13 鳳凰暦2020年4月12日 日曜日午後 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所事務室
今日は忙しい日曜日の午後だというのに、ギルド職員の私――宝蔵院麗子は、事務室の机に置いた、先程、処理した契約書を見つめていた。
高校生に向けて、苛立ちをぶつけてしまった恥ずかしさと同時に、その高校生に言い負かされた新たな苛立ち。一人の社会人として情けないとは思いつつ、年齢的には大人であっても人間には変わりないのだから、ムカつくものはムカつく、という考えで自分を誤魔化そうと必死だった。
「先輩、本所からの応援の阿部さんがそろそろ交代を……って、何を見てるんです? 契約書? 研修で見たような……?」
「秘密保持契約よ」
「ああ、あの有名な。まだ取り扱ったことないんですよね。まあ、附属の出張所ですから当たり前ですけど……あれ? なんでここにそんなものが?」
「高校生なのに、そこまでやる子がいたのよ」
……大人をやり込めるところまでね、と自分自身の心の声に思わず皮肉な笑みが漏れる。
「はぁ~、何者ですか、それ……って、鈴木くん?」
「……知り合いなの?」
「知り合いというか……ああ、前に先輩にも話しましたよ」
「そんなこと、あった?」
「その時はまだ名前も知らない子だったんです。その後、ゴブイチの時に知り合って……覚えてませんか? 百万円の買い物の話?」
「ああ、あれ……え? この鈴木ってあの百万円の買い物の子?」
……そう言われてみると、最後にスタミナポーションをたくさん買って……待って。レンタル武器の返却も、あのサイズのノートも、あの量の魔石も、全部ウエストポーチから……どう考えてもマジックポーチでしか有り得ない……今、思い返せば、気付くチャンスはあった。あの時は私も冷静ではなかったということね。ええ。恥ずかしいけど、冷静さはなかったわ、確かに。
「先輩は別のところでの経験があるから、こういうのはやらせてみてほしかったです」
「ごめんなさいね、たまたま、私が受付にいたものだから」
「あ、対等じゃなくて主と従の方ですね。初任者研修で聞かされましたよ、セクハラの話」
「……あったわね、秘密保持契約の悪用で、そういう事件が」
「まあ、そもそも、当人同士の関係が、はっきり立場の上下があったというのも含めての事件だったそうですけどね」
……そう言えば、もう一人の女の子は、この前から連続ロストの、このままでは退学待ったなしという報告を学校に上げた子。対する彼は百万円のお金持ち。はっきりと立場の上下が、ある。
それに、3層の最奥、ゴブリンソードウォリアーの魔石だけの納品というのはどう考えてもおかしい。1層のゴブリン、2層のゴブリンメイス、3層のゴブリンソードマンとゴブリンアーチャーの魔石はゼロ。ボスの魔石より大量にないとおかしいものがゼロなのは考えられない。
魔石の現金直接取引は、附属高では禁止。彼はそれをやってる可能性がある。
それに、考えるのもおぞましい、女の子へのセクハラ行為の可能性まで……。
「釘崎さん、本所の阿部さんには緊急の用件ができたからとヘルプの時間延長をお願いして。あと、釘崎さんも受付業務をお願い」
「え? 先輩は?」
「ちょっと、調べなきゃいけないことがあるの。頼んだわよ?」
「あ、はい」
私は事務机の引き出しから、附属高の職員会議資料を取り出す。この出張所は附属高との連携を密にしているので、守秘義務は守るけど、必要な情報は共有している。今回のような、生徒の問題行動の可能性に出張所の方が気づくことも多いからだ。特に、毎年のように起こるのは、パーティーでの不当な分配によるいじめ。
……この二人には、それもあるかも知れない。
資料から、生徒個別情報のアクセスキーを確認して、画面にデータを開く。
「学年首席? まさか?」
……いえ。いくら学年首席でも、高校から初ダンの生徒が、この時期に小鬼ダンのボスを倒すなんてことはないはず。
「……あの子は、補欠入学の学年最下位なのね」
……二人の関係はあまりに歪だ。附属高で学年首席と学年最下位がパーティーを組むなど、聞いたこともない。そこに何かがあるのは間違いない。
学年首席となる能力がある人物。それでも実現不可能な状態。だから、不正の疑いがある。なぜなら、力のある者ほど、力に溺れるのだから。
「若い時は、特に。精神的な成長にそぐわない力を持つと、暴走しやすいし」
神様も、才能がある者にはその心に必要なだけの試練を与える。そういうことなのかもしれない。
警察や検察、裁判所などの司法関係は疑わしきは罰せず。具体的な証拠を求める。でも、学校という場所は、違う。加害者と被害者がどちらも守るべき存在であり、加害者と被害者がどちらも同じ場所に存在しているから、具体的な証拠がなくとも、疑わしければ、被害者のために、動く。動かざるを得ない。
証拠がなければ動けないダンジョンアタッカーズギルドに所属する私は、附属高へ提出する報告書を作り始めた。