Ⅲ ジェラルド卿の謀 ─ⅹⅸ
クロシェも含めて、フィルセイン本人に会ったことのある従騎士は、誰もいない。
先々帝──ハーシェルの祖父に当たる人物の、弟の子供だ。名はハルバートと言ったか。先々帝と弟は年が二十ほど離れており、またその弟がフィルセイン公爵令嬢と結婚したのも四十近くになってからとかで、フィルセイン自身はまだ三十半ばのはずだ。金髪に紫紺の瞳が美しく、王宮に出入りしていた二十歳頃は、ひとり人気をさらっていたというのは母から聞いた。
「あいつ女癖悪いんだよ。もうね、これと思ったら喰い漁るの。ミッシュも目え付けられてねえ。あのとき暗殺しとけば良かったよねえ」
ほろ酔いから泥酔に変わりつつある父の言動に、クロシェはフィルセインの「女癖悪い」説は本当なんだなと心に留めておく。
「年齢とか関係ないみたいでさー。上から下まで好き放題」
嫌になるよねーとのたまう父に、クロシェは噂に聞いた過去の所業を振ってみる。
「父上も、昔は節操なしだったという話を聞いたことがあります。同族嫌悪というヤツですか」
「うーん……そこは否定しないけどさあ。私は人生謳歌してただけだったの。でもちゃーんと空しさとか感じてたから、埋められない心の隙間をどうにかしようと次々お試しというか……」
弱り切った表情になった父の手から、クロシェは杯を取り上げた。
今日のところは引かせたとはいえ、ここは戦場だ。
「ミッシュに逢えなかったら、私はいまだにさまよっていただろうからねえ……」
「なんか綺麗にまとめてますが、父上がときどきご婦人から妙なちょっかいかけられてるのは、身から出た錆なのはわかりました」
「言うよねえ。ちゃんと更生したんだしー。一途にいられる人を見つけるのって、ホント大切なんだよ~」
クロシェが取り上げた杯を取り返そうとするが、緩慢な動きは宙を掻くばかりで、諦めた父は行儀悪くテーブルに突っ伏した。そしてのそりと顔を横に向けると、上目遣いでまた意味深な微笑みを浮かべる。




