187 鳳凰暦2020年7月10日 金曜日 地獄ダンジョン4層・青鬼の隠里
地獄ダンの中には、6つの「隠里」が存在してる。
フィールド型になる4層と8層と12層に、それぞれ2つずつ、だ。
隠れていない里は普通に12層にあって、普通にオーガのボスがいる。つまりただのボス部屋を囲む村だ。どうして隠れると村から里になるのかは不明。
地獄ダンの村は歴史の教科書とかでよく見る、中世の武士の村と武士の館のような感じ。観光地とかにある武家屋敷とはちょっとイメージが違うので注意が必要。
武士、というより地頭の館、と言うべきか。豚ダンが環濠集落で、地獄ダンが地頭の館とはいったいどういう?
ちなみにボス部屋入口の扉となる屋敷の門はやたらと豪華な装飾になってるのは豚ダンと同じ。その時代の雰囲気はボス部屋の扉によってぶち壊しである。
まあ、それはともかくとして。
軍団のリーダーとして7層以降に登場する、10層格から12層格のオーガは、まあ、普通に鬼である。
この、普通、を何と表現していいのかは難しいところ。人間と違うのは体格と角くらい、とでも言うべきか。
そして、ボス部屋となる12層の地頭の館を守るボスのオーガは13層格で、ボスだから豚ダンのようにHP強化されてるパターンだ。
ボスの階層格がワンランク上で、HP強化なのは基本だけど、小鬼ダン、犬ダン、豚ダンとは違って、地獄ダンではたまに色違いのボスが出る。それがいわゆるレアボスだな。
青鬼、黄鬼、赤鬼、碧鬼――この碧はゴブリンとは違う感じの明るいタイプの色の碧――それから金鬼と黒鬼。それぞれ水、土、火、風、光、闇という、マジックスキルの属性と対応していて、それぞれの属性のマジックスキルユーザーで、倒すと属性魔石が手に入る。
この属性魔石はダンジョン外でそれぞれの属性のマジックスキルを使用する時に使う。いや、属性魔石を使えばダンジョン外でもスキルが使用できる、と言うべきか。
そういう仕組みなんだけど、DWのサービス開始当初は、チュートリアルとチュートリアル以降も入れる犬ダンと神殿、それと地獄ダンしか、MMOステージで解放されていなかった。
その期間においては、地獄ダンのレアボスからしか手に入らない属性魔石はマジで激レアなアイテムだった。
でも、移動用のタウンマップにモンスターが出てくるスタンピードイベントが開催されないと、属性魔石の使い道は基本、なかった。
無理矢理使おうとするんなら、タウンマップで自分よりも格上のプレーヤーに襲い掛かるダンジョン外PKぐらいしかない。ただし、格上は属性魔石を所持してる可能性があるので、実際にそれをやるプレーヤーはあまりいなかった。
かといってスタンピードイベントでのスキル発動で使うには、属性魔石があまりにもレアなアイテム過ぎた。レアボスからしか手に入らないというのは、そういうことだった。
この「属性魔石レア過ぎ問題」を解決するために、DW運営が打った手立てが、地獄ダンでの「隠里」の追加というアップデートだった。
……単純に、地獄ダン12層の中心にあるボスが住む村と同じマップをフィールド型になってる4の倍数の階層に2つずつ追加して、背景とオーガを色違いで設定しただけだから、隠里への隠しルート以外の新規作成の手間を惜しんだだけではないかと掲示板で考察されてたはず。
そもそも色違いのオーガはレアボスとして存在してた訳だし。フィールドの背景も含めて、そこはただの使い回しでしかない。
ま、そこはこの問題に急いで対応してくれた、と好意的に受け止めるべきか。
その後のアップデートで、ポーション関係のドロップが多くて、水属性魔石が手に入る薬屋ダンジョンとか、いろいろなダンジョンが追加されていくと、属性魔石が入手できるところも増えて、属性魔石レア過ぎ問題は忘れられていく訳だけど。
そういう理由で、地獄ダンには「隠里」が6つもあるのだ。うん。全部属性魔石が悪い。
その「隠里」のうち、4層のフィールドマップには青鬼と黄鬼の隠里がある。今、僕たちが侵入したのは青鬼の隠里へとつながる洞窟だ。
洞窟を進んでフィールドへと出ると、見張りの青いオーガが2匹いるはず。しかも12層格だ。ボスがいる村と同じだからな。
今、僕と岡山さんは9層を100匹以上は軽く始末しているので、レベル的には10層あたりの位置、だいたい27か28くらいにいるはず。ふたつくらい格上となる12層格の相手はちょっと厳しい。先輩お姉さまは養殖中だからそれ以上に厳しい。
とはいえ、基本的にはオーガにもバックアタック戦法は通じるので、格上だからといって戦えない訳ではない。ちょっと大変なだけ、とも言えるのかもしれない。
あれだ。豚ダンで1層、2層と戦闘経験を積むのではなく、武器を換装して強引に進み、3層の環濠集落で9層格のオークをマジックスキルで惨殺したのと似ている。
ただし、あの時のような、環濠集落の中のオークを環濠集落の外から安全に攻撃できる、という部分に違いがあるのが問題なだけだ。つまりは安全マージン問題。
12層格との対面戦闘になるので危険はあるんだけど、そのへんは僕がマジックスキルを活用して乗り切る……予定。
それが難しいんであれば、見張りの2匹だけ倒して逃げる、というのを繰り返す手もなくはないけど、安全性は高くなるとはいえ、これだとやや効率が悪い。
……という訳で第4階位の『クワドラプル』を使ってからマジックポーションを2本も飲んで、たぷたぷのお腹を気にしないようにしながら、スピードマシマシで僕がまず洞窟を飛び出し、2匹いる見張りのオーガの片方に攻撃を仕掛ける。
割といい感じの一撃を喰らわせても、見張りの青鬼を倒せない。レベル的にぶちこめるダメージが少ないからだろう。
このへんはリアル化すると、なんか不思議な感じだ。ガツンと入った一撃の見た目とダメージにズレがあるからだろうか。
もう1匹も僕と戦闘中の仲間の方に寄ってくるけど、僕は一撃を喰らわせたオーガの背中側へと回り込む。この動きに青いオーガが対応できないのは『クワドラプル』によるスピードのお陰だ。
青いオーガが僕の方に向き直った瞬間、隠れていた岡山さんと先輩お姉さまが洞窟から飛び出してきて、僕が一撃を入れた方にバックアタック。
岡山さんはきっちりとひかがみ……膝の裏を狙っている。冷静だな。流石は岡山さん。でも、そこまで戦闘は長引かない予定だけどな。
2匹の見張りオーガの片方を攻撃して、なおかつ、攻撃してきたアタッカーの数が見張りよりも多い場合、攻撃されたオーガが――。
「ギイイィィィっっ!」
――みたいな感じで何語か分からないけど叫ぶ。そうしたらもう1匹のオーガは――。
「ギギギィっ!」
――と返事のような何かを返して、ダッシュで逃げていく。ちなみに、仲間を呼びに行くんだけどな。
隠里をクリアするのなら、逃がさずに2匹とも倒すのがベター。
ただし。
この入口でレベル上げをするんなら、オーガのおかわりを呼び出してもらう方が楽だ。
『ヒール』
あっ! こいつ! 逃げる前に相棒を回復させやがった!
……これだから青鬼は面倒なんだけど、黄鬼の方だと攻撃魔法を放ってから逃走というパターンもあるので、僕たちがダメージを受けない分、こっちの方が現状ではマシだ。
実際、12層格とはいえ3対1なら、3回ずつのバックアタック戦法であっさりと倒せた。
さっきの『ヒール』の回復分もあるから、もっと早く倒せる可能性がある。倒した青鬼がマジックスキルを使う前に対処できたのもいい感じ。
「……って! これ、水の属性魔石っ! しかも大きい! 12層格?」
「まあ、青鬼なんで。さっき、『ヒール』を使ってましたよね?」
「確かに使ってた……ギルドの魔物辞典だと、オーガは『ライトヒール』までのはず……ええ? このオーガもレアボスなの?」
「ボスではなく、ただの青鬼なんで」
「ていうかコレ……水の属性魔石は、まずいんじゃない? しかも12層格とか『ハイヒール』用になる9層以上のヤツだけど……」
「……ひょっとして、平坂家のこと、言ってます?」
「水の属性魔石は平坂家の利権にガッツリ絡んでるからね……」
「まあ、そのへんはちょっと手を打ってます。近々、平坂家とは交渉の場が整う予定があるので」
「なんで⁉ あの平坂家だよ! ……って、そういえば平坂家の孫娘が1年に入ったんだっけ。あ、1組だから鈴木くんのクラスメイトか……」
「とりあえず、青鬼のおかわりが来ますから、集中して下さい。最初は先輩のマジックスキルからですよ?」
「うぅ……作戦は納得してるとしても不安しかない……軍団だよね? 最大で15体の可能性があるのに……こっちはトリオとかなんでこんなことに……」
「12層でのボス戦も同じですからあきらめて下さい。それくらい愚痴をこぼせる余裕があるなら大丈夫ですね。ポジション確認を」
僕はそう言うと、自分も予定していた位置に移動した。
水の属性魔石は貯め込んでおきたい物でもある。平坂家の利権に絡むから、うかつなことはできないけど、だからといってもしもの場合に使えないというのは困るからな。
見張りが呼んできた軍団は青鬼12匹。見張りと合わせて13匹になった。最小単位の10匹よりは多いけど、最大単位の15匹よりは少ないという、微妙な感じ。
『スラッシュサークル』
初手、先輩お姉さまの範囲攻撃マジックスキル。
直径12メートルくらいの円状の範囲が風の刃で青鬼軍団が斬り裂かれていく。とはいっても、第2階位マジックスキルなので、一撃即死の可能性はだいたい4層格まで。当然、ここにいる12層格のオーガには大して通用しない。まさにかすり傷という感じ。
だが――。
『ライトヒール』
『ライトヒール』
『ライトヒール』
『ライトヒール』
『ライトヒール』
『ライトヒール』
『ライトヒール』
――青鬼さんたちは水属性で、回復系のオーガだ。そこに『ライトヒール』で問題がなくなる程度の軽いダメージを与えた状態。
そして、離れていても使える『ヒール』と違って、『ライトヒール』は直接触れなくても、手を近づける必要があるスキルなので、青鬼さん同士がものすごく接近してくれている。
現在のヘイトは先輩お姉さまがマジックスキルの範囲にとらえた7匹の青鬼さんたちから独占中。ゆえに、僕の動きに対応する個体、なし。
油断してくれてどうもありがとう。まあ、作戦通りだけど――。
『ライトニングブラスト』
――僕は自分の立ち位置を調整して、本命の第4階位マジックスキルを放つ。
幅3メートル、長さ15メートルの直進系での範囲攻撃マジックスキル。基本、フィールド型のダンジョンよりも、洞窟型とか、犬ダンのような迷路型なんかだと効果が高い。相手が直線状にまとまってるからな。
こうやって先輩お姉さまのマジックスキルによる軽いダメージによって青鬼に『ライトヒール』を使わせることで、割とせまい幅3メートルという範囲に青鬼軍団をきっちりとハメ込んだ。
本来なら16層格でも即死ダメージの可能性がある第4階位の攻撃魔法だから、オーバーキル……のはずなんだけど。
「ちっ……」
しかし、僕のレベルやステータスが足りてないせいか、16層格でも即死か瀕死になるクラスの魔法なのに、今はまだ12層格でも即死するほどのダメージは与えられないらしい。
以前、築地さんに使った時に威力が弱いとは思ってたけど、ここまでとは……。
「とどめを! 慌てずに武器の持ち手をメイスで潰してから!」
「はい!」
「ええっ……これ、どういう状況……何、さっきのとんでもな感じのマジックスキル……」
先輩お姉さまはほっといて、と。頼んだ、岡山さん。
ビリビリと痺れて、大ダメージの上、崩れ落ちて膝をつき、倒れていく青鬼たち。ダウンで、しかもスタン状態だ。予想通り、スタンが効いてよかった。遠慮なく、このまま殲滅するとしよう。
残念ながら僕はまだまだ弱い。
この前の陵竜也との模擬戦でもそう感じたけど、今はまだ、たかがオーガに苦戦してる。本当に道半ばだ。
あの学年主任の先生には、大事なことに気づかせてもらえたな。ちょっとは感謝しとこう。大学側の限界額も分かったし。
今、とりあえずは地獄ダンのクリアと、Cランク入りからだ。少しずつ、あの人のレベルに近づくしかない。
ショートソードで手を突き刺して武器をファンブルさせた青鬼の頭部をメイスで破壊しながら、僕はそんなことを考えていた。
痺れて動けない青鬼軍団を殲滅した後、一度、隠里から4層へと洞窟を抜けて戻る。そのままそこにいたら次の青鬼軍団がやってきてしまう。本当は繰り返したいんだけど、まだ早い。
「……なんで戻ったの?」
「今の肉体強度と、自分の感覚を調整するためです。さっさと素振り、始めて下さい。岡山さんはもうやってますよ?」
「え? あ、ホントだ……」
「あ、それと、これ。侍鬼の打刀です。さっきドロップしたんで使って下さい。あ、脇差は返して下さいよ」
「……これ、地獄ダンの武器で一番高いやつじゃん……」
本当にドロップ運がいいらしい。
物欲センサーが機能してないんじゃないか? ほしい物がきっちりドロップするとは。先輩お姉さま用の侍鬼の打刀とは別に、処刑鬼の槌矛もドロップした。
「先輩は元々、バスタードソードでしょう? そう言ってましたよね? 脇差だと間合いが少し変わるから、早めに打刀にした方がいいですよ?」
「そういうことが言いたいんじゃないんだけど……ま、いっか……」
「本当はスキルの持続時間のうちに再突入したいんですけど、安全面を考えるとマジックポーションの消費もやむを得ないとは思ってます。だからといって、のんびりされるのは違うんで」
「わ、わかってる。わかってるから! ありがと! しっかり素振りする! 間合いも確認するから!」
先輩お姉さまが慌てて動き出す。
その向こうで岡山さんが首をかしげながら処刑鬼の鎚矛を振ってる。
こうして少し距離をおいて見ると、中学生にしか見えない岡山さんは、なんというか、一生懸命、部活を頑張ってるって感じだろうか。
首を何度もかしげるところが、その真面目さなんだろう。振ってるメイス、いつもと感覚が違うんだろうな。
さすがに10層格と11層格をとばして12層格が相手だと、ステータスがぐんと伸びる感じがする。僕の場合、それでも全盛期との感覚にはハマらなくて違和感だらけなんだけど。
右のショートソードは2、3回も振ればすぐに修正できる。だけど、左のメイスは利き手ではない分、10回以上は振って感覚を確かめておいた。
防御用と考えたらそこまでの精度は必要ないかもしれないけど、ここぞという場面でメイスでの一撃二殺をミスする、なんてことがあったら困る。
二人が首をかしげながら力に振り回される様子を見守りつつ、僕はマジックポーションをがぶ飲みする。
第4階位のマジックスキルは今の推定最大MPだとギリギリだと考えてる。あと何回か、これを繰り返せば……どうだろう? このアタックでそこまで再計算してる余裕はない、か。来週の夜ダンの時にでも、確認しとかないと。
とりあえず、今は15分に1回だ。1時間で4回。『クワドラプル』のバフ効果が切れる前に、40匹は12層格を始末したい。
それくらい狩っておけばあとは9層で軍団のリーダーになってるヤツとか、10層以降に普通に出てくる12層格のオーガを潰して行けば、最後の12層までにボス戦対応可能レベルまで進むはず。
時計を確認した僕は岡山さんと先輩お姉さまに声をかけて、再び隠里への洞窟へと入った。
「……なんでリポップしてるの? 地獄ダンって1時間だって新人研修で習ったはずだけど……」
2回目の青鬼退治を終えて、ドロップした脇差を2本、拾っていると、先輩お姉さまがそんなことをつぶやいてた。流石は元ギルド職員。よく勉強してる。
まあ、それはたぶん、隠里がDWではインスタンスで設定されてたってことなんだろうけど。1度外へ出ると、リセットされて最初からになるんだよな。
「まあ、隠里なんで」
「そんな理由で⁉ 理由になってなくない⁉ あと、武器! 地獄ダン武器ってこんなにドロップするの⁉ まさか、あのマジックスキルの効果⁉」
「あー、侍系のジョブ持ちほどではないですけど、ファンブルさせて倒すと、そこそこ落としますよ?」
「あ、だから、とどめを刺す前に……」
「もちろん、秘密ですからね」
「こんなこと誰にも言えないよ……うぅ、小説にも書けない……できれば知りたくなかった……知らない方がいろいろテキトーに書けたのに……」
……誰にも言えないって、まさか、先輩お姉さま、友達、いないのか?
実際、ここは9層から10層レベルという今の段階なら、狩場としてはかなり優良だ。本来の地獄ダンのリポップタイムを無視できるし、浅い階層で深層の敵と戦えるというオマケ付き。ただし、僕がいないとたぶん無理だけど。
もちろん、稼ぎ場としても悪くはないけど、ゲームと違って、リアルダンジョンズワールドでは、属性魔石はいろいろと利権絡みなのが面倒だ。
ギルドも納品すれば換金してくれるけど、おそらくその情報はあっという間に平坂家へと流出するだろう。
その結果として、大量の属性魔石の納品は、また別のいろいろな問題を引き起こしそうって部分がある。これをうまく平坂家との取引に絡めたいんだけど……。
水系統の属性魔石は、癒し関係のマジックスキルにつながるから、治療関係での緊急時の使用は法的にも認められてる。
そういう意味では、他の属性魔石よりはマシなんだけど、属性魔石を大量に私有してても、ダンジョン外テロリストの疑いとか、その他の違法行為を疑われるとか、いろいろと微妙に問題はあるし……。
……まあ、隠里でのレベル上げについてだけなら、2回目はともかく、3回目と4回目には青鬼軍団の3分の1くらいが『ライトニングブラスト』のダメージで即死して、そのせいで地獄ダン武器のドロップが渋くなったことを除けば、特に問題はなかったと思う。
それはそれで大問題だけどな。属性魔石をすぐに手放せない分、地獄ダン武器はこのタイミングで、できるだけたくさん確保したかったのに。
まあ、1回目と2回目の瀕死+スタンという状態は、僕のレベルが足りてなかったことで起きた偶然のサービスタイムだったということか。
まさか、せっかくのレベルアップを残念に思うことがあるとは……おそるべし、リアルダンジョンズワールド……。




