173 鳳凰暦2020年7月6日 月曜日午後 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所
今日の僕はテスト終了後、学校内のギルド出張所前で待ち伏せをしている。
もちろん、待ち伏せ、などという行動が本来、人としてほめられるべきものではないということは認識している。
……まあ、今回はやむを得ないと言うべきか。
そもそも待ち伏せと言えば僕ではなく、平坂さんだろう。
テスト週間は、今朝も含めて毎朝、交差点で僕を待ち伏せしてる。カーブミラーで僕が来るタイミングに合わせて出てきてるから間違いない。
……平坂さんは、僕がカーブミラーを見てるとは思ってないんだろうか? いや、それよりも。
ひょっとして、僕、平坂さんの攻略、完了してる?
まさか、そんなことはない……気がするけど、どうなんだ? 待ち伏せされるとか絶対、変だろう?
そもそも僕は平坂さんとほとんど会話してな……いこともないか? ダンジョンでテンション上がってしゃべり倒した記憶が……ないこともない……?
あれ?
平坂さんって男嫌いキャラで、女の子だけのパーティーって設定から始ま……って、なんで僕とペアでダンジョンアタックしてるんだ?
え?
これはマジで攻略してる? いつの間に?
いや……待ち伏せされてるからってそう考えるのもどうなんだ? でも、あんな美少女に待ち伏せされたら普通は絶対に勘違いするだろう?
攻略情報狙い……というには、そういう感じはしない……。一緒にアタックしたから、見られたものはどうしようもないし。
今朝もクラン経営について話してるから、完全に情報狙いではないとは言えないけど、ダンジョンの話はゼロだ。クラン経営の話なんて、一般的なものがほとんどで、マル秘の話はしてない。
うーん……チュートリアルで平坂さんをクリアしたことないからなぁ。クリアしたら待ち伏せされたりするんだろうか? 掲示板でもそんな話は見たこともない気がする。待ち伏せとか仮にも聖女とか呼ばれる存在がすることじゃないし。
まあ、平坂さんも聖女とかじゃなくて、普通の女の子なのかもしれないからな……って、普通の女の子って待ち伏せとかするのか? そのへん、よく分からん。どうなんだ? 奈津美がそんなJKにはならないようにしないと……。
だがしかし。
これで平坂さんも攻略してるとしたら……設楽さんと合わせて、ヒロインふたり、攻略してしまったハーレム状態になってるという可能性が、ある。
そんなことになったら、クラスの男子のヘイトとか……向けられたとしてもどうにでもなるとはいえ、かなり面倒な気がするんだけど?
そういえば、第一テストから座席がそもそもヒロインズに囲まれてるな? 座席だけで言えば既にヒロインズハーレム状態ではある……。
……その後、推薦の男子たちに武闘会の予選に推薦されたけど、まさか、あれ、ヒロインズハーレムに対してヘイトを向けられてたってことなのか?
どっちかというと、『走る除け者たちの熱狂』の方のハーレム状態に向けられたヘイトだと思ってたんだけど?
え?
あのチュートリアルにハーレムルートとか、隠しルートで存在してたのか?
それとも、これもまた、DWがリアルになってしまったからなのか? おそるべしリアルダンジョンズワールド……。
なんでクリアしようとしてないのに攻略できてるのか、全然分からないから謎だらけなんだけど。
まさか鈴木って、ネームドのNPCだったとか? まあ……それは、ありうる。僕が知らないだけでそういう可能性は、ある。
もしかして、主人公がいなかった場合の、通常ルートがこれ……って流石にそんな訳ないか。
……そういえば、奈津美をなんとかするためにヒロインズと一緒に犬ダンに行ってしまってる記憶が色濃く残ってる気がしないでもない。
僕、そんなつもりもなく、ヒロインズのハーレムルートを進んでたりするのか?
まさか……。
弓ヒロインの浦上さんまでクリアしてないよ、な……?
そこまで考えて、いや、それは流石にないか、と自分を納得させた。
ちょうどそのタイミングで、お目当ての人物がギルド出張所から出てきた。大きな段ボール箱を持って。
その段ボール箱はちょっと中身がはみ出しているため、上のふたを閉められていない。前が見えにくいらしく、おそるおそるといった様子で歩いている。
なかなか運ぶのも大変そうだ。
僕は音もなくその人――先輩お姉さまである釘崎ひかり先輩だ。またの名をライトスパイク先生ともいう。光の釘、とは。隠す気があったのか、なかったのか。まあ、築地さんから聞くまで僕は気づかなかったけど――に接近し、抱えていた段ボールを奪い取った。
「うひぇっ! って、鈴木くん⁉」
いきなり段ボールを強奪された割には、変な反応だ。
「大変そうですからお持ちしますよ、先輩」
「あ、うん……ありがと」
僕は気にせず歩き始める。目的地は先輩お姉さまの家……つまり、ギルドの職員住宅だと思われるので、そっち方向へ。
「……ていうか、テスト中だよね? こんな時間まで学校にいたの?」
……流石に先輩お姉さまをここで待ち伏せしていたとは言えない。
「ええ、まあ。テストだけでなく、先生方に呼び出されたりとかもあるので」
「え? そうなの? 呼び出されても応じないって聞いたけど?」
「いったい誰から……」
いや。この人、ここの卒業生だったな。先生方とのパイプか。それも実は、相手に取材と知らせない取材なのかも。ちょっと怖いな。
「……まあ、明日も、放課後、学年主任の先生に呼び出されてますし」
「あ、佐原先生?」
そんな名前だったかも。
「でも、放課後だと呼び出しに応じないんでしょ?」
「テスト中ですから応じますよ」
内容があの件に関することだし、水曜までテストだからまだダンジョンに入れないし。ただ、呼び出された場所が……。
「普通はテスト中こそ、呼び出されたら嫌なはずなんだけど? 勉強時間が削られるし?」
「勉強時間はどうとでもなるでしょう?」
「いやいや、ダンジョンアタックの時間の方が融通は……って、そうか。鈴木くんは夕方4時から夜10時までアタックするようなブラックアタッカーだったね、そういえば」
「たかが6時間じゃないですか。ダンジョンによっては野営前提のような広いところ
もあるんですよ? ブラックアタッカーとか失礼だな」
ゲームのDWだと通常時8倍速で、3時間プレイでゲーム内で1日、6時間プレイでゲーム内で2日だった。イベントなんかだと最大で24倍速の設定になってたし。
「そういえば鈴木くんって首席だったね。勉強は楽勝な感じかぁ。うらやましい……」
「そこはまあ、そうかもしれません」
「否定とか謙遜とかしないんだ……まあ、勉強関係なく、たぶん、アタック成果の換金だけでも鈴木くんは圧倒的に首席だけどね……」
それもまた真実だ。
この前、いろいろとあって、一週間ほど全開でアタックしてかなりの金額を叩き出したのだ。その結果として、自分で稼いだ分と、ギルドから支払われる指名依頼の依頼料で、同学年の人たちが普通にアタックしている限り、どう足掻いても僕には追いつけない金額が確定した。
もちろん、勉強の方も手は抜かない。母さんがうるさくなるから。それで僕がアタッカーになれないように動くと面倒だし。
「それでも普通のヨモ大附属の子は、7校時まである日はお休みで、犬ダンには入らないんだよ?」
「6時間目と7時間目に実践の時間割が組まれる後期から、実践のある日だけ、ですよね?」
「そうそう。5時間目終わりからアタックできるからね。それも、4層まで進んで折り返す感じ。5層へ進んだ人たちも土日だけしか5層には行かないから。そもそも1年の前期から犬ダン入りなんて話は聞かないし」
「そういうもんですか」
「そういうもんです」
……この学校の方針としては、まあ、それが正しい姿ではある。それで十分に稼げるし、安全マージンとしても余裕がある。そして、確実に魔石が集まる。ギルドにとっても、政府にとっても、もっとも都合がいい形だ。
元の世界の日本と違って、基本的に魔石をエネルギー資源として輸出するくらいしか、稼ぎがないんだよな。それも、歴史的に見れば割と最近のことだし。
「……ダンジョンアタッカーというより、魔石採掘人って感じなんだよな」
「あー、そういうことを言う人もいるよね。でも、そのお陰でこの国は外貨を稼いで、豊かに暮らしていけるんだから。附属出身のアタッカーがいてこそのこの国だよ?」
ま、そこを否定してもしょうがない。僕は、もっと冒険したいと思うけどな。
こっちの世界は、第一次世界大戦後、植民地独立闘争は起きたけど、第二次世界大戦は起きていない。それに、この国は第一次世界大戦を中立でやり過ごした。
遠江時代に開国させられた流れは元の世界の幕末や明治時代とよく似ているけど、森永時代に植民地化されないように諸外国に学んで、植民地化されなかった……って主張する歴史学者もいる。
でも、実態としては、植民地化するほどの魅力が列強諸国には感じられなかっただけだ。その頃はまだ、魔石がエネルギー資源になるとは考えられてなかったから。
当時は、魔石で発電なんかできなかったという事実。
あと、軍人が個人として強かったことも、列強諸国が手を伸ばさなかった原因のひとつ。これもダンジョンの影響か。ダンジョンで鍛えるから個々の戦闘力が高かったらしい。
モーニン半島付近での大陸との間での二度の戦争を経験して、総力戦の非効率性に気付いたこの国は、第一次世界大戦での中立を選択する。
モーニン半島にも、大陸にも、この国は島国として独立が維持できる体制だけ確保できたら、そこを支配しようとは考えなかった。ある意味では元の世界よりも賢明な選択だったのかもしれない。
その後、この世界では第二次世界大戦は起きなかったので、この国は無傷で生き残る。でも、森永時代の改革で工業化は進められたけど、元の世界のような高度経済成長はなかった。元の世界の高度経済成長は第二次世界大戦との関連が強いってことか。もしくはゲームデザイナーがそう考えていた、というだけなのか……。
結果として……列強から転じた先進工業国とは違い、割と長い期間、微妙な国際的地位に甘んじることになる。
その状況を変えたのが魔石エネルギー革命だ。この国は、魔石エネルギー革命で大きく躍進していく。それが今のアタッカーの姿につながる。まるで炭鉱夫のようなアタッカーの姿に。
「……最近は産油国との棲み分けもできて、緊張状態もないですからね」
「魔石は電力しか確保できないもんね」
今のところは。今後、どういう研究が進んでいって、どういう利用方法が開発されるか、によるんだけどな。
とりあえず現状では、石油関係でできることはエネルギーとしての利用以外にも幅広い上に、航空機や大型の船舶なんかは魔石よりも石油エネルギーの方が効率がいいらしいから、そういう分野で棲み分けすることで、二酸化炭素を出さない魔石のエネルギー資源としての役割は国際的に認められてる。
……あ、こんな会話をしたい訳ではなかった。今日は、僕の目的のための重要な話があるんだ。
「……ところで、どうしたんです? こんなに大きな荷物を持って?」
「あー、それかー……」
先輩お姉さまが軽くため息を吐きながら首を何度か横に振った。
「いろいろ、あったんだよねー……」
知ってます。色々と、あったんですよね、築地さんと。
「実は、ギルドをやめることになっちゃってさ……」
「えっ? そうなんですか?」
一応、演技はしておく。バレないよな?
「じゃ、この先、お仕事とか、どうするんです? 確か、住んでるのも、ギルドの職員住宅でしたよね?」
「あははー、ほんと、どうしようか? 職員住宅の方は、一応、7月末までは大丈夫なんだけど。仕事はねぇ。仕事かぁ。どうしよう……」
そこですよ。仕事、どうしますか? お仕事なしで、ライトスパイクとしてそっちだけでやっていくのか、それとも……。
「……もし、先輩がよかったら、ですけど。実は、僕に、ちょっと、いい考えがあるんですけど、先輩、聞いてくれませんか?」
「え……?」
怪訝な顔をした先輩お姉さまを見て、僕は精一杯、微笑んだ。
……残念ながら、もう、逃がす気はありません。あなたはこれから僕のクランのクランリーダーとなるクラマスになってもらいます。
僕は自身でも最高だと自信を持って言えるプレゼンを先輩お姉さまに全力でアピールしたのだった。
この前、釘崎ひかりの名前で作り直した何枚もの書類を無駄にしないために。
もちろん、本気を出した僕に先輩お姉さまが無駄な抵抗をやめてうなずいたのは言うまでもない。




