17 鳳凰暦2020年4月11日 土曜日午前 小鬼ダンジョン その2
あたしたちスタミナ切れの三人が壁際で、その前に仁王立ちする平坂さん。
「これがスタミナ切れ。ねー、この状態になったら、相手がゴブリンでも殺されるって、これでわかったかな? まずはそれを知るところから始めたかったんだよねー」
ついさっき、あたし――設楽真鈴も自分で思ったことだ。納得度がすごい。
「言葉で説明してもわかんないことってあるからねー。今年は1組の推薦組の男子かなー。あの人たちの誰かが死ぬかもねー。なんにも知らないクセに最強パーティーって名乗ってるからねー」
……彼らは、附中の子抜きでパーティーを組んでいる。教えてくれる人はいない。今なら、それがどれだけもったいないことなのか、よくわかる。
「それと、設楽さんがいたから、田丸さんも、雪村さんも、よくわかったと思うけど、本当の限界には、個人差があるんだよね」
平坂さんが、雪村さんを見て、あたしを見る。
「設楽さんは、雪村さんの倍、戦える。でも、パーティーでは報酬は等分。さて、私が端数をもらうって言ったら文句言ってたよねー。雪村さん、わかったかなー? 設楽さんの方が雪村さんの倍も倒してるけど、雪村さんはそこから分けてもらえるんだよ? それがパーティーだから。そして、私は、授業での座学では教えてもらえない、ほんの一部だけどダンジョンの本当の姿を教えることができる、同級生の一人なの。だから、等分して、余りを私がもらってもいいよね? 実際には、釣りも、タンクも、道案内も私なんだけど、何か不満がある?」
雪村さんと田丸さんは弱々しく、首を横に振った。
「本当の限界を確認したら、そこからマイナス4か、マイナス5で戦うのがいいと思う。これを安全マージンって呼ぶんだけどね、座学では言葉だけだよねー」
小さくうなずく。言葉を返すのも今は辛い。
「ちなみに私、今の設楽さんの軽く3倍とか4倍以上は戦えるから、帰りは安心してね」
あたしたち壁組は3人そろって目を見開いた。
「驚いた? でも、それが3層で戦えるってことだから。みんなもいつかはたどり着けると思うよー」
くすくすと笑う平坂さん。
「じゃ、まだ私が一緒にいるから、明日からはマイナス3で、雪村さんが12、田丸さんが13、設楽さんが27まで攻めていこう。合計52は最低でも魔石を確保。安全マージン9で、帰りもギリキリまで勝負して、どこまで伸ばせるかな? やばくなったら私の出番だねー。でも、これがね、本当の限界を確認せずに踏み込んだらそのまま死ぬかもしれないし、死なないように学校で言われてる5回を守ってると、1回のダンジョンでたった15個の魔石だよ? 4で割ったら3個。私に6個も持ってかれちゃう。泣きたくなるよねー。魔石の換金も成績の一部なのに」
……本当だ。ガイダンスブックを信じて、5回の戦闘で戻ってたとしたら、間違いなくそうなってる。数が全然違う。
「52個は確保できるのに、15個とかねー、もう馬鹿馬鹿しくなるよねー。でも、まあ、15個の人たちは気づいてないからわかんないかもだけど。で、三人とも、私と組んでるから理解できたこの情報と、それを知らない人たちとの差、理解できた?」
三人そろって、小さくうなずく。
「だから、こうやって教えられた攻略情報はパーティーの秘密。絶対に漏らしてはならない。なぜなら、ダンジョンアタッカーの世界は本当の競争社会だから。ライバルに親切にしてあげる必要、あると思う? ないよねー。いーい? たぶんまだわかってないから言っておくね。戦った回数はもちろん、どこの狩場でどんな狩り方をしたのかとか、手に入れた魔石の数、換金した数、そういうのも秘密にしないと、そこから気づかれるんだよ? よくいるんだー、あたしー、7匹倒したよー、へーすごいねーあたしは6匹ー、みたいな。そういうの、いらないから」
……言われなかったら自慢してたかも。田丸さんと雪村さんも同じだったみたいで、恥ずかしそうに目をそらしている。
「三人よりも、私の方が今はダンジョンをよく知ってる。しかも、私は附中の首席。それでも、リーダーの指示に従わないつもり? 今日みたいに?」
あたしたち三人はゆっくりと首を横に振る。
「という訳で、秘密保持の重要性、分配、リーダーの尊重、納得してもらえた?」
こくりとうなずいた。
正直、あたしは平坂さんに従う気はあったけど、この状態にされるまでは本当の意味では理解してなかった。最初から不満を言っていた二人はなおさらだろうと思う。
「1時間ぐらいで、歩けるぐらいには回復するから、回復したら戻ろうね」
帰り道、平坂さんが7体、田丸さんが1体のゴブリンを倒した。
……帰り道で田丸さんがだんだんと復活してきたら、まだやれるんじゃないのか、と言い出して、じゃ、やってみようか、と平坂さんが田丸さんに1度、戦わせたんだけど、その1回でまた、田丸さんがスタミナ切れ状態に。
「スタミナ切れから回復したばかりの時は、すぐにスタミナ切れに戻るから、よーく覚えとくこと。忘れたら死ぬかもねー」
……実際にやらせて学ばせる、平坂さんは鬼だった。
田丸さんをあたしと雪村さんが両サイドから支えて運び、出口――入口と同じだけど――を目指して進む。
平坂さんの戦闘を見ると、わざわざあたしたちのためにタンクをやってくれているのだということがよくわかる。ゴブリンを倒していくだけなら、平坂さんだけでいい。タンクなんていらない。あ、あたし、そう言えば単独でやらされてた……。
出口で、平坂さんが手に何かを書いて、その手を田丸さんにかざした。
「ライトヒール」
光の粒が田丸さんに降り注ぎ、田丸さんが自分で立てるようになった。
「なっ……」
「本来は怪我の治療のスキルなんだけど、さっきまでと同じ、歩ける程度になら回復させられるんだよね」
「だったら……」
「4月中には私抜きのパーティーになるって、言ったよね?」
田丸さんが黙り込んだ。
その通りだ。今は平坂さんがいるから回復させてもらえる。でも、それに甘えていたら、その先がない。平坂さんはそこまで見据えて、指導してくれている。
「今は、外で他の人にスタミナ切れだと見せることがダメ、わかる?」
「ギリギリまで戦ったって情報を、漏らさないため……」
「雪村さん正解ー。そういうことだねー。じゃ、出ようか。そのまま、ギルドに向かうよー。ギルドでは換金と、レンタルの武器を一度返して、新しい物をレンタルすること。これをいい加減にすると、ダメ。本当は自分で手入れするべきだけどねー。そこはまだ先かなー。ギルドに返せば、ギルドが手入れはしてくれるからねー」
先頭に立って、ダンジョンを出て行く平坂さんの背中は本当に頼もしかった。
ギルドでは4人で受付ブースへと入り、魔石を等分で17個、余りの2個を平坂さんへ回す。ギルドカードに1700円が入金され、魔石数の記録も残るらしい。レンタル武器の交換もすぐに処理が終わって外に出た。
「はい、お疲れ様。明日も9時でいいかな?」
「……今日は、ごめん」
「あたしも……」
「あはは、気にしないでいいよー」
「おー、どーしたー、暗い顔してー」
ちょうどギルドにいたのだろう。推薦次席の上島とその他が近づいてきた。カラオケでみんな知り合いにはなってる。クラスメイトだし。
「やー、初めてのパーティー戦だからねー、なかなかうまくいかなくてねー」
「おれらはうまくやったぜ! おれ、8匹、倒した。帰りにうまく、なぁ?」
「たまたまだろ、おれは6匹」
「おれもおれも6匹」
「おれは7匹。運もあったな」
「はーすごいねー。なかなか男子みたいにはねー、ねー、田丸さん」
「ああ、そーだなー。うらやましいよ、自慢できて」
「いいなぁ、そんなに倒せて。やっぱ男子みたいに力がほしいなぁ」
……怖っ⁉ 田丸さんと雪村さんが平坂さんに合わせて平然と嘘から入ったよ! たぶん、二人とも今、ダンジョンで平坂さんが言ってた通りだと思ってる。あたしも思ってるし。
推薦組は合計で魔石27個、あたしたちは70個だ。ほぼ3倍の成果。はっきりと平坂さんの指導のお陰だとわかる。5月のテスト後の席次は推薦とか附中とか一般とか、関係なく、テストの成績と魔石の換金で決まる。推薦男子はこのままだと確実にあたしたちよりは下になると思う。
この調子なら、明日からも、たくさん差をつけることができる……けど。
「……あんまり調子に乗って、怪我とかしたら大変だよ?」
「おーおー、推薦首席は立派だな!」
「はは、大丈夫に決まってんだろ、おれたちが最強パーティーになんだからよ!」
……いや、現時点で、アンタの3倍、魔石稼いでるし。倒した数ならそれ以上だし。
「じゃ、またねー。いこ、みんな」
平坂さんに促されて、彼らとは離れる。そして、彼らには聞こえないところで。
「……設楽さんは優しいねー」
平坂さんのその言葉には、別に棘はなかったのに、あたしには深く刺さった。
「あ、設楽さん、帰りはごめんねー、一緒は無理だから」
「え?」
「この後、トムたちと合流してもう一回ダンジョンなんだよねー、ごめんねー、みんな。じゃ、ゆっくり休んでね、明日も9時で!」
そう言って笑顔で手を振った平坂さんは、小鬼ダンジョンの方へと戻っていった。
「まだ入るのか、平坂さん……」
「実力が違い過ぎるね……」
たったの数時間で、田丸さんと雪村さんが尊敬の眼差しを向けている。
……これが、附中の首席……今はまだ、こんなに差があるんだ。
でも、絶対にいつか、追いついてやる。あたしはそう心に誓った。
「フツーのあたしたちと、附中の平坂さんに差があるのは当然だけど、でも、気持ちで負けたらダメだよ、絶対。明日も、頑張って、いつかは追いつこうよ」
「……いや、ごめん。設楽さんはフツーじゃない」
「うん。絶対にフツーじゃなかった……」
え? それって、どういう意味⁉




