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RDW+RTA ~リアルダンジョンズワールド プラス リアルタイムアタック~  作者: 相生蒼尉
第1章 『RDW+RTA ~リアルダンジョンズワールド プラス リアルタイムアタック~』
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7 鳳凰暦2020年4月10日 金曜日 小鬼ダンジョン


 今日の午後からはダンジョン実習です。初の、と言いたいところですけれど、附中ダンジョン科出身の生徒にとっては、そうではありません。


 先輩から、附属高で最初のダンジョン実習以降しばらくは世話役になると聞いています。それが伝統なのです。これはもう、彼のお世話を担当して、一番近くで彼を観察するしかありません。みなさん、我儘放題ですから、少しくらい、私――平坂桃花の小さな我儘も許されるでしょう。


 そう決意して、私は小鬼ダンジョン前の広場へと向かいました。


 しかし、昼休みになって一番に教室を飛び出したはずの彼が、広場にいません。どういうことでしょうか?


 気合が入り過ぎて、私は一番乗りでした。同じように気合が入った顔をしている、次席の浦上と、推薦入学生の首席である設楽が私の次にやってきました。


「あ、平坂さん、やっほ……」

「設楽さん、よろしくー。浦上さんも」

「ええ……」


 気合は入っているようですけれど、同時に緊張もしているようです。二人にとっては初のダンジョンですから。

 これは、この二人のお世話を私がすることになる流れでしょうか? この3日間で少し、わかってきました。私が彼に関わろうという望みを持つと、それは空回りして、なぜか、あまり望んでいない状況になるのです。


 続々と1年生が広場へ集まってきます。5分前集合どころか、十分前集合になりそうです。図らずも1組の先頭に並んでしまった私は1組の列を確認できる状況です。どれだけ探しても、彼はいません。一番に教室から飛び出したのに、どこへ行ったのでしょう?


 ……そういえば、私は冴羽先生に頼まれて、というか、指名されて、昨日、1組の学級代表になったのでした。副代表に彼を望んだら冴羽先生が即座に否定なさってしまいましたけれど。


 そうすると、今、私が1組の列の先頭にいるのは立場上当然と言えます。

 副代表には月城がなりました。代表と副代表の性別は違う方が望ましいそうです。

 次席で新入生代表を務めた浦上が学級代表ではないのは、この学校に慣れている附中出身の私たちの方が、今の段階では代表に適しているからでしょう。


 はっ! それならこの学級代表の立場を使って、まだここにいない彼を探しに行くという手があるのでは?


 そんなことを考えていると、彼が広場にやってきました。集合時間のおよそ2分前です。とても、とてもとても残念です。

 時間はきっちり守っていますけれど、他のみんながずいぶんと早く集合してしまったため、まるで彼が遅れてやってきた悪者のようになってしまいました。

 彼はそのまま、1組の列の一番後ろに並んでいます。当然、私は彼のお世話ができそうもありません。


 開始時間よりも少し早いのですけれど、学年主任の佐原先生が説明して、冴羽先生を先頭に1組から小鬼ダンジョンへと入って行きます。


「うわっ、これ……」

「不快感があるわね……」


 設楽と浦上がダンジョンに入った瞬間、つぶやきました。慣れていないと、このまとわりつくような何かはとても気になることでしょう。


「静かに進むぞ。後ろはついてこい」


 冴羽先生がそう言って前へと進みます。附中ダン科出身者にとっては、中1の夏合宿以降、何度か入ったダンジョンです。特に、戸惑いはありません。でも、設楽や浦上にとっては初めての場所です。きょろきょろと周囲を確認しています。


「明るい、ね?」

「もっと薄暗いかと思ってたわ」


 小鬼ダンは、ダンジョン自体が発光していて、明かり要らずのダンジョンです。リポップも早くて、だから、ヨモ大附属で占有して、附属生の育成の場となっているのです。


「最初の分かれ道は右だ」


 冴羽先生はそう言って、右方向へと進みます。もちろん、私たちもそれに従います。

 ところが、しばらく進むと、後方で騒ぎが起こりました。


「危ないっ!」


 附中の頃からよく聞いた声です。外村でしょう。


「平坂、月城、ここで停止、おまえたち二人は前方を警戒。オレが後ろを確認してくる」

「はい」

「了解です」


 ここらへんは処理しといたはずなんだが、とつぶやきながら、先生が後ろへと走って行きます。


「平坂さんは、先生に信頼されてるねー」

「私だけじゃないよ、月城くんもだよー」


 後ろから話しかけてきた設楽の方は振り返らずに、前方を注視したまま言葉を返します。


「何があったんだ?」

「さあ? 私たちは前方警戒してればいいんだよ」


 月城が前をにらんだまま口を開きました。私も前を向いたまま返答しました。

 前からゴブリンが現れることもなく、5分足らずで、冴羽先生が戻ってきました。


「よし、進むぞ」

「……何があったんです?」


 何も言ってくれない冴羽先生に不満そうな顔を向けて、月城が聞き出そうとしています。冴羽先生が何も言わないのは、おそらく言いたくない理由があるのでしょう。でも、月城の気持ちもわかります。気になるのは私も同じです。


「……はぁ。最初の分かれ道で、左からゴブリンの不意打ちがあって、雪村が狙われた」


 歩きながら、小さな声で、冴羽先生が説明を始めました。先生の囁き声に耳を集中させないようにしながら、聞きます。

 雪村永良は、附中普通科からの転科ですから、初のダンジョンです。不意打ちなどやられたら対処できないでしょう。大きな怪我をしていたとしても不思議ではありません。ライトヒールが使える私の出番ではないのでしょうか?


「叫んだのは、不意打ちに気づいた外村。その声で光島が雪村をかばうように間に割り込んだ」


 外村も私と同じく附中ダンジョン科出身です。さすが、と言えるでしょう。でも、不意打ちでその庇い方なら、一般七席の光島雷雅が怪我をしたのではないでしょうか? やはり私の出番だと思います。光島は教室で私と彼の間を隔てる邪魔者ではありますけれど、怪我の治療くらいはして差し上げても構いません。


 ……はっ! 光島が怪我で欠席すれば、教室で彼がよく見えるようになるのでは? そう、そうです! 光島! 死なない程度で、でも入院がやや長引くくらいの怪我を!


「先生、光島の怪我は……」


 月城が光島の怪我を心配しています。あの、傲慢な、月城が、です。


 ……私は一瞬とはいえ、なんという人の道に外れたことを思ってしまったのでしょう。月城以下です。月城以下などというゴミになってはいけません。心を少し入れ替えるとしましょう。光島、三日だけで我慢します。三日だけ入院するぐらいの怪我でお願いします。私と彼との間に座っている光島がいなくなれば、彼が今よりもよく見えるのです。


「いや、無傷だ。外村が叫ぶのとほぼ同時に後ろから飛び出した鈴木が、振り下ろされた棍棒を受け流しつつ、ゴブリンの右膝をピンポイントで砕いて転倒させた。どう考えても外村より先に気づいてなきゃありえん。今年の首席は……いや、なんでもない」

「……鈴木って、今日が初ダンですよね? そんな馬鹿な? 初討伐なのに、その話だと単独討伐ですよ?」


 そんな馬鹿なではありません。私にはわかります。それが、彼、なのです。当然ではありませんか! というか、この目で見たかったです! 彼の初討伐を! それと、無事でよかったですね、光島。残念です……。


「外村がその目で見たことをオレに説明した。あの外村がびっくりするくらいべた褒めだったぞ……」

「鈴木が……」


 その声は浦上でした。冴羽先生がそれとはわからない、本当に小さな舌打ちをしました。彼を敵視している浦上には特に聞かせたくなかったのでしょう。浦上なら、私にも単独討伐をやらせろ、とか言い出しそうですから。


「あいつ、本ばっか、読んでるってのに……」


 ……意外にも、月城が彼の動向を気にしているようです。もっと我が道を行くタイプかと思っていました。まあ、気にしてなくても彼はずっと本を読んでばかりなので、1組でそのことを知らない人はいないのかもしれません。


 はっ! これは、ひょっとして! 帰りは3人一組の予定です。私が最初に設楽か浦上のどちらかの討伐をサポートして、それから私の討伐が終われば、彼を含めた三人で広場へ一緒に戻れるのでは⁉


 いきなり気分が向上してきました。やってやりましょう。冴羽先生をがっつり見つめて、一番は譲らないという意思を目で示します。


「……そんな目をすんな。一番はおまえだ、平坂。まったく、どいつもこいつも。その代わり、学級代表として、パーティー分け、しっかり頼むぞ」


 やりました! これで帰りは彼と……ですけれど、パーティー分けですか……ストレスが溜まりそうです……。






 ……彼と一緒には帰れませんでした。どうしてこうなるのでしょうか。私と一緒に広場へと戻っているのは、設楽と浦上です。最初、予想した通りでした。


「……大人しそうな顔して、あんな戦いを」

「あはは、ダンジョンの中で顔とか、関係ないよー」

「あれぐらいできないと、ダメ、か……」

「平坂さん、すごかったよね」

「そう言う設楽さんもすごかったよー。あんなの初めて見た」


 設楽は、ゴブリンの棍棒の振り下ろしを私が左手のスモールバックラーシールドで受け止めて、「行け」と言おうとしたその「い」の口の形だけでまだ音にもなっておりませんでしたのに、その時点でもう一気に踏み込み、一瞬でショートソードを振り下ろし、ゴブリンの頭をスイカ割みたいに斬って割ってしまったのです。


 一撃でした。私はメイスで二撃。この差は戦闘方法の違いと武器種の特徴の差だと言っておきます。


 浦上は倒すまでに4回攻撃が必要でしたので、設楽の戦いを見たあとは、設楽に対する態度が違います。ものすごく軟化しました。最初からその態度で接していないのですから、浦上は人としての器が小さいのでしょう。


 でも軟化した態度でも、浦上が設楽をライバル視しているのは丸わかりです。相手を自分のライバルだと認めると態度が軟化するなんて、『小説版ドキ☆ラブ』の学年首席、御堂牙焔みたいです。性別は違いますけれど。そう考えると、ちょっとだけ浦上のことが好きになれました。親睦カラオケに参加しないようなアレな人なのですけれど。


 まあ、浦上の本領は弓なので、この初のダンジョン実習ではなく、これから先で活躍していくことでしょう。


 そう言えば、設楽は自己紹介で剣道部だったと言っていた気がします。推薦入学者の首席だと考えると、間違いなく剣道は全国レベルなのでしょう。


「ショートソードは竹刀より短くて、柄も短くて両手で持てなくて、ほんと、難しかった」


 ……そばかすお下げのくせにとは思っても口にはしません。思っていますけれど。本人は難しいとは言うものの、結果は一撃です。その実力はさすが推薦首席と言えるでしょう。


「刀は、高校生には高くて手が出ないよねー。一番低いランクでも三十万とか、ムリムリ」

「もうちょっと長くて、両手で持てる武器があればなぁ」

「それなら、まずはバスタードソードを手に入れるのを目標にするといいかもねー」

「バスタードソード?」

「うん。片手でも、両手でも扱える剣で、ショートソードよりも長いよ」

「バスタードソード……」

「……平坂さんは、そういうアドバイスもするのね。本当に、すごいわ……」


 浦上は私に対する態度も軟化しています。浦上が単独で戦いたがったため、冴羽先生が私に先に単独戦闘をやってみせるように指示して、その私の戦いを見てから、態度が変わりました。態度を変えてからは素直に、私がタンクを務めることを認めました。彼女は、自分よりも上にいる者を見ないと成長できないのかもしれません。こういう負けず嫌いな人は、私は嫌いではありませんけれど。


「えー、そんなことないよー、あははー」

「よし。あたし、バスタードソードをなんとかして手に入れることにする! でも、レンタルにはなかったけど……」

「ギルドの販売の方で、確かー、8万円だったかなー」

「はちまっ……く、あ、あきらめないよ、あたしは……」

「販売の武器って、高いのね」

「ダンジョン用の武器だと、かなり安い部類だよー」

「そ、そうなの……」


 まあ、今は全てがどうでもいいのです。警戒は怠りませんけれど、今はもう、とっとと広場に戻って彼と合流して、4組の最後のグループが戻ってくるまでずっと、時間いっぱい彼と話し続けるのです!





 ……と何分か前に思っていたのは、はかない夢でした。

 広場に戻ると、記念品の業者の方と、学年主任の佐原先生の、合わせて三人しかいませんでした。彼はいったいどこへ消えたのでしょうか?


 続々と1組のメンバーが戻ってきますけれど、さらには他のクラスの人たちも戻ってきますけれど、彼の姿はいつまでたっても見えません。ダンジョンで戻る時にすれ違った1組の中には、彼はいなかったはずです。どうして、ここにいないのでしょう?


 そして彼ではなく月城が私に話しかけてきます。聞きたいのは彼の声なのですけれど。


「パーティー編成、学級代表が動いて決めるだろ? 頼みがあるんだ、平坂」

「えー、めんどーはやだよ?」

「いや、すまんが、ソロ、やらせてほしい。自分を追い込みたい」

「は? 附中のダン科がソロとかやったら、他の人の負担だよ? 何言ってんの? 月城くん?」

「……私も、ソロでやってみたいわ」


 月城の言葉を聞いて、浦上までそんなことを言い出しました。


 ……正直なところ、浦上にはソロはあきらめてほしいと思います。自己紹介では自分の口でアーチャーだと言っていたはずです。そもそもソロで動く役割ではありません。連射できる間に敵を倒せなかったら結局は接近戦になるのです。タンクなしで浦上に接近戦はやらせたくないです。ゴブリン相手なら、浦上の身体能力なら死ぬことはないとは思いますけれど。どちらかといえば、ソロができるのは浦上ではなく、設楽の方だと思います。接近戦の戦闘力が違いますから。それこそ、まさに段違いです。


 それに、クラスは35人で、2人がソロになると、もう一人、ソロをやるか、3人パーティーを3つ作るか、という風になってしまいます。基本となる4人パーティーを8つと、3人パーティーをひとつ、それが理想です。やれと言われれば、私は3人パーティーを引き受けるつもりはあります。

 何人かと下話はしましたけれど、推薦の男子4人は、その4人で最強パーティーを組むとか、夢を見ているみたいです。まあ、自信があるみたいなので、それはそのまま、やってもらおうと思います。附中ダン科出身の人と組まずに苦労すればよいのです。


 私はもちろん、月城、外村など、1組の附中ダン科出身者は、もう戦闘回数の制限が5回ではありません。ほとんどの者が十回、私と月城と外村は二十回です。実際にはもっとたくさん戦うことができます。

 推薦男子4人パーティーは身体能力が高くとも、戦闘回数の制限で、一日二十匹のゴブリンです。少しは増えるでしょうけれど、それで成長できると考えているのは、甘すぎます。浦上がソロでやりたいというのも、同じです。単独戦闘でゴブリンを倒せても、どのみち数を稼げません。

 それに附中ダン科の人たちはみな、附中時代にゴブリンの魔石百個の納品という課題を終了させ、既にひとつ、第1階位スキルを伝授されています。私はライトヒールです。

 スキル持ちが仲間にいることが、それが、どれだけ重要で、有利か……。


 設楽とは、一緒に帰ったことで少し仲良くなったこともあり、罠に嵌めたりはしたくないのですけれど、設楽には3人目のソロで頑張ってもらって、我儘な月城と浦上と、時々臨時パーティーを組んでもらう、という感じでいけたら、いいと思います。

 推薦組で一人だけ女子という設楽が、推薦組の男子たちから外されているのも、設楽がソロになるためのいい理由です。推薦の男子4人は寮で意気投合したらしいですから。

 それに、設楽は今日、冴羽先生の目の前で、ソロでもやれるだけの実力を示しました。私が設楽をソロにさせたとしても、冴羽先生も何も言わないでしょう。


 あとは、4人パーティーを7つ、作ればいいのですから、私は自分のパーティーを上手に3人にしておいて、他を4人でフルメンバーにしてしまって、今、この場にいない彼をうちにおいでよー、と招き入れるのが正解だと思います。重要です。しっかり根回し、しときましょう。うまく、設楽が一人になるように、です。


 そして、いろいろと動いて、しばらくすると、学年全員がそろいました。彼は列の最後尾に戻ってきました。ダンジョンではない、どこかから。


 学年主任の佐原先生の最後のあいさつが終わって、解散になった途端、クラスの列の最後尾を目指して、私は早歩きで人の間を縫って進みます。みんな、明日からの土日でダンジョンに入る話で盛り上がっています。


 根回しの結果、月城、浦上は本人の希望通り、ソロ。そして、設楽を除くメンバーはもうパーティーに分かれていて、私のパーティーは今、3人組です。あとは彼を……。


 人の林を抜けて、彼のいる最後尾に私がたどり着いた時、顔を上げて目が合ったのは、彼ではなく、設楽でした。あれ? どうして? 設楽もさっきまで前にいましたよね? というか、彼はどこに?


「設楽さん、なんでここに?」

「あ、うん。なんか、みんなもうパーティーが決まってて、一人になりそうだったから、鈴木くんとペアでダンジョン入ろうかと思って誘いにきたんだけど」


 ……このお下げ! とんでもないことを考えてやがりました! 彼と二人でダンジョンに入ろうとか、何を考えているのでしょう⁉ しかも彼とは同じ中学校のよしみでペアパーティーの実現可能性が高いことがまた許せません!


 はっ! ちょっと待ってください。まさか……そんな……設楽をソロに誘導せずに、私が自分からソロを選択するフリをしていれば、同じ小学校のよしみで、という技が可能な私にも、彼とのペアの目があった、というのですか? どうして今、その事実に私は気づいてしまったのでしょう。もう、手遅れではありませんか……いえ……まだ、あきらめてはなりません。今回はともかく、次の機会には……。


「……その、お目当ての鈴木くんは?」


 設楽に聞きながら、私はきょろきょろと周囲を確認します。はい。どこにも見当たらないです。彼を視界に入れたい気持ちはいつもありますけれど、今はここにいなくてよいのです。設楽とのペアになど、絶対にさせません。


「……いなくなってる、ね」


 設楽もきょろきょろと、彼を探しています。でも、見つけられないようです。よろしい。

 とはいえ、どうしましょう。あの外村がべた褒めした彼の戦闘力抜きでのクラス内では最下位の初心者二人を抱えての3人パーティーというのは、もちろん、できなくはないのですけれど、他の初心者二人を支える私の負担がかなり大きくなってしまうので……あ。


「…………………………設楽さん。私のパーティー、まだ3人だから、空きがあるけど?」

「え、いいの? ありがとう! 平坂さん!」


 ……パーティーが見つかった設楽がすっごくいい笑顔なので、ちょっと心が痛みます。それと、ちょっと困ったことになりました。

 戦闘力は高くても、根回しの場にいなかった彼を受け入れるのと、同じく戦闘力の高い、しかも私が根回しして孤立させておいた推薦首席の設楽をパーティーに入れるのでは、大きく意味が変わってきてしまいます。

 彼の場合は、みんなの輪の中に入れなかった人の面倒をみてくれてありがとう、という方向性で話は片付きますけれど。

 でも、設楽の場合は、私が戦闘力の高い設楽を自分のパーティーへと確実に勧誘するために孤立させておいた、という、極めて私が腹黒い、みたいな感じになってしまうではありませんか⁉ いえ、そのつもりではなくとも、結果としてそのようなずるい手段を選んだのは確かに私なので自業自得ではあるのですけれど!


 もう! どうして、こう、ことごとく、彼を近くで観察しようとすると、うまくいかないのでしょうか! 私、実は呪われているのですか……?


「……じゃあ、明日はー、ここに9時集合で」

「え?」

「なに?」

「いやー、意外と遅いんだなぁって。確か、学校は7時に開門するって聞いてたし」

「設楽さん、そんな朝からダンジョンに行く人なんていないよー」

「そうなんだ。部活で遠征とかだと5時集合とか普通にあったから」

「その話の方がびっくり……」

「お互い、まだまだ知らないことが多いね」


 5時集合……普通の中学校って、どうなっているのでしょうか? 子どもがその時間に集合するとなったら、家庭ではそれよりも早く、4時台には動き始めることになるというのに。5時集合が設楽にとっての普通の感覚だとすると、それよりも4時間も遅い9時集合は彼女にとって驚きでしょう。

 寮の朝食時間が7時半から8時15分までなので、朝食前にダンジョンを目指すことはありません。早いパーティーでも、食後に急いで準備を整えて、8時半、というところではないでしょうか。先に訓練場で連携の確認をしてからという先輩方もいるようですから、9時は早い方だと私は考えています。

 それが……5時集合……本当に驚きです。ダンジョン科に所属すると、その、身体能力が向上するということで、一般的な部活動には参加できないようになっています。だから、全く知りませんでした。

 そもそも、早朝からダンジョンへと入っても、戦闘回数の制限で戻ってしまえば、その日のその後の時間が余り過ぎると思います。疲れ切った体では、せっかくの余った時間もただ寝るだけとなりかねませんし、そうなると生活リズムが乱れますし、先輩方など、逆に休日の午前中は普通に昼食まで友達とお出かけして、外でランチをしてから、午後にダンジョンに入る、という方も多いのです。


「寮の食事時間と、準備のための時間でー、少し余裕を持たせると、9時がいい感じなんだー」

「うん、わかった。じゃあ、明日、9時だね!」


 そんな話をしていると、外村が他のクラスの附中ダン科出身者を連れてやってきました。


「モモっち~」

「……トム? どうしたの?」

「4組の子たちが、モモっちに相談したいって」

「相談?」

「うん。補欠の子のことみたい」

「ああ、あの……」

「ごめんね、モモ。違うクラスのことなのに」

「いーよ、いーよ。それで、どうしたの?」

「あの子、悪気はないんだけどさ。初日に入学式のあと、倒れちゃって、寮の行事も不参加。昨日もそのまま寝込んで休んで。クラスで人間関係できてないから、今日、ここでパーティー決めだとか、思ってなかったみたいで、いつの間にかいなくなっちゃっててさ。それに、ほら、補欠で、最下位だから、その……」

「うん。わかった。他の人がパーティーに入れたくないってことでしょ。はぁ、どうしたもんか」


 私は4組の附中ダン科出身の女子生徒の相談に乗ります。こういうのは首席の役割です。いずれは彼の役割に……いえ、彼がそのようなことをしている未来は思い浮かびませんね。彼は他人を利用することはあっても、他人の世話を焼くような人ではありませんし。

 こういう面倒事がやってくるのは、私が人を陥れようとしたからでしょうか。


 彼をずっと観察していたい。彼に興味が湧いて仕方がない。ただ、それだけなのに。


 どうしてうまくいかないのでしょうね……。





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― 新着の感想 ―
[一言] やべーぞこいつ・・・やべーぞこいつ・・・ 辛辣ぅっ!
[良い点] 腹黒モモっち
[良い点] モモっち~のハズレ具合が最高です。 主人公、落とせるかな? [一言] 健気だ。 報われて欲しい。
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