156 鳳凰暦2020年6月29日 月曜日 昼休み 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所2階第1ミーティングルーム
こんなに大きな部屋でクランミーティング、ですか。
組織は拡大し続けるとは、お祖父さまからよく聞かされましたけれど……せっかく挑戦するのであれば、できるだけ大きくしようとは考えていましたけれど、ここまで大きくなっていくとは考えていませんでした。
何事も、想像の上をいく、というのもお祖父さまの口癖です。
私――平坂桃花は、ギルド2階の大きなミーティングルームの中で、そんなことを考えながら座っていました。
今日は、外村が3層魔石とボス魔石の交換について、彼と交渉しています。それをクランの全員で待っているのです。
……交渉には私も同席したいと申し出たにもかかわらず、外村は私を排除しました。彼を相手にすると私は役に立たないから、と。外村め……よくも……。
……いえ。彼が相手になると役に立たない自覚は私にもあるのです。昨日、彼の家を訪問した時もそうでした。
土曜日に色々と事件があり、やりきれない思いを抱えていたというのに、浦上が彼の家を訪ねるという提案をした途端、私はそこに心を奪われてしまいましたので。
ええ、ええ。役に立たないと言われても仕方がございません。
しかし。
しかし、です。
あの、ずっと入ることができなかった彼の家に入れるかもしれないという状況で、そのことに心を動かさずにいられるというのでしょうか。いえ、不可能です。そのようなことは。
彼は……どうしてなのか、いつも私の心を揺さぶるのです。昨日も、そうでした。
……一瞬でも、彼もその他の男子どもと、大人どもと同じなのか、と、疑ってしまった自分が恥ずかしいです。
彼が私を利用しようとしたのではなく、私が彼を利用するのなら、それをやり返されるのは当然のことでした。
私は、もっと自分の行動について省みるべきだったのです。そういうことをはっきりと私に指摘して下さるのですから、やはり彼は……特別なのです。
彼と……外村ぐらいですから、そういう人は。いつか……浦上や設楽も、そうなってくれるのでしょうか……外村のように……。
そこはともかくとして……素晴らしい出来事がありました。そう、久しぶりの彼とのダンジョンです。残念ながら、二人だけで彼をじっくりと観察するという訳にはいきませんでしたけれど。
あの、14条警告……私はまだまだ、ダンジョンが無法地帯であるということの本当の意味を理解していませんでした。
警告で追い払えるのだからそれでいいと、そう考えていた私はまだまだ甘かったのです。
警告されるというのは、既に違法行為をしているのだ、と。
そしてそれは、ダンジョンにおいては証拠を手にすることはできないがために、相手の武具を奪うことで正義の証明とする……つまりは、力こそが正義となる場所だということです。
彼は、不審な声かけをしてきた相手に対して、一切、容赦しませんでした。
それどころか、即座に陥れて排除しました。即座に、です。背筋が寒くなるほどに。
陥れる行為は法に触れるギリギリのところですけれど、不審な声かけは完全に違法行為です。
どちらがより悪かと考えれば、答えは明白です。不審な声かけは違法行為なのですから。
ただただ面倒な14条警告を減らす手段が、違法なアタッカーどもの積極的な排除とは……驚くと同時に納得でもありました。
いえ、そんなことよりも、あの、脇差とメイスで戦う姿です。一方的で、圧倒的な暴力だというのに、繊細で美しいと思ってしまうほどの正確で容赦のない狙い……。
10秒もかからずにひとつのパーティーを……4人を制圧してしまうのです。怖ろしく、手慣れていました……。
……あとはマジックポーチのことです。
確かに、マジックポーチがひとつあれば、正義の証明で回収した武具が邪魔になりません。こちらの話もすぐに納得しました。
この前は、私たちの状態を万全に保つために、被害に遭った女性に持たせていましたけれど、正直なところ、あんな目に遭ったばかりなのに荷物を持たせていることには罪悪感がありましたし。
女性を人として扱うことなく、欲望のはけ口としか見ないような連中です。即時排除も当然でしょう……。
「いや、流石に全部は有り得ないだろ?」
「有り得ないと思ったことが次々と起きてるじゃん。鈴木くんって」
「それは……そうかもしれないが……」
昨日の思い出に浸っている私を、クランメンバーの雑談の中に出た彼の名前が現実へと連れ戻します。
「100円損の交換分も含めて、2700個の3層魔石だぞ? いくらなんでもボス魔石135個は余ってないだろ?」
「まあ、おれたちのクランの力を結集した数だからな……交換した後に残った3層魔石は分配か、ボス魔石の分配に応じて数を調整するか……」
「それって外村さんのパーティー優先だよな? 平坂さんたちの犬ダンの話を聞いたら、それは仕方がないし」
「だが、先に渡す分、こっちにはどういうカバーをしてもらえるのかって話もしておかないと……」
外村は先週、クランで集めた魔石をほぼ全て3層魔石にすることで、2700個以上の3層魔石を用意しました。
それを彼との間で、ボス魔石の交換に利用するのです。3層魔石20個でボス魔石1個と割高ですけれど、ボス魔石は必要です。
外村が既に1組のクランメンバーを説得したので、ボス魔石との交換はクラン方針です。
ボス魔石135個は、1組のクランメンバーだけで計算すると……平日の放課後、5つのパーティーでの小鬼ダンへのアタック1回で、ボス戦2回になりますから、10個。
月曜から金曜までで50個ですね。厳密に、ボス部屋前でメンバーを組み直せばもう少し増やせるでしょう。
土日は2回目の複数パーティーでのアタックで20個ずつの40個ですから、1週間で90個というところですか。
犬ダンに挑む私たちのパーティーは今後、この計算の土日には入らないので……それを引いて82個。
今はボス部屋待ちを争う相手が少ないから、できることではあります。それは、私たちがキャリー数を自分たちで調整できているから、でもあります。
……ボス魔石135個は、およそ12日間分のボス魔石です。約2週間、クラン外の他のパーティーを引き離せる数になります。
私たちがクランとして12日間で集める数です。流石に彼でも135個ものボス魔石を用意するのは無理でしょう……。
こつんこつん、と入口の引き戸がノックされました。外村が来たようです。
入口近くに座っていた2組の鈴木が、カギを外して、外村を迎え入れます。そして、2組の鈴木は再び戸を閉めて、カギをかけました。
「どうだった? 何個、ボス魔石が手に入った?」
「おれたちの予想は30個だ」
「いや、それはお前の予想だろ。オレは27個って計算だった」
「だいたい30個だろ?」
「いろいろ考えた結果の27個だ。テスト週間とか」
彼との交換で手に入るボス魔石の数を予想して楽しんでいたのですか。まあ、そういうちょっとしたことで盛り上がれる男子というものは、本当に子どもです。
外村が私の隣に座って、かつて私が彼と一緒に朝の共同作業をしていた時にもよく見た、彼が渡してくれる魔石用の袋をゴトリ、と机に置きました。さらに、ゴトリ、ゴトリ、と音が2度、続きました。
一瞬、あの朝の素敵な観察時間を思い出して幸せな気持ちになりかけましたけれど、そういう気持ちを抑え込まなければならない状況のようです。彼からの袋が、3つ、ですか?
「……135個」
外村が珍しく、ぼそり、と小さな声で言いました。
「え?」
「何?」
「もう一回言って、外村さん? このミーティングルーム、広くて……」
確かに、これまでとは違い、2組の新メンバーも加えて、一番大きなミーティングルームをクランミーティングで使うようになりました。
「だから」
外村は少しうつむいたまま、さっきよりは少しだけ大き目の声を出しました。
「135個、全部。3層魔石2700個、全部、持ってかれたっしょ……」
「嘘だろ!」
ガタっと音を立てて、飯干が立ち上がりました。
「嘘ついてどーすんの? この袋に、50個、50個、35個で、全部で135個あるっしょ。したっけ、あたし、もう、鈴木くんには絶対に余計な手出しとか、しないから」
「は……? 外村さん……?」
「実力が違い過ぎるっしょ。あの金額の話で分かってたつもりだったけど、それでも135個はムリって決めつけてたのに、あっさり取り出してきてさ……」
「本当に……135個、なのか?」
「有り得ないだろ……?」
「……自分たちの分を納品して、その余りだろ? そんな馬鹿な?」
……確かに、驚きです。彼でもそれは無理なのではないかと、私も考えていました。まさか、外村の、あの、しつこいくらいの反骨心を折ってしまうほどとは。
「……僕たちも、事実は、受け止めようよ」
「光島?」
「あの外村さんがそこまで言うんだから、本当に鈴木くんはすごいんだってこと」
「いや、そりゃ……」
「だから、走るダンジョンアタックなんじゃないかな?」
「は?」
「いや、それはどうなんだ? 光島?」
「あの……僕が発言しても、いいかな?」
そう前置きをして手を上げたのは2組の鈴木でした。
「鈴木、どうした?」
「鈴木カブりが面倒だな」
「そういうこと言うな。どうしようもないだろう?」
「鈴木、言いたいことは言っていい。ウチのクランはそういう雰囲気でやりたいから」
「ありがとう。走るダンジョンアタックは、2組で実際にやってみた人たちがいて、結局、アタック時間の短縮と、ロッカー棟のシャワーが空いてるって結論が出てたよ」
「そうなのか……」
「まあ、確かに、としか……」
「ウチらにしてみたらシャワーは超重要なんだけど……」
そこで光島が首を大きく振りました。再び光島に注目が集まります。
「……僕たちがやってる、クランアタック……というか、土日の複数パーティーアタックでの2回目って、ボス魔石を増やすためだよね?」
「浦上さんがナイスアイデアで言ってくれたからな」
「僕たちは、1回目はそれぞれのパーティーでのアタック、2回目は合同アタックにしてるけど、それを最初から合同アタック、またはクラン全体でのアタックにしたとしたら?」
「それは……」
「ボス魔石が増やせても、他の魔石、特に3層魔石が減ったら収入が下がるから、ダメだろう?」
「いや。そうじゃない。光島が言ったやり方なら、ボス魔石だけに絞れば……」
「平日の月金まで5日間は2回のアタックで、ボス戦4回。もしくはソロの実力者がいるなら、もっと増やせるかも。土日は言うまでもないよね?」
「……鈴木くんのボス魔石が多いのは、走るダンジョンアタックとクランアタックの掛け合わせってこと?」
「なるほど……だが、なんで光島は鈴木のやり方に気づいたんだ?」
「あれだよ……矢崎さんの時の。鈴木くんがゴブ魔石100個に届いてないって話」
「あれか……」
「あのせいでオレは……」
「ボス魔石狙いで、完全にいつもクランアタックなら、他の魔石は少なくなるんじゃないかって思ったんだ。人数が多いと、分配は少なくなると思うし」
「そういうことか……」
「鈴木はゴブ魔石もろくに集められないんじゃなくて、ボス魔石だけを狙ってたってことかよ……そんなん予想できねぇだろ……」
「……ええと、自由に発言していいってことだから、今、言うタイミングじゃない気がするけど、僕のことはタカシって呼んでもらうってことでいいかな? 話、聞いてて、鈴木カブりが自分でもなんか、どんどんキツくなってきたし……」
「あ、ああ、そうだな、これからはタカシって呼ばせてもらうわ。いろいろスマン」
「じゃない方がじゃない気がするって言った……」
「だからそういうこと言わないの」
……光島の予想は面白いけれども、それだけではなく、朝のアタックも関係しているのでしょう。
ただ、それでも、135個には届かない気もします。余りが、135個なのです。自分たちの納品分は別として。
高千穂たちも含めて……今は、9人の1年生がいるのではないでしょうか……自分たちの分で450個、必要だというのに……135個も余るはずが……。
ひょっとして、バスタードソードのように、他にも何か、彼は攻略情報を握っているのではないでしょうか?
その可能性が高い気がします……。
「じゃあ、あたしたちも走るの?」
「ダメダメ。2組でも、走って落とし穴に落ちたって話はあったよ」
「あ、そんな話が?」
「1組には知られたくないみたいな感じ、あるから。ウチらのクラス」
「あー、そーゆー。ライバル的な」
「1層の最後らへんの落とし穴と、2層の途中の落とし穴だったかな? 確かに気を付ければ走れるのかもしれないけど、リスクもあるよ。落ちたら救出に時間はかかるし、怪我もするし」
「確かに、そうかもしれない。まあ、おれたちは今、他よりもリードしてるから、ダンジョンでの基本を外してまでやる必要はないかもな」
「どっちにしろ、犬ダンみたいな迷路だと走れないだろ? 小鬼ダンだけしかできない技なら、やる必要もない」
2組からの新メンバーも、2組の鈴木の影響なのか、少しずつ、発言し始めました。
私はちらりと設楽に目を向けました。そうすると設楽と目が合いました。設楽が小さく横に首を振っています。あれは、しゃべりません、という意味でしょう。
……それよりも、彼です。14条警告でも、彼の発想は誰とも違う気がしました。この、ボス魔石についても、やはり何か秘密があるような気がします。
ただ、私たちのパーティーは既に犬ダンへ抜けていますから、そこまで追及するような秘密でもないのかもしれません。できれば、彼と秘密の共有はたくさんしたいのですけれど……。




