表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RDW+RTA ~リアルダンジョンズワールド プラス リアルタイムアタック~  作者: 相生蒼尉
第4章 その6『RDW+RTA +KAG(M―SIM) ~鈴木の経営ゲー(マネジメントシミュレーション)~』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

411/422

207 鳳凰暦2020年7月20日 月曜日夕刻 平坂市内のとある新築アパート(改装中)



 俺――築地益男は、その、まだ工事の音が響く、ある意味では新築の……新築なのになぜか改装途中のアパートをぽかんとして見上げた。


 ……いや。不動産屋で署名して、印鑑まで押したから、この部屋数のアパートだってことは、その場で分かってはいたんだが。


 不動産屋を出て、その不動産屋の車で、ここまで案内してもらったのだ。この物件で間違いはない。今、俺と釘崎の目の前には3階建てで12部屋ある新築アパートが建ってる。


 平安と違って、広々とした駐車場があるのはやっぱり平坂だな。いったい何台車を停める気なんだ……どう考えても部屋数の倍は軽いだろ……地方都市は車社会ってのは本当なんだな……。


 今日の署名は、正確には、ギルド職員としての役職名付きの署名だ。そこは部長にも了解をとってある。あんな目に遭ったのに、誰がグラマラスの目的のために個人で責任を負うものか。

 きちんと命令書にしたものをもらった上で係長に協力してもらって別の覚書も残している。この先、それが必要にならないことを願いたい。


 正確には釘崎ひかり個人の保証人ではなく、ギルド中央本部がクラン『走る除け者たちの熱狂』の保証人になった訳だ。

 つまり、このアパマン契約はクランハウスとしての、賃貸契約だな。これは特別指定クランであることも関係してる。むしろ、その点から言えば、ギルド中央本部が保証するのは当然の措置とも言える。


 ……まあ、この、鈴木のクランが、この程度の家賃の支払いでどうにかなるとは思えないが、な。だからといって、ここまでやるのか、鈴木のやつ。


「……まあ、いろいろと納得できない部分はあるんですけど」

「いや、分かる……」


 釘崎が俺の方を見ずに話しかけてきて、俺もそれに応じる。


「新築アパートを1棟、まるごと借りるって、そのへんの高校生が考えることなんですかね?」

「さあ、知らんな……」


 各階に4部屋ずつの3階建て。平坂の物件は平安よりはるかに安いと思える、それぞれが2LDKで6万円という……12部屋全部で72万とか……1か月で……。


 そこで、釘崎は動きを止めて、アパートではなく俺の方をじっと見つめてきた。


「どうした……?」

「……まあ、あたしも、この状況になって、いろいろと考えたんですよ」

「ふむ」


「これはあたしの妄想なのかもしれないですけど、いろいろなことを紐解いて、ひとつひとつ片付けていくと、あたしの愚痴を聞いてくれそうな人は、たぶん、ひとりしかいなくて、ですね」


「……そのひとりが、俺、か?」


 俺が首をかしげつつ、釘崎の言葉に応じると、釘崎はため息まじりに微笑んだ。苦笑といった方がいいかもしれない。


「まあ、そうですね。犬ダンの遭難アラート、そこからの救助、所属が監査部……それに、あたしの調査と辞職……そして、この新しいクラン……まあ、何度も言いますけど、全部、あたしの妄想かもしれませんよ? でも、結論としては、あたしの愚痴をちゃんと聞いてくれそうなのは、やっぱり築地さんだけなのかなって」


 ……こいつは……ああ。ヨモ大附属で、しかも生徒会役員か。小説家なんて、文筆で金も稼げるようなタイプだ。頭が悪い訳がない。そりゃ、いろいろと気づくか。


「……まあ、人生の先輩として、それに、元、ではあるが、職場の先輩としても、知らない仲でもない訳だから、いくらでも、愚痴くらいは聞こうじゃないか」


「ま、そういうことにしておきましょうか……」


 そう言うと、釘崎は少しだけ移動した。そのままアパートの方へと近づいていく。そして、部屋と部屋の間にある、ふたつの階段を指し示した。


「この階段って、建物からははみ出してないけど、外からは丸見えで、風にさらされてる外階段じゃないですか」


「ああ、そうだな」


「101号室と102号室の間、103号室と104号室の間、どっちも同じつくりですけど、これ、3階まで全部、どっちも内階段に改装されます。壁を付けるだけなんですけどね。あ、もちろん、非常階段にもなりますから、内鍵のかかるドアが出入口として設置されますよ? このへんに」


「いや、何の話だ……?」


「まあ、このアパート全部が四角い箱の中になるというか……」


 釘崎はアパートの側面へと移動していく。


「こっちは104号室なんですけど、そこの階段のところに入口があるので、その入口は玄関としては使えなくなります。だから、改装して、こっち側に出入口ができちゃいます。それも、両開きの扉で、ですよ……しかも、そこの一部屋が下足室というか、靴の部屋というか……まあ、そういうスペースになりますね……しっかり換気しないとダメかもしれませんね……」


「いや、このアパート、改装しまくりだな……」


「ここの反対側は101号室ですね。あっちも、階段が内階段になるので、同じように、側面に玄関が新しくできるんですよ。ただし、両開きではないです。普通のドアですね。そして、クランマスターの部屋ってことで、そこが新しいあたしの部屋になるんですけどね」


 ふむ、と釘崎は自分を納得させるように、一度、うなずいた。


 ……独り言、みたいなもんか。


 アパートについての、釘崎の独り言が続く。俺に聞かせているんだが、とにかく口を動かしていたい、という、そんな感じだ。


「それで、こっちはクランハウスの入口で、事務室。基本、ここから出入りすることになります」


「出入口が1カ所というのは、管理上、大切なことだな」


「非常口はありますけどね」


「それはそれで重要だな。非常時ってのは、いつ、どこで、誰に、どんな非常事態がやってくるか、分からんものだ」


「……なるほど。そうですね。とっても同感ですよ」


 ……ダンジョンであんなことになった俺とは違った形とはいえ、こいつにとって、ギルドの辞職は非常時ということか? 命の危険はなかっただろう?


「102号と103号は、物干し台側……あっち側の壁をぶち抜いて大部屋になって、キッチン部分が食堂やミーティングに利用する場所になります」


「クランには必要な大きいスペースだろうな」


「2階と3階の8部屋は、それぞれ2LDKで、これからどう分けるかは考えますが、ひとつの部屋に2段ベッドひとつの2人部屋で、合計4人部屋設定の部屋をどっちかの階にして、もうひとつの階は1人部屋ふたつの2人部屋設定にする予定です」


「……四四十六、二四が八、24人もメンバーはいない気がするんだが?」


「さあ。どうでしょうね。24人どころか、現在、所属しているアタッカーはわずかに1名だけなんですけどね。あ、1階にもまだ部屋は増やせますよ、その気になればですけど」


 ふふふ、と釘崎が笑う。


「それで、信じられます、築地さん?」


「何がだ?」


「今のあたし、平日、1日、何もしなくても、5万円くらいの収入があるんですよね……」


「うん?」


 ……確か7%のクランマスター報酬とかいう話が小会議室であったな?


 5万が7%で、1%はだいたい7千くらいか? 100倍で……クラン収入が1日70万、だと? ざっくりとした計算でそうなるんだが……いや、それは、どうなんだ?


 待て、7千といえば、豚ダンのオークの魔石か……1日100個? いや、アタッカーが換金した全額がクラン収入って訳じゃない。


 だとすると……ああ、見習いアタッカーに40%って話で、有望な新人を総取りする気か、みたいなことを……。


 70万が40%なら、100%だと175万がクランメンバーの換金総額だと仮定して、7層格魔石7千円で250個? クランメンバーは何人だ?


 いや、それよりも、平日1日で5万? 週で25万だから、月で100万……? アタッカーの優遇税制を考えたら、それは……。


「しかも、土日はそれ以上なんです……」


 俺は一瞬、心臓が止まるかと思った。


 ……いや。鈴木は5日間で3000万の換金だったはず。その40%なら1200万で、そこから7%だとしたら25万どころじゃない。84万か。1日あたり16万だ。


 1日5万だということはその3分の1以下で、つまり、まだ鈴木は本気を出してないってことだ。


 なら、あいつが本気になったら?


 ……ありえない。ありえないんだが、そうなるのか。そう考えると、7%ってのは確かにとんでもないな。


「何もしてないのにこれって、搾取してる感じがハンパないんですよ。まあ、はっきりいって、この状況に現実感がないってのも、あります。毎日、どんどん、数字が増えてくんですよ」


「だ、だろうな……」


「まあ、言い方を変えると、現実じゃなくて、なーんか、ゲーム、みたいだなって、思うんですよ」


 釘崎はそう言うと、まるで自分の言葉に自分で納得した、とでもいうように、うんうん、とうなずいていた。


「ゲーム、か……」


「そう。ダンジョンアタッカーを集めて、クランを経営するゲームです。シミュレーションゲームってジャンルになるんですかね? そういうの、いろいろとありますよね? うまくやれば儲かって、失敗すればクランが潰れる。そんな感じです」


「なるほどな……」


 すとん、と俺の中に、釘崎の言葉が落ちてきた。俺の場合は、スパイゲームというところか。


 日常がどこにあるのか分からなくなるような現実感の喪失と、まるでゲームのように感じる現実との直面、ということだろうか。


「そのゲームのコントローラーを握ってる人は、どこか、別にいて、ですね。あたしは、キャラクターとか、アバターっていうんですか。それです。そう、それなんですよ。誰かに、あっちへ、こっちへ、操られてるワケですよ。コントローラーのボタンひとつで。ほら、ゲームみたいでしょ?」


「……嫌になるほど……納得させられるな」


「でも、まあ。結論としては、ですね。ゲーム……そういう風に考えたら、とっても楽なんです」


「楽……?」


「さっきの、本所の応接室とか、ですねー。あたしはあたしじゃなくて、ゲームのアバターなんだから、そういう役割を果たすと思えば、何でもできちゃう気がしますよ。あたしに責任はないって気になりますし……」


 ……いや、責任はあるだろう? そこがゲームと現実……リアルの違いだ。そこからは逃れられないものがある。


 だが、あの時の釘崎の態度が、そういうメンタルで動いてたっていうのは、別人みたいでこいつらしさがなかったことも含めて、理解できる。そうか、クランを経営するゲーム、か。


 まあ、誰だって、いろいろな場面でいろいろな自分を演じることはあるだろう。そういう意味では、確かに誰もがゲームをやってるようなものかもしれない。その人生ってゲームを楽しんでるかどうかは、そいつ次第なんだが。


 そう考えてみると、俺には釘崎の言葉が染み込むように納得できた。


 ……こういう感じでこういうことが言えるってことは、こいつは、楽しめてる方なんだろうな。


 ところが、そこで釘崎が一気に真顔になって、ぐいっと俺との距離を詰めてきた。カッと見開いた目がちょっと怖い。


「さっきの交渉のためのレクチャーって言って、昨日はめちゃくちゃ詰め込まれましたからね? もう何がなんだかワケ分かんないのに、メモを取ったら覚えないからって、書くのは禁止されるし! 覚えきれないんならできるだけ無駄口を叩かずに済む方法として、一瞬で交渉を切り上げろって⁉ その場合のあたしの人格、どう思われるかとか配慮がゼロ! ゼロですよ⁉ 言われた通りにやりましたけどね! 実際にリアルでやっちゃいましたけどね! ああもーっっ、ほんとにどーすんのよーっっ! そんで、今度はその交渉のレクチャーが終わったら、次に購入する株はどれどれだって……YRWとか、YRTとか、YREとか、AYAとか、なんか似たようなアルファベットが次から次へと連呼されて大混乱ですよ⁉ なんか株主なんちゃらってのが届いたら、みんなのお正月の帰省の時に使うから大事に取っとけって言われて、もう意味わかんないし! この前、はじめて証券会社ってところに行ったけど、言われてた株を買うまでに向こうの担当の人が、これはどうですか、あれはどうですか、って山ほどいろんな株をすすめてきやがって、あたしはアバターだから自分で決めらんねーんだ、このバカヤローっ!」


 ち、違った……ひとつも楽しそうじゃねぇ……く、釘崎のヤツ……め、めちゃくちゃ、た、溜めこんでんなぁ……。


「このアパートだって、いろいろと改装するから、あたし、結局は8月半ばまでは入れないんです! その間、ホテル住まい! ホテルですよ、ホテル! しかも最初は駅南の平坂グランドホテルを予約しようとしたから慌てて止めて⁉ なんであんな高いホテル⁉ 意味わかんないですよね? パンフの朝食の写真とか、普通にディナーのバイキングと何が違うのって感じなところですよ? 誰が泊まるんですか、そんな高級ホテルに? もちろんふらっとホテルズの方にしましたけどね? ここの改装も階段とか出入口とかだけじゃなくて、窓とかいろいろ、盗聴対策とかも組み込むみたいで、なんかすごいことになってるんですよ? 相見積もりって言って、4つくらいの盗聴器とかを調べてくれるところに連絡して、それ、全部、時間をズラして調査に入れるんですよ? 相見積もりって絶対にそうじゃないですよね? 安いとこ選ぶのにやるヤツですよね? なんなのもう⁉ あの人、マジでどこまでやる気なんですかね? 今の職員住宅の家電とかって、前、住んでた人のをそのまま使わせてもらってるんですけど、今回のことで退居するからどうしようかって思ってたら、月末に業者が全部引き取ってくれるって話にいつの間にか決まってて、しかも、あたしのクランマスター用の部屋のそういう家電製品って、好きな物をいくらでも新しく買っていいとか、アンタはあたしの旦那様か⁉ ちょっとキュンとしたじゃねーか! 実際は経費だったけど! クランのカードで払っていいって言われた瞬間、最高にがっかりだったよ! いっぱい発注したけどな! ほしい物全部買ったけどな! お掃除ロボとか!」


 ……いや、もう。いろいろと、なんか、すまんな。だけど、一言いいか? 高校生にキュンとするなよ。一応、大人だろ? 卒業したばっかりとはいえ……まあ、わざわざ言わないけどな。絶対に。


「あの人、この土日って、徹夜でダンジョンアタックですよ? それ聞いて、心配して「ちょっと寝たら?」って言ったら、「今、寝たら明日が大変になるから」って、徹夜のちょっと怖いハイテンションでこっちにいろいろ言ってくるんですよ⁉ 信じられます? 自分が眠らないための暇潰しで買取交渉とか、株とか、購入物品の管理とか、武器のメンテナンスとか、クランハウスの間取りとか、あたしにレクチャーしてくるんです! あたし、ただの巻き添えですよね⁉ クラン経営が大変だってのは分かるけど、こっちはただのド素人だーっっ! そもそもなんなんです? あの人、本当に高校生なんですか? 「ほんとに高校生?」って言ったら、「僕、転生してるんで」って、あたしの方が年上なのにめちゃくちゃバカにしてくるんですよ! なんかいろいろと腹が立ってきて「なんでこんな時間に来るのよ?」って言ったら、「岡山さんが寝てる時間に行動しないと、いろいろと大変だから」って実は彼女に気を遣ってるだけとか、あたしはどうでもいいのかとか、彼氏いない歴イコール年齢のあたしに向かって、マジ、ふざけてると思いませんか⁉ あーもうっっ!」


 ……いや、あの子、実は彼女ではないらしいぞ? とは言わなかった。正確には言えなかった、だな。釘崎が怖くて口をはさめねぇ。


 釘崎は上半身ごと、ばさっと頭を下に向けて、「はぁ~っ」と長く息を吐いた。


 そして、ひょいっと体を起こす。もう、表情は落ち着いている。なんだ、すげぇな、こいつ。切りかえの才能がある。


「……ごはん」

「あ?」


「ごはん、おごってください」

「お、おう……」


 ……いや。ひょっとして……ひょっとしなくても、今は俺よりも釘崎の方が、収入が多いんじゃないか? 俺の場合、どちらかといえば鈴木絡みでいろいろと差っ引かれてるんだが?


 もちろん、そんなことは言わない。というか、言えない。


 ある意味では俺が、こいつを、ここまで追い込んだというのも、事実だからな……。


「あ、先輩も呼んでください。先輩と話したいんです。先輩成分が足りないんです」

「わ、わかった。わかったから」


 俺は、自分のスマホを取り出して、宝蔵院の番号を鳴らす。たぶん、釘崎と一緒だと言えば晩メシは大丈夫なはずだ。あれだけ神保課長から、グラマラスからの圧があるって話を聞けば、宝蔵院なりにいろいろと考えるだろう。


 ただ。


 ……ちょっと、人選を間違えたかもしれないな。ま、釘崎については鈴木がなんとかするだろ。そこは俺のせいじゃない。


 そんなことを俺は思ったのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
釘崎女史が一気に好きになった 傀儡であろうと全力で役に徹する様は格好良いね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ