Ⅲ ジェラルド卿の謀 ─ⅰ
「おはようございます、サクラ様」
サンドラの声に目を覚ませば、気遣わしげな翡翠の瞳が間近にあった。
「うあ……おはようございます……もう、朝なんですね……」
ぼうっとする頭を上掛けに押し当てるようにして言えば、幕舎には周囲の様々な音が聞こえてくる。こんな騒音に近い音の中で起きなかったのかと、我ながらあきれつつ体を起こした。
ゆうべ、夕食を運んで来てくれたのはバララトだった。「クレイセス様のあのようなお姿は珍しい」と言いつつ、何かあったのですかと聞かれたが、一体何を答えられるというのか。バララトには「青春ですかねえ。若いってなんでも悩めていいですよねえ」とのんびりと言われた。年を取って解決することなら、いっそ一足飛びにそうしたいくらいだ。
ただひとつだけ言われた。「クレイセス様は、サクラ様に対して必死ですよ」と。「彼もまだまだ若いのでねえ……時に性急なこともあるかもしれません」そう擁護するバララトは、本当は全部見ていた上で言ってるんじゃないかと、サクラは食事を喉に詰めそうになった。
夜はクレイセスの言動に翻弄され、あまり眠れなかった。おかげでユリウスのことは、やはりただの夢なのかもと思えはしたが。逸らされた意識は、落ち着けるものではない。
ただ、サクラがクレイセスに抱いていた違和感の正体は、わかった気がしていた。




