21 鳳凰暦2020年4月15日 水曜日昼休み 国立ヨモツ大学附属高等学校1年1組
あたし――設楽真鈴はちらりと廊下側、一番前の座席を見る。
……今日もいない。さっさと教室を出て行った。
「どしたの?」
「いやー、鈴木くん、今日もいないなーと思って」
「あー、そうだねー」
「ほら、鈴木くんもお弁当だよね。なのにいっつもいないから気になって」
「昼は訓練場とか行ってるって聞いたかなー」
「そうなんだ。ね、平坂さんは、附中のお弁当の時、一人でさみしくなかったの?」
「あー、そこかー。あのね、附中は給食だからみんなと一緒に教室で食べてた」
「えー、そうだったんだ」
「あ、あと、附属高は、寮生じゃなくても学食は使えるよ?」
「え、そうなんだ?」
「ガイダンスブックをちゃんと読もうねー」
くすくすと平坂さんが笑う。二日目のカラオケの後、一緒に帰ってからは親しくしてくれてる。二日目の昼休みはある意味で辛かったもん。二人っきりの教室で、お互い自分の机で、だまーってお弁当食べてるの。学食から戻ってきた人のお陰で空気が和んでめっちゃ安心したし。
「でも、まー、附属高の方針を考えたら、地元民の有利さを捨てる必要はないよねー」
「寮費五千円、生徒会費千円、その他個人で使用したものについては、ダンジョンで得た収入をもって支払い、それが不能となったら退学とする、だっけ?」
「1年生で、武器ロストして、退学RTAって言われてる子がもう既にいるしねー」
「え、そんな子、いるの?」
「いるよ、4組。ま、私たち地元民は寮費の分、有利だもんねー」
「学食もダンジョンカードで?」
「もちろん。学食にするの?」
「……しない」
「だよねー」
「あ、でも、鈴木くんが学食とは思えないかな?」
「え、なんでなんでなんで? 鈴木くんのこと、そんなに知ってるの? どうしてなの?」
「だって鈴木くん、中学では最速の守銭奴って呼ばれてて、けっこー有名で……」
あたしは平坂さんに中学校時代の鈴木くんの話をした。平坂さんがすんごく食いついてきたからびっくりだったけど。
鈴木くんの新聞配達のアルバイトの話。小学校が違う友達が、部活の遠征で早起きした時に、朝、ばったり会ったと言うと、その子の名前を聞かれて、平坂さんがその子は小学校で同じクラスだったと懐かしがって喜んだ。
あとはやっぱり、鈴木くんと言えば、テストの予想問題の話。予想問題を売ってお金を稼いでいたけど、2回ほど事件になったことがある。
ひとつは転売事件。鈴木くんから買った問題をコピーして売って、もうけた子がいて。それで鈴木くんが予想問題の販売方法を変えた。賢いなぁって思ったけど、にゅうさつ? ってやり方らしい。希望者全員を集めて、最低価格を示して、支払額を希望者がそれぞれ紙に書いて渡して、一番高い人に売る。そうすると、その人が転売しても、鈴木くんの利益は確保できるらしい。
でも、そのやり方になって、予想問題が手に入らなくなった人たちがいて、その人たちが集まって販売方法が変わるきっかけになった転売くんをすっごくいじめちゃって、そのいじめが問題になって、転売くんは転売くんではなく転校くんになった。鈴木くんが原因かもしれないけど責任はないと思う。たぶん。その後、転売禁止をみんなで守らせるから元に戻してほしいとの生徒たちの訴えを鈴木くんは受け入れて元に戻った。一人、学校からいなくなったけど。
もうひとつは社会の先生の事件。これは、鈴木くんの予想問題がよく当たるから、先生が教科書の隅っこの方とか、なんかどうでもいいような、とにかく生徒が正解できないような、授業とあんまり関係ない問題を出すようになった。
それに文句を言った生徒に対して先生が、なら鈴木から予想問題を買うのをやめろって言って、その結果、その先生の授業が荒れた。荒らした子たちの言い分は、どうせ授業と関係ないとこからテストに出すし、聞く意味ないじゃんって。あたしもそう思う。それから授業以外でもその先生の言うことを聞かない生徒が増えて、その先生はいつの間にかいなくなって、別の社会の先生がやってきた。
ちなみに鈴木くんは、いなくなった先生が出す変な問題も正解して百点だったという噂だ。あの先生がやったことは本当に意味がないとあたしは思う。もちろん、鈴木くんに責任なんてない。
先生たちが鈴木くんに予想問題の販売を止めさせようとしたけど、鈴木くんは先生たちを言い負かしたらしい。職員室でたまたま聞いてた子が広めた「僕にやめろと言うのは、全国の問題集とか参考書とかを作って売ってる企業に対して販売差し止めをするように裁判所に訴えてから言ってください」という言葉を聞いて、この人、同じ中学生なのかな、と思ったことはよく覚えてる。
あたしも推薦のための評定に届かせようと中3の2学期に予想問題を買ったことがあるけど、これは秘密。誰にも言えない。
「はー、そんなことがあったんだねー」
「小学校でも、そんな感じだった?」
「うーん、今みたいに、休み時間はずっと本、読んでたねー」
「あ、それは中学校もそうだった。1年で同クラだったから知ってる」
「私は3年と5年で2回だよー、2回」
……なんで張り合うの平坂さん。でも、6年間ある小学校で2回ならおんなじだよね?
そこに、外村さんとかの、寮生で学食組の子たちがやってきた。他のクラスの人もいるみたい。
「モモっち~、モモっちのおなしょー彼氏が大変だよー」
「鈴木くんが、呼び出されてたのって、無理矢理、女の子に、その、なんかやっちゃったらしくて……」
「あの人、やばい人だったのね。話を聞いてびっくりした」
「学年最下位の女の子に、おれの言うことを聞けば助けてやるって感じで押し倒したって! 脅迫とかサイアク」
「日曜日に女の子、肩に担いで連れ去ってたって。しかも血だらけで」
「あと、女の子と二人でダンジョンにいたって。その時にやったんじゃないかって話で」
……確かに、鈴木くんには呼び出しがかかってた。本人が黒板に貼ったから間違いない。しかも、そこに書いてあった返答が本当に鈴木くんっぽくて、相変わらずこんな人なんだと思って笑った。
でも、鈴木くんが脅迫で女の子をどうにかするとは思えないんだけどな? それなら、あたしなんて、あのことをバラすぞって、いろいろされちゃう……って、あたしはあんまり女の子らしい魅力がないから、それはないか。剣道バカだし。ハハハ。
そんなの違うって、そんな人じゃないよって言おうと思って立ち上がったら、あたしより先にすごい勢いで立ち上がった人がいた。目の前に。
「みなさん、何をふざけたことをいっているのでしょうか。そのようなことは有り得ません、絶対に、です。外村さん、附中ダン科三席として、そのような不届きな噂をばらまいた者をすぐに確認して下さい。細かく情報を集め、犯人を、たとえ何人であったとしても、明確に、言い逃れができないようにしておいて下さい。大至急です。職員室へ自首させる方向で動いて下さい。附中ダン科の1年女子にはすぐに動くように指示を出して構いません。私は職員室へ向かい、彼の無実を証明します」
そう言って、怒っていつも以上にキリリとした表情の平坂さんがあたしを振り返った。
「彼と同じ中学校だったあなたなら、彼はそんな人ではないとわかるはずです。そうですよね?」
……わかる。鈴木くんは絶対にそんなことをしない。
「うん……」
「あなたは私と職員室まで来てください、では、動きます。みな、急いで」
……ていうか、この人、平坂さんなの? いや、平坂さんだけど⁉
すすす、と清楚華憐に歩く平坂さん。なのになんか早いよ⁉
「モモっち、スイッチ入っちゃったかぁ。センセ、かわいそ。みんな、動くよ」
後ろで、そんな声がした気がした。