Ⅰ 春希祭(キアラン)─ⅳ
クロシェは幼少期、暴れて乱れたサンドラの髪を元通りにするのに、編み込みやリボンの結い方を覚えさせられた。そんなクロシェにとっての苦労話を、サクラは最奥で「連泊お泊まり会」の時分にサンドラから聞いている。
それだけに、理由が「どっか不憫」と言われることも頷けて仕方ない。クロシェの容姿なら確かに、艶事を穏便に隠すために身につけたと言われたほうが、夢も説得力もあるというもの。
「じゃあ……髪を先に結ってもらえますか。その間にサンドラさんが戻って来てくれるかもしれないですし」
サクラは、自分では複雑なことは何も出来ない。子供たちの髪くらいは編んでみたりも出来るが、自分の手をうしろに回して結い上げたり編み込んだりは、人前に出られるレベルには仕上げられなかった。ひとりでやるのはせいぜいポニーテールか三つ編みだ。けれど多分、今夜の祭はそれではいけないのだろう。サンドラも、自分がいないときは髪くらいならクロシェに任せればいいと言っていた。
クロシェはわかりました、と立ち上がると、サクラが寝室にしている場所から必要なものを一式持って来る。
「この際だからお前も覚えろ。手順がわかったらバララトで練習するんだな」
アクセルが「はい?!」と目を見開く。
「ホントは騎士にお願いすることじゃないですよね。ごめんなさい」
「いえ! その……サクラ様に触れるのは、緊張するので」
「別に絡んで引っ張ったからって怒ったりしませんから。本当は侍女してくれる人を探さないといけないんでしょうけど……」
「あ、いえ! 俺頑張って覚えます!」
サラシェリーアの一件を、近衛騎士たちは正しく顛末を把握している。それだけに、侍女を探すことに慎重な姿勢を見せるサクラに対し、気を遣ってくれていた。