Ⅲ ジェラルド卿の謀 ─ⅹⅹ
「クロシェは、クレイセスと争う気はあるの」
「は?」
「多分クレイセスも、あの女の子に『やられてる』よ」
「……聞いたのですか」
「彼が言う訳ないでしょー。勘だよ、勘。ほら、更生する前はそれでイケるかどうかを判断してるからさあ、そういうのにすっごく特化して磨かれてるんだよね」
「あまり、威張って言わないでください……」
人畜無害そうな顔をしておいて、何をやってきたんだかと思いつつ、言われればクレイセスの行動に引っかかりも覚えた。何より、ダールガットの営所で同時に部屋を振り返ったときの、あの視線。心配なのか、恋慕なのか。初めて見るクレイセスの表情に、冷えた警鐘が胸の内で鳴るのを、聞いた気がする。
「それに争うも何も……選ばれるか、そうでないか、それだけでしょう。人の気持ちを天秤に掛けて競わせるような真似は、好まない方です」
「道徳的な良い子みたいだもんね~」
褒めている訳ではない物言いに、クロシェは少しむっとする。
彼女は何も知らない世界で、ただ「必死」であるだけだ。
「ただの良い子って、面白いの?」
「そうですね……衝撃はありましたよ。自分は割に非道なんだと気付けました」
「へえ? 我が家で一番人道的なお前が、非道ってどこが?」
「俺は他人が傷つこうと痛くなどありません。でも彼女は、痛いんです。ひょっとすると、自分のこと以上に」
「それは偽善じゃないかなあ」
「人によってはそう取るのでしょうね。ですが近くで見ていると、そうでないことは嫌によくわかるんです。俺にその感覚はなかったし、持ち得なかったことは大きな衝撃でした。いまさらそうあろうとも思いませんが、彼女のその特質は、失いたくない。この世界が彼女を望んだ理由のひとつでもあると思えば、余計に」
ふーん、と父はつまらなさそうに頬杖をついた。
「お前は恋をしてこなかった所為か、どっかで職務に忠実だよねえ」




