1 鳳凰暦2020年4月8日 水曜日朝 国立ヨモツ大学附属高等学校生徒昇降口
入学式にやってきたあたし――設楽真鈴は、入学式会場へ向かうお母さんと別れると、先輩だと思われる制服を着た人たちの案内で生徒昇降口前へ行き、クラス名簿で自分の名前を探した。
たまたま目の前の名簿から探し始めたけど、それが4組の名簿で、自分の名前を1組の名簿で見つける前に、他のクラスの名簿を全部確認するはめになった。小さな不運に目も曇るよね。その時、自分の名前の3つ下に、聞いたことがある名前があったけど、その時は、うん? くらいの軽い違和感でそれ以上は特に何も思わなかった。
昇降口の下駄箱にも既に名前のシールが貼ってあって、持ってきた新品の上靴に履き替えて、スニーカーを下駄箱に入れた。
そして、案内役の先輩が指し示す方へと進み、教室にたどり着いた。入口には座席表が貼ってあって、自分の席が窓側の一番前だと確認すると、扉を開いてあたしは中へと入った。
すると、入口から一番近くの座席の人はもう座っていて、しかも読書をしていた。
……いやー、この人、なんていうか、入学式の日からリラックスし過ぎじゃない?
そんなことを考えて二歩進む。そこで――。
あれ、今の、本、読んでたのって、ひょっとして……。
――あたしは振り返って二度見した。そして、思い出した。今よりも体が小さかったけど、ほぼ同じ光景を中学校の入学式の時に、見たことを。あの時と座席の位置は違うけど、あれは……。
……今の鈴木くん⁉ え、待って⁉
ふと、昇降口前で名簿を見た時の違和感を思い出す。そういえば、聞いたことある名前があった気がしたと。なんでその時真剣に考えなかったの、あたしのバカバカ!
あたしは自分の座席へ向かいながら鈴木くんを三度見した。もう間違いない。あれは確実に鈴木くんだ。ていうか、同じ学校だったの⁉ え、ここって一般で受けるとめちゃくちゃ難しいんじゃなかっ……あ、そっか、鈴木くんだった。あの人、テストはいつもほぼ百点って噂だった。だからテストの予想問題なんかを売ってたんだった。それに陸上部で足はすんごく速かった。運動も勉強もできるタイプの人だった。
あたしは自分の席に座った。そして、いろいろと思い出した。
――あーーーーーーっっっ⁉ 鈴木くんだよね⁉ テストの予想問題の⁉ あ、これはうまくすれば高校でも助かるかも……いや、そうじゃなくて⁉ あの時の『ドキ☆ラブ』の⁉
中学3年の2学期のテストの時に、どうにか推薦可能な範囲の評定を確保しようとして、よく当たると評判のテストの予想問題をあたしは買った。正確には物々交換だけど。
その予想問題を売っていた中学校のある意味での有名人、鈴木くん。その鈴木くんから、あたしはテストの予想問題を買った。現金がなかったので、マンガとかでも売って代金以上になるものならいいと聞いて、あたしは泣く泣く大好きな『ドキ☆ラブ ダンジョン学園 ~ラブ・クエスト・モーニング・キッス~』全十二巻を差し出して、理科と社会の予想問題を買った。
ただ、このマンガ、あたしは大好きなんだけど、けっこー男の子と女の子がいろいろとえっちぃことをする場面があって、最後の最後で結ばれちゃうし、その、まあ、とにかく、いろいろとえっちぃのだ。うん。
あの時、汚れとかがないか確認し始めた鈴木くんにあたしはめちゃくちゃ慌てて、このマンガのことは誰にも言わないように約束してもらった。確かにその後、1カ月くらいあたしはビクビクしていたけど、誰からも何も言われることはなく、鈴木くんは約束を守ってくれたのだと思った。だから、あたしはもう、そのことをすっかり忘れていた。『ドキ☆ラブ』もお年玉で古本屋に行って全巻買い直したし。
でも、もうここは高校で、改めてあたしと鈴木くんが顔を合わせた時に「ああ、あの時の『ドキ☆ラブ』の人か」とか言われちゃったりしたら⁉ あたし、えっちぃマンガが好きな女の子って、入学早々から噂になっちゃうかも⁉ この、知らない人ばっかりの中で、えっちぃマンガが好きな女とか言われたり、覚えられたりしたら、そんなのもう絶対に無理⁉
く、口止め……鈴木くんにもう一回、しっかりと口止めしとかないと!
読書姿勢でほぼ動かない鈴木くんをちらちらと見ながら、あたしはひたすらあせっていた。もう、入学式どころではなかった。




