6 鳳凰暦2020年4月10日 金曜日 小鬼ダンジョン1層
そうしてギルドにたどり着いたら着いたで、受付のお姉さまが突然現れた僕を見てびくっと身を震わせましたよ? なんで?
「あの……」
「あ、はいっ! どうしました?」
「買取……棍棒です……」
「あ、ああ、ゴブリンの……って、え? ゴブリン? ということは新入生? あれ? 今日、初実習で、ゴブリン1匹……ゴブイチ? えええっ? キミ、ちょっと早くないっ?」
「いや、よくわかんないです……」
「そ、そうね……新入生だし……うん……わかんないよね……はは……」
……早いんだろうけど。他の人たちにもそう言われたし。
お姉さまが僕の顔をまじまじと突き刺すような視線で見つめる。
「あっ……キミ、この前の……」
「え?」
「あ、ううん。なんでもない。買取ね。ダンジョンカード出して、棍棒はこっち。千円になります」
……なんだ?
ちょっと疑問に感じる一言があったけど、買取自体はすぐに終わった。棍棒を差し出して、ダンジョンカードをピタッとするだけだ。ちゃりんと音がして入金も完了した。
「……ねえ」
「はい?」
「実はわたし、ここの卒業生なんだ」
「あ、はい。そうですか」
なんと、お姉さまは先輩⁉ ていうか、突然どうしたんだろう?
「……だから、もし、もしだけど、キミが、悩んだり、困ったり、苦しんだりしてるんなら、相談に乗れるかも、しれないから……」
お姉さまがすっと僕から視線を反らしつつ、そう言った。これは、チャンス……。
「ありがとうございます! では、さっそくですけど……」
僕はいろいろと知りたいことをギルドのお姉さまに質問した。たくさん質問した。
僕のあまりの食いつきの良さに、お姉さまが目を見開いてドン引きしてた気もするけど、そんなことより情報収集、これ、大事。
……クラスメイトと、情報交換、できてないからな。
そうやって僕は、ギルドでかなりの時間を有効に利用しつつ、潰すことに成功したのだ。
広場へと戻ってみると、1組のほとんどの生徒と、2組の半分ぐらいの生徒、3組の6人の生徒が戻ってきていた。4組はまだ誰もいない。
僕が1組の列に近づいたタイミングで、ダンジョンから、1組の最後の4人、いい人の……外村さんと男の子と狙われた女ともう一人の女の子が出てきた。
僕は、1組の列のすぐ後ろではなく、4人分のスペースを空けて、座ることにした。僕には最後尾のぼっちが似合う、はずだ。
外村さんたちは現状、男子1、女子3のハーレムパーティー状態。でも、主導権は外村さんにあるように見える。ということは、彼女は附中出身かな? 自己紹介の時の記憶はあいまいで……拍手は高い意識で取り組んだけど……。
4人は記念品テーブルへ行って、女子3人がきゃいきゃい言いながら、指輪の注文をしている。やっぱりこういうのは女の子のためなのかもしれない。
そして、1組の列に戻ってきて、僕の前に座……るのかと思ったら、座らずに、狙われた女が外村さんにそっと背中を押されて僕の前に出てきた。
「あ、あの……さっきは、その、助けてくれて、あ、ありがとう……」
「あ、いや、うん」
「……」
「……」
何を言えば⁉ 何を言えと⁉ ダンジョンから出てくる前に余計なこと言ったし⁉ そのせいか、ちょっとビビられてるし⁉ ていうか、そっちがしゃべってくれないかな? 話しかけてきたんだし。さっきまで、指輪のところで騒いでたのに……。
「あの時の鈴木くん、すごかったねー。ほんと、すっごく速かった。びっくりしたよー」
「う、うん。そうよね……」
気まずい雰囲気になった僕と彼女の関係に、……外村さんがフォローするように割り込んできてくれた。この人、本当にいい人だ……。いい人は外村さん、とむら、さん、と。
「あの速さ、体、鍛えてるよね? 中学では何やってたの?」
僕の前に狙われた女を座らせながら、外村さん自身もその横に座って、僕へと話しかけてくる。うわ、コミュ力あるなぁ。
「陸上」
「へぇ~、陸上部かぁ。うん、そういう感じ、するよね。ね?」
「う、うん。わかる……」
「でも、ショートソードも、メイスも、うまく扱えてたよね? しかも二刀流っぽく? 陸上とは関係なくない?」
「訓練場で、素振り、したから」
「え? もう訓練場、使ってるの? ていうか、いつの間に? 鈴木くん、すごくない?」
「す、すごいと思う……それに、強かった……」
「うん。一瞬で棍棒、止めたし。タンクも、アタッカーも両方できるよ。鈴木くんは、タンクとアタッカー、どっちがやりたい感じ?」
「いや、特に」
「うーん。タンクもいいけど、あの瞬殺っぷりを見たら、アタッカーも外せないよねー。ね?」
「う、うん」
……すごいな。集団面接で話題を振って、みんなに回す、そんな感じ。でも、そういうの、疲れないかな? ……外村さん、いい人だから、逆に心配かもしれない。
まあ、そういう苦労させてるのは、僕が会話に積極的ではないから、なんだけど。
「この実習が終われば、小鬼ダンには入れるようになるから、明日と明後日の土日が大事だって、先輩が言ってたんだ。スタダ重要、だって」
「先輩?」
「あ、うん。附中ダン科出身だから、先輩、いっぱいいるし」
「あ、そ、そういうとこ、ちょっと、うらやましいかも。いいなぁ」
「でしょー。小学校ん時、受験頑張って良かったなぁ」
あ、やっぱり……外村さんは附中の人か。まあ僕も既に先輩を一人、手に入れたけど。なぜかギルドで。ちなみに今、僕の前で女の子二人がしゃべってる。僕の前にいる必要、ないよな?
「そういえば、鈴木くん、モモっちとおなしょーだったって?」
外村さんがその話題を出した途端、男の子と、もう一人の女の子も反応した。しかも、女の子の方は、座ったまま、ずるずるとこっちに身体を寄せて、顔も向けてきた。
「モモっちって?」
「モモっちはね、平坂さん。平坂桃花さんだよー。ほら、一番前の席の、黒髪の、ちょい長めのボブで、超美少女の」
「あ、うん、わかった。あの人かぁ」
「それで、鈴木くんとモモっちって、どういう関係?」
「うん?」
こっちに来ますか、やっぱり。
「関係って?」
「初日に、モモっち、鈴木くんに話しかけてたよね? あんなモモっち、珍しいんだけど?」
「そう」
「で、どういう関係?」
「いや、同じ小学校?」
「それ、もう知ってるし」
「え、え、え、じゃ、幼馴染とか? この学校だと、確率、すごくない?」
食いついてきたのはもう一人の女の子。いや、なんで?
「いや、別に。そんな、話したこと、ない」
「そうなの?」
「ウソー! あんな美少女と同小で幼馴染だったら……妄想、湧き出るんですけど……」
なんだこの名前のわからん子は? 恋愛妄想爆走中か?
「おなクラだったとか?」
「2回、かな……」
「6年? 6年?」
「えっと、確か……3年と、5年だった、ような……?」
「びみょー、なんかびみょー。しかも記憶があいまいな感じだしー」
いや、アナタの今の食いつき状態が変だし微妙だと思うけど? あと、なんで6年? 小学校は6年に価値があるの? 全然わからないです、僕には。はい。
あ、そういえば、コイツと狙われた女は、ダンジョンでも男子の話、してたな。恋バナ好きか? いや、僕と平坂さんの間に恋バナはないけど。
「あー、じゃあ、モモっち、小学校ん時、どんな子だったの?」
お、外村さん、復活。できれば、もう一人の女の子はこのままフェイドアウトでお願いします。
「どんな……今みたいな、人……?」
「なんで疑問形? しかも今みたいって、高校生と小学生だよ? どう考えても全然違うっしょ?」
「いや、違いがわかるほど、知らないし」
「むーん……」
「ハズレかぁ……」
ハズレってなんですか、ハズレって。コイツ、失礼な人だな。
「いやー、モモっち、中学ん時、モテまくって、でも、全部拒否ってたから。高校で、こう、恋の花が咲かないかなー、と、思ったんだけどねー」
「あー、やっぱりやっぱり。そりゃモテるよねー。ねえねえ、誰? このクラスにもいるの? コクった男子って……」
「あー、それはねー……」
ちょっとずつ声を小さくして、女の子二人の内緒の会話へと変化していく。僕はこのままフェイドアウトでいいです、はい。
「あ、あの……」
おっと。狙われた女、復活。僕、フェイドアウト、できず……。
「うん」
「本当に、ありがとう」
「あ、うん」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ショ、ショートソードと、メイスって、どっちがいいと思う?」
……唐突ですね? ていうか、両方使ってる僕に、それ、聞く? どっちもいいと思ってるから使ってるんだけど。そもそも、無理して話しかけてくる必要、ないよな?
「どっちも」
「そ、そうだよね……」
そうなんですよ。
「あ、あたしなら、どっちが合う、かな? どう、思う?」
いや、僕、アナタのこと、何も知らないので、答えようがないんですけど……。
「……好きなの、選べば、いい」
「そ、そう? じゃあ、今度はメイスにしようかな? 鈴木くんがメイスでゴブリンの膝を潰した時、す、すごく、か、かっこよかったし……」
……頭、ぶっ叩いた時は、「ひっ」とか、言ってましたもんね。
まあ、もっと言うなら、訓練場とかでしっかりと素振りして、武器に自分を合わせていかないと、どんな武器でもうまく使えないと思う。いちいち言わないけど。
「……」
「……」
そこから先は、無言の世界。でも、たまにちらちらとこっちを見てくるのはなんで?
なんだかむず痒い時間を過ごすうちに、4組の最後のメンバーまで、全員が無事に戻ってきた。
「それじゃあ、全員、立って並びなさい」
学年主任がそう言うと、ざわつきながらもみんな立ち上がって、合わせたようにおしりをパンパンと叩いて砂を落とす。
その音の中にまぎれるように、それでいてしかも、足音を立てないように、僕は、一歩、二歩、三歩、四歩、と列から離れていく。
「この実習でゴブリンを全員が一度は倒した。これで、この平坂第7ダンジョンについては、全員、出入り自由となる。ただし、絶対に忘れるな。自由には、常に自己責任がついて回る。自由だからといって、やりたいようにやっていい訳ではない。まず、自分自身の命を守れるように行動しろ。戦闘回数の制限を意識して、いいか、絶対に忘れるな! では、解散!」
学年主任が解散と叫ぶと同時に、僕はスススっとダンジョンの入口へと進み、終わった解放感で盛り上がっている連中の騒ぎに溶けて消えるように静かに小鬼ダンへと入る。
せっかく入れるようになったダンジョンだ。遠慮する気はない。
突入して、すぐに足で簡易魔法文字を書き、アクセルを発動。
ダッシュよりは遅め、千五百メートル走くらいの感覚で走り始める。分かれ道は、左、左、右、左、左、右、左、左、左、右、左、左、左、右、で進んでいく。
「おー、さすが小鬼ダン。リポップはぇ~……っと」
途中でエンカウントしたゴブリンは、接敵しても攻撃せず、2回、そいつの攻撃を躱して背後を取る。そして、ゴブリンが背後を振り返って喚いたら、武器を振りかぶると同時に離れて走り出す。そうすると、怒ったゴブリンが追いかけてくる。これ、本当はやってはいけないことだけど。
攻撃せずに躱すのは、ゲーム的な言い方をするなら、SP――スタミナポイントの温存のためだ。授業ではスタミナとしか先生は言わなかったけど、今、挑んでいる階層でその階層のモンスターを百匹以上、倒すまでは戦闘回数は行きに5回で、5回戦ったら戻るように、と教えられている。SP切れを防ぐための制限なんだろうな。ものすごく効率が悪いけど、ゲームと違ってステータスが確認できないこのリアルなDWの世界では、そういう安全マージンが必要なんだろうと思う。SP切れは、危険だから。
ちなみに、百匹倒せば次の階層へ進むのが普通なので、また次の階層では結局、最初のうちは戦闘回数は5回、ということになる。百匹倒した階層は戦闘回数が十回となる。
まあ、詳しくは授業で聞けばいいことだろう。ガイダンスブックにも書いてあることだし。僕はあまり守る気はない。正確に言えば全然守る気がない。
次々とエンカウントするゴブリンを、躱して、追い越して、引き連れていく。
いわゆる、トレイン。モンスタートレインとも言う。とても危険な行為なので、よいこはマネをしてはいけません。
時々、後ろを振り返りながら、ゴブリンがあきらめない、絶妙な距離とスピードを保つ。
そして、最後の別れ道を右へ曲がると同時に、ウエストポーチ――マジックポーチだけど――からフック付きのロープを取り出し、足元の黄色いマーカーを探して、進む。黄色いマーカーは、落とし穴のスイッチだ。
もうお分かりだと思うけど、トレインしてきたゴブリンを落とし穴に落として、自分だけはロープにぶら下がって回避するという、攻撃しないでゴブリンにダメージを与え、倒す方法だ。ついでに言えば、落とし穴落としだと、ゴブリンは高確率で武器をファンブルするので、これで倒すと、SPを消費せずに倒せる上に、武器のドロップ率も上昇するという、オマケ付き。
落ちたら、生き延びたとしても大ダメージの状態なので、最後はロープを使って降りて、トドメを刺す。それと、ここの落とし穴自体が、重要なポイントでもある。
僕がフックを岩壁に引っ掛けて掛かり具合を確認し、しっかりとロープを握ったまま、足を黄色いマーカーで塗られたスイッチポイントの手前に置く。
目を血走らせているように見えるゴブリンが、ギャッギャッとわめきながら走り寄ってきて、先頭の3匹が棍棒やナイフを振りかぶったタイミングで、落とし穴をストン、と発動させる。武器を振りかぶったゴブリンどもは万歳状態で落下、その後ろのゴブリンもなんだか間抜けなポーズで落下、さらにはなんとかぎりぎりで踏み止まったゴブリンが、さらに後ろのゴブリンに押されて、共倒れで転がるように落下と、たくさん落ちていく。
僕は重力に引かれてストンと落とされる勢いに耐え、しっかりロープを握る。それからさっさと壁を蹴りつつロープをつたって、落とせなかったゴブリンがいない、落とし穴の向こう側へと登る。
「いや、結構、これは、怖いな……」
自分を落ち着かせるように独り言が出てくる。ロープを握った手も痛い。VRとリアルはかなり違う。
見ると、落とし穴の向こうに、ギャッギャッと興奮しているゴブリンが5匹、いた。
「5匹、残ったか……」
その場から大きく5歩くらい下がって、一度息を吐く。そして、助走を開始。落とし穴の直前で斜めに踏み切って、横の壁へと跳び、その壁を蹴って、落とし穴の向こうへと渡りつつ、メイスを振り回す。
一番近くにいたゴブリンがメイスの一撃でバランスを崩して落とし穴へと落ちていく。
それを見て慌てて棍棒を振り回すゴブリンに対して、ショートソードの腹で棍棒を受けて払いのけ、大きく振ったメイスを背中へ回り込むように叩き込み、落とし穴へとゴブリンを落とす。
残った3匹が背中を向けて逃げようとする。そのうち1匹の無防備になったふくらはぎをショートソードで切りつけて、背中にはメイスの一撃を叩き込む。でも、あと2匹にはそのまま脱兎のごとく、逃げられてしまった。
「あらら。逃げられたか」
まだトドメを刺せていないゴブリンは、棍棒を握る手を踏みつけてファンブルさせた上で、落とし穴へと蹴り落とした。ファンブルしていた棍棒が消える。落ちたダメージで死んだからだろう。
さて、下を確認しないと、な……。
再び跳んで、そのままロープを掴んで、一度、ぶらんと垂れ下がる。そこからゆっくりと、少しずつ、ロープを掴んだ手を緩めたり、握ったりしながら、降りていく。
まだ生きているゴブリンはいるけど、立ち上がっているゴブリンはいない。だいたい、6メートルか7メートルくらいの深さだろう。
落とし穴の底に降り立ち、瀕死のゴブリンどもにトドメを刺す。全部仕留めたら、魔石と、その他のドロップアイテムを回収する。今回、棍棒1本とナイフ1本が手に入った。魔石の数は13個。ファンブルによって25%に上昇するドロップ率から考えると、もうひとつ武器がほしかったかもしれない。1層のゴブリンは魔石だけだと金にならないし。
「まあ、こうやって、ゲームのDWと同じようなことも、できるってことはよくわかったし……」
落とし穴の底の、横の壁をぐるりと確認して、大きな長方形の壁の切れ目を発見した。
「落とし穴の中の、隠し扉も、見つけた、と」
くくっ、と思わず笑いが出る。
「今日はもう時間がないから、隠し扉の向こうは明日、楽しみにしとこうか……」
落とし穴の底にプレイヤーがいる限り、落とし穴の床は落ちたまま、保たれる。そして、自分から落とし穴に飛び込んで自殺しようとするモンスターはいない。どれだけゴブリンが愚かだったとしても、だ。
つまり、今のここは、安全地帯。しばらく休憩してから、脱出して、ダンジョンを出るのがいい。
休憩中にウエストポーチから、赤と黒のマーブル模様の、ソフトボール大の玉を取り出して見つめ、またウエストポーチへと戻す。
「明日はゲーム知識チートの大勝負。絶対に勝つ。それで、ここから一気に駆け上がる」
僕はぐいっと背筋を伸ばして、軽く肘や肩のストレッチをすると、垂れ下がっているロープを掴んで登り始めた。




