102 鳳凰暦2020年6月9日 火曜日夕刻 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所
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『それで、築地は何か言ってなかったか?』
「いえ、特には。架空取引の疑いをかけられるのもこれで3回目なので。どちらかといえば、私に同情して下さっていたと思います」
能美支部長からという珍しい電話に応じながら、私――宝蔵院麗子は、心が激しく揺さぶられるのを悟られないように必死だった。
昨日の午前中に、また平坂にやってきた中央本部の築地さんは、私の架空取引の疑惑を払拭してくれた。だが、おそらく、それは表の仕事だ。
築地さんは今回、裏で、アレの調査に入ったに違いない。
そして、今、犬ダンで築地さんの24時間アラートが出た。
犬ダンのような初心者用のダンジョンで、かつ、1日以内でクリアが可能なダンジョンでは、ダンジョン内の滞在時間が24時間を過ぎるとギルドでアラートが鳴り響く。
この段階でアタッカーには注意喚起と救出の呼びかけが行われる。
これは犬ダンであれば、48時間アラートでFランクの捜索隊、72時間アラートでEランクの捜索隊と、24時間ごとにアラートとレベルアップしていく対応が続いて、96時間のアラートを最後に、鳴らなくなる。
最終確認でギルド職員が、形だけ、ダンジョン入りして終わり、だ。
捜索隊は一人5万円が支給されるが……実態として、引き受けても捜索はしないのが現状だ。分かっていても、それを咎められない。
5万円をお小遣いとして懐に収め、犬ダンでコボルトを狩ってお小遣いを増やす。FランクやEランクにとって、犬ダンは大して稼げるダンジョンではないから。
ギルド貢献ポイント目当てだが、実際に貢献はしない。この仕組みを改善したいけど、今はそんな時間はない。
ギルドとしても、何もしていない、と言われないための捜索隊だ。実際に、捜索という点については何もしないのだから笑えない。責任は果たしました、というアピール。
政府も、ギルドも、底辺アタッカーの死亡事故は、本音ではどこか、歓迎している。絶対に、口には出さないけれども。
犯罪者が……または、未来の犯罪者が一人減った、と。そういう感覚なのだ。
初心者ダンジョンの浅層は犯罪者の巣窟。無法地帯。底辺アタッカーは犯罪者もしくはその予備軍。社会保障関係費を食い荒らす害虫。それが政府やギルドの隠された共通認識。
犬ダンで捜索するアタッカーたちが真面目に築地さんを探すはずがない。それを政府もギルドも容認しているのだ。
私が、グラマスに直接、報告書を送ったことが……中央本部へアレの情報を流したことが……築地さんがこうなった原因だったとしたら……。
いえ。もう、その可能性が高いとしか思えない。
報告書はアレの豚ダンの攻略に関する、効果的な攻略情報の存在を示唆する内容だった。豚ダンはDランク資格に関わるダンジョンだ。グラマスが目を付けないはずがない。それは、私も意識して報告書を出したのだ。
粗暴なアタッカーに対処するギルド職員は、自身がそのアタッカーよりも弱いと話にならない。ギルド職員のランクを高めることは、ギルド発足以来、ずっとギルドが抱えている大きな課題だ。
それなのに、築地さんはなぜか豚ダンではなく犬ダンへと入り、同じタイミングでアレが不正監視依頼による確認を受けてから犬ダンへと入っている。これで無関係なはずがない。
『あいつは元Dランクだから、犬ダンで何かがあるとは思えん』
「それは……」
『いくら脳筋と言われるオレでも、このタイミングで築地が犬ダンに入って、しかも行方不明となったら、いろいろと考えるぞ? そもそもあいつはダンジョンに自分から入るようなヤツじゃない』
「能美支部長……」
『同じタイミングで附属高の鈴木が犬ダン入りしてる。おまえだってわかるだろう、宝蔵院? 中央じゃ『一億円の高校生』って呼ばれてるヤツだ』
「……」
『いいか。疑いとか、可能性とかじゃ、何もできん。築地が誰に命令されて動いてたかはわからんが、このままだと切り捨てられる。あいつにはオレと違って可愛い奥さんと娘がいるんだ』
「切り捨て、られる……?」
『昨日、鈴木は、わずか6時間足らずのアタックで600万近い、いや、実質、600万を超える換金額を叩き出した。金の延板は換金してないからな。計算は苦手なオレでも、それがトップランカーの数字だってことはわかるぞ』
ゾクリ、と背筋が凍りそうな気がした。
1日で、わずか6時間で600万。5日で3000万。4週間をひと月として20日で1億2000万。1年なら軽く10億を超える。国内なら――それはもう、アイツと同じ領域。本当のトップランカーが稼ぐ金額だ。
このまま稼ぎ続けたら、高校1年生にして、日本ランクが5位以内どころか……いえ。1位はないとしても2位に入るかもしれない。IDAAの国際クエストも受けずに……?
ランキングリストに高校生の名前は載らないとしても、それが誰なのかはわかる者にはすぐにわかる。
むしろ、そんな上位に『SECRET』という表記があったら目立って仕方がない。かつて、高校生だった陵がそうだったように……いえ。陵でもせいぜいトリプルだった……。
……今は陵のことを考えてる場合じゃない。
おそらくグラマスの特命を受けて、築地さんはそのアレを追跡したはず。それは明らかな攻略情報の奪取という違法行為。
そうなると、生き残ったとしても、もし築地さんがアレにギルド共々訴えられたら……10年? いえ。アレはまだ高校生。最低でも12年で、既にトップランカーの実力があると判断されたら活動期間も通常よりも長いか……だとすると15年とか20年で計算して、150億とか、200億とかの損害賠償が発生することに……。
その金額の攻略情報なら確実に……もっと少ない金額でも、ダンジョン内での殺人ですら、無罪になるのが判例で確定してる……それくらいアタッカーの攻略情報の取り扱いには注意が必要なのだ。アレを高校生と甘く見て失敗した私には、痛いほど、わかる……。
それだけじゃない。そんなことが裁判で争われたら、ギルド全体が、トップランカーからの信頼を失いかねない事態に陥ってしまう……。
トップランカーがギルドから離れて、企業の専属アタッカーとかに移籍するのは……ギルドの危機になりかねない……。
助けられたとしても築地さんは……いえ。今はそんなことを考えても仕方がない。
そもそも、このまま築地さんが行方不明のまま、時間が経てば、鈴木は「知らない」と言うだけで何の罪も背負わない。
映像機器や通信機器、録音機器が動かないダンジョン内で何があったかなんて、誰にもわからないのだから。だからこそ、ダンジョンは無法地帯になっているのだから。
その原因が私の報告書?
いえ。そんな心配より、今はとにかく築地さんの……。
『いいか、宝蔵院。救出依頼は低ランクの利権が絡むから今はまだギルドとしては動けん。だが、最後の、96時間アラートが鳴ったら……』
「はい……」
『オレは本気で……全力で犬ダンに入る。形だけの入ダンとか、有り得ん。おまえも付き合え、宝蔵院。築地にはいろいろと助けてもらってんだろ?』
「はい……」
『陵の高校時代の相棒さんよ。腕を鈍らせてないか?』
「当然です……」
この時、私は、責任感と罪悪感から、能美支部長と心中する覚悟を決めた。




