115 鳳凰暦2020年6月13日 土曜日午後 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所3階第3ミーティングルーム
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はぁ、というため息が聞こえた方を見た私――浦上姫乃は、そこにいた外村と目が合った。つい、すぐに目をそらしてしまう。
「何、浦上? フツー、そんな感じで目をそらす? ないっしょ? そーゆー態度ってないっしょ?」
外村の口調が尖ってしまった。失敗だった。
……同じパーティーの時にいろいろとやり込められたトラウマのせいか、どうしても、外村に対する苦手意識が抜けない。スタミナ切れにさせられた上で色々と罵倒されたのだから、それも仕方がないのだと思いたい。
いろいろと言いたいことはあるが、外村がみんなのために行動する人だということは、今では私も理解しているのだ。まあ、外村の場合は必ずしも、それだけではないのだが……。
「……ため息が、珍しいと思ったの。それだけ」
「そう? そんなことないっしょ? 何? あたしのため息、ウザかった? ねえ、ウザかった? そんなにウザかった?」
「トム、浦上さんに絡むのやめなさい。それ、悪いクセだから。今は間違いなくトムの方がウザいし。それより、何かあった?」
平坂が外村を止めてくれた。助かった。
まだクランミーティングが始まる前だ。メンバーは半分も集まってない。あのまま絡まれたら、かなり辛かったに違いない。
「さっき聞いたんだけどさ……2組の利尻のパーティー……2組のトップパーティーなんだけど、午前中にボス戦に挑んで、4人中3人がかなり酷い怪我。なんとかボスは倒せたみたいだけど、保健室に血だらけで入っていって、ヒールを受けたって。あたし、ここに来るまでにボス戦キャリーのお願い、3回も聞いたんだけど? あれ、予約のつもりっしょ。たぶん、利尻たちの噂がもう流れてるっしょ?」
「まあ、あの叫びを初めて聞いたら……そうなるだろうな……」
「またボスのキャリーかぁ……引き受けたくないというよりは、そればっかりはやってられないって感じかな」
「中には先輩に頼んだ子もいたみたいなんだけど、やっぱりその日の魔石全部って言われたって。あ、魔石以外のドロップも。あれば全部だってさ。伝統だけど」
「うわー、それは欲張り過ぎと思うなー」
設楽が目を見開いてそう言った。
「設楽さんはそう言うけどね、先輩たちはもう外ダンで稼いでるから、小鬼ダンには用がないっていうか、稼げないっていうか。先生たちも先輩が小鬼ダンに入るの、嫌がるし。それと、後輩でもやっぱり追いつかれたくないってのもあるっしょ。犬ダンだと小鬼ダンの倍ぐらいは簡単に稼げるみたいなんだよねー。そりゃ、小鬼ダンのボス戦キャリーなんか、魔石の総取りでもしないと、やってらんないっしょ」
「本気でボス戦に進むつもりなら、それくらいの支払いは必要なんだよ、本当は。今年は、私たちがかなり親切に設定してるのかもね。別に安売りをしてる訳じゃないんだけど」
「そうなんだ……」
「先輩たちに頼むのは、カツアゲキャリーって言われてるな。ある意味で、ウチの学校の伝統だ」
「カツアゲとか嫌な伝統だな、おい」
「キャリーなしで大怪我するよりいいだろ?」
「確かにそーかも……」
設楽が素直に納得する。
しかし、本当のところはどうだろうか。
例えば私たちの小鬼ダンへのアタックは、土日なら一人2万円ぐらい、つまり魔石全部と言われたら6万円だ。設楽の言う通り、欲張り過ぎではないだろうか。いえ、最低限の最短コースなら、もっと少ないか……。
「まあ、ボス戦で保健室行きがこれで2回目だから、無理するパーティーは減るはずだし」
「もうキャリーなしで入らないんじゃないか? 馬鹿じゃないんだからさ」
「正しく判断して無理しない分、お安くキャリーできそーなあたしたちに頼もうとするって悪循環が、ね……」
「あー、そういうことなんだな。まあ、そーなるよな」
「別に安くはないんだが、じっくり比較検討する気もないんだろうな」
「先輩たちのカツアゲキャリーは、1回でパーメンの4人、一度にキャリーするはずだからな。おれたちの一人ずつのキャリーとは違う」
「……その日の魔石とか全部で4人分の料金ってこと?」
「おれたちは一人1回で3層魔石15個、7500円分だろ? 最短でボス部屋なら2万ちょいで4人分だから、実際はおれたちの方が高いというカラクリ」
「自分たちの手元にドロップが残るから、それが完全にゼロになるよりもイメージ的に安く感じるだけ、だな」
「ボス部屋前に一人残して帰るから、帰りの分のドロップも考えると、こっちに払った分が安く思えるんだ」
「あー、なるほど。先輩たちのキャリーだと、そこも含めて奪われるような印象があるんだね……」
「実際にはキャリーされるとボス部屋から転移するから、そもそも手に入らない分なんだが」
「先輩たちだとキャリーしてもらえる曜日が限られるけど、おれたちの場合は毎日でもできるってところも大きいかもな。先輩が犬ダンに行く日にはキャリーとかしてもらえないし」
「……まあ、あたしらのキャリーが人気なのはともかくとして、実際、今は引き受けられないっしょ?」
「まあ、そうだな」
「そこをどうすんのって問題っしょ」
「あー、そうか」
「予約受付とか? それもキリがないけど……」
「……3層の魔石、換金せずに貯めておくように言うのは、どう?」
私は思いついたことを言った。
今、すぐには、ボス戦キャリーはできないが、いずれできるようになった時のために、準備しておいてもらう。3層魔石での支払いの準備を、だ。もちろん、そうすることで……。
「あ、それ、アリだね。納品数が減るし」
……外村がにやりと笑った。アリ、のポイントが、相手の納品が減ること、つまり成績が下がること、というのが外村らしくて、思わず微笑んだ。ため息よりもずっと、外村らしい。
私もかなり、外村に毒されている気が、しないでも、ない。




