Ⅰ 春希祭(キアラン)─ⅵ
「……?」
ふと、窓の外から視線を感じた気がして振り向くが、イリューザーは反応を見せない。気の所為かと、サクラは先に灯りを付けて、カーテンを閉めた。
さてと、と、サクラは着替える準備をする。ドレスや靴、手袋にアクセサリーと、必要なものすべてをまず目の前に揃えた。着るための手順はもうわかる。爪を引っかけたり裾を踏んづけたりしないよう、注意を払いながら繊細なドレスに袖を通していく。背中を編み上げることも、あらかじめ組紐のようなそれを引っ張れば完成形になるよう通しておいて、結ぶだけならなんとかならないかと挑戦はしてみたが、どこかが緩んでしまい、やはり人の手を借りるしかないかと諦めた。
次に化粧にとりかかるが、これはそれほど時間がかからない。顔に薄く粉をはたくと、目許の二重の部分に薄い紫色の粉を指先で乗せ、わずかにぼかす。口紅は、サンドラが色付きリップとグロスを荷物として詰めていてくれたので、それを使用した。そして太めのピンセットの先を、片方だけかまぼこ型のように丸くしてある道具を蠟燭で温め、睫毛を挟んで軽くカールさせたら、もう終わりだ。
時間は五時を回り、戻らないサンドラが心配になる。
宴のときにユリゼラから贈られたイヤリングをつけ、額にセルシアの証を装着し、最後に手袋を嵌めてサクラは立ち上がった。
鏡に映る姿は、基本的には真っ白だ。セルシアが着用するものは白、と決まっており、こういった祭典ではなおのこと。黒い髪と、額の赤だけが、サクラの持つ色だ。
「イリューザー、おかしくない?」
問えば、伏せていた頭が上げられ、サクラがくるりとまわって見せると、まあなんでもいい、と言うような視線が送られる。「……だよね」と諦め、クロシェを頼ろうと、扉の前にいるアクセルに声を掛けようとしたとき。
「遅くなりました申し訳ありません!」
ばん! と扉が開き、サンドラが勢い込んで入って来た。




