードウォリアーへ向かって飛んでいくのが、スローモーションのように見えた。
「グゥギャオオオオオゥゥッッ!!」
ゴブリンソードウォリアーの『ローハウリン』という、雄叫びで相手にフィアーのバッドステータスを与えるスキルが発動する。
僕の体が震えて、うまく動かなくなってくる。
でも、その瞬間――。
ドッカーンっ!
爆裂玉が爆炎とともに消えていった。
全身に焦げた跡を残して、目の光が失われたゴブリンソードウォリアーが倒れる。そして、粉々になっていくようなエフェクトとともに消えていって、ピンポン玉サイズの魔石が残された。色は普通のゴブリンと同じだ。
僕は震える手を一生懸命動かして、なんとかウエストポーチからキッチンタイマーを取り出す。そして、3分30秒に設定したそれを震える指でスタートさせる。
それから十秒ほどで、震えがなくなる。
腕時計を見る。7時21分17秒。僕はDWの世界で初のボス攻略を達成した。正確にはボスとは言えないけど。
「……でもなぁ。もし、爆裂玉、投げる前にローハウリン喰らってたら、間違いなく、死んでたな、これは」
そう考えたら、僕は急に怖くなってきた。
「いやいやいや、そういうこと考えちゃダメだろ。もっと前向きに。前向きに行こう。そうそう。できるできる。大丈夫大丈夫。やれるやれる。うん、やっていけるから」
怖いからこそ、それを必死で否定する言葉が溢れてくるのだと、僕は自覚できていた。しばらくの間、思うままに言葉を発しながら、足元にキッチンタイマーを置いて、魔石を拾ってウエストポーチに入れて、宝箱を開かずに椅子代わりしてそこへ座る。
「僕はやれる。絶対にできる。このリアルになったDWの世界を生き抜くし、勝ち抜く。こんなところで終わってたまるか。絶対に勝つ。勝つ……」
心の中の恐怖に逆らうように、それとは反対の言葉を口からひたすら送り出す。
それはまるで、効果が切れたはずのフィアーがまだ継続しているかのような感じだった。
そこから3回。3分30秒のタイマー音で入り口側へ移動して、一瞬でリポップしてくるゲームとは違って、床に突然現れた魔法陣と、なんだかよくわからない黒いもやの小さな竜巻みたいなものの中で、徐々に形が整ってくるゴブリンソードウォリアーの目をまばたき禁止で見つめて、目がカッと光った瞬間に爆裂玉を投げつけて、無敵時間の間にゴブリンソードウォリアーを倒した。
残念ながらドロップは魔石だけだ。
「……金さえあれば。お金さえあれば、ひたすら爆裂玉で倒し続けてやったのに。なんで僕は財閥の御曹司じゃなくて、一般家庭に転生したんだ……くそ、もっと金を稼ぐ方法はなかったのかな? 今さらだけど。テストの予想問題、ひとつ千円とかにしとけば……客が減って儲けが減る可能性もあるか。うん。無理だ、あれ以上稼ぐのは。今が最善。そう思って頑張ろう」
キッチンタイマーがなくても、ここまでの3回のリポップを見て、だいたいの復活タイミングと攻撃タイミングは掴めている。だから、まず、僕はキッチンタイマーを5秒設定にして、無敵時間の5秒間という感覚を必死で体に覚えこませようと試みた。
「……って、わっかんねぇー。どうする? どうすればいい。考えろ、考えろ」
死ぬかもしれない恐怖。そこに追い込まれた時、人間の真価が問われる。そんな馬鹿なことを考えた瞬間、閃いた。
「何か、言えばいいんじゃないかな? それを5秒で何回言えるのか、カウントしてみて、確かめて。それを言ってる間は、無敵時間の攻撃で、終われば離脱する……」
なかなかいいアイデアのようだけど、少し足りない。
「っ! 実際にショートソードとメイスを5秒で何回振り回せるか! これだっ!」
思いついたら検証する。こういうことは、やれるだけやった方がいいに決まっている。
「ん! 感覚が……違う……」
ショートソードも、メイスも、昨日までの素振りの感覚よりもずっと、軽く感じるし、楽に振り回せるようになっていた。
「やっぱり、ステータスが見えないだけで、予想通り、レベルアップはある……」
学校のギルドの先輩お姉さまからいろいろと聞いて、確信は持っていたけど。そこからは腕立てをしてみたり、ジャンプをしてみたりして、体全体の感覚も確かめてみる。
「これは、いける……」
いろいろと考えて確認する前よりも、確実に前向きな気持ちで、ゴブリンソードウォリアーに挑める状態になった。魔法陣と黒いもやが現れ、ゴブリンソードウォリアーのリポップが始まる。完全にリポップを終える前にゴブリンウォリアーの右横へ移動し、ショートソードとメイスを伸ばして、およその狙いを確認する。
「ここ、と、ここ、と……」
あとはまばたきを我慢して、ゴブリンソードウォリアーの目を見つめる。
…………ドクン…………ドクンドクン…………っ、きたっ!
ゴブリンソードウォリアーの目がカッと光ると同時に、僕は、両腕を振り上げた――。
「おらっ、おらっ、おらっ、おらっ、おらっ、おらっ、おらぁっ!!」
ショートソードでバスタードソードを握る右手の手首付近を、メイスで右の側頭部を、それぞれ、5秒間ほど、切りつけ、殴りつけ、それがおら7回分、つまり5秒分、終わると、バックステップでゴブリンソードウォリアーから距離を取った。
ゴブリンソードウォリアーが右側にいる僕の方へと向き直り、僕を睨みつける。僕はショートソードとメイスを体の前で交差させて身構えると、奥歯を強く噛んで、ゴブリンソードウォリアーをにらみ返した。
「グゥギャオオオオオゥゥッッ!!」
1回目と同じ、ゴブリンソードウォリアーの『ローハウリン』の雄叫びが響く。
くっ、負ける、かっ!
そう気合を入れてみたけど、体に震えがくる。フィアーだ。
く、そ、が……。
震えが入った僕を見て、悠々と近づいてくる、そして、バスタードソードを振りかぶる。
と、そこで、急に体の震えがおさまった。
「っ! 動ける!」
振り下ろされたバスタードソードを交差させたXの中心で受け止め、軽く押し返してから、バックステップ。
「っと。最初のフィアーより、効果が短い。抵抗力も上がってるな、これは」
ふぅーーっと息を吐き出して、左手のメイスは立てて、右手のショートソードは肩の上へと持ち上げる。
よく見ると、ゴブリンソードウォリアーの、僕が無敵時間に攻撃した部分はボロボロだった。しっかりダメージは通ってる。いける。
「こいよ、バカボス。トドメ刺してやるから」
その挑発に乗ったのか、ゴブリンソードウォリアーがバスタードソードを振りかぶりつつ、こっちへ踏み込んできた。
そのバスタードソードを左手のメイスで受けて、右へと回り込むように動きながら、ショートソードでバスタードソードを握っている手を狙う。
「グギャっ!?」
右手の痛みからか、ゴブリンソードウォリアーがバスタードソードから手を放し、ファンブルした。
「……ちっ。無敵時間の狙いは、手首じゃなくて指が正解だったな」
まだまだ、この戦闘で詰められる内容はたくさんありそうだ。
ボスとはいえ、こいつも知能はゴブリン。ファンブルしたバスタードソードを取りに体を傾け、手を伸ばす。
「頭、下げてんじゃねぇーよっ!」
そこへ、目一杯、メイスを振り下ろす。ハードヒットの感触とともに、ゴブリンソードウォリアーが膝をつく。
「チャーンス」
バスタードソードへ伸ばした右手を左足で踏みつけ、右からショートソードで左側頭部を、左からメイスで右側頭部を、ガンガンガンガン、と交互に殴りつけ、切りつけていく。
ショートソードの5発目からは左腕を上げたゴブリンソードウォリアーによって、スモールバックラーシールドで防がれるようになったけど、ショートソードの連打はそのまま止めずに続け、メイスの方はズタボロの右側頭部をどんどん変形させていき、やがてゴブリンソードウォリアーの左腕が下がって、そのまま前のめりに倒れた。
そして、粉々になって消えていく、消滅のエフェクト。
そして、残される魔石。
「……………………魔石だけかぁ。いや、切り替えよう。勝てるってことはわかったし、フィアーの効果も、こっちのレベルが上がれば弱まっていくってわかった。あとは、何がある?」
キッチンタイマーをセットして、魔石を回収し、次の戦いでどう動くか、考えて、考えて、考え抜く。
「例えば、無敵時間で口を狙ったら、フィアーを防げるか? やってみる価値はあるかも。他にも、スモールバックラーシールドをファンブルさせる方向で動いてみても……」
ここから、僕のゴブリンソードウォリアー狩りの研究が始まった。ついさっき命の危険を感じた恐怖の対象は、もはや僕にとってはただの研究材料に変化していた。
そこからは一日、戦い続けた。学校の戦闘回数の制限はガン無視だ。スタポもあるし。
腕時計がピピピっと時報をならせば、足を動かして効果時間1時間のアクセルを掛け直し、昼には母の愛が詰まっていると思われる爆弾おにぎりを食べ、途中でスタミナが切れたら、必死で腕を動かして合計6本のスタポをじっくりと味わって飲み、それと同じタイミングでレンタル武器を新しい物に交換して、何度も何度もゴブリンソードウォリアーを屠った。
夕方の16時半を過ぎた頃には、無敵時間の5秒間でゴブリンソードウォリアーを倒せるようになって、もはやこの狩りはただの作業と化した。
そして、18時の時報とともに、スタポを味わいつつ、アクセルを掛け直すと、ストレッチを始める。それから、レンタル武器を新しい物に交換して、念入りに素振りをし、感触をじっくりと確認する。
「うん。いける」
立ち位置は入り口の隠し扉の前。そこで、現れた魔法陣と黒いもやを見つめて、ゆっくりと左右の武器を構える。
リポップが完了して、ゴブリンソードウォリアーの目がカッと光り、無敵時間を5秒、数える。数え終えると動き始めるゴブリンソードウォリアー。
「グゥギャオオオオオゥゥッッ!!」
初手はゴブリンソードウォリアーの『ローハウリン』の雄叫び。
でも、もう、僕の体に震えはこない。
「……つまり、もうおまえは格下って、こと」
僕はキッチンタイマーを1分に設定して、スタートさせ、足元に置く。
そして、タイマーが鳴る前に、ゴブリンソードウォリアーを魔石に変えた。
「普通に勝負しても秒殺っと。まあ、5秒で殺れた時点で、わかってたことだけど」
魔石を拾い上げてウエストポーチに入れた瞬間、キッチンタイマーが鳴る。
「まだ、時間はさらに詰められそうだけど、今日は、この部屋はここまでかな」
キッチンタイマー、壁に立てかけておいた使用後のレンタル武器やドロップ武器をウエストポーチへと回収して、お待ちかねの宝箱の前へ。
「お待たせしました、宝箱さま。どうか、よろしくお願いします」
ここの宝箱は、赤の指輪、緑の指輪、青の指輪、それからマジックポーチの小、そのどれかがランダムで当たる……はず。
三つの指輪はそれぞれリジェネ系で、赤がSP、緑がMP、青がHPの回復だ。これは強化可能なアイテムで、強化前は1時間1回復、4回強化が可能で、30分1回復、15分1回復、5分1回復、1分1回復まで強化できる。強化するための強化用のアイテムが必要なので、簡単ではないけど。
マジックポーチの小は畳3畳分、最小の3倍の収納量となる。買えば三百万円。売れば百万円。
どれも当たりのアイテムだけど、最小とはいえ、既に購入したマジックポーチはあるので、できれば指輪がいい。
「神様お願いっ」
そう叫んで宝箱のふたを開ける。
その箱の底には、箱のサイズの大きさが無駄にしか思えないほど、小さな指輪が入っていた。
「大当たり……」
付いている石は赤い。SP回復の赤の指輪だ。
「最大強化までは効果が薄いけど、ポーション類はスタポが一番高いからな」
迷わず左手の小指に、ピンキーリングのつもりではめ込んだ。するっと指のサイズに合わせて、指輪が締まる。オートアジャストだ。ゲームのVRよりも、感覚的にはゾクリとする。不思議な現象。
「指十本全部指輪の実験とか、いつかしてみよう」
ゲームでは右手にひとつ、左手にひとつ、合わせてふたつだけの指輪装備だった。ここでなら、全部にはめられそうだから、一度、試してみたい。そう都合よくドロップはしないけど。
「では、近道で帰りますか」
出口の方の隠し扉から、3層の通路へ出る。そこからは、本来のボス部屋を目指す。かなり近いので、特に心配はしていない。途中で、ゴブリンソードマンを2匹、ゴブリンアーチャーを1匹、仕留めて、ボス部屋へ。
ボス部屋も、本日、百回以上、顔を合わせた仲のゴブリンソードウォリアーだ。
もちろん、秒殺して、ドロップした魔石とスモールバックラーシールドを回収。このボス部屋のボスの初回討伐は、剣か盾か、どちらかがドロップ確定なので、はっきり言えば買取価格が安い盾の方がハズレだ。残念。まあ、隠し部屋でたくさんバスタードソードはドロップしたから、気にするほどでもないけど。
「……指輪で運を使ったからかな?」
そんなことをつぶやきながら、ボス部屋の奥に現れた転移の魔法陣へと踏み込む。軽く体を揺さぶられるような感覚とともに、小鬼ダンを入ってすぐのところへと転移した。
「近道終了っと」
そして、不気味な感じのする何かを通り抜けて、ダンジョンの外へ出る。ダンジョンカードを当てて、出口のゲートを開いて抜け、広場の前で軽く体を伸ばす。
「ふはぁ~、さすがに、疲れた。……帰ろ」
疲れは疲れでも、気持ちのいい疲労感だ。満足感ともいう。
朝と同じで、広場には誰もいない。どうしてだろうか。みんな、やる気が足りないのではないだろうか。そういえば、今日はゴブ顔しか見てない。ぼっちの友達は実はゴブリンなのか……。
僕は自宅を目指して歩き始めた。
本日の戦果は、まず、ゴブリンの魔石14、ゴブリンソードマンの魔石2、ゴブリンアーチャーの魔石1、そして、ゴブリンソードウォリアーの魔石108だ。どうやら煩悩を昇華させるために戦っていたらしい。そして、ナイフ2、棍棒1、バスタードソード16、スモールバックラーシールド2、である。
最初っから狙いはバスタードソード。自分で使う分は確保しつつ、買取に出して換金するつもりだ。明日も今日と同じだけ狩ったとして、売る本数が30本になれば、1本3万円だから90万円! それでかなり赤字は解消できる。ありがとう、バスタードソード様! 取り戻せ百万円!
「明日もバスタードソード!」
僕はのんびりと歩きながら、そんなこと意味不明なことを口にしていた。
客観的に見ると、ひたすら恥ずかしい男なのだった。
家に帰ると、母が作ったあったかいごはんが待っていた。あったかい家族と一緒に。
「いただきます」
「はいはい」
「おにぃ、それで、ダンジョンはどうだった?」
「ちょっと怖いこともあったけど、それを乗り越えたら楽しかった。敵のどこを狙えば、効果的に倒せるか、どうやったらドロップを増やせるか、どれだけ倒す時間を短く詰められるか。選択する武器、使うべきアイテム、利用する特殊地形、モンスターの特性も、か。まだまだ考えるべきことはたくさんあるな。すごくおもしろい。やっぱりダン科に行ってよかった。最高だよ」
「なんかおにぃがまたむずかしいこと言ってる~。でも、ずっと入りたいって言ってたダンジョンが楽しそうでよかった~」
「だが、彰浩、無理はするなよ?」
「そうね。今は、いいからまず食べなさい、アキヒロ。それで食べながらでいいから聞いてほしいの。おかあさんはね、本当は今でも反対なのよ。怖いこともあったとか言われたら、ますます心配になる。それに、アキヒロは、いつもはほとんどしゃべらないクセに、そうやって興奮したり、怒ったりしたら、いつもと違ってよくしゃべるようになるでしょう? ダンジョンがそれだけアキヒロの心を乱すっていうのなら、冷静さを失って、危険な目に遭う可能性があるんじゃないの? あの貯金だってそう。あれだけの金額をそのためだけに使うなんて。それを取り戻そうとダンジョンで無理をするんじゃないかと思ったらもう、心配で心配で……おかあさんは本当に、今でも転校して別の高校に行ってもらいたいくらいなんだから。お金なんて、必要ならおかあさんがパートでも何でもして取り戻すから」
「んふふ、おかあさんこそ、口数が増えてるー」
「ああ、本当に、母さんと彰浩はこういうところがそっくりだ」
母の心配顔と、そんな母と僕を見守る父と、妹、奈津美のほっこり顔。うちは本当にあったかい。
「ありがとう。心配かけてごめん、でも、必ず、結果を残して、親孝行するから」
「結果とか、親孝行よりも、生きて戻ってきてくれればいいのよ……」
く……な、泣かないからな!
不覚にも、母の言葉で涙が出そうになってしまった。
ひょっとすると、ダンジョンでテンションがおかしくなってしまっただけで、心の奥ではずっと、死ぬかもしれないという、あの隠し部屋での恐怖が残っていたのかもしれない。
これ以上、母に何かを言わせて、涙があふれてしまうのは恥ずかしいので、僕は黙って食べることにした。