13 鳳凰暦2020年4月11日 土曜日朝 通学路
今日は休日です。ヨモ大附属高ダン科の生徒の多くは9時ぐらいからダンジョンへと入ります。これは、寮の朝食時間との関係でそうなっているのです。私――平坂桃花も今日から新人育成のために初心者三人を連れてダンジョン入りです。今は1年生優先の期間で、先輩方は土日の午後だけ、平日の放課後は禁止され、その代わり午後の授業時間が小鬼ダン利用に解放されていると聞いています。
彼はソロですけれど、彼もおそらく私と同じような時間で行動しているはずです。
不自然ではないくらいで、首を振り、周囲を確認しますけれど、どこにも彼はいません。いるはずなのに、いないとは、いったい、彼はどこへ消えたのでしょうか。そして、どうすれば彼をじっくりと観察することができるのでしょうか。
そんなことを考えていると、後ろから声をかけられました。
「平坂さーん、おっはよー」
私は後ろを振り返ります。濃紺のお下げをふたつ垂らした元気な女、設楽です。一昨日のカラオケ、そして昨日と、二日続けて一緒に帰りました。今日は、この設楽を含む新人とのダンジョンの後で、外村たちとのダンジョンもあるので、帰りが一緒になることはありません。せっかく設楽のいない帰り道だというのに、その時間帯だと帰り道で彼を探すのは難しいようです。
私はにっこりと微笑み、あいさつを返します。
「おはよー、設楽さん。元気だねー」
「うん! 楽しみ過ぎて!」
「あはは、そーかもねー」
「あ、ねえねえ、こうやって朝、ばったり会うんなら、これからは一緒に行かない?」
……別に、設楽が嫌だという訳ではないのです。そうではないのですけれど、そうなると、私は彼の観察という楽しみを実現させることが難しくなるのです。返答に少し、困ります。本当に、設楽が嫌だという訳ではないのです。それに、3年間も一人で歩いて登校したのです。誰かと一緒に歩く楽しさを知った今、その申し出が嬉しくないはずがありません。
「あー、そーねー……うーん、正直なところ、私、朝は日によって動きが違うんだよねー、家のこととかでいろいろあって」
「あ、そーなんだ。残念……」
「あー、うーん。じゃあ、火曜日だけとか、そういうんじゃダメ?」
「え? いいの?」
「いいよー。火曜日は、この前、カラオケの帰りにバイバイしたとこ、ほら、あの、角の潰れたタバコ屋さん。あそこで待ち合わせよっか。何時がいい? あ、もちろん朝5時とかはゴメンだけど」
「あはっ、さすがにフツーにガッコ行く時に5時はないよー! あれは部活の遠征とかの特別な時だけだって。えっと、7時半でいい?」
「早い!」
設楽とは時間に関する常識が異なるのかもしれません。附属高はそれほど遠くないのです。
「あれー、7時半でも早い?」
「だって、7時45分には着いちゃうよ、それ? 朝のHRは8時40分スタートなのに」
「そういうもんなんじゃないの?」
本当に、常識の違いとでも言うべきなのでしょうか。あ、いえ、そうですか。ひょっとすると、彼は設楽の感覚に近いのではないでしょうか?
「……ひょっとして、フツーの公立中の時間の感覚って、そういう時間なの? 朝、早い感じ?」
「あ、どーかな? 全員、そうではないと思うけど。フツーに遅刻する人とかもいたし、朝練で早い人もいたし、その中間もいたよ?」
……私が知りたいと思うのは、一般的な話ではなく、彼は中学時代、どうだったのか、ということなのです。彼は遅刻する人……では明らかにないですけれど、早い人なのか、中間の人なのか、いったいどちらだというのですか?
私は設楽と時間に関する話をすることで、なんとか彼の情報を得ようと努力しました。もちろん、成果はありませんでした。