184 鳳凰暦2020年7月10日 金曜日 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所
「それで、昨日はどうだったの?」
「どうだったのって言われても……」
私――宝蔵院麗子は、ヘルプで朝からこっちの出張所に詰めている阿部さんへの返答に困っていた。プライベートな内容だからとても答えにくい。
「何? 言いにくい感じ? え? プロポーズされてそのままどっかのホテルに行っちゃったりとかしてたり?」
「な、何を言っているんですか……そんなこと、ある訳ないでしょう?」
「はぁ~? いやいや。世界的トップランカーが、わざわざ、この出張所までやってきて、食事に誘うのに? どっからどう見ても特別扱いじゃない? 年齢的にも結婚秒読みとしか思えないでしょ?」
……陵が、いきなり顔を出したと思ったら、阿部さんの前で堂々と食事に誘うから。いえ。それが嬉しくない訳ではないけれど。
校内に勝手に入ったらダメだと言えば、先生の許可はもらってると言ってたから、たぶん、佐原先生に会いに来たついで、なのだろうけれど……それでも、私としては嬉しかったのだ……。
「ご存知の通り、私と陵は高校の同級生で、その時のパーティーメンバー、だから。それは、食事くらいはします。高校時代は毎日のように二人で食べてましたからね。あと、この前、阿部さんが言ってた通り、陵は墓場の間引きで平坂に来たらしいから、あくまでも今回の食事はそのついで。ちょっと同級生の顔、見にきただけで、別に特別扱いじゃないですから」
「えー? じゃ、プロポーズとか、されてないの?」
「あ、ある訳ないでしょう? そもそも私と陵は、そういう関係ではないので!」
「でも、好きなんでしょ?」
「すっ……それは……朝から、こういうところでする話なの……?」
「午後からは忙しくなるし、今しかないと思うけど……? あ、夜、飲みに行ってからってこと?」
「そういうことは言ってない。ほら、ヘルプの唐橋さんも困ってるでしょう? 阿部さん、ちゃんと準備して下さい」
「宝蔵院さんより手は動いてるつもりだけどね……」
そう。阿部さんは、雑談しながらでも、準備の手は止まらないタイプだ。仕事はできる人なのだ。なんか悔しい。
でも、ヘルプで平安の中央本部から来た唐橋さんが困っているのも本当のことだ。こんな話をされても迷惑だろう。
平安にあるギルド中央本部の、監査部第三監査課の唐橋さんは、築地さんの部下で、6年目のベテラン一歩手前という職員で……おそらく、私の監視も含めて、ヘルプに入っている。
少し年上なので、できれば年下にヘルプに入ってほしかったのだけれど……まあ、3日間くらいのローテーションで、築地さんの部下たちが入れ替わりながらヘルプに入る、という話だから、年齢にこだわってはいられない。
表向きの理由は、釘崎さんがあまりにも突然退職した関係で、ということになっているものの……おそらく実際には、私にパワハラの疑いがかけられているから、ではないかと思う。年上なのは、そういうところが関係しているに違いない。
「唐橋さんも、興味あるでしょ? 陵竜也?」
「……ない、とは言いませんけど。それよりも、やめちゃった釘崎さんの方が気になりますね。こういう言い方はあれですけど、それで巻き込まれた感じはどうしても、あるので」
「あー、そっちかぁ。釘崎さんねぇ……」
阿部さんから釘崎さんが……ちょっと表現に困る名前のクランを結成した、という話は聞いていた。その後、どうなったのだろう?
「……守秘義務違反とか、言わない?」
「……内輪で話すのは守秘義務に違反してるとは言いませんよ?」
「そっか」
阿部さんはぺろりと舌を出して笑った。
私も気になるところなので耳を澄ます。
「……大きな声では言えないけど、あの子、この前、クランを結成したの。たぶん、最初からこれを狙ってたんじゃないかって、思うくらい、手際よく、きっちりと書類をそろえて、ね」
「……退職してクランを? 確かに、受付のギルド職員だといろいろと……でも、クランを結成しても、ダンジョンアタックで稼ぐんですから、リスクなく働き続けられるギルド職員の方がよくないですかね?」
「それがさ、昨日なんだけど……お昼ぐらいに犬ダンのボス魔石を換金して、Fにランクアップしたと思ったら、陽が沈んだかなってくらいの時間に、今度は豚ダンのボス魔石を換金してきたのよ」
「ええっ⁉」
唐橋さんが驚愕の表情で目を見開いた。もちろん、私も驚いた。驚いたのだが、それは、まさか……?
「……1日で犬ダンと豚ダンをどっちもクリアしたってことですか?」
「まあ……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。そこは分からないのよね。でも、その可能性も否定できない」
「不可能ではないでしょうけど……入ダン記録はどうなってたんです?」
「いやいやいや、さすがにそこまで調べたらやりすぎでしょ? そもそも、本所でちょっと聞いただけの話だしね」
「ボス魔石の換金は、事実?」
「そこは、本当みたい。だから、本所で噂になってるのよ。キャリーだとしたら、危険すぎるって注意も受け付けた人がちゃんと入れたみたいだし。ま、あの子は顔見知りだから、余計に、ね……」
……唐橋さんは、釘崎さんが犬ダンと豚ダンを一日で両方クリアしたことに目を向けたけど。
私はそのことよりも、釘崎さんがその両方をクリアするために、いったい誰の力を借りたのか、というところが気になった。
釘崎さんはここ、ヨモ大附属の卒業生で、在校していた時は生徒会役員も務めている。だから、もちろん、本人もアタッカーとして優秀だし、その他の面でも優秀なのは、分かる。
それでも、横のつながりにはおそらく、限界がある。釘崎さんの同級生だとまだ卒業したばかりで、一般のアタッカーの新人よりは上だとしても、豚ダンのクリアに協力できるとは思えない……。
本所で勤務していたのなら、高ランクの一般のアタッカーとのつながりを手にした可能性もあるけど、釘崎さんはほとんどの時間、このヨモ大附属の出張所で勤務していた。
……アレのお世話であっちに行ってた一週間があるけど……そんな短期間で最低でもDランクのアタッカーとのつながりを? それは不可能としか思えない。
つまり……釘崎さんが見つけた横のつながりはこの校内でしか、考えられない。
そして、この校内で、一日で犬ダンと豚ダンの同時クリアのサポートができるとなったら、それはもう……。
つまり、釘崎さんは、アレとつながってるということ? 仲良くやってるとは思っていたけれど……。
いえ。アレとのつながりを得たから、クランを結成した? そういうことになるのかしら?
アレを卒業後、自分のクランに所属させて……そう考えると、確かに、ありえないくらい稼げるクランになる未来がはっきりと思い浮かぶ。
「あ、表の掃除、やっておきますね」
「あ、すみません」
「いえいえ、ここでは新人ですので」
軽くぱたぱたと手を振って、唐橋さんが外へと出ていく。
出張所の中は、残された私と阿部さんの二人きりになった。
「……で、陵竜也とはどこまで……」
「阿部さん。その話はいいから。それよりも、釘崎さんのキャリーの協力者は、目星がついてるの?」
「あー……そりゃ、言われなくても、分かるでしょ?」
「やっぱり……」
阿部さんがはぁ、とため息を吐いた。
「この4月から、よく見たパターンだしね。まあ、1日で犬豚ってのは今回が初めてだったけど。これ、唐橋さんには言えないからね。でも、ほら、この新入生って、それこそ陵竜也以来の、附中時代に3層到達、しかもそれが3人、なんて言われて、プラチナ世代とか、噂になってたでしょ? それを踏まえて、在学中につば、つけとこうって、釘崎さんがギルドをちょっとした腰掛け程度で最初から考えてて、しかも、あんな逸材とつながりが持てたんなら、そりゃ、一気にやめちゃっても、ねぇ?」
「そんな子じゃないと思ってたけど……」
「実はすっごいしたたかな子だったんでしょ。間違いなく、ギルドでずっと地方職やってるより、将来を見通して手にする金額は跳ね上がるはずだし。あの子、本当にうまくやったわよね」
「確かに、事実だけを見れば、そうだけど……」
「一番簡単なGランクでのクラン結成から、最短でのFランク昇格。メンバーが自分一人っていうのも、それを狙ったんじゃない? それで、あの鈴木くんたちが卒業したら、ごっそり自分のクランに入れて……。ま、見習いでインターンさせるんだろうから、高3だとその間はあの子たちから9割も吸い取って、卒業後はあの稼ぎが最低でも3年間は続くって感じか……大成功、間違いなしのクラン経営よね……クランにあんな名前をつけちゃうような子なのに、どれだけ優秀なの……」
阿部さんは遠い目をしていた。ただ、釘崎さんが羨ましいと感じているようではない。
ヨモ大附属の生徒が、卒業後に自分たちでクランを結成することは、よくある。
ただし、既存のクランから声がかからなかったか、かかったけどそこに入りたくなかったか、そのどちらか、ではある。
その場合、ほとんどのクランはGランクのまま、犬ダンの4層や5層で地道に稼ぎ続けるというのが一般的で、Fランクにまで成長したとしても神殿を攻略できずにどこかのクランに吸収されるというパターンが多い。
長く続くのはGランクのまま、安定して4層格、5層格を集めるクランの方だ。堅実で、間違いがない。安全性も高い。
自分たちで作ったクランなので、クランへの吸い上げの割合も少なくできる、というのもあるから、収入面でも悪くない。
それと比較してしまうと、釘崎さんのクランは……とてつもなく……。
「で、さ」
「はい?」
「あたしが釘崎さんのデータを覗くのは職権濫用だからダメでしょ? だけど、宝蔵院さんが……」
「私でも職権濫用には変わりないわよ。何? パワハラ疑いがかかってるし、ひとつくらい問題が増えても私なら問題ないとでも?」
「ちがうちがう。そうじゃなくて。実は、本所の方に鈴木くんが野営申請を出してたのよ」
「野営申請? まさか……」
「そう。その、まさか。たぶん、神殿。いよいよ、あの子も神殿に入るのよ。で、おそらく釘崎さんも一緒。しかも、こっちじゃなくて、わざわざ本所に申請を出すってことは、学校に知られるタイミングを少しでも遅らせようって意図がある気がするのよね。だから、生徒の安全のためにも、宝蔵院さんは速報を作って早く学校に伝えないとダメだから……」
この人は……。
「……私がヨモ大附属の生徒のデータを見るのは、認められた業務の一環だから問題ないって、言いたいワケ?」
「そうそう。そういうこと」
確かに、ヨモ大附属出張所の所長である私が、ヨモ大附属との情報共有を進めることは業務内のことだけど、これは、阿部さんが知りたいだけでしょうに。野次馬根性が堂々としすぎて、いっそ清々しいというか、何というか……。
「……わかった。その代わり、速報の文面、阿部さんが打ち込んで」
「それくらい安い対価だよね。やりますやります。ほらほら、打ち込む内容のためにも、早く早く」
「はあ……」
私はため息をひとつ、吐いてから、パソコンを操作して、データを確認する。
「……あ」
「ウソ。神殿じゃなくて……」
「第二……地獄ダンに入ったの?」
「なんでまたそんなことを……?」
阿部さんの問いかけに対する答えを私は持たない。ただ、アレはやはり常識では考えられないことをしでかす、と。それだけは改めて理解できた。
「……ヨモ高って、いろんな意味で、とんでもない人材を育ててるわよね」
それ、アレはもちろんだけど、阿部さんの言葉には、釘崎さんも……それに陵も含まれている……か。
ここは私の母校でもあるので、私にはそれに返せる言葉が思い浮かばなかった。
とりあえず速報を学校へ入れつつ、同時に佐原先生へもメールを送り、私は電話を鳴らした。




