71 鳳凰暦2020年5月25日 月曜日午後 国立ヨモツ大学附属高等学校校長室
相生蒼尉初商業化、リアリア最新作『RDW+RTA-H&M』、連載スタート記念日複数回更新(4回目)"ぎ"
わし――佐原秀樹は、情報開示請求によって入手した情報をタブレットで校長室に持ち込んだ。
附属高でそのまま確認できる小鬼ダンジョンとゴブリン関係の魔石やその他の小鬼ダンジョンでのドロップ以外の、外ダンジョンでの情報も、これで手に入った。
「……鈴木は、この昼休みに1000万以上の換金、ですか?」
「やはり鈴木くんは規格外ですね」
生徒指導主任の岩崎先生が鈴木の換金に注目して、その言葉に校長が応じた。
「そこが目立つのでどうしても目がいくのはわかるが、鈴木はそれよりも、ダンジョンの入退場記録の方が重要だろう。まず、朝の6時に豚ダン、それから7時45分に小鬼ダン。中には昼休みに小鬼ダンに入ってる日もある。さらに、放課後は豚ダンや小鬼ダンに入って、19時以降に犬ダン。おまえはどれだけダンジョンに入ってるんだ、と叫びそうになる」
「……今、まさにそう叫びそうになりましたよ、佐原先生」
そう言った岩崎先生がため息を吐いた。
「これ、1年1組の、例の件、マズくないですか?」
……マズいに決まってる。
そもそも、この前の下北の一件でのすれ違いも、1組のこの問題が新たに起きてしまったがために、それ以前の報告がざっと流されてしまったから、報連相に乱れが出たんだ。
つまり、全てがまるで鈴木の掌の上、か。まさか、そこまで全部がわざとじゃなかろうな?
「……そこはギルドの釘崎が鈴木を説得してくれて、6月末の支払いについては支払総額の1%になった。後は卒業後までに利子を付けて、だと。どう説得したのかは聞いとらんが、とにかく釘崎はいい仕事をしてくれたよ」
……おそらく、利子の分だけ収入が増える、とか、そういう話だろうな。
「釘崎さんですか。卒業しても頑張っているようですね」
校長は何かを思い出すように、にこりと笑った。その思い出にはわしも心当たりがある。あれも変わった子だった。苦労人だ。色々と。
「……しかし、まともな感覚ではこれだけダンジョンには入れないでしょうね。鈴木くんは、本当にトップランカーを目指していると伝わります」
「校長は鈴木に好意的過ぎますな。単にたくさん稼ぎたい、それだけでしょう」
わしは吐き捨てるようにそう言った。
「攻略情報の取引で十分にお金は稼げるでしょう? アタッカーとしての自分を高めたいという思いがここに込められている気がしますよ、私は」
「……鈴木以外にも目を向けて下さい。特に、新しく加わった3人。3年の下北、1年3組の那智と端島です」
「……下北が3年では初の犬ダンクリア者になってますね? その二人の1年もクリアか。それに日曜日は豚ダンで、オークの魔石も換金してるな? 1年の方が3年よりも犬ダンクリア者が多いって、本当にいろいろとおかしいんだが……いや、そもそも、下北がその子たちのサポートに入った理由って、学年最下位……それが犬ダンをクリアして豚ダンに……?」
「今回の記録は日付が違うからデータにないが、鈴木と、そのペアの岡山は豚ダンを既にクリアしとるぞ、岩崎先生」
「は……?」
わしの言葉で岩崎先生が固まった。
「……豚ダンジョンで放課後に稼ぐ、というスタンス……これが、鈴木くんが考えている、『特進コース』の形なのでしょうね」
「あそこは1層が7層格で魔石ひとつが7000円、その20%が学校のものになるとして1400円ですな。もし、5回戦って折り返すとして、1日一人魔石7個と考えても、約1万円が学校に入ります。『特進コース』が5人なら5万円、10人なら10万円ですから、年間250日として、一人あたり250万円、10人で2500万円が学校に入ってくる金額になる。鈴木は年間で約8000万と言ったから、『特進コース』が各学年10人での3学年で、ざっと7500万円になる」
「8000万円は十分に可能な範囲の金額になりますか」
「今週の放課後の成果によりますが、鈴木の言う通り、8000万円を最低限で計算しとるんでしょう。少なくとも、この日曜日の分と考えられるオーク魔石は18個ずつ、換金されとる。これは入退場を確認したら4時間のアタックだ。放課後の2時間なら半分の9個は可能だろうし、そうなるともう、平日以外に土日もあることを考えれば、8000万は余裕で超えるでしょうな」
「……あの、妄言としか思えなかった鈴木の8億円ってのは、本気、だったんですね」
「私たちはそれを下北さんに背負わせる可能性がありました。本当に、気を付けなければなりません」
「はい。気をつけます……あ!」
岩崎先生が目と口を大きく開いて固まった。
「どうした、岩崎先生?」
「……あ、いえ。下北の換金が、これを見ると、コボルト魔石とオーク魔石で50万近いんですが……これが続くとなると、その……」
「下北さんの収入が増えるのは、今回の一件でいろいろあったことを考えれば、彼女にとっては幸運だったのではないですか?」
校長先生が首を傾げた。
「下北にはいいことですが、その、彼女は生徒会長なので……」
「ああ、生徒会活動での、ギルドクエスト扱いでの補償金の支払いか……これまでの換金額を活動可能日数で平均してその……1.6倍、だったか? 確かに、鈴木と一緒に活動して、換金額を増やしていくとなるとそれは……今はまだしも、1か月後や2か月後は……」
「現在の予算では、厳しいかもしれませんね……予備費を動かせるように手配しておきましょう」
岩崎先生の真っ青な顔を見た校長が神妙な顔でそう答えた。
「……もし、もしも、ですよ? 鈴木が、今、やってることを、もっとたくさんの生徒に広めたりしたら……これを見ると、この那智と端島ですが、ゴブリンの魔石、最低限ぐらいですよね? つまり学校の収入となる部分はほとんど換金せずに、外のダンジョンで荒稼ぎする訳でして、それが拡大すると、いろいろと問題があるんじゃないですか?」
「……そういう意味でも、鈴木くんの『特進コース』の計画は、協力して受け入れる方がいいでしょうね。鈴木くんの攻略情報の拡大を『特進コース』だけに制限できますし、『特進コース』からは学校へ外のダンジョンの魔石から収入が入ります。『特進コース』を設置すれば、岩崎先生が心配している内容は問題がなくなります」
「それを全部ひっくるめて『特進コース』を考えてるとしたら鈴木ってヤツは……」
「……いや、どうかな? 鈴木がこれを誰かに広める姿は想像できんのだが……?」
「しかし、佐原先生、実際に、今、鈴木は10人で活動してますし」
「その、今、鈴木の仲間になっとる連中は、みんな、1年ではいろいろあった子たちで……」
わしは、一人ひとり、どういうことがあったか、岩崎先生に説明した。
「……あの武器ロストの子とか……3組で苦労した子とか……そこだけ聞いてると、あの鈴木がものすごくいいヤツに聞こえてくるんですが? この前の姿からは想像できない……」
岩崎先生がゆっくりと首を横に振った。わしもそう思う。
「私は彼が優しい生徒だと今も疑っておりませんよ」
校長はそう言って微笑んだ。
わしは断言する。別に鈴木のあれは優しさからではないとわしは思う。
ただ、その結果として、救われている生徒がいることは確かで、それを否定するつもりはない。
わしも、あの時、なんとか鈴木に矢崎を助けてほしいと思ったのだから。




