18 鳳凰暦2020年4月11日 土曜日お昼頃 小鬼ダンジョン 3層
2層と3層を繋ぐ坂道の手前で、私――平坂桃花は一度立ち止まります。ここで、附中ダン科五席の飯干晃くんと、七席の宍道陽太くんとは、一時的に別れます。
「じゃ、二人とも、ごめんねー」
「そんなに時間はかかんないよー、たぶん」
「いや、こっちの方が助かってる。二人のお陰で明日は三層に挑戦できる」
「あはは、お世話するよ、二人まとめて」
「ありがとう、平坂、外村」
「あたしらも利益のある話だし、お互い様だよね。ね、モモっち」
二人はあと少しで2層を突破し、3層に挑むところまで、附中の頃にたどり着いていたので、それを私と外村でサポートして、2層のゴブリンメイスを相手にタンクを務めたのです。
今年の新入生では、既に3層へと突入していたのが、私と外村と月城でした。臨時パーティーはこの3人で組めば、3層へ安全に踏み込めるはずでしたのに、月城がソロでやりたいと言い出したため、対策が必要になりました。
それが飯干くんと宍道くんです。二人の攻略階層を押し上げることで、私と外村が3層でパーティー戦ができるようにするのです。二人の後押しをする代わり、外部生のサポートを引き受けてもらっています。明日、外部生のサポートを終えたら、4人で3層へ行くことになるでしょう。
中には、自分勝手な附中ダン科の出身者もいて、附中3人に外部生1人のパーティー組んだり、附中2人なのに外部生の上位と組んだりなど、附中生が初心者をサポートする伝統があると知りながら、その形だけを守って、中身は好き勝手しているのです。ソロでやってる副代表の月城もその一人です。
今日はまだ、3層は外村と二人で挑むことになります。ただ、帰りの安全の確保のため、ここで飯干くんと宍道くんには待っていてもらい、私と外村は3層で何度か戦闘を繰り返して、私たちが戻ったら一緒に2層を抜けて出口へ向かう、そういうことなのです。
「さーて、やっと二人きりになれたねー、モモっちー」
「おふざけはいいよ、トム。言いたいことがあるんでしょ? だいたいわかってるけど」
「お、自分でわかってんなら、なんであんなことしたの?」
「ごめん。悪気はなかったんだよね」
「いやー、犯人のセリフみたいなのきたねー」
「う……」
「設楽さん、モモっちが自分で外して一人にしといて、それをモモっちがパーティーメンバーにするのはダメっしょ? なんでそんなことしたのさ?」
「……私としてはねー、鈴木くんをメンバーにって、考えてたんだよね」
「まあ、それもちょっとアレだけど。まだ鈴木くんはね、みんな関りがないから。あたしぐらいじゃないかな、モモっち以外で鈴木くんをメンバー候補に考えてたの」
「あー、やっぱりかー。ゴブイチの時、そんなにすごかった?」
「有り得ないレベルですごかった」
「う……」
……どうして私はそれを見逃してしまったのでしょうか。見たかったです。本当に。
「それで、鈴木くんが設楽さんに代わったのはなんで?」
「……あの時、佐原先生の話が終わってすぐ、誘おうと思って列の一番後ろまで本当にすぐに行ったんだよ。行くのは行ったんだよ?」
「なんか急いでんのは見たような」
「ところがねー、鈴木くんがいたはずのとこに鈴木くんはいなくて、なぜか私と一緒に前にいたはずの設楽さんが立ってたんだよねー」
「……修羅場?」
「何ソレ? ないない。設楽さんと鈴木くん、中学校、同じだから」
「え、今さらのその新情報……」
「鈴木くん、自己紹介でホントに名前だけだったもんね。設楽さん、どこかパーティーに加えてもらおうとしたけど、私がちょっと先にアレしてたから」
「アレしてたね……」
「誰もいなくて困って、同中の鈴木くんとペアを組もうと思ったみたいで」
「あ、なるほど。鈴木くんをパーティーに入れようとしたモモっちと、鈴木くんとペアを組もうとした設楽さんが修羅バトルになった?」
「ならない。鈴木くん、いなかったしねー。で、設楽さんは困ってて……」
「それはモモっちのせい」
「わかってるから言わないで。あの子なら絶対ソロもできると思ったし。私は私で、クラスの最下位二人を引き受けて、鈴木くんを当てにしてたとこがあって……」
「……なるほど。鈴木くんがいなくて困ってた者同士が、慰め合うように手を取り合った、と」
「そうです……」
「いちおー友達として言っとく。モモっち、サイテー」
「うう……」
こういうことをはっきり言って叱ってくれますから、外村は大切な友達なのだと思います。もちろん他の子たちが友達ではないかというと、そういう訳ではないのですけれど。
「他の子たちは、それはそれで、かなり勝手なこと、してるけど、いくら設楽さんの実力があるからって、ソロにはめ込もうとしたのはモモっちだから。まあ、結果としては、悪くはないか……」
「ごめん」
「飯干とか、宍道とか、本気で新人のサポート、手伝ってくれてるし、バランス考えたら、設楽さんの扱いはもっと慎重にならないと。推薦首席だよ? 附中首席と同じパーティーって何? まあ、あたし、設楽さんの実力見てないから知らないけどねー?」
「今日もすごかった。一撃必殺って言葉がぴったりな人だねー。ある意味でバケモノ」
「……マジかー。でもそれならなおさらっしょ? ミソギってのが必要かな? さて、モモっち、どうしたらいいと思う?」
「……ごめん、教えて」
外村がこういう言い方をする時は、解決策を既に考えている時のはずなのです。
「もう一人、実力者を育てないとダメっしょ。一度谷に突き落とそうと考えたんだと思うし、本人の希望だったみたいだけど」
「……浦上さん、かぁ」
「なんにも知らない外部生をソロにしようとしたり、実際にソロにしたりって、鬼過ぎ。フォローが大事。次のシャッフルで、浦上さんの救済。モモっちはソロ、やんなよ」
「……ミソギって、厳しい」
「一般次席で、代表だからね。入試成績、モモっちの上だよ? アレを活かさないでどうすんの?」
その通りなのです。
次席にいる実力がある人を、伸びない環境に押し込めたままにするのは間違っています。対処はしたいと思っていましたので、否はありません。
「……現実、見せて折れないかな? 大丈夫そう?」
「折れたらそれまで」
「トム、キビシー……」
「今の4パーティーは、来週の土曜までの予定っしょ? 他の勝手な連中には今さら手出しすんなってあたしが釘刺しとくから、入れ替え、考えといて。3回目も、案だけは持っておいてよねー、クランリーダーとしてさ」
「うん、頑張るよー」
「じゃあ、切り替えて。今日は何回、行く?」
「5回分進んで、戻りつつ5回、計10回、かな」
「ソード20とアーチ10ね。左右は?」
「行き帰り交代でどう?」
「りょ」
一度、目を合わせます。外村はにやりと笑うのが似合います。
2層はゴブリンメイス2体が接敵、3層はゴブリンソードマン2体とゴブリンアーチャー1体の計3体が接敵します。手強い分、面白さもあります。そして、月城と三人で、中学校時代は3層をのしのしと歩いていたのです。外村とのペアでできないはずがありません。
「そんじゃ、行くよー」
「ほーい」
私が歩き出すと、半歩遅れて外村も続きます。これからも、外村とはいい関係でいたい、そう本気で思います。いい関係とはいろいろな意味で本気でぶつかれる関係のことです。
この日、予定通り3層で戦い、2層へ戻って二人の男子と合流して、小鬼ダンを脱出した後でミーティングルームを借りると、今日わかった外部生の実力と育成方針を確認します。
「光島くんもかなりできると思ったけどねー……」
「設楽さんは、飛び抜けてるな」
「天才? 明日の終わりには、もう回数を増やせそうなペースだ」
「剣道全国3位らしいねー。才能はあったんだろーけど、それだけじゃなくて努力の人だと思うよー。ごめんね、私のトコで受ける子じゃなかったねー」
「次のシャッフルで考えればいいよ、別に」
「次は外部生だけの班だろ。それより、推薦男子の話だな。まあ、鼻がへし折れてからが勝負だろうが」
「このままじゃ、あれだねー、あの人たち、5月の席もあのままだねー」
「先輩に、そのパターンは結構あるって聞いた。推薦自惚れ自滅の法則だって。さらには1年後に2組落ちとか3組落ち」
「え、そーなんだね」
そんな話をしてから、次は私たち4人での3層のアタックについて取り決め、今日の活動を終えました。時間が短い平日は、新人のお世話が中心になるので、明日の3層アタックは重要なのです。
協力してくれる三人の席次をなんとか押し上げたいと、私は心からそう思いました。
「明日のラスト、2層手前で合流するって、どうだ?」
「今日のおれたちのパターンか」
「みんなに聞いてみて……2層に行きたがる人は、いない、かなー?」
「来週には行けるってことを説明して我慢して待っててもらうのがいい。あの辺りだと敵は出ないし、情報交換させてみるのもアリか」
「……隠しつつも知ろうとする、そういう感じのヤツだねー」
……たぶん、無理でしょう。そんなに簡単に情報収集はできません。でも、経験にはなるかもしれません。
「まあ、それはまだ早いと思うから、おいおいで。じゃ、明日も、よろしくね!」
三人とも、うなずいてくれました。明日も頑張ろう、そう素直に思えた瞬間でした。




