Ⅲ ジェラルド卿の謀 ─ⅱ
異世界に探しに来るのが、なぜ大貴族の嫡子であるクレイセスであったのか。どんな危険があるかもわからないのに、だ。シェダルの家からの帰りも、フィルセインの刺客と対峙したときも、レア・ミネルウァと話をしたときも、そしてゆうべの襲撃も。クレイセスは、どこかで自分を《《片付けたがって》》いるようにも、見えたのだ。クレイセス自身が大義名分の元に死を望んでいるような……そんな気がしていたのだと、ようやく気がついた。けれどあの様子では、本人にその自覚はなさそうだ。
「ゆうべ……クレイセスと何かありましたか」
サンドラが着替えを手伝い、髪を結いながら訊くのに、どう答えたらよいかと再び言葉に詰まる。
「クレイセスは、そんなに様子が違ってたんですか?」
「そうですね……あいつにしては変でした」
「変……」
「この幕舎から大声が聞こえたという者もおりますし、喧嘩でもなさったのですか」
「喧嘩……では、ないと、思います」
自分の態度もいかがなものかと反省はしているが。
あの取引は、一方的だった気もする。
聞いてしまった以上、サクラは話さなくてはならない。
自分は、クレイセスが世界を捨てられると知って、困ったのか、喜んだのか。
口付けを落とされた指先をきゅっと握る。
「どうしました? お顔の色が赤いです。熱が……ある訳でもないですね」
「あ、具合悪くないです。大丈夫」
そんなことまでしなくても話すことは出来るのにと、サクラはこらえきれないため息をそっと吐き出した。
宴の夜、「覚えておいてください」と言ったクロシェの声を思い出す。
『この世界において、手に額を当てるのは忠誠の証、口付けを落とすのは、愛を捧げるときです』
サクラは日常において、クレイセスから、そういう恋愛感情を感じたことはない。
(まさか)
(この間の、吊り橋効果……?)




