200 鳳凰暦2020年7月15日 水曜日昼休み 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所4階第13ミーティングルーム
まだ、たったの2回しかアタックしていないけれど、それでも神殿ダンジョンへの思いは強くなる一方だった。
どうしても、神殿ダンジョンをクリアしたい。その想いに、心も、身体も、吸い込まれるように飲み込まれていく。
そんな神殿ダンジョンへのこだわりが、私――下北啼胤には捨てられない。それは、私が今、ここにいる理由の全てだから、かもしれないとさえ思うのだ。
「それで、どうなりました?」
鈴木くんにそう問いかけられた私はごくりと唾を飲み込んだ。今から、私は鈴木くんに立ち向かわなければならない。しかも、真実ではなく、偽りをもって。
……大丈夫。全てが偽りだという訳ではないのだから。
「……一応、説得はできたのだけれど」
そう言ってから、一度、ほんの少しだけうつむいて、小さく息を吐く。
それから、まっすぐに顔を上げて鈴木くんを見る。どんなに苦手な相手だとしても、今は目をそらしてはならないのだと思う。
「実は条件を付けられてしまって……」
……本当に申し訳ないとは思う。本当は……真実は、私の方から親に対して条件を提示したのだから。
ただ、条件がある、という状態に違いはない。そこだけは真実なのだと、そう言い訳をして、私は私自身を言い聞かせる。
今、このミーティングルームにはクラン『走る除け者たちの熱狂』に所属する1年生が全員、集まっている。
みんなは既に、保護者承諾書を親から返送してもらって、『走る除け者たちの熱狂』の見習いアタッカーとなっているのだ。
私だけが、『走る除け者たちの熱狂』の見習いアタッカーではない。
鈴木くんの主たる目的が秘密の保持だとするのなら、私には既に魔法契約が行われているのだから、特に見習いアタッカーである理由は……ないとは言えないのだけれど、そこまであるとも思えない……そう考えるのも、言い訳かもしれない。
実は、1年生で見習いアタッカーになるのは無理なのではないか、と思い、そのことを鈴木くんに言ったのだけれど、教科書にあるダンジョン関係法規のページを開いた鈴木くんに「関係する法律のどこにも学年なんて書いてないですよ?」と言われて納得させられたのは、先週のことだった。
……私の家ほど、ダンジョンアタッカーという存在に詳しくないということも、他のメンバーの親からあっさりと保護者承諾書が返ってきた理由のひとつだとは思う。
私の家から……下北家から保護者承諾書がもらえないかもしれないということは、鈴木くんも想定していた。だから、私は鈴木くんから何度も「大丈夫ですか?」と聞かれていたのだ。
見習いとはいえ、アタッカーとして所属したみんなは、換金額からクラン『走る除け者たちの熱狂』へとその収入の40%を吸い上げられることになっている。そして、卒業後は最低3年間、そのクランに所属する義務がある。
私も同じタイミングで見習いアタッカーとして所属し、同じようにそういう負担を負うべきだということは理解しているのだが、私がまだ所属したくないのは、そういう負担が嫌だからという訳ではない。
「それで、条件って、何です?」
鈴木くんは特に何の感情も込めずにそう言った。淡々としている、というのはこういう姿のことだろう。
それが逆に、どこか怖ろしいと感じてしまう。まるで私など歯牙にもかけていないと言われているような気持ちにさせられるのだ。
自分からこういう状況を作っておきながら、それで不安に思うなんて、私は恥知らずだと思う。
私は、鈴木くん以外のメンバーも、一度、ぐるっと見回してから、口を開く。みんなに申し訳ないと思っている気持ちだけは、目から伝わるようにと願いながら。
「……神殿ダンジョンをクリアすること。自力で」
「ふうん」
まるで、なんでもないことのように鈴木くんが受け流した。本当に、神殿ダンジョンのクリアなんて、今すぐにでもできるかのように、だ。
……自力で、というのは嘘なのだけれど。ごめんなさい。
「もちろん、自力で、というのは、ソロでという意味ではなく、パーティーで、キャリーを受けずに、という意味です」
「……キャリーを受けたかどうかなんて、どこにも証拠は残らないですよね?」
……鈴木くんの言う通りだ。ダンジョンでは、録音、録画、通信などはできないのだから、どのようにアタックしたのかは、一緒にアタックしていない限り、誰にも分からない。当然、遠く離れた下北の地では、分かるはずもない。
「それは、そうなのだけれど……一般的に、見習いアタッカーとして所属すれば、そのクランでキャリーを受けたという判断が下されてしまうものだから……」
「まあ、それはそうでしょうね」
そう言うと、私をまっすぐに見つめ返していた鈴木くんが、ほんの少しだけ考え込むように目線をそらした。
「……うーん。まあ、先輩のご実家が、いろいろとあるんだろうな、というのは僕も理解しています。いわゆる三大ダンジョン旧家ですし」
「じゃ、鈴木くん、下北先輩に協力しようぜ!」
「お願い、鈴木くん。下北先輩を助けてほしいの」
いつも、こうして私の味方をしてくれる伊勢さんと高千穂さんには、特に申し訳ない気持ちになる。
「協力する、助ける、これ、どっちも既にやってることだから、今さら何か特別なことが必要だと思えないけど? そもそも、それってキャリーとの違いが微妙すぎてあんまりないんだよな」
「それは……そうなんだけど……」
伊勢さんは言い返せず、高千穂さんは尻すぼみになっていく。でも、ありがたい後輩だと思う。
「僕の予想だと……先輩は、下北に戻れば神殿をご実家の力でキャリーしてもらえるんじゃないですか? 見習いアタッカーになるために神殿のクリアが条件になってることと、自力で、という部分から単純にそう感じただけですけど?」
……鈴木くんの言う通りだ。私は下北に戻れば、兄や姉のように、下北家関連企業のアタッカーたちによるサポートを受けて、神殿をキャリーされ、ジョブを獲得することになるだろうと思う。
こくり、と黙ったままで鈴木くんに向かってうなずく。
何かを口にすれば、鈴木くんにどのような情報を抜き取られてしまうのか、想像もつかない。
私は嘘をついているというのに、その内容からなぜか真実を言い当てられてしまうような感じがする。恐怖だ。実際、真実を言い当てられてしまった……。
しかし、そういうキャリーではなく、自分の力で神殿ダンジョンをクリアしたいという、私の心の奥底から湧いてくる想いは尽きない。
私のどこに、そういう情熱が眠っていたのか……それとも、単に子どもの頃に抱いた淡い思いに振り回されているだけなのか……。
「つまり、下北に戻ってキャリーを受けた場合は、卒業後にアタッカーとして活動することを認められない、という感じですね? それで、家の関係の仕事をするみたいな感じかな?」
……一応、それに近いものはあるのだけれど、実際、末っ子の私については、かなり自由が認められているとも言える。
下北からは遠く離れたヨモ大附属に進学したことで、親がある程度あきらめてしまった、とでも言おうか。
もちろん、それでもダンジョンアタッカーとなることは、望ましいとあまり思ってはもらえないのが我が家の普通だ。あれだけダンジョンから巨利を得てきた家だというのに。
私に対する下北家は、あくまでも数年後に下北へと戻るのであれば、それでいい、というスタンスだ。そういう意味では、ダンジョンアタッカーという進路も完全に否定はされていない。
ただ、元々は大学への進学を予定していた、という部分が影響していると思う。
ただし、下北へ戻らないという選択肢は、ない。それは、下北家に生まれた者として、あきらめなければならないところだと私も思っている。
私はもう一度、鈴木くんを見つめながら、こくりとうなずいた。
「うーん……」
鈴木くんは特に困った表情でもなく、笑っている訳でもなく、何かを考え込んでいる。
「鈴木くん?」
「どうした? 何か、問題、あるのか?」
「あ、いや、別に」
高千穂さんと伊勢さんに問われて、あっさりと答える鈴木くん。そのまま、口を開く。私はこの次の言葉に最大限の警戒を……。
「……単に、古い考え方してるんだなぁ、って思っただけ」
「え?」
「はい? いや、そりゃ、下北先輩の家は……」
「あー、もちろん、分かってるけど、今どき、そういうのはちょっとな、違うんじゃないかな、と思っただけ」
そこで鈴木くんは、にやりと笑った。
その怪しい笑顔は、その口で私の実家のことを三大ダンジョン旧家と言いながらも、それを何ひとつ、怖れていないと思えるものだった。だから、この人は、怖いのだ。
「だから、先輩への協力は今まで通り、続けていくとして。別に先輩は見習いアタッカーにならなくてもいいかな、と」
「ええ?」
「なんでそうなるんだ⁉ 下北先輩だってあたしたちの仲間だろ! 鈴木くん!」
私は、背筋が凍るのではないか、と思った。私が余計なことをしてしまったから、生徒会執行部だけでなく、ここからも……このクランからも、私は排除されてしまうのだろうか……。
神殿ダンジョンを自分で……自分たちでクリアしたい。これはそんなに、望んではいけないことなのか……。
「違う違う。僕は、あくまでも、見習いアタッカーにならなくてもいい、って話をしてるだけ」
「はい? なんだそれ?」
「どういうこと、鈴木くん?」
あ……それは、まさか……。
「見習いじゃない、普通にアタッカーとしてウチのクランに入ればいいってこと。先輩は11月には誕生日がきて、成人するんだから、その時に、見習いじゃなくて普通にアタッカーとしてクラン入りすればいい。というか、もう、そうなる予定で、申込用紙は書いてもらってるし。ほら、高千穂さんも、伊勢さんも書いたはずだけど?」
「あーっ! そーだった! クラン名が空欄のやつだ!」
「確かに……書いた……もうずいぶん前だから、私もすっかり忘れてたけど……」
……私も、忘れてしまっていた。そうだった。そういう書類を既に書かされていた。あの時はいろいろとありすぎて、鈴木くんが怖ろしいという気持ちばかり覚えているのだけれど、間違いなく書いたはずだ。
「まあ、見習い期間がない分、加入しても条件面では、みんなと同じという訳にはいかないですけど。そこは、先輩に飲み込んでもらうってことで。30じゃなくて先輩だけは50とか、ですね」
……あ。
確か、みんなは、見習い期間は40%で、卒業後は30%という好待遇の約束だったはず……普通、見習い期間は90%で、卒業後の新人は60%とか、50%とかが当たり前だから……。
私の場合は、それが適用されない……? いえ、50%なら、むしろごく普通の待遇ではあるのだけれど……。
私、神殿ダンジョンのクリアにこだわって、ものすごく余計な事をしてしまったのでは……。
「まあ、そんな古い考え方の家なんて、勘当されてもいいんじゃないですか? というか、そんな古臭いこという家からは勘当されちゃって下さい、先輩。僕たちは先輩の味方ですから!」
「そうだよな、うん。あたしたちは下北先輩の味方です、ずっと!」
「協力しますから、神殿ダンジョンのクリア、頑張りましょう!」
……味方と言ってもらえるのは確かに喜ばしいのだけれど。流石に勘当というのは、ちょっと、困る。私は別に、実家との関係が悪い訳ではないのだ。
鈴木くんは、本当はいろいろと気付いていて、それで私を追いこんでいるのではないだろうかと、そう思ってしまう私がいる。
でも、私の方を向いて、笑顔でうなずいてくれる、鈴木くん以外のここのクランメンバーには……。
もう、何も言えない……。
またしても、やってしまった……。
私、下北啼胤は、見習いアタッカーを経由せずに、このクランにアタッカーとして所属することが今、決まったのだった。
ただし。
条件面は、見習いアタッカーを経由するよりも悪いもので……しかも。
……私が自分から親に申し出た条件をクリアできなかった場合、条件を達成していないのに、自分勝手にこのクランに所属することになってしまったのではないだろうか? それ、マズいのではないかしら?
いいえ。現実逃避はよくない。そうなってしまった⁉ そうなってしまったら、私の立つ瀬がない⁉ 達成しないと立つ瀬がないとかダジャレを言っている場合ではないというのに……動揺しているからかしら……。
打開策は……誕生日を迎える前に、自力で神殿ダンジョンをクリアすること……そうして、見習いアタッカーを経由してクランに所属すること……。
自分からタイムリミットを設定することになるなんて……まさかこんな……全く予想していなかった事態に……。
……私、本当に、何をやっているのかしら? 乗り越えるべきハードルの高さがおかしいのでは……?




