155 鳳凰暦2020年6月28日 日曜日夜 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所
『……まあ、という訳で、そんな感じ』
「嘘でしょ。30人以上って……」
『いやいや、本当だってば。ギルマス含めて、ギルド職員ほぼ総出で犬ダンの1層の中、ぐるっと回って回収してきたから、その人たち。いや~、流石、彼、すごいわね~。見事な大掃除。今日はゴミ出しの日だったみたいね。殺さずに、それでいて完璧に潰してるんだから』
私――宝蔵院麗子は今、阿部さんからの電話を受けている。アレが犬ダンの1層で大暴れしたという内容だ。
『もちろん、正義の証明も完璧。むしろ、今まで、どうしてあーゆー連中と絡んでなかったのかが不思議なくらい。あれだけ犬ダンに入ってるのにね?』
「まさか、ストレス発散とか?」
『あー、そういうの、あるかもしんない。でも、だからって問題はないのが、ダンジョンの中だからね。彼にやられた連中も色々と言い訳してたけど、正義の証明がある限り、彼が罪に問われることはないし。証言が証拠にならないのがダンジョンだからね』
「阿部さん……それはそうかもしれないけど……」
『とにかく、残業確定で学校への報告書、お願いね。明日からテスト週間だし、明後日からは釘崎ちゃんと交代でお休みなんでしょ? そんじゃ報告書、頑張ってねー』
「あ、ちょっと……」
呼び止めたのに阿部さんは電話を切ってしまった。
……昨日は昨日で、女の子3人のパーティーが14条関係で対人戦をして制圧したって報告書を学校には提出してる。それを二日連続で? しかも今度はアレ?
30人以上って、何? どういうことなの? 昨日の7人でもかなり驚いたのに。
……いえ。アレが30人以上、犬ダンの1層でぶちのめしたとしても、それはおそらく事実で間違いない。アレにはそれだけの強さはある。
既に豚ダンのクリア――Dランク資格保持での、Fランクだ。
本来なら、ギルドとして特別な理由もなく犬ダンへの出入りすることはお断りする段階なのに、アレが同時に高校生、しかもヨモ大附属の生徒ということもあって、犬ダンへの出入りを拒否するのが現状は難しいという……。
当然、Gランクごときが、またはただのFランク程度が、ダンジョン内でアレの相手になるはずがない。
……なんとかアレを犬ダンについては立入禁止に……は、やっぱり無理か。ヨモ大附属の生徒だってことが、そこに踏み込ませない。一緒に組んでる生徒が……あれ? そういえば、他の子も豚ダンのボス魔石を? 換金していたような?
いえ。それでも、附属の誰と組むかはわからないから、アレの犬ダンを禁止するのはやりすぎになるだろう。
とにかく、佐原先生に報告書を出して……。
あー、もう。
今回の件は、とんでもない話ではあるけど、ありがたい話でもある。阿部さんの言う通り、大掃除でゴミ出しなのだ。
アレにやられた連中はみんな、阿部さんによると、大怪我で、復帰が難しいレベルらしい。たかがGランクにハイヒール用の属性魔石を使うような治療費は払えるはずがない。それぐらい安定して稼いでいたら、犬ダンで不審な声かけなんかやってないはずだ。
クラン名を出したような者がいた場合、さらに多くの底辺アタッカーが逮捕される可能性もある。
アレが正義の証明を完璧にこなしているのなら、被害者……いえ、被害者とも言えないわね。何と呼ぶべきなの? 犠牲者? これも違う気がする。被疑者、でいいのかしら?
とにかく、被疑者は、簡易裁判で、医療刑務所から、治療後に刑務所で、治療費を返すまで懲役……懲役年数によっては治療費を返せないかも……。
14条関係だと、3年から7年だったような。余罪がなければ3年かしら? 余罪はあっても証拠はないのでしょうけれど。
そういう輩がいなくなるのは、犬ダンにとっては幸いだと言えるのもまた事実ではある。本当に。絶滅することはないだろうし、いずれまた増殖するんだろうけれど。ダンジョンが今のままである限りは。
……アレが役立ったと思えるなんて、初めてかも。
まあ、そのきっかけが本人のストレス解消とかいう可能性は捨てきれないけれど。
大怪我で復帰できないという以前に、14条違反でダンジョンカードは剥奪されて、ダンジョンに入れなくなる。
それでダンジョン内の治安が少しは良くなるでしょうし。
ただ、そういう輩が、ダンジョンに入れなくなって、将来的には、普通に街中で犯罪に手を出す可能性が高いというのは……いっそ死ねばいい、なんて。
ギルド職員なら、口には出さなくても、心でみんな思ってるわよね。14条じゃなくてもっと……とか。
最大の7年になるのは珍しいし、そうすると治療費が払えずに、再犯率は高くなって……はぁ……。
至る所にカメラがある現代の監視社会だと、ダンジョン外での犯罪はかなり高い確率で捕まるとはいえ……誰かが犠牲になる訳で……。
……いくら考えても、私に解決できる問題ではない。そう、切り捨てるしかない。
報告書、報告書……。
はぁ……。
あ、アレの担当は釘崎さんなんだから、この報告書は釘崎さんに任せ……って、今日はもう帰ったわね。
学校祭関係で忙しくさせたし、アレの不正監視で残業が連続だったこともあるし。
はぁ……。
……夏の間引き、陵は来るのかしらね。相変わらず、特に何の連絡もないけれど。
私は報告書を作るために手を動かしながら、そんなことを考えて少しだけ現実逃避をしたのだった。




