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RDW+RTA ~リアルダンジョンズワールド プラス リアルタイムアタック~  作者: 相生蒼尉
第4章 その5『RDW+RTA +KAG(M―SIM) ~鈴木の経営ゲー(マネジメントシミュレーション)~』

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178 鳳凰暦2020年7月8日 水曜日午前 ダンジョンアタッカーズギルド中央本部



 それは、俺――築地益男が出勤して、自分の机にかばんを置いた瞬間のことだった。


「築地くん。ちょっといいかな?」


 狙い撃ち、と言うべきか。部長が声をかけてきた。朝一の出勤後にすぐだなんて、どう考えても待ち伏せに近いタイミングだ。


 どういう内容で声をかけてきたのかは予想できている。もちろん、あのことだろう。


 ……まあ、そりゃ、そういうタイミングか。


 これは月曜の一件なのだから、水曜の朝イチというのはちょっと遅いくらいかもしれない。

 ただ、全ての事情を把握している者が少ないこの状況なら、ある意味ではこれで最速とも考えられる。

 何も知らない平坂支部からの報告が遅いのは当然とも言えるからだ。それが人事部ではなく監査部の耳に届くことも、だ。おそらく、人事部はもう少し早く把握していたはず。


 部長の背中を見つめながら、部長のブースへと続いて入り、扉を閉じる。


 監査部の部長のブースは個室っぽく区切られているものの、業務の透明化という方針で向こうからもこっちからも中が見えるクリアパネルで囲まれている。

 音は漏れないが姿は見えるという状態だ。業務の見える化のひとつで、基本的にはハラスメント対策の一環ではあるんだが、ウチの部署の場合はちょっと別の側面から、話す内容は聞かれたくない、というのも含まれているんだから、せめて姿くらいはきっちりと見せるように、という考えだろう。


「……あの案件は、厳重注意の上で副業の許可申請をさせる、という報告を築地くんからは聞いていたんだが……どうもおかしなことになっているようだ。築地くん、キミ、何か聞いてないか?」


「……どういうことでしょうか?」


 もちろん俺は、何も知らない……ということになっているので、質問に質問を返すだけ。


 部長は苦々しい表情を隠さない。


「……例の彼女は、つい最近、辞職願を出して、平坂のトップである能美くんの説得にも応じず、そのまま出勤していないんだそうだ」


「そんな、まさか……」


 まさか、と口にしながら、俺にとってはある意味では予定通りだ。もちろん、既に鈴木から話は聞いているから現状も部長以上に把握している。

 辞職どころか、釘崎はGランククランを設立済みだ。釘崎のクラン設立は辞職後の行動という扱いなので、こちらの事情を何も知らない平坂支部はこっちに報告すら上げてないだろう。

 新規クランが結成されたとしても、それは総務部へと報告される程度で、ウチはもちろん、その他の部署に話が入ることもないはずだ。


「築地くん。キミ、ちゃんと彼女には説明したんだろうな?」


「もちろんです、部長。情報漏洩とまでは言えない、ヨモ大附属の校内なら多くの者が知っている内容をモデルに、フィクションとして仕上げた小説です。誰がモデルになっているかは分かったとしても、校内では周知の事実ですし、それでギルド職員としての守秘義務違反とまでは言えないでしょう。ただ、それとは別に副業禁止規定には抵触している。だから、今後は気を付けるように厳重注意した上で、副業の許可を求めるように告げました」


 俺は可能な限り、まじめな顔を作って部長に説明した。いかん。ちょっと楽しくなってきている気がする。


 ……いや。よく考えてみれば、部長にもあの時の責任の一端あるな? だとしたら、俺がこうやって部長の前で二重スパイとしての楽しさを感じるのは、別に構わないんじゃないか?


「そうか……その時、彼女はどういう様子だった? 素直に話を聞いていたのか?」


「基本的には……ただ、副業の許可申請には、抵抗感があったように感じました。最後はうなずいていましたが……」


「……それは、どういうことだ?」


「彼女いわく、『恥ずかしい』とのことでした」


「『恥ずかしい』、か……それは小説家だと周囲に知られることが、という意味でいいか?」


「私はそう認識しています」


「なるほど……」


 部長は視線を落として、そのまま椅子に座った。少し考え事をするようにこめかみをとんとんと指で叩いている。


 ……あくまでも俺は、厳重注意の上で副業許可申請を出すように伝えた、というスタンス。そして、辞職は釘崎本人の意向だ。彼女が小説家だと知られることを恥ずかしがっていたというのも事実ではある。この点には嘘は少ない。


 まあ、あの時の雲海では――。






 ――先週、雲海の火の国屋書店で行われた『ドキ☆ラブ』の著者であるライトスパイク先生のサイン会に俺は乗り込んだ。


 思わず目を見開いてしまうくらい、女子高校生、女子中学生が集まっていて、自分の場違い感に少し怖くなったくらいだ。中には、成人していると思われる女性の姿もあった。


 この『ドキ☆ラブ』という本が、平坂、雲海、下北では特に人気がある、というのは本当のことらしい。他の場所でも一応、売れているらしいのだが、まあ、この3カ所で人気があるというのは、アタッカー、もしくはアタッカーの卵たちに人気がある、ということなのだろう。ほぼ女性限定で。


 サイン用に一冊、購入した上で、行列の最後になるように、一度、遠巻きにサイン会を見つめる。

 サインをしているライトスパイク先生はピンクの髪に変な帽子をかぶって、黒縁の眼鏡をかけているという、どう考えても変装としか思えない状態だ。


 何も知らなかったら、あれが平坂のヨモ大出張所に勤める釘崎ひかりだとは気づけなかっただろう。至近距離で見たとしても……どうだろうか?


 そう思えるくらい、別人になるための変装だった。


 サインをもらい、握手をして喜ぶ女子高校生や女子中学生が帰っていき、狙い通り、最後の一人としてライトスパイク先生――釘崎ひかりの前に立つ。


 サイン用に買った新刊を差し出した瞬間、ライトスパイク先生は顔を上げて俺を見た。そして、黒縁眼鏡の奥の瞳を大きく見開いた。ああ、すぐに度のない眼鏡だというのは分かるな……。


「どうも。サインをお願いします。ファンなんですよ」


「は、はは、はい……」


 明らかに動揺しつつ、ライトスパイク先生はサイン用の本へと視線を逃がして、手早くサインを書き込んだ。


「ど、どうぞ……」


 そして、俺の方を見ないようにうつむきながら、書き終えたサイン本を差し出してくる。見ようによっては珍しい男性のファンに照れている、と思えなくもない。さっきまでは女性ばかりだったからな。


 俺は名刺入れを取り出しながら、片手でサイン本を受け取り、今日のために準備した特別な名刺を一枚、うつむいているライトスパイク先生に見えるようにテーブルの上に置いた。

 もちろん、偽名の名刺だ。この世で1枚しかないので、ある意味ではレアな名刺でもある。

 今の状況なら、俺も別人のフリくらいできるぞ、というある意味では皮肉ともとれるのかもしれない。


「私、『ラノベネットニュース』編集部の、九鬼咲、ヒカル、です」


「く……くきさき、ひかる……?」


 恐る恐る、という様子でライトスパイク先生が顔を上げる。その目は完全におびえている。この偽名は釘崎ひかりを狙い撃ちするために考えたものだ。


「ごぶさたしてます。ゆっくりお話ししたのはあの懇親会ぐらいでしたが……私のこと、覚えてらっしゃいませんか?」


「あ、あの……その……」


 釘崎もどの懇親会のことか、思い出したのだろう。宝蔵院が能美の財布を空にしてやりたいと息巻いていた、あの懇親会のことだ。


 あの頃はまだ、宝蔵院と釘崎との間にはやや距離を感じていたんだが、宝蔵院が自分にとってヨモ大附属の大先輩になる上に、あの陵竜也の同級生だったと知って、宝蔵院が驚くほどに釘崎が話しかけてた、あの飲み会。


 今、考えると、釘崎にとっては取材に近い、情報収集の一環だったんだろう。


「今日はこの後、少しだけ、取材の時間を頂けたらと思うんですが……」


「ちょっと! そういうのは困ります!」


 慌てた書店員が俺とライトスパイク先生の間に割って入る。このサイン会の担当なのだろう。


「いえいえ。私とライトスパイク先生とは既知の間柄でして。ねえ?」


 俺は書店員に微笑みながらそう言った。


「え、えっと……」


 ライトスパイク先生がおろおろとしながら俺と書店員の間で視線をさまよわせる。


「陵竜也の話など、いろいろと情報交換をして、ライトスパイク先生の創作に活用して頂いてるんですよ。彼の同級生だった人の力も借りて。まあ、私と先生は協力関係というか、共犯関係というか、なんというか、まあ、ウィンウィンの関係でして」


「え? そうなんですか?」


 最初は止めに入った書店員が、俺の話を聞いて、俺とライトスパイク先生との間で視線をさまよわせる。ここには視線をさまよわせる奴しかいないらしい。


「別に、どうということもありません。ライトスパイク先生さえよろしければ、こちらの書店での後処理を終えてからでいいんですよ。美味しいおそばでも食べながら、どうですかねぇ? あの時の、懇、親、会、と、同じように、ごちそうしますよ? いろいろとお話は、しておきたいので。あ、もちろん、あの時と同じく、ライトスパイク先生はノンアルで」


 断らないよな? という圧をかけつつ、ライトスパイク先生――釘崎ひかりに俺は声をかけた。ただし、あの時の懇親会では俺は1円たりとも払ってないが……。


 全てバレていると気づいた釘崎ひかりは、どうやら観念したらしい。その場で弱々しくうなずき、書店員に軽く会釈して感謝を伝えていた。






 1時間と少し、サイン会の後処理に時間がかかったようだが、その後は二人でそば屋に入った。何か言いたそうにしながらも、何も言えずに釘崎は俺に付いてきた。


 とりあえずそばを注文して、黙って食べる。

 ずるずるとそばをすする音がする中で、ちらちらと俺を見てくる釘崎の不安そうな様子はともかくとして、俺はそばをしっかりと味わった。

 名物に美味いものなし、などと言われるが、ここの雲海のそばは名物だがとても美味いのだ。


 ……こういう沈黙の時間が逆にプレッシャーになるよな? 釘崎?


 おそらく、釘崎はそばの味など分からなかったに違いない。実にもったいない。まあ、つまらないことではあるんだが、俺からの、ちょっとした意趣返し、みたいなものだ。


「……とりあえず、帽子と眼鏡はもういいんじゃないか? 釘崎くん?」


 釘崎が時間をかけてそばを食べ終えたのを見届けてから、俺はそう言った。


「えっと……どこで、誰が見てるか、分かりませんから。このままでお願いします」


「その帽子とウィッグだと逆に目立つ気はするが……まあいいか」


「……あのー……いろいろと、バレちゃったんですよ、ね?」


 黒縁眼鏡の向こうで上目遣いにこっちを見ている釘崎は不安そうなままだ。


「……そもそも、釘崎くん。キミ、隠す気があったのか? ライトスパイクで、光の釘、釘崎ひかり、だろう? そのペンネームで?」


「あ、あはは……高校の時はそれで誰にも気づかれなかったもので……」


「まあ、想像もしてないことには人間は気づけないものだし、そうかもな」


 ……俺たちが知ったのは出版社からのタレコミ。しかも、釘崎の担当編集をライバル視してるヤツからの、ある意味では情報漏洩だったということは、秘密だ。そうでなかったら、確かにずっと気づかなかったのかもしれない。


「まあ、それなりにこっちも調査はしたんだが……しかし、どうして副業許可申請をしなかった? それだけで済んでいたかもしれない話だぞ?」


「いろいろと、ありまして……」


 人差し指でぽりぽりと自分の頬をこすりつつ、俺から目をそらす釘崎。


「いろいろ?」


「まあ、その、はい。まずは、恥ずかしいっていうのが、一番なんですけど……」


「作家なんて、立派な仕事だろう? 恥ずかしいとは思えんが?」


 文筆で稼げるというのは誇っていいはずだ。恥ずかしがるようなことじゃない。


「……話せば長くなるか、短く済むかは分からないんですけど」


「どっちなんだ? まあ、とりあえず、聞こうか」


「ウチの実家って、ネグレクト気味というか、放置されてるというか、子育てに向いてない家だったんですよ。それで、お金も、小学校の給食費が払えない月があったりとかしてて、ですね。なんとかお金が手に入らないかと考えて、ヨモ大附属に進学したんですけどね……」


「長くなりそうだな……」


 釘崎の家庭環境については簡単に調べてある。ネグレクトは事実だ。今はもう、親とは縁切りに近い状況にあるらしい。


「まあ、ネット小説でデビューしちゃえば、中学生とか高校生とかでも少しはお金が手に入るかな、と。中学校の頃にはどっぷりそういう世界にハマってまして。その、小銭稼ぎというか、ちょっとずつ、読んでもらえると換金できる電子マネーみたいなのがもらえたりするので……マングロポイントとかのやつは、換金できそうなものを買ったりして……ちょっとずつ稼いでたんです、あたしなりに……」


 そういうサイトに、ライトスパイク名義で、何作品か、ネット小説が公開されているのも確認済みだ。公開日から考えて、中学生ぐらいから釘崎がそういう活動をしていたことも判明している。こいつ、苦労してんな……そういう部分は同情する。


「……デビューは漫画の原作だったと聞いたんだが?」


「もともとはネット小説で発表してて、出版社から声がかかって、コミカライズ先行だったんです。文章よりも、視覚化した方がいいって判断されたみたいで。ちょっと悔しいんですけどね……」


「よく分からんが、なるほど?」


 そのあたりのことはよく分からないが、釘崎が言う通りなんだろう。


「それで、コミカラが新人にしてはうまい人にあたったみたいで……その、あたしが小説ではなんとなくにおわせるだけでボカしてる部分とかが、ガッツリそっちで絵になっちゃって……その、ラブシーン的な……」


 ラブシーン? 俺が目を通した限りだと、せいぜい手をつないで歩く、というぐらいの、かなり健全な部類だったような気がするんだが……。


「小説の……しかも新刊しか目を通していないんだが、そういうシーンはほとんどなかったような気がするんだが?」


「新刊のツーは、そうなんですよ。でも、もともとのワンの分は、具体的に書かないにしても目一杯男女のアレコレをにおわせる感じで書いてたので……その方がよく読んでもらえるというか……何言ってんだろ、あたし……まあ、とにかく、それが絵になって、しかも想像してた以上に売れちゃって……クラスメイトとかめっちゃくちゃ読んでて、エロカワイイって評判になってて……さすがにそれがバレるのは恥ずかしくて、ですね……学校でも問題になったりしちゃって……特にヨモ中の方ではかなり問題視されてたりとか……」


 学校で問題になった? どういうことだ?


「……それは、ヨモ大附属の先生たちは釘崎が作者だと知ってる、ということか?」


「あ、いえ。知ってるのは、ごく一部の先生たちだけです。カウンセラーさんと、校長先生と、学年主任だった佐原先生くらい、かな……? あとは生徒指導関係の先生たちで……学校でモメてたのは生徒指導上の問題で、それはあたしには直接は関係なくて……あたしの方は原則としてアルバイト禁止という校則絡みで……無許可のアルバイトみたいな扱いで問題になって、それが同時に生徒指導での……その、エッチな本の持ち込み、みたいな部分で……そういう問題と重なったから、先生方の意見も割れていて……校長先生があくまでもアルバイトの一種として認めて下さってケリはついたんですけどね……あたし、生徒会役員だったし、成績も悪くなかったので……」


 そう。期待の新人として、ギルドは釘崎を採用したのだ。地方採用を本人が希望していなければ中央本部で新人研修を受けていたと思われるほどには優秀な新人だと考えられていた。採用担当もイチオシしていたくらいに。


「じゃあ、なんだ? その、ラブシーンのあるマンガの原作者だと知られたくなくて、副業の許可を申請しなかった、ということになるのか?」


「……まあ、ざっくり言えば、そういうことです」


 再び、釘崎は自分の頬を人差し指でぽりぽりとひっかいた。恥ずかしい時に出るクセなんだろう。


「……それはあくまでも採用前のことだから……今回のように新刊を出さなきゃ、問題なかったんじゃないか?」


「あたし、書くのがもう生活の一部みたいになってて、ですね。担当さんが、今回はノベルで先に出してもいいって言って下さったのもあって……つい……働いてるうちにいろいろと面白い話が聞けたし……」


 ……まあ、釘崎の事情は、それはそれとして。


 これなら、事前の打ち合わせ通り、厳重注意の上で副業申請を出させるという流れが普通だ。本人は恥ずかしがっているが、実際に読んだメンバーからはあくまでもフィクションの話であって、特に問題はない、と判断された。


 だが、それだと、こっちの狙いからは外れる。だから……。


「……釘崎くん。キミ、自分が新規採用だって、分かってたか?」


「は、はい。それは、もちろん……」


「じゃあ、新規採用は、まだ試用期間だということも理解していたってことでいいな?」


「え……?」


 釘崎が目を泳がせる。知っているようで、意外と知らない事実だ。ギルドの就業規則にも定められているが、普通は気にしなくても試用期間など、すぐに過ぎていくもので、思い出す必要もない。今回は、無理矢理、思い出してもらうつもりだが……。


「まあ、簡単に言えば、問題児を早めに切れるように、新規採用には試用期間が定められてる」


「問題児……」


 気にするのはそこなのか……?


「……監査部の役割は知ってるよな?」


「ええと、なんというか、ギルドの内部警察的なアレ、ですよね?」


「内部警察、か。まあ、そういうことだな。今回、キミの小説が……情報漏洩というか、守秘義務違反と言うべきか。そういう、問題があるということで調査が入った」


「す、すみません……」


 頭を下げる釘崎に俺は追い討ちをかける。ここからは虚実、織り交ぜて。


「まあ、せいぜい減給処分くらいで済むか、と思っていたんだが、あの新刊の内容、彼がモデルになってるんだろう?」


「か、彼、というのは……」


 釘崎がおろおろと視線をさまよわせる。


「とぼける必要はない。今年の首席の、彼、だよ」


「……」


 沈黙は、答えだな。実際、鈴木をモデルにしたのは間違いないだろう。


「彼が対象となると、ギルドとしては、ちょっと、話が変わってくるんだ」


「え?」


「ちなみに、彼から直接、モデルとして小説に書く許可を得たのか?」


「あ、それは……ないです……そもそも、小説を書いてることは秘密にしていたので。許可とかは……」


 うつむきながら、首を振る釘崎。


「そうか……そうすると、だ。彼から、攻略情報を漏洩されたと訴えられる可能性がある」


「そんな……あくまでもここに書いたことはフィクションですよ? どっちかというとギャグのような感じの?」


「気持ちは分かる。戦闘を全部、爆裂玉でやるとか、確かに知ってる者からすればギャグ的だろうな。だが、彼の攻略の仕方と、ここに書かれている内容が本当に一致しないと、キミに言えるのか?」


「ええ……? それ、偶然の一致って、ことですか?」


「偶然の一致であったとしても、一致していると言われたら、それはもう、大問題になる。キミと彼に交流があればあるほど。そもそも、彼のギルドでの購入物品なんかもちゃんと把握してるんだろう? 爆裂玉とか、ね……?」


 まあ、本当は大問題にはならないんだが。それでも釘崎なら騙されてくれるだろう? 意外と簡単に、な? 鈴木にあっさりと騙された時みたいに……?


「そんな……」


「それに、キミが担当したんだろう? 彼の、一週間の換金額の確認を?」


「……」


「つまり、これがモメたら……」


 俺はテーブルの上のサイン本をとんとんと2回、指で叩いた。


「……いったい何億円の賠償を求められるか、分からん、ということだ」


「ウソ……そんな……あ、でも、鈴木くんは一週間で……うぅ……」


「既にトップランカークラス。いや、それ以上か。収入だけなら。しかも、若い。引退までの年数もずいぶんと長く計算される可能性が高い。そうなると……ギルドとしては新人ひとりのために、そこまでのことはできない。かなり、高額な賠償問題になる可能性があるからな。つまり、キミはこのままだとギルドから切り捨てられることになる。新規採用で今は間違いなく試用期間でもあるし、ね。釘崎くん。キミ、責任、とれるかな? 自分で弁護士とか雇って、長引く裁判に対応できる自信はあるかい? ギルドは間違いなく、手を貸さないと思うよ?」


「……」


 沈黙で返す釘崎はもう、うつむいたままだ。これは効いただろう。


 このタイミングで助け船を出せば……。


「だが……キミが、そうだな。すぐにでも自主的に辞職するんであれば……」

「え……?」


 くいっと釘崎の視線が上がり、俺を見つめる。表情は不安そうなままだが、その中に少しだけ期待も混じってるのが分かる。


「今回の調査は……そのままなかったことにしても、いい、という判断が不可能では、ない」


「どういう、意味、ですか?」


 俺は、はっきりとテーブルの上のサイン本をなでて見せた。釘崎の視線が俺の手を追っている。


「これを書いたのはギルドとは関係ない人間だった、って話にしようじゃないか、ってことだな」

「あ……」


「キミが、あくまでも、自主的に、あくまでも、一身上の都合で、辞職するんであれば、この話は全部なかったことになって、そのまま秘密になる……そもそも、ほとんど知られてないんだろう? そんな格好でサイン会に出るくらいだし?」


 ……残念ながら、俺が全部鈴木に伝えるんだが、それはそれ、だ。


「さあ、どうする……? キミがどうすれば、誰のためにもいいかは、明らかなんだよね。それに、今なら、キミにとってもいい話ができなくもないんだが……」


 俺は、まっすぐに釘崎を見つめた。いろいろと秘密にしておきたい釘崎があきらめるまで、そう時間はかからなかった――。






 ――ふぅ、と息を吐いた部長が、俺を見上げた。


「……とりあえず、彼女の一件については、こちらはノータッチということでいこうか。いいね?」


「それは……いいんですか?」


「仕方ないだろう? 現段階では、辞職はあくまでも本人の意思なんだからな」


 俺に、疑わしそうな目を向けながら、部長はそう言った。


「我々としても職務上知り得た秘密を漏らす訳にはいかんだろう?」


「ええ、まあ。それはもちろん」


「つまり、監査部としては、それが秘密である限り、誰にも説明のしようがない。そして、本人も秘密にしたいのだから、誰にも伝わらない」


 釘崎が女子アタッカーや女子アタッカーに憧れる子たちのバイブルとも言われる『ドキ☆ラブ』の作者であるということは、今後も秘密になる、ということか。


「……ところで?」


「はい?」


「例の1DKの住み心地の確認ということで、ずいぶんと早くからヨモ大附属の出張所への応援を3課は決めたようだが?」


「はい。あの部屋のことは重要な案件だと認識していますので」


「まあ、何事も、ほどほどにな……向こうに気づかれるのもうまくないだろう?」


「はい。そのへんは気をつけたいと思います」


 ……少し早く動き過ぎたか。これは、部長にはかなり疑われてるな。まあ、どこにも証拠はないんだが。ただ、大学の方を探らせるのも、鈴木からの依頼とはいえ、そろそろ限界かもしれん。


 これで釘崎がクランを設立したことを部長が知ったら……いや。それだけなら問題はないのか。そのクランにあの鈴木が見習いアタッカーとしていずれはインターンで入るとなったら……。


 まあ、俺としても、知らないとしか言えないな。そのための、鈴木専用の別スマホでもあるし。そもそも、釘崎と鈴木の関係が良好だったことは、宝蔵院が断言するに違いない。俺との絡みはどこからも漏れることはない。


 ……それにしても鈴木のヤツ。どうしてそんなにクランの設立を急ぐんだろうな?


 俺はそんなことを考えながら部長のブースを出て、3課の自分の机へと戻るのだった。






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