Ⅱ アリアロスの秘密-ⅹⅷ
快勝に湧くオクトランはしかし、民家は焼かれ、井戸水は毒が投げ入れられ、まさに明日も見えない状態にまで追い込まれている。戦っていたのはこの村の住民たちで、彼らは完全に生活の基盤を失った形だった。
オクトランは広大な平原の中にある村で、農耕や牧畜で生計を立てる者が多い場所だという。先の戦いで大敗し、兵糧もなくしたフィルセイン軍は、食料を求めて隣村ノルトと、ここオクトランになだれ込んだのだ。
「まずは、水をなんとかしなくてはいけませんね」
力仕事では役に立たないサクラは、テティアに主要な井戸や泉の場所を教えてもらい、そちらの回復に専念することにした。
水を浄化すること。それは光響の作用の一環だ。
毒物を浄化出来るほどの効果があるかどうかはわからないが、やってみるしかない。
教えてもらった井戸の傍に立ち、サクラはそっと中をのぞき込む。高さ百二十センチほどに石を積んで、丸く塗り固められた暗い井戸の中は、なめらかな水の表面だけが見え、毒されているかどうかまでは視認出来なかった。
空は橙色に輝き、夜の訪れが近いことを教えている。
すでに三人の近衛騎士たちは松明を用意しており、サクラに背を向けて、四方に警戒を向けていた。クレイセスとイリューザーが、気遣わしげにサクラを見ている。
まずは普通に歌ってみればいいかと、サクラは静かな曲を選び、なるべく井戸に向かって声を放った。不思議な反響をしながら、井戸の中が光る。井戸の周囲もやわらかな光を帯びて、しおれていた小さな花が、ゆっくりと空を見上げた。
一曲終わったところで、クレイセスが水を汲み上げる。
「これ、どうやって浄化されたかどうか測るんですか?」
「手っ取り早いのは人体実験かと。見たところ、臭いはなくなったようですが」
言っている間に。
「ちょ……! イリューザー?!」
イリューザーもすんすんと臭いを嗅いでいたが、それをがぶがぶと飲み始めた。




