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Ⅱ アリアロスの秘密-ⅹⅹⅻ

「いいえ。屋敷の者も気付いていません。歴代のアリアロス当主には、愛妾(あいしょう)を多く持っていた者もいた。似ていても、もしかしたらそういった血が入っているのかもとは思うでしょうが、領主の禁忌に触れようとする者はあまりいません。それに、父は愛妻家で通っています。カイの母も、ことさら自分を主張しない。彼女は、息子を育てることを楽しんでいた。貴族の正妻の座を望んでいた訳でもなかったのでしょう。好きになってしまった人が父であったと言うのは、本当なのでしょうね。彼女は夢を叶えてくれた母に感謝こそすれ、それ以上を望んでいるということは、猜疑(さいぎ)に満ちた時期につけた見張りからも聞かなかったことです」


 物憂げな表情でそれを聞くサクラは、クレイセスには図りがたい感情をもって聞いているようで。

 しかしサクラの過去に関係するそれまでを、聞き出せる材料にはなりそうになかった。


 あの最初の夜、素直に退がらず、どこかに潜んでいれば良かったと、クレイセスは何度悔やんだことか。ユリゼラは口を割らないし、サクラは話したがらない。しかし、サクラが今ひとつ人を信用しない、自分に向けられる情の類いを扱いあぐねるその姿勢は確実に、過去の出来事に関係があるだろう。


 本当ならこんな陣営の中で話すことではないが、落ち着いたときにその契機が再来するとも思えない。攻めるなら今しかないと一気に詰め寄ったが、クレイセスは思案気に目を伏せたままの主を見つめ、判然としない感触を探った。


 威嚇をやめたものの、お座りをしていたイリューザーが動き、サクラの胸元に鼻先を寄せる。クレイセスには読み取れない心の内に反応したように見えて、同時に悟った。今サクラが生涯をともにすると決めているのは、人ではなく、この従獣(ヴァルシェット)のみであることを。


 サクラは小さく「大丈夫だよ、ありがと」と呟くと、自分の数倍はある鬣を抱き込むようにして鼻先に頬を寄せる。彼らにある確かな心の繋がりを感じて、クレイセスは目を細めた。


「食事を、用意して参ります」

 言って立ち上がり、クレイセスは幕舎をあとにする。

 サクラからは最後まで、それ以上の声は掛からなかった。

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